佐藤 克郎1)、山本 智夏2)
1)新潟医療福祉大学リハビリテーション学部言語聴覚学科
2)武蔵嵐山病院リハビリテーション科
はじめに
2019年3月に世界保健機構(WHO)が「2050年までに11憶人の若年者(12~35歳)に携帯型音楽プレーヤやスマートフォンなどによる音響性難聴のリスクがある」という警告を発表した1)。
感音難聴をきたす内耳疾患の中には音響が発生機序に関与する一連の疾患群が存在し、音響外傷・騒音性難聴・急性音響性難聴の3疾患に分類される。音響外傷は予期しない強大音が原因であり、事故の要素が強い。騒音性難聴は職業性難聴と同義であり、長期間の職場における騒音曝露で徐々に進行する。急性音響性難聴はロック難聴・コンサート難聴・ディスコ難聴などとも呼ばれ、自ら聴取した音楽が原因となる特徴的な病態である2)。WHOにより警告された携帯型音楽プレーヤやスマートフォンなどによる聴力障害は、騒音性難聴と急性音響性難聴の両者の要素を持つと考えられる。
1980年代より携帯型音楽プレーヤの使用状況に関するさまざまな調査報告が行われてきた。2010年代に大学生を対象にその使用状況を調査した報告では、97%という非常に高い割合で使用されていた3)。さらに、強大音響で音楽を聴取する習慣のある高校生を対象に聴力所見を調査した報告もみられる4)。
携帯型音楽プレーヤは1980年代に広く普及し始め、その登場以前とは聴取音圧や聴取時間などの音楽聴取に関する習慣が変化したと考えられる。また、携帯型音楽プレーヤはさまざまな形態のハードウェアが次々に登場してきたため、年代によって使用機種に変遷があり、音楽聴取に使用する端末機器として代表的なイヤホンとヘッドホンの使用状況にも時代による変遷が推察される。そして、イヤホンまたはヘッドホンを用いた音楽聴取が日常的になってきたことにより、それらの使用が耳症状や聴力に影響している可能性が懸念される。
今回われわれは、現時点における若年者のイヤホンまたはヘッドホンの使用状況と耳症状の有無を調査するとともに、標準純音聴力検査による聴力レベルを検討した。
対象と方法
1.イヤホンまたはヘッドホンの使用状況についてのアンケート調査
イヤホンまたはヘッドホンの使用状況、耳症状の有無と種類、耳疾患既往の有無と疾患名に関するアンケートを作成し(図1)、2018年度新潟医療福祉大学言語聴覚学科在学生164名を対象としてアンケート調査を実施した。
2.イヤホンまたはヘッドホンの使用状況による聴力レベルの比較調査
アンケート調査の結果から、
①イヤホン非使用者─イヤホン使用者
②J-POP聴取者─ロック聴取者
③1週間1~2日使用者─1週間5日以上使用者
④1日30分未満使用者─1日5時間以上使用者
⑤就寝前使用者─通学時使用者
⑥耳疾患既往なし─耳疾患既往あり
の対応する①~⑥の両群に該当する被検者を各項目5名ずつ抽出して標準純音聴力検査を施行した。検査結果から4分法平均聴力レベルを算出し、左右別の平均値を①~⑥の両群間でStudentのt検定を用いて比較検討した。
結果
アンケート回答者の性別は男性25名、女性139名で、平均年齢は19.5(標準偏差1.3)歳であった。
1.イヤホンまたはヘッドホンの使用状況についてのアンケート調査
1)イヤホンまたはヘッドホンの使用率
イヤホンまたはヘッドホンを使用しているとの回答は合計97%であった。両者の併用は6%と少なく、イヤホンのみの使用が全体の72%(使用者の76%)であった(図2)。
2)イヤホンまたはヘッドホンの使用目的
音楽聴取目的の回答が多く(98%)、次いでゲーム(29%)であった。その他の使用目的には動画閲覧や電話が挙げられた(図3)。
音楽のジャンルはJ-POPが最も多く(77%)、次いでロック(37%)であった。
3)イヤホンまたはヘッドホンの使用頻度
「何年前から使用しているか」「週何日使用しているか」「1日何時間使用しているか」の3つの質問で使用頻度の調査を行った。
使用開始時期は7~9年が39%、4~6年が35%で、中学生・高校生からの使用開始が多かった(図5)。1週間の使用頻度は5日以上が60%、3~4日が23%、1~2日が16%であり、半数以上がほぼ毎日使用していた(図6)。1日の使用時間は1~2時間が50%と最も多く、3~4時間が24%、30分程度が21%、5時間以上が5%であった(図7)。
4)イヤホンまたはヘッドホンの使用場面
通学時の使用が70%と最も多く、次いで勉強時(50%)、就寝前(30%)であった(図8)。
5)耳症状の有無と種類
9%が何らかの耳症状を訴えており、最も多いのは耳鳴で6%であった(図9)。
6)耳疾患既往の有無と疾患名
12%に耳疾患の既往が認められた(図10)。疾患の内訳は、多い順に急性中耳炎、外耳炎、滲出性中耳炎、感音難聴、鼓膜穿孔、耳瘻孔、突発性難聴、鼓膜炎が挙げられた。
2.イヤホンまたはヘッドホンの使用状況による聴力レベルの比較調査
平均聴力レベルの平均値を①~⑥の両群で比較したものを表1に示す。各々の群につき右耳、左耳同士で比較検討したが、①~⑥の全項目で2群間に有意差は認められなかった。
考察
1.イヤホンまたはヘッドホンの使用状況についてのアンケート調査
1)イヤホンまたはヘッドホンの使用率
今回の調査ではイヤホンまたはヘッドホンの使用は97%に上り、その76%がイヤホンのみを使用していた。1990年の中・高校生を対象に行ったアンケート調査の報告では、ヘッドホンの使用率は中学生42%、高校生51%であった5)。大学生を対象とした2013年の実態調査では97%が携帯型音楽プレーヤを使用していた3)。今回の結果でもイヤホンまたはヘッドホンの使用率は非常に高く、携帯型音楽プレーヤやスマートフォンが広く普及してきた経過が理解される。1980~1990年代の音楽聴取と聴覚との関連に関する研究はヘッドホンによる音響外傷の報告が多く、当時イヤホンは音楽聴取のデバイスとしては普及していなかったことが推察されるが、今回の調査ではイヤホンの使用率が高かった。また、大学生を対象とした2013年の調査では、携帯型音楽プレーヤの種類としてMDとCDプレーヤが多かったが3)、その後のスマートフォンの普及が今回のイヤホンの使用率上昇に起因したと推察される。
2)イヤホンまたはヘッドホンの使用目的
今回の調査では98%が音楽聴取を目的としていた。2013年の報告でも97%の大学生が携帯型音楽プレーヤを所有しており3)、イヤホンまたはヘッドホン使用者は主として音楽聴取を目的としていることが推察される。今回は使用目的としてゲーム・動画閲覧・電話という回答もあり、スマートフォンの普及による使用目的の多様化が反映されていた。音楽の内訳はJ-POPが77%と最も多く、次いでロックが37%であった。近年の音楽はJ-POPやロックといったジャンルの境界が曖昧なものも存在しており、今回の調査は回答者の申告によるため明確な区別は困難であるが、以前から聴覚における問題が重視されてきたロックの聴取者の割合が4割に上っていたことは注目される。ロック音楽が聴覚に及ぼす影響については、一過性閾値上昇が相当程度存在することに加えて永久的聴力損失をきたす可能性も高く、音楽負荷時間が長くなるにつれて障害頻度も上昇するとされる6)。今回の調査でロック聴取者の平均聴力レベルの有意な閾値上昇はみられなかったが、さらに長期にわたるロック音楽聴取が今後聴覚に影響を及ぼす可能性も予想される。
3)イヤホンまたはヘッドホンの使用頻度
今回の調査で使用開始時期は7~9年が39%、4~6年が35%と7割以上の回答者が中学生・高校生からイヤホンの使用を開始していた。1週間の使用頻度は5日以上が60%と半数以上がほぼ毎日使用しており、1日の使用時間では1~2時間が半数を占めた。1987年の中学生を対象としたヘッドホンによる音楽聴取に関するアンケート調査報告では、平均使用年数は1~5年が80%で1日の平均使用時間は1.2時間であった7)。1990年の中・高校生を対象とした調査では、1週間の使用日数の平均は男子3.6日、女子3.1日、1日の使用時間の平均は中学生は男女とも1.3時間、高校生は男子1.6時間、女子1.7時間であった5)。大学生を対象とした2013年の調査では、5年以上の携帯型音楽プレーヤ所有者が72%を占め、1日あたりの使用時間は2時間未満という回答が半数であった一方、3時間以上使用している回答も20%みられた3)。対象と方法の異なる先行研究と本研究を直接比較することは困難であるが、中・高校生でイヤホンまたはヘッドホンを使用している割合が高いことは今回の調査における使用率および使用開始時期の結果と合致する。今回の調査で1週間の使用日数は5日以上が半数を超えており、1990年のヘッドホンの平均使用日数と比較すると5)、よりイヤホンが日常的に使用されるようになったと推察される。1日の使用時間は今回の結果も1990年の調査と同様の5)1~2時間という回答が多く、1日の使用時間に著明な増加はないものと考えられた。
4)イヤホンまたはヘッドホンの使用場面
今回の調査で最も多い使用場面は通学時であった。同様に大学生を対象とした2013年の報告で最も多かったのは移動中であり3)、1985年のヘッドホン使用状況実態調査では自宅でくつろぐ時、電車の中、勉強中、歩きながら、自転車・バイクに乗りながら、などの回答がみられた8)。過去の報告と今回の結果を総合すると、バスや電車での通学や移動時にイヤホンまたはヘッドホンを使用することが最も多いのが現状であろう。そして、バスや電車での移動時間に使用することが1日の使用時間が1~2時間程度にとどまっている理由とも考えられる。今回は通学時使用者─就寝前使用者間に聴力の有意差はみられなかったが、通学時の使用においては就寝前より騒音曝露レベルが高いため音量を上げる可能性は十分にあり9)、通学時イヤホン使用の聴覚への負担のさらなる検討が望まれる。
5)耳症状の有無と種類
今回9%に何らかの耳症状があり、6%は耳鳴であった。中・高校生を対象とした1990年の調査では、自覚症状の存在はヘッドホン10%、ウォークマン型ヘッドホン9%、イヤホン9%であった5)。1987年における調査で、ヘッドホン頻用者の耳症状の出現率が高いことが報告されている4)。ロック音楽による急性感音難聴の報告においては、全例で難聴と共に耳鳴を自覚していた6)。今回の調査でも難聴と耳鳴の両者を訴えた回答がみられたが、必ずしもロック聴取者ではなく、日常的に聴取している音楽と耳症状の間に一定の傾向はなかった。一方で、イヤホンまたはヘッドホン使用者の中にはロック音楽を毎日長時間聴取するという回答も少なくなかった。現在耳症状の自覚がなくても、今後もロック音楽を長期間聴取し続けることにより難聴や耳鳴の自覚が出現する可能性は十分予想され、耳症状出現を予防する対策の検討が望ましいと考えられる。
6)耳疾患既往の有無と疾患名
今回の調査で耳疾患の既往は12%にみられ、急性中耳炎や外耳炎などさまざまな疾患が挙げられた。中・高校生を対象とした1990年のアンケート調査では中学生35%、高校生29%に耳疾患の既往を認め、中学生で有意に高い既往率であった5)。同報告と比較すると今回耳疾患の既往があるとの回答は少なかったが、本人の記憶に基づく質問であったため、幼少時に発症し本人の記憶がない場合もあったと推察される。そして、耳疾患既往ありとなしの回答者間で平均聴力レベルの有意差は認められなかった。
2.イヤホンまたはヘッドホンの使用状況による聴力レベルの比較調査
今回、標準純音聴力検査の結果を比較検討した①~⑥の全項目で両群間の有意差は認められなかった。有意差がなかった理由として、イヤホンまたはヘッドホンの使用を始めてから長い年月を経過していない若年者を対象とした調査であったことが考えられる。イヤホンまたはヘッドホンの使用開始後の使用期間は最長でも10年程度であり、現時点では聴器への影響は少なく聴力レベルの有意差には至らなかったと推察される。一方で、イヤホンやヘッドホンが現在の形状になり日常的に使用されるようになったのは2000年代以降のことであり、長い年月にわたり現在のようなイヤホンやヘッドホンを使用した被検者を対象とした研究は現時点では行い難いと考えられる。イヤホンやヘッドホンを日常的に使用している現在の若年者が今後長期間使用を継続した場合に聴器障害が発生する可能性は十分あり、聴力レベルの有意差が生じることも推察される。
今回のアンケート調査では、音楽機器の使用時における音量を調査することは困難であった。日常的にイヤホンを使用し音楽を聴取する音量により聴器への影響に大きなバリエーションが生じるため、今回は標準純音聴力検査結果の平均値に有意差が認められなかったとも推察される。今後は音楽機器の音圧測定も考慮した、より精密な若年者の音楽聴取習慣と聴力の関連解明に向けた研究が必要と考えられる。
文 献
1)Safe listening devices and systems: a WHO-ITU standard: https://www.who.int/publications-detail/safe-listening-devices-and-systems-a-who-itu-standard.(閲覧2020年3月12日)
2)佐久間綾乃:音響性聴覚障害の文献研究.新潟医療福祉大学医療技術学部言語聴覚学科卒業研究論文集,10:78-85,2014.
3)濱村真理子,岩宮眞一郎:大学生に対する携帯型音楽プレーヤの使用実態調査.日本音響学会誌,69:331-339,2013.
4)戸田行雄,吉野清美,南定ら:強大音響にて音楽を聴取する人の聴力所見.耳鼻と臨床,33:675-678,1987.
5)古川勝朗:ヘッドホン使用と聴器障害─中・高校生における耳科疫学的検討─.岡山医学会雑誌,102:51-61,1990.
6)戸田行雄,竹山勇,羽馬晃:ロック音楽による急性感音難聴の3症例.耳鼻咽喉科臨床,77:3-10,1984.
7)戸田行雄,吉野清美,岩武博也ら:中学生におけるヘッドホンによる音楽聴取と聴力障害.耳鼻と臨床,33:953-957,1987.
8)岡本健,猪忠彦:通信及び音響機器による聴覚への影響.騒音制御,9:254-260,1985.
9)長田泰公:大都市の女子短大生の日常生活,とくに電車通学時の騒音曝露について.人間と生活環境,6:19-24,1998.
図1 アンケート用紙
図2 イヤホンまたはヘッドホンの使用率
図3 イヤホンまたはヘッドホンの使用目的
図4 音楽の種類
図5 使用開始時期
図6 1週間の使用頻度
図7 1日の使用時間
図8 使用場面
図9 耳症状の有無と種類
図10 耳疾患既往の有無
(令和2年5月号)