福岡大学医学部 法医学教室 教授 久保 真一
はじめに
薬毒物検査が、死因究明に重要であることは言うまでもない。どのような症例の場合に薬物中毒を疑うのか、鑑別診断としての薬物中毒例を考えるのか、本稿では、さまざまな薬物中毒事例を紹介する。
現場の状況から
発見現場や所持品に、薬物、薬の容器、包装等が発見される場合、中毒死が疑われる。覚せい剤等の乱用薬物を除くと、多くの場合は、薬局・薬店で入手しやすい一般医薬品が使用される。比較的自殺に使用されるカフェイン錠剤、解熱鎮痛薬による中毒症例を紹介する。
事例1)10歳代後半の女性。うつ病で通院中。自宅ベッド上で、死亡しているのを発見された。着衣やシーツには茶褐色の吐物の付着を認めた。ベッド横の床には、カフェイン200mg錠剤258錠分の空いた錠剤シートが散乱していた。
主要解剖所見:胃内には、灰白色粒状物多数を混じた血性液を容れ、小腸内にも同様の灰白色粒状物を容れていた。その他、特異な所見を認めない。
薬毒物検査:薬毒物スクリーニング検査の結果、カフェインが検出された。薬物定量検査の結果、血中カフェイン濃度は290µg/mLであった。
本屍の血中カフェイン濃度が、致死濃度に達していたことから、カフェイン中毒と診断した1)。
事例2)20歳代の女性。自宅アパートのトイレの中で、全裸で死亡しているところを発見された。室内およびゴミ箱の中に、解熱鎮痛剤(カフェイン、イブプロフェン、アリルイソプロピルアセチル尿素の合剤)の錠剤シート多数が発見された。
主要解剖検査:胃壁は一部菲薄化、融解破綻しており、胃周囲に暗褐色の液状内容物を認めた。その他、特異な所見を認めない。
薬毒物検査:血液より、カフェインおよびその代謝物であるパラキサンチン、イブプロフェンとその代謝物である2-ヒドロキシイブプロフェン、カルボキシイブプロフェン、アリルイソプロピルアセチル尿素が検出された。薬物定量検査の結果を、表1に示す。
血中カフェイン濃度が中毒レベルに達しており、イブプロフェン代謝物も高濃度であった。本屍は、カフェインのみならず、イブプロフェンの作用も受けていたものと考えられることから、解熱鎮痛剤中毒と診断した2)。
身体所見・症状から
中毒症例の中には、特徴的な身体所見を認める薬物がある。例えば、死斑の色調から、鮮紅色死斑では、一酸化炭素中毒、青酸中毒が、青緑褐色死斑では、硫化水素中毒が考えられる3)。バルビツール系睡眠薬中毒の場合、関節部の紅斑、水疱形成が認められることが、古くから知られており、Holtzer水疱と呼ばれている4)。近年、遷延性意識障害の症例で、圧迫部に同様の皮膚病変ができることが知られており、昏睡性水疱coma blisterと呼ばれている5)。その特徴は、意識障害(昏睡)に伴う皮膚病変で、一定姿勢の結果、表在組織の圧迫や汗腺壊死が生じ、肘頭、膝窩、殿部、踵部にしばしば対称的に水疱を形成することである。関節部、圧迫部に、紅斑、水疱形成を認める場合には、意識障害(遷延性)を来す薬物中毒を念頭において、薬毒物分析を行う必要がある。
事例3)30歳代前半、女性。自宅のベッドで死亡しているのを発見された。関節部や圧迫部の諸所に、大小の紅斑、水疱を認めた(写真1)。
主要剖検所見:皮膚の諸所に紅斑・水疱を認め、気道内に粘稠喀痰を容れる他、特異な所見を認めない。水疱内液の蛋白濃度は、血清総蛋白濃度の範囲であった。
薬毒物検査:血液より、バルビツール系睡眠薬が検出され、その濃度は、ペントバルビタール58.0µg/mL、セノバルビタール32.6µg/mLであった。
本屍の死因は、バルビツール系睡眠薬中毒死と診断した。本屍に認められた紅斑、水疱は、Holtzer水疱、昏睡水疱と考えられた。
事例4)70歳代、男性。煮魚料理を食べて4時間半後に、体調不良、嘔吐を訴え、搬送される。治療受けるも41時間後に死亡。
主要剖検所見:いわゆる急死の所見以外に特徴的な所見を認めない。
薬毒物検査:薬毒物スクリーニング検査では、処方薬の他、特異な薬物は検出されなかった。発症の経緯、経過からフグ中毒を疑いテトロドトキシン(TTX)の分析を行ったところ、血液より4.9ng/mL、胃内容より35ng/mLのTTXが検出された。
本症例の場合、煮魚を食べた後、体調不良、嘔吐で発症していること、一緒に食事した家族も同様に発症していることから、フグ中毒が疑われた。TTXは、通常の薬毒物スクリーニング検査では検出できない。TTXを標的として分析した結果から、本症例は、フグ中毒死と診断した6)。
分析結果から
現場の状況や特徴的な身体所見、症状から薬物中毒が疑われる場合を除くと、多くの中毒症例は、分析して初めて中毒死と診断できる。
事例5)20歳代前半、男性。24時間営業のガソリンスタンドで、午前1時~午前8時まで勤務し、午前8時半に帰宅。午後4時半、帰宅した母親が、廊下で心肺停止状態となっているのを発見。搬送するが、死亡確認。死後CT検査でも明らかな異常を認めなかった。
主要解剖所見:食道後面の外膜下に出血、肩甲舌骨筋、胸骨甲状筋に小出血を認めた。胃、十二指腸、小腸内に、灰黄色顆粒状物を認めた他、特異な所見を認めなかった。
薬毒物検査:薬毒物スクリーニング検査では、カフェインのみが検出された。血中カフェイン濃度を定量したところ、182µg/mLであった。
解剖所見から、強い嘔吐と呼吸困難があったものと考えられた。死者は、深夜勤務を続ける生活で、常習的にコーヒー飲料、眠気覚ましドリンク、エナジードリンク、カフェイン錠剤を使用していた可能性が考えられた。血中カフェイン濃度が、致死濃度に達していたことから、カフェイン中毒と診断した。様々な飲料、薬剤からカフェインを摂取した結果、カフェイン中毒に陥った可能性が考えられた7)。
内因死との鑑別
解剖結果から、内因死(病死)と診断されたものの、薬物分析結果から、病死と考えられた直接死因が薬物に起因したと判明した症例を紹介する。
事例6)40歳代前半、男性。午前2時、飲食店の勤務を終わり、クラブに行くと言って、同僚と別れた。午前5時に帰宅。午前6時に家族と話したのが最終生存確認となった。午前11時、鼻から血を流して死亡しているのを家族に発見された。
主要剖検所見:脳重量1,448g、高度浮腫状で、脳底部に広範囲のクモ膜下出血を認めた。明らかな脳動脈瘤を認めなかった。Willis動脈輪では、右前交通動脈が、対側より細かった。組織学的に、右前交通動脈と右前大脳動脈の諸所に、内膜の肥厚、内弾性板の変性を認め、右前大脳動脈は起始部で、一部破綻していた。この部が、脳底部のクモ膜下出血の出血源と考えられた。
薬毒物検査:簡易薬物検査キットで、コカイン陽性であった。薬毒物スクリーニング検査で、コカインおよびその代謝物が検出された。定量検査の結果を表2に示す。
コカイン乱用者では、中毒死以外でも、コカインの長期使用から、心血管系に傷害を来す結果、高頻度に心臓突然死、クモ膜下出血で死亡する例があり、コカイン関連突然死として良く知られている。本症例も、薬毒物検査でコカインの使用が確認され、組織学的に脳底動脈の変性を認めたことから、コカイン関連突然死と考えられた8)。
外因死との鑑別
薬毒物やアルコールが、死因となった外因に関与することは、容易に考えられる。しかし、原因となった薬毒物、アルコールは、薬毒物分析しない限り、その関与を明らかにすることはできない。原因薬物が判明しないと、単なる外因死として済まされることとなる。外因死の死因究明においても、薬毒物検査は、必須である。
事例7)30歳代前半女性。散乱する自宅の台所で、うつ伏せで死んでいるのを発見された。
主要剖検所見:全身に多数の変色、表皮剥脱、皮下出血、筋肉内出血を認めた。
薬毒物検査:選択的セロトニン再取り込み阻害薬、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、抗ヒスタミン剤が複数検出された。薬物の定量結果を表3に示す。
セロトニン症候群は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬の副作用であり、Sternbachの診断基準によると、①精神変容(混乱・軽躁)、②錯乱、③ミオクローヌス、④反射亢進、⑤発汗、⑥震え、⑦振せん、⑧下痢、⑨協調運動失調、⑩発熱の症状のうち、少なくとも3項目を満たすとされている。現場の状況から、本屍は死亡前に、錯乱、混乱を来していたと考えられた。また、解剖所見から、発汗、異常高体温を生じていたと考えられた。
以上のことから、本屍は、セロトニン症候群に陥り、錯乱、混乱を来し、室内で暴れまわり、全身に受傷したものと考えられた。薬毒物分析をしなければ、第三者による暴行で死亡したと誤認しかねない症例である9)。
自殺か他殺か
薬毒物を殺人の手段とする場合はもとより、殺害行為を容易にするために、被害者の行為能力を奪う目的で、薬物が使用される場合がある。直接死因となった殺害行為のみを診るだけでなく、その背景にある薬物の存在を明らかにしないと、殺人事件の真実を解明したとは言えない。
事例8)60歳代、女性。
事例9)80歳代、女性。事例8)の実母。川の堰に、引っかかり、うつ伏せで、浮游しているのを発見された。堰の上流の土手に、遺留品(杖、ペットボトル、ビニール袋)が発見された。
主要剖検所見:諸臓器の病変の他、溺水の所見が認められた。
薬毒物検査:母娘の血液からゾルピデム(睡眠導入剤)、スルピリド(定型抗精神病薬)が検出された。これらの医薬品は、いずれも娘の処方薬であった。特に、母から検出されたゾルピデムの血中濃度は中毒濃度に達していた(表4)。
薬毒物検査の結果から、娘が自身の処方薬を母に飲ませ、意識レベルを低下させ、溺水させ無理心中を図ったものと推測された。
さいごに
死因究明、死体検案において、嘔吐、脱糞、失禁、下痢等がある場合や、特異な死斑の色調、発汗、流涎、眼脂、紅斑・水疱形成等がある場合、薬毒物中毒が疑われる。しかし、これらの所見も薬毒物中毒死に特異的とは言えない。死体検案においては、常に薬毒物中毒を鑑別診断の念頭に置くこと、さらに検査試料(血液、尿等)を採取・保管し、薬物検査に備えることが重要である。死因究明においては、全例について薬毒物検査を実施すべきと考える。
参考文献
1)Yamamoto T, Yoshizawa K, Kubo S, Emoto Y, Hara K, Waters B, Umehara T, Murase T, Ikematsu K: Autopsy report for a caffeine intoxication case and review of the current literature. J Toxicol Pathol, 28: 33-36, 2015.
2)髙山みお,Brian Waters,原 健二,松末 綾,柏木正之,久保真一.食道・胃破裂を認めた解熱鎮痛剤中毒死の1剖検例.法医学の実際と研究,57: 29-34, 2014.
3)池田 典昭.3.死体現象.学生のための法医学.改訂6版,南山堂,東京.23-24, 2006.
4)Holzer FJ : Leichenbefunde nach Schlafmittelvergiftung. Dtsch Z Gesamte Gerichtl Med, 34 : 307-321, 1940.
5)Kashiwagi M, Ishigami A, Hara K, Matsusue A, Waters B, Takayama M, Tokunaga I, Nishimura A, Kubo S: Immunohistochemical investigation of the coma blister and its pathogenesis. J Med Invest, 60 (3, 4): 256-261, 2013.
6)Waters B, Hara K, Ikematsu N, Takayama M, Matsusue A, Kashiwagi M, Kubo S: Quantitation of tetrodotoxin in postmortem specimens using SPE and HILIC LC-MS/MS: Tissue distribution of a forensic autopsy case. Jpn J Forensic Sci Tech, 23 (2): 125-131, 2018.
7)髙山みお,Brian Waters,原 健二,柏木正之,松末 綾,池松夏紀,久保真一:カフェイン飲料・製剤の過剰摂取によるカフェイン中毒事故の1剖検例.日本アルコール・薬物医学会雑誌,51(3): 228-233, 2016.
8)Takayama M, Waters B, Fujii H, Hara K, Kashiwagi M, Matsusue A, Ikematsu N, Kubo S: Subarachnoid hemorrhage in a Japanese cocaine abuser: Cocaine-related sudden death. Leg Med, 32: 43-47, 2018.
9)Takayama M, Waters B, Hara K, Kashiwagi M, Matsusue A, Fujii H, Ikematsu N, Kubo S: An autopsy case of serotonin syndrome induced by illegal antipsychotics. Rom J Leg Med, 25 (3): 260-265, 2017.
表1 解熱鎮痛剤の定量分析(µg/mL)
写真1 右上腕外側部と右足部の紅斑・水疱
表2 コカイン定量分析結果(ng/mL)
表3 定量分析結果(µg/mL)
表4 定量分析検査(ng/mL)
(令和2年4月号)