福岡大学医学部 法医学教室 教授 久保 真一
はじめに
令和元年6月6日に、死因究明等推進基本法が成立し、令和2年4月1日より施行されることとなった。
本稿では、わが国における死因究明制度の歴史を振り返りながら、新たに施行される死因究明等推進基本法によって、死因究明がどう変わるのか、どう変えるのか、そのために必要な施策を整理してみる。
死因究明制度の変遷
死因究明制度は、法制度、即ち、国家体制に大きく左右される。明治維新以降、現在に至るまで、日本の死因究明制度は、犯罪捜査を中心としており、刑事訴訟法に基づき司法解剖が行われてきた(刑事訴訟法168条1項)。第2次世界大戦後、占領統治下において、新たな死因究明制度として、監察医制度が導入された。監察医制度は、犯罪性がない死体においても死因が判然としない場合には、監察医が検案し、検案でも死因が明らかでない場合には、解剖(監察医解剖)して、死因を明らかにする制度である(死体解剖保存法第8条)1)。監察医制度によって、非犯罪死の死因が解明されることで、個人の死因の解明、人権の擁護に留まらず、社会の安全、公共の福祉にも、死因究明が活かされることとなった。しかし、監察医制度は、現在5都市、東京都23区内、横浜市、名古屋市、大阪市、神戸市に限定されている。従って、人権の擁護、社会の安全を目的とする死因究明は、一部地域に限定されたままである。日本の死因究明制度は、犯罪捜査に偏ったままと言わざるを得ない。このような背景のもと、平成19年に時津風部屋の暴行事件が発生し、当初、病死と判断されたことから、犯罪死の見逃し事例と社会の注目を集めることとなった。この事件を機会に、本格的な死因究明制度の見直しの動きが加速した。平成24年には、警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(死因身元調査法)2)と死因究明等の推進に関する法律(死因究明等推進法)3)が成立した(議員立法)。平成25年より、明らかな犯罪死でない場合においても、死因の解明が必要な場合には、警察の判断により、死因身元調査法に基づき、解剖による死因究明が行われるようになった。死因身元調査法施行後の、解剖による死因究明の流れを図1に示す。残された課題は、非犯罪死の死因究明、即ち、人権の擁護・社会の安全を目的とする制度の充実である。
死因究明等の推進に関する法律(死因究明等推進法)(平成26年までの時限立法)3)に基づき、平成24年より、死因究明等推進会議専門委員会において、死因究明に必要な施策が検討された。2年間の議論を重ね、平成26年6月13日に、死因究明等推進会議(専門委員会)で当面の重点施策(8項目)が取りまとめられ、死因究明等推進計画として閣議決定された4)。
重点施策(8項目)は以下の通りである。
1)法医学に関する知見を活用して死因究明を行う専門的な機関の全国的な整備
2)法医学等に係る教育及び研究の拠点の整備
3)死因究明等に係る業務に従事する警察等の職員、医師、歯科医師等の人材の育成及び資質の向上
4)警察等における死因究明等の実施体制の充実
5)死体の検案及び解剖の実施体制の充実
6)薬物及び毒物に係る検査、死亡時画像診断その他死因究明のための科学的な調査の活用
7)遺伝子構造の検査、歯牙の調査その他身元確認のための科学的な調査の充実及び身元確認に係るデータベースの整備
8)死因究明により得られた情報の活用及び遺族等に対する説明の促進
死因究明等推進計画の平成31年3月末までの進捗状況については、内閣府のホームページを参照されたい5)。
死因究明等推進基本法の概要
死因究明等推進基本法6)は、全31条および附則2条からなっている。死因究明等推進基本法の概要を以下に紹介する7)。
【第1条】目的
死因究明等(死因究明及び身元確認)に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって安全で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与することを目的とする。
【第3条】基本理念
死因究明等の推進は、(1)生命の尊重・個人の尊厳の保持につながること、(2)人の死亡に起因する紛争を未然に防止し得ること、(3)国民生活の安定及び公共の秩序の維持に資すること、(4)医学、歯学等に関する専門的科学的知見に基づいて、診療上の情報も活用しつつ、 客観的かつ中立公正に行われなければならないこととの基本的認識の下に、死因究明等が地域にかかわらず等しく適切に行われるよう、死因究明等の到達すべき水準を目指し、死因究明等に関する施策について達成すべき目標を定めて、行われるものとする。
死因究明の推進は、(1)死因究明により得られた知見が公衆衛生の向上及び増進に資する情報として広く活用されるとともに、(2)災害、事故、犯罪、虐待等が発生した場合における死因究明がその被害の拡大及び再発の防止等の実施に寄与することとなるよう、行われるものとする。
【第4条~第6条】国等の責務
国は、死因究明等に関する施策を総合的に策定し、実施する。地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、地域の状況に応じた施策を策定し、実施する。大学は、死因究明等に関する人材の育成及び研究を自主的かつ積極的に行うよう努める。
【第7条】連携協力
国、地方公共団体、大学、医療機関、関係団体、医師、歯科医師その他の死因究明等に関係する者は、死因究明等に関する施策が円滑に実施されるよう、相互に連携を図りながら協力しなければならない。
【第8条】法制上の措置等
【第9条】年次報告
【第10条~第18条】基本的施策
①死因究明等に係る医師、歯科医師等の人材の育成、資質の向上、適切な処遇の確保等
②死因究明等に関する教育及び研究の拠点の整備
③死因究明等を行う専門的な機関の全国的な整備
④警察等における死因究明等の実施体制の充実
⑤死体の検案及び解剖等の実施体制の充実
⑥死因究明のための死体の科学調査の活用
⑦身元確認のための死体の科学調査の充実及び身元確認に係るデータベースの整備
⑧死因究明により得られた情報の活用及び 遺族等に対する説明の促進
⑨情報の適切な管理
【第19条】死因究明等推進計画
到達すべき水準・個別的施策等を定め、閣議決定→実施状況の検証・評価・監視を行い、3年に1度見直し(ローリング)する。
【第20条~第29条】死因究明等推進本部
本部長:厚生労働大臣、本部員(10名):本部長以外の国務大臣・有識者、専門委員・幹事・事務局を置き、厚生労働省に設置する。
死因究明等推進本部は、①死因究明等推進計画の案の作成、②施策について必要な関係行政機関相互の調整、③施策に関する重要事項の調査審議、施策の実施の推進、実施状況の検証・評価・監視を行う。
【第30条】死因究明等推進地方協議会
地方公共団体は、その地域の状況に応じて、死因究明等を行う専門的な機関の整備その他の死因究明等に関する施策の検討を行うとともに、当該施策の実施を推進し、その実施の状況を検証し、及び評価するための死因究明等推進地方協議会を設けるよう努めるものとする。
【第31条】医療の提供に関連して死亡した者の死因究明に係る制度
医療の提供に関連して死亡した者の死因究明に係る制度については、別に法律で定めるところによる。
【附則第2条】検討
国は、死因究明等により得られた情報の一元的な集約及び管理を行う体制、子どもが死亡した場合におけるその死亡の原因に関する情報の収集、管理、活用等の仕組み、あるべき死因究明等に関する施策に係る行政組織、法制度等の在り方その他のあるべき死因究明等に係る制度について、本法施行後3年を目途として検討を加えるものとする。
死因究明に必要な施策を考える
死因究明等推進基本法による9つの基本施策をどのように、各道府県で実施、充実させていくかが課題となる。死因究明等推進基本法の基本的施策を実施するために、各道府県の実情を把握する必要がある。その上で、検案医、解剖医、解剖機関、死後CT撮影施設、薬毒物検査施設等、死因究明に必要な数をどう確保するかを検討すべきである。
各道府県で必要な施策を考えるにあたり、平成21年1月に、日本法医学会が提出した「提言 日本型の死因究明制度の構築を目指して─死因究明医療センター構想─」8)、第102次日本法医学会学術全国集会シンポジウム「死因究明等推進基本法に向けて」9)から、得られた知見は、参考になるものと考える。
多死社会を目前に死因究明等推進基本法から死因究明を考える
2018年の出生数は918,397人で、死亡数は1,362,482人に上り、単年度での人口減少数 444,085人となった10)。第1次ベビーブーム期に生まれたいわゆる団塊の世代が、70歳代にはいる2030年には、年間160万人が亡くなる時代が来る。その後、10年以上に亘り同様の死亡数で推移すると予想されている(図2)11)。
一方、高齢社会となり高齢者の医療費の増加により、国民医療費は40兆円を越えている12)。2025年の医療提供体制を示す「地域医療構想」を全47都道府県がまとめ、入院ベッドを13年時点の約135万床から15万6千床(11.6%)も削減する計画になった13)。このような病床数の減少と在宅医療の推進は、即ち、在宅死の増加となる。
2018年の警察取り扱い(異状)死体数は、約17万体である14)。2030年には死亡数が約30万人増加する一方で、病床数が削減されることから、在宅死が増加することになる。2030年の異状死体数を予測することは困難であるが、少なくとも現在の倍、約30万体となる可能性が考えられる。
前述したように、現在の異状死を適正に死因究明するためにも、取り組まなければならない課題は数多くある。さらに、多死社会の到来を10年後に控え、死因究明が必要な死亡数は増加する一方であろう。
新たに始まる死因究明等推進法をもとに死因究明制度を整備し、10年後を見据えて、将来の死亡数の増加にも対応できる体制づくりが求められる。
さいごに
死因究明等推進基本法では、国の死因究明等推進本部で、死因究明等推進計画が作成され、施策の実施に向けて必要な調整、審議、検証等が行われる。各道府県は、地域の状況に応じた施策を実施することになる。死因究明等推進地方協議会で必要な計画を作成し、計画の実現に必要な予算措置・国への要望を行わなければならない。地方協議会による、迅速な検討が求められる。
図1 解剖による死因究明の流れ(死因身元調査法施行後まで)
図2 出生数及び合計特殊出生率の年次推移(1947~2065年)11)
参考文献
1)厚生労働省:監察医制度の概要について.https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/03/dl/s0312-8c_0055.pdf
2)警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律.https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=424AC1000000034
3)死因究明等の推進に関する法律.https://www8.cao.go.jp/kyuumei/law/suishinhou.html
4)死因究明等推進計画.https://www8.cao.go.jp/kyuumei/law/keikaku.html
5)死因究明等推進計画の進捗状況(平成31年3月末まで).https://www8.cao.go.jp/kyuumei/shinchoku.pdf
6)死因究明等推進基本法.https://www8.cao.go.jp/kyuumei/law/suishinkihonhou.html
7)死因究明等推進基本法の概要.https://www8.cao.go.jp/kyuumei/law/suishinkihonhougaiyou.pdf
8)提言 日本型の死因究明制度の構築を目指して─死因究明医療センター構想─.http://www.jslm.jp/topics/teigen090119.pdf
9)シンポジウム「死因究明等推進基本法に向けて」の記録.日法医誌,72(2):269-274. 2018.
10)厚生労働省:平成30年(2018)人口動態統計の年間推計.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei18/index.html
11)厚生労働省:日本の将来推計人口(平成29年推計)の概要.https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000173087.pdf
12)厚生労働省:平成29年度 国民医療費の概況.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/17/index.html
13)全日本病院協会:地域医療構想.https://www.ajha.or.jp/guide/28.html
14)デジタル朝日新聞,死因究明の解剖率に地域格差.https://www.asahi.com/articles/ASM8Z76KMM8ZULBJ00P.html
(令和2年3月号)