山口 正康1)、松田 正史2)、大塚 富雄3)
1)山口クリニック
2)松田内科呼吸器科クリニック
3)おおつか内科クリニック
はじめに
我が国は高齢化の進展に伴い、認知症高齢者が増加し、2025年には認知症の有病者数は700万人に至ると推計されている。認知症を早期に発見し対応することで、認知症の進行を遅らせ、重度の要介護状態を予防し、地域で安心して暮らすことができる。そのためにも早期発見・早期対応は、地域で認知症の人とその家族を支えるために、早急に取り組まなければならない重要課題になっている1)。
認知症の早期発見を目的に、これまでに全国のいくつかの自治体で認知症検診が行われており、その成果が報告されている2)3)4)。盛岡市では市医師会が主体となって、平成14年から「もの忘れ検診」を実施しており、より早期の認知症の方が発見され、適切な治療、ケアが地域ぐるみで進み、多くの市民が認知症に関心を持つようになったと報告されている5)。認知症を早期に発見するためには、客観的で簡易な検診を基本健診と同時に実施し、認知症が疑われる場合は、専門医療機関へ速やかにつなげていくシステムが必要である。
北区では、盛岡市の「もの忘れ検診」をモデルに、認知症の早期発見の取り組みを検討してきた。かかりつけ医が中心となり、病院、北区役所健康福祉課、地域包括支援センターなどと連携し、専門病院へのスムーズな紹介、および診断後の認知症ケア、介護支援などのシステムの構築を考案し、北区の「特色ある区づくり予算」を用い、北区内13医療機関の協力のもと、認知症の早期発見・早期対応に向けた取り組みとして、「もの忘れ検診」を平成29年度から開始した。その取り組みについて紹介し、検診の有用性を報告する。
北区もの忘れ検診の事業内容
北区もの忘れ検診は、かかりつけ医が簡単な問診を行うことで、認知症疑いの判定をし、早期に専門医療機関へ紹介するシステムで、もの忘れ検診を希望される方は、市の特定健診と同時に実施され、その費用は無料である。
1)対象者
対象者は、北区に住民票のある65歳以上の新潟市国民健康保険、新潟県後期高齢者保険加入者及び生活保護受給者で、過去に認知症の診断を受けたことのない方である。
2)実施医療機関
「もの忘れ検診」の実施は、検診に協力・同意された北区内の13医療機関で行い、検診の結果、認知機能の低下が疑われる場合は、7精密検査実施医療機関へ紹介し、画像診断を含めた認知症の診断をお願いする(図1)。
3)検診の実際
検診医は、物忘れ検診フローチャート(図2)に沿って問診し、以下の3つを質問する。
①最近のニュースではどんなことがありましたか?
②今の季節は何ですか?
③今日は何月でしょうか?
最初の質問で、ニュースが「わからない」「気にしていない」「ニュースは見ない」「的外れの答え」の場合は誤答とし「要精密検査」と判定する。それ以外の質問のみが誤答の場合は「要経過観察」と判定する。検診結果は、「検診票」(図3)に記録し、一部は区役所へ提出する。精密検査が必要な場合、ご本人及びご家族へ、認知症の早期診断の重要性を十分に説明した上で、精密検査を推奨し、専用の「もの忘れ検診紹介状」により、精密検査医療機関へ紹介する。精密検査医療機関は、診断結果を「精密検査結果連絡票」に記載し、かかりつけ医に返送し、かかりつけ医は結果の一部を区役所に返送する。
4)検診の周知および認知症の啓蒙
検診の周知は「北区だより」及びチラシ配布(図4)、医療機関へのポスター掲示等により周知する。実施医療機関は、検診受診者の全員に、「認知症安心ガイドブック」及び地域包括支援センターのチラシを配布し、市民へ認知症の啓蒙をする。要精査となった方へは、ご本人の了解のもと、精査医療機関へ紹介するとともに、支援が必要な方については、ご家族へも連絡し、地域包括支援センターからの相談を受けることを勧める。
区は、かかりつけ医からの「検診票」をもとに、支援対象者リストを担当地域包括支援センターへ送付し、センターは、個別フォロー支援を開始する。その後の経過は「もの忘れ検診地域包括センターフォロー連絡票」でかかりつけ医に報告する。
結果
1)一次検診について
平成29年度から令和元年度までの3年間で、4,842人が受診した。うち異常なし4,739人(97.8%)、経過観察55人(1.15%)、要精密検査48人(0.99%)であった(表1)。
年代別では70代が最も多く、次いで80代であった(図5)。
検診受診割合は、平成29年度の北区検診対象者が19,394人に対し、一般健診受診者が6,430人(35.8%)物忘れ検診受診者は2,299人(11.9%)であった。平成30年度は、物忘れ検診受診者は1,393人(7.1%)と減少した(表2)。
2)精密検査の受診状況について
要精密検査48人のうち、本人、家族が精査を望まない場合や、かかりつけ医が対応するなどの理由で未紹介6人を除く42人(87.5%)が精検医療機関へ紹介され、うち39人(92.9%)が受診した(表3)。
3)受診結果について
精密検査結果は、MCI(軽度認知障害)が15人、アルツハイマー型認知症(AD)が12人、脳血管性認知症が2人、その他の認知症(レビー小体型など)が2人、その他(精神疾患など)が2人、異常なし6人であった(表4)。診断結果にもとづき、かかりつけ医は、自院で治療するか、認知症専門医へ治療依頼するかを判断し対応している。
4)要経過観察者について
要経過観察者は3年間で55人であった(表1)。かかりつけ医は要経過観察者及び家族に対し、その後の診療や介護現場での注意深い経過観察の必要性を十分に説明し、今後は地域包括支援センターと連携し、地域での経過観察を継続的にお願いすることとした。
5)地域包括支援センターのフォローについて
認知症の進行は、本人の生活環境、家族関係、介護状況など、地域での生活様式が大きく関わっており、診断後の地域でのフォローアップ体制が必要と思われ、検討会で協議を積み重ねた結果、地域包括支援センターとかかりつけ医の連携強化を図った。平成30年度より、要精密検査者および要経過観察者全員に、担当の地域包括支援センターが関わり、ご本人、ご家族の同意を得て、かかりつけ医の「もの忘れ検診票」を基に、担当の地域包括支援センターが自宅へ訪問し、現状や生活支援の必要性などを把握し、必要に応じた地域サービスにつなげている。その後の経過は、「もの忘れ検診 要経過観察者連絡票」を通じ、定期的にかかりつけ医に報告し、さらなる連携を構築している(表5)。
6)事例報告
「認知症と診断され、早期に治療できたケース」
83歳、女性。高血圧症、高脂血症にて通院中。最近、同じ話の繰り返しや服薬忘れが多くなり、外出が減ったため家族が心配し、物忘れ検診を希望。「ニュースには興味がなく、わかりません」とニュースへの関心、記憶がなく、要精査と判断された。精検医療機関でMRI検査、長谷川式認知症スケール(HDS-R)などを施行し、初期のアルツハイマー病と診断された。地域包括支援センターからフォローアップ支援を受け、介護保険申請し、週3回のデイサービスを開始した。また、専門医からは、ドネペジルの投与を勧められ、服用開始1年半経過したが、ADLは安定している。
「MCIと診断され、地域包括支援センターの支援が効果的だったケース」
76歳、女性。娘さんと一緒に来られ、もの忘れを心配され受診。ニュースが答えられず要精査となり、精査の結果「MCI」と診断された。かかりつけ医は、ご本人・ご家族に「MCI」の意味を丁寧に説明し、定期的な経過観察の重要性を説明し、地域包括支援センターからの定期訪問と相談を開始した。最近は自宅に籠りがちで、ストレスが溜まっているとのことで、体操教室への参加を勧め、その後積極的に楽しんで運動するようになり、表情も明るくなり、前向きに生活するようになった。今後は介護保険を申請し、デイサービスや地域のサロンへの参加も勧めている。
考察
高齢化がすすみ、認知症の方が急増している中、認知症専門医でない医師も、認知症を見分け、専門医への相談や治療をスムーズに行うことが重要となっている。しかし、認知症の検査には抵抗のある方も多く、検査に時間がかかるなど、課題があるのも実状だ。
今回の検診は、簡易な問診を通し短時間に診察することで、被験者への心理的負担は軽く、日常の業務をこなす検診医の負担も少なく、認知症スクリーニング法としては極めて有益な方法と思われた。実施医へのアンケート結果(図6)では、検診の所要時間は5分未満~5分が91%で、実施の負担感は「ほとんどない」が73%であり、検診は抵抗感なく実施されていると思われた。さらに、もの忘れ検診の意義を評価し、検診の取り組みへのモチベーションも高く、認知症を専門としないかかりつけ医が、多忙を極める日常診療の現場で行う検診法としては有意義なものと思われた。
今回の検診では、総受診者4,842人のうち0.99%が要精査となり、うち16人が認知症、12人がMCIと診断された。盛岡市の「もの忘れ検診」でも、毎年の要精査率は約1%と報告されており、ほぼ同様の結果であった5)。発見された認知症、MCIの方は、その後、速やかに治療、介護支援に結びついており、認知症の早期発見、早期治療の観点からは極めて有用な検診であると思われた。一方、ミニメンタルステート検査(MMSE)などを用いた認知症検診では、要精査率が6.2%~16.8%と報告されており6)7)、簡易検査法での拾い上げの難しさを伺わせた。今後は問診内容の再検討、ご家族へのアンケートの導入なども考慮し、精検率のアップにつなげていきたいと思う。
現在までに、市報や認知症講演会などを通し、「もの忘れ検診」の重要性を市民に啓蒙するとともに、医師会で課題を協議してきた。市民の認知症に対する関心が高まるとともに、かかりつけ医の認知症診断・診療への道筋が明らかになった。医師会の先生方の熱意、周辺病院の協力、ならびに地域包括支援センター、区役所との連携により、円滑に事業を展開することができた。特に地域包括支援センターの熱心な訪問、相談により、多くの方が介護保険サービスの利用に結びつき、今後の生活の支えになっている。一方で、認知症と診断されたが、短期間で認知機能の低下が進行し、専門病院への入院、施設利用など、病状の急速な変化が見られた方もおり、あらためて認知症の早期発見・早期治療の重要性を感じている。認知症の早期発見のためには、認知症に対する市民の偏見をなくし、「認知症の早期であれば予防や治療の可能性がある」ことをさらに積極的に啓蒙し、市民が安心して受けられる検診を目指していきたいと思う。
おわりに
最近は、市町村が主体となって進めている認知症検診は全国で実施されるようになってきている。認知症検診は、市民が抵抗なく認知症治療を受ける糸口となり、その後の地域での生活支援づくりを円滑に進めるために大きな意義がある。
簡易スクリーニング法を用いた「もの忘れ検診」は、短時間で実施可能であり、健診の場でもMCIやADの早期発見に有効であり、その後の迅速な治療やケアにつながることが期待できる。このような取り組みがさらに広がり、認知症になっても安心して暮らせる街づくりが進むために、医師会と行政が協力する体制が必要である。
謝辞
本事業での取り組みと本報告に関し、新潟市医師会15班の先生方、豊栄病院、精検実施医療機関(新潟リハビリテーション病院、南浜病院、松浜病院、総合リハビリテーションセンターみどり病院、東ニイガタ友愛クリニック、本田脳神経外科クリニック、こんの脳神経クリニック)、地域包括支援センター阿賀北、くずつか、上土地亀および新潟市北区役所健康福祉課のスタッフの皆様の多大なる協力に深謝します。
文献
1)厚生労働省ホームページ(2020):認知症に対する取り組み.認知症施策推進大綱(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000076236_00002.html).
2)浅野務、佐藤達也、松本眞彦ほか:草加市における認知症検診の取り組み.日本認知症予防学会誌、7:2-7,2017.
3)宮内吉男、植村桂次、武久一ほか:徳島市におけるもの忘れ検診─4年間の結果と展望─.四国医学雑誌、64:232-235,2008.
4)月岡鬨夫:地域における痴呆の早期発見と対応 群馬県における「もの忘れ検診」について.老年精神医学雑誌、14:26-34,2004.
5)金子博純:「もの忘れ検診」と地域づくり.治療、86:174-178,2004.
6)宮澤仁郎:新たなアルツハイマー型認知症の診断スクリーニング検査法「Me-CDT」.実験と治療、712:49-53,2014.
7)杉山智子、丸井英二、村松康弘ほか:認知症早期発見を目的とした集団検診の継続意義と検診からの脱落者の追跡調査の有用性.厚生の指標、57巻10号:1-5,2010.
図1 新潟市北区「もの忘れ検診」事業
図2 「もの忘れ検診」問診フロー
表1 一次検診 受診者数
図5 年代別受診者状況
表2 保険者別検診受診割合
表3 要精密検査者の受診状況
表4 北区もの忘れ検診精密検査結果
表5 地域包括支援センター別フォロー数
図6 「もの忘れ検診」に関するアンケート(配布数12 回答11)
(令和2年9月号)