帝京大学ちば総合医療センター 地域医療学 教授 井上 和男
はじめに
2020年1月25日、新潟大学地域医療学の井口清太郎教授の紹介で、2019年度(第8回)新潟市医師会地域医療研究助成発表会に特別講演講師として招聘をいただきました。有壬記念館での助成をうけた研究者の方々の発表を拝聴しました。いずれの発表も、地域医療の現場での題材や疑問、あるいは課題を基にしており、私の講演内容であるPracitice based researchと相通ずるものがあると感じました。
本稿は、その特別講演の内容から配布資料として抜粋した18スライドを基にし、それらに講演中に話した内容に沿って、さらにスライドおよび説明を付記しています。講演をしている時間は楽しく、あっという間の60分でした。手前味噌ながら、聴講していただいた参加者の方々に何かしらの意味で、私のメッセージが伝わったのではないかと考えます。なお、内容が多いため、2回に分けました。前回に引き続き、今回はその後半部分です。ご興味のある方は通読いただければ幸いです。なお、2つに分けましたので、この後半部分なりの特色を出しました。研究の細部についてより詳細に記載しております。
このスライドは、前回のコホート研究の続編です。ベースライン時に、村の健康診断を受けていた371名の高齢者のデータを分析しました6)。
スライドにあるように、私は、高齢者ではスリムよりふっくらしている人が「健康的に見える」と思っていました。加齢に伴い、背中が曲がってくるのもあるので、例えばBody Mass Index(BMI)などの肥満度指標は高齢者ではある程度割り引いて考えてもいいとも思っていました。それからどうしたか?実は何をするというわけでもありませんが、ずっとその思いを持ち、機会があるときは文献検索をしていたのですが思うような情報はなく、この考えを抱き続けていました。
これは、私の定期的な訪問診療の時のスライドです。このお二人の高齢女性は、知り合いだったのですが小川の谷を挟んで、しかも左の人は坂の上で暮らしていました。なかなか下へ降りてこれないが右のお友達と会えると嬉しいということで、その次の訪問診療では道路わきの倉庫で二人一緒に診察したのです。このような患者さんだけでなく、比較的元気な在住高齢者は痩せている人は少なく、ちょうど「ぽちゃ」といえる人が多いなと実感していました。
こういうエピソードもありました。健康診断の結果を高齢者の患者の方が持参してきた。その結果には、スライドにあるように太っているので痩せましょうとあった。しかし、太っているといってもBMIが27くらいなのでちょうど私の言う「ポチャ」くらいです。「では私は、楽しみにしている午後の友人との歓談でおやつを我慢しないといけないのでしょうか?」との事。その方は、受診患者ではあっても、現在特段な健康状態の問題はない。加えて、食事の楽しみや友人との楽しい会話は生活の質を考えればとても大切である。ですので、前から持っていたこの研究疑問に取り組みました。
研究に先立って、前述した研究疑問を単純明確化、そして分析可能なものにします。スライドにある通りですが、最終的に英文論文を作成するならテーマ・疑問を簡素な英文として、文献検索します。なお、例えば「高齢者」という用語を同様の複数の英語で検索します。
スライドはこうやって検索した先行論文例です。この段階では、タイトルと抄録を読めば十分です。図示した部分などが比較すべき主な情報です。なお、こうしたシンプルな研究疑問でも、先行研究として検討すべきものはそれほど多くありません。正確な数は忘れましたが、この研究でも先行研究といえるものは片手で足り、スライドにあるものはその中で最も検討すべきものでした。
前スライドにある先行研究との比較です。こうして検討した結果、本研究についての独自性も確認しました。
研究対象者371名のうち、5年間の観察期間で死亡者は37名でした6)。生存者との比較で、死亡ケースは高齢、男性、飲酒(有意差得られず)、血清LDLコレステロール低値(有意差得られず)、血清クレアチニン高値、そしてBMI低値がありました。ちなみにこの表を見直す時、BMIは当初の研究疑問だったのですが、心血管危険因子であるLDLコレステロール低値も死亡リスクの可能性がありました。本研究でも対象集団が多ければ、明確な結果が出せたのではと(内心いささか残念に)思っています。
この結果を見て、やはり高齢者では低いBMI、つまりやせというのは問題がある。過度の肥満はよろしくないだろうが、やせればいいと単純に言えるものではないと感じました。
本研究においてBody mass indexで3群に分けての5年間の分析です。結果は明白であり、BMIが25を超す「ぽちゃ」群は死亡なし(しぶとい、もとい元気)、そして「普通」(BMI 18.5-25.0)、「やせ」(BMI 18.5未満)の順で生存率が低下していました。なお、スライドにはありませんが、多変量解析(ハザード分析)でも低BMIは死亡の独立したリスクであることが確認できました。
その後、中高齢者の軽度の肥満をどう考えるかについては、議論が起きています。スライドは、その1例で、丁度BMIの分類が本研究と同じでした。私は、高齢者においては、より若い人に比較して栄養状態や運動機能の維持、あるいは内臓機能に加えて、骨や筋肉の維持などが重要と考えています。そのため、単純な肥満やその指標よりもこうした因子に留意すべきでしょう。いずれにせよ、これからもこの研究テーマは多くの研究によって評価されるべきと思っています。
これまで述べた2つの研究事例は、デザインから言えば前向き(コホート)研究になります。ここで、もう少し身近と言え、かつ症例報告の次のレベルといえる「症例シリーズ」について説明します。症例シリーズとは、ある疾患や状態について複数の研究対象群で治療経過や結果を観察し、そのデータをまとめて報告する記述研究です。症例シリーズは、臨床医の皆様には身近に感じられることと思います。
これは私自身が経験した症例です。スライドにある画像だけで、ほぼ診断できると思います。そう、リンゴ病(伝染性紅斑)つまりParvovirus B19感染症です。
実はこの感染症も当然ながら未感染の成人にも発症するのですが、内科などの地域医療ではそのことはあまり知られていませんでした。当然ながら成人症例の報告も少なかったですし、検索できた文献は高次医療機関からのものだけでした。ですので、プライマリ・ケアの状況で臨床像を記述すれば、診断に役立つ情報提供となると考えました。またそれ以前のBackgroud storyがあります。発熱、関節痛や浮腫、発疹などがみられるために、例えば膠原病の疑いなどとされ、正しく診断されていない症例を過去に何例か経験していました。それが、本研究7)の伏線となっています。
ある年にリンゴ病が流行し、私の友人が開業している診療所でも、リンゴ病の小児症例を多く診療していました。そして小児よりは数が少ないながらも、成人症例も複数見られました。そしてその友人が言うには、「こういう症状だから、例えば痛みで整形外科にかかったりして、正しく診断を受けてない患者さんが何例もいるんだよね」と。そこで私自身が持っていた上記の伏線と合致し、「これは報告する意義がある!」と考えました。なぜならば、種々の検査をする前に、流行状況などからリンゴ病を疑えば、身近(自分の子供など)で最近リンゴ病の患児がいなかったかどうか聞くだけで、診断の手掛かりになるからです。
そこで当該の診療所での成人14症例をまとめ、症例シリーズとして論文化しました7)。次ページの大スライドは、その論文からの図です。小児からの家族内感染を反映してか、成人症例は女性が多く、また関節痛や浮腫が頻発していました。多くの症例で家族内感染が検出できましたが、中には不明な症例もありましたので、感染経路の解明はさらに検討する臨床上の意義があるでしょう。また、前医受診例では関節リウマチや帯状疱疹など他の疾患と診断された場合も多く、成人のリンゴ病についての注意喚起が有用です。診断については血清抗体(IgM)の測定で可能ですが、何よりもリンゴ病を疑って患者との接触歴があるかを尋ねることが診断の手掛かりとなります。
英文論文からの抜粋です。「プライマリ・ケアの現場で、浮腫・関節痛、発疹などがある場合、患者との接触歴を聞くことで成人リンゴ病の効率的な診断をすることができる」と結論付けました。この論文は、広く使われている診療データベースである、UpToDateに文献として引用されています。
おわりに
Practice based researchは、「地域医療の現場で働く」臨床家のための研究手法です。日常臨床で湧き上がる疑問について、ガイドラインや論文の検索をしてみても適切な回答がない、あるいは自分の実感と違う、こうしたことは多くの臨床家が経験していることだと考えます。そうした疑問やアイデアについて、もし可能であれば研究を実践する、そしてその研究成果をメッセージとして出すことで、医学・医療におけるエビデンスの享受者だけではなく発信者としても貢献できる、と私は考えています。
謝辞
講師として招聘いただいた、藤田一隆先生(前医師会長)、浦野正美先生(現医師会長)はじめ諸先生方、そして講演のサポートをしてくださった医師会事務局の皆様、ありがとうございました。最後のスライドは、発表会後の懇親会での写真です。皆様の笑顔を拝見しながら、このような学術活動が益々活発になることを願っております。
引用文献・サイト
番号は第1回および第2回を通じて共通です。なお8-13は印刷物として私が今回述べたPracitce based researchの事例を含めて、詳細が掲載されております。
1.井上 和男. Inoue Methods website. http://www.chiikiiryo.jp.
2.井上 和男. 草の根から見た医師たち─海外留学を振り返って. ドクターズマガジン 2005; 70: 2.
3.Inoue K, Sawada T, Suge H, Nao Y, Igarashi M. Spouse concordance of obesity, blood pressures and serum risk factors for atherosclerosis. Journal of Human Hypertension 1996; 10: 455-9.
4.White KL, Williams TF, Greenberg BG. The ecology of medical care. The New England Journal of Medicine. 1961: 265; 885-892.
5.Inoue K, Shono T, Matsumoto M. Absence of outdoor activity and mortality risk in older adults living at home. Journal of Aging and Physical Activity 2006; 18: 203-11.
6.Inoue K, Shono T, Toyokawa S, Kawakami M. Body mass index as a predictor of mortal-ity in community-dwelling seniors. Aging Clinical and Experimental Research 2006; 18: 205-10.
7.Waza K, Inoue K, Matsumura S. Symptoms associated with parvovirus B19 infection in adults: a pilot study. Inter Med 2007; 46: 1975-8.
8.井上 和男. JIM Lecture プライマリ・ケア医だからできる臨床研究入門(第1回)なぜ,「Practice based research(PBR)」なのか. JIM: Journal of Integrated Medicine 2013; 23: 706-9.
9.井上 和男. JIM Lecture プライマリ・ケア医だからできる臨床研究入門(第2回)研究にあたって大切なこと. JIM: Journal of Integrated Medicine 2013; 23: 792-5.
10.井上 和男. JIM Lecture プライマリ・ケア医だからできる臨床研究入門(第3回) 山村診療所からの情報発信 PBRの実例(1).JIM: Journal of Integrated Medicine 2013; 23: 910-3.
11.井上 和男. JIM Lecture プライマリ・ケア医だからできる臨床研究入門(第4回) 山村診療所からの情報発信 PBRの実例(2).JIM: Journal of Integrated Medicine 2013; 23: 990-4.
12.井上 和男. JIM Lecture プライマリ・ケア医だからできる臨床研究入門(第5回)プライマリ・ケア医による論文作成(1).JIM: Journal of Integrated Medicine 2013; 23: 1097-103.
13.井上 和男. JIM Lecture プライマリ・ケア医だからできる臨床研究入門(第6回)プライマリ・ケア医による論文作成(2).JIM: Journal of Integrated Medicine 2014; 24: 76-83.
(令和2年11月号)