新潟大学大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学教室
関根 正幸、黒澤 めぐみ、山口 真奈子、
工藤 梨沙、安達 聡介、榎本 隆之
はじめに
日本人女性では、年間約1万人が子宮頸がんを発症し、約3千人が死亡している。高度異形成と上皮内がんまで含めると年間3万人以上が罹患し、年間1万2千人以上が子宮頸部円錐切除術を受けている。初交年齢の若年化に伴い、前がん病変である子宮頸部異形成は20歳代から増加し、子宮頸がん検診が20歳から開始されている所以である。
2013年4月に12−16歳の女性を対象として開始されたHPVワクチンの定期接種プログラムは、2ヶ月後に積極的勧奨の中止が発表されて8年が経過している。全国的に70%以上あったワクチン接種率は1%未満に激減した状況が続いていたが1、2)、今年に入り接種率が上昇に転じているとの報道がみられる。その接種率上昇が、我々アカデミアが発信してきたメッセージが国民に徐々に受け入れられている兆候なのか、昨年10月に厚生労働省が改訂して各地方自治体から個別情報提供が行われたリーフレットの効果なのかは分からないが、これまで副反応報道を中心に行ってきたメディアがHPVワクチンの有効性に関しても正確なデータを報道し始めていることは事実である。
HPVワクチンは現在3種類が認可されており、2価ワクチンのサーバリックス®(2009年認可)、4価ワクチンのガーダシル®(2011年認可)、9価ワクチンのシルガード®9(2020年認可)である。2価ワクチンはハイリスクHPVのうちHPV16/18型を予防し、4価ワクチンはHPV16/18型に加えて尖圭コンジローマの原因になるローリスクのHPV6/11型の感染を予防する。9価ワクチンは、ハイリスクHPVのうちHPV16/18/31/33/45/52/58型とHPV6/11型の感染を予防する。本邦の子宮頸がんにおける検出頻度からは、約90%の子宮頸がんを予防可能と推測されている3)。しかし、9価ワクチンは本邦では10歳以上の女児を対象に認可されているものの、定期接種には含まれておらず、接種を希望する場合には自費接種となる。男児に対しては4価HPVワクチンが認可されているが、男児に対しても定期接種には含まれていないため、自費での接種となる。
このような状況の下、我々は新潟市を舞台にしてHPVワクチンの有効性に関する疫学研究(NIIGATA STUDY)を実施している。本稿ではその結果を中心に、HPVワクチン接種率向上に向けての新潟県の取り組みについても解説させて頂きたいと思う。
ワクチンの予防効果
我々は、2011年から厚生労働科学研究費補助金事業(榎本班)として、またそれに引き続いて2015年からは、AMED(日本医療研究開発機構)革新的がん医療実用化研究事業として、「HPVワクチンの有効性を評価するための大規模疫学研究」を行っている4−9)。その中でNIIGATA STUDYは、新潟県における子宮頸がん検診受診者を対象として、HPV感染、細胞診異常、組織診異常の減少効果を検証する横断研究である。HPVワクチン接種歴は、アンケートによる自己申告に加えて自治体の接種記録からワクチンの種類、接種日、接種回数を確認し、ワクチン接種群と非接種群の割り付けを行った。さらに、登録者の性的活動性(初回性交年齢、性交経験人数)もアンケート調査し、これらの因子を加えて正確なワクチン有効性を算出した。本研究の登録者は、20−22歳のHPV2価ワクチン接種者1355人(74.6%)、非接種者459人(25.4%)で、ワクチン接種者のうち1295人(95.5%)は3回接種を完了していた。ワクチン接種者のHPV16/18型感染率が0.2%であったのに対し、非接種者の感染率は2.2%で、ワクチンの有効率は91.9%と高い感染予防効果を認めていた4)。特に、初交前にワクチンを接種した群では、HPV16/18型に対する感染予防効果の有効率は93.9%とさらに上昇し、HPV31/45/52型に対しても感染予防効果(有効率67.7%)を認めていた4)(図1)。この結果を考慮すると、HPV2価ワクチンの直接の標的であるHPV16/18型にHPV31/45/52型に対するクロスプロテクション効果を加えると、日本人子宮頸がんの80%以上をカバーできる可能性がある。各ハイリスク型に関する詳細なクロスプロテクション効果を図2に示すが、既報では効果があるとされるHPV33型の感染予防効果は、HPV16/18/31/45/52型に比べると弱い可能性が示唆されている6)。
AMED榎本班のJ Studyは、全国31自治体からデータ提供を受け、症例(細胞診異常):2483人(CIN(Cervical Intraepithelial Neoplasia, 子宮頸部上皮内腫瘍)1以上:1014人、CIN2以上:217人)、対照(細胞診正常):12296人のデータを解析している10)。細胞診異常に対するHPVワクチンの予防効果に関して、CIN1以上に対してはOR=0.42(0.31−0.58)、有効率57.9%、CIN2以上に対してはOR=0.25 (0.12−0.54)、有効率74.8%、CIN3以上に対してはOR=0.19(0.03−1.15)、有効率80.9%であった。CIN1以上の予防効果に加えて、CIN2以上の予防効果まで示されている。CIN3以上についても同様の傾向はあったが、症例数が少ないため有意差はなかった(図3)。
NIIGATA STUDYでは、HPVワクチン接種の有無を本人の自己申告から分類することの危険性も報告している9)。自己申告に基づいたHPVワクチン接種の有無に関する的中率は低く、特に陰性反応的中率(接種したことがないと申告した人が本当は接種を受けている確率)は約50%であり、自己申告に基づいてHPVワクチン非接種者を設定すると、半数が誤分類になるという大きな問題提起をした。自己申告で接種していないと回答しているが、実際には自治体記録で接種が確認された(つまり自分がHPVワクチンを接種したことを忘れてしまっている)女性が全体の11%もいたことは驚きの結果であった。
さらにNIIGATA STUDYでは、2014年度から2020年度にかけて、ワクチン接種率の上昇により、新潟市の20−21歳女性でHPV16/18型感染率がどのように変化したかを追跡している。ワクチン接種率が30.7%(2014年)、から93.7%(2017年)と上昇し、HPV16/18型感染率は1.3%(2014年)から0%(2017年)まで有意に減少していた(p=0.02)(図4)。その後2020年にはワクチン接種率が約30%にまで激減し、HPV16/18型感染率は約2%に再上昇を認めている(投稿準備中)。日本政府による「HPVワクチン積極的勧奨の中止」が、実際に日本人若年女性においてHPV感染率の再上昇を招いている事実が判明し、彼女らの将来的な子宮頸がんリスクの上昇に警笛を発するsensationalなデータとなっている。
9価ワクチンの認可
9価ワクチンは2014年12月に米国で承認されて以降、現在では世界80以上の国と地域で承認されている11)。本邦では、2020年7月21日に、厚生労働省より製造販売が承認された。本邦での添付文書では、対象は9歳以上の女性のみで、効能・効果は子宮頸癌及びその前駆病変(軽度異形成から上皮内癌を含む)・外陰上皮内腫瘍・腟上皮内腫瘍・尖圭コンジローマとなっている。9価ワクチンはその需要の高さより世界的に供給不足が指摘されており、わが国でいつ公費接種に含まれるかまだ不透明な状況であることから、9価ワクチンの導入を待って定期接種の年齢上限を超えてしまうことがないように注意をお願いしたい。
男性への接種
男児への定期接種は、現在40カ国以上で認可されている12)。本邦においても4価ワクチンの効能・効果の変更が承認され、男性への接種が可能になった。追加となった効能・効果は、HPV6、11、16及び18型の感染に起因する肛門癌(扁平上皮癌)及びその前駆病変(肛門上皮内腫瘍(AIN)1、2及び3)並びに男性での尖圭コンジローマの予防適応である。9歳以上の男性への対象拡大が認められたわけであるが、女子に対するワクチン接種率の回復が進まない状況では、男子に対する接種の普及は困難な状況が予想される。増加が懸念されている中咽頭がんに対する予防は、現在の適応には含まれていない。
厚生労働省のリーフレットと新潟県の取り組み
厚生労働省は、積極的勧奨の差し控えは継続しているものの、2020年10月9日に各地方自治体へHPVワクチンについて個別に情報提供をする様に通達を発した。HPVワクチン接種対象者及びその保護者へ個別周知を行うとともに、接種機会の確保を図ることを自治体に求め、同時にHPVワクチンに関する接種対象者や医療機関へのリーフレットも改訂された13−16)。
その通知を受け、新潟県では新潟大学産婦人科・小児科・リハビリ科を中心に、2020年11月に「新潟HPVプロジェクト」を発足した。スタートアップの座談会には、新潟県・新潟市の自治体担当者にも出席をお願いし、新潟県医師会、新潟市医師会、新潟県小児科医会、新潟県産婦人科医会、新潟市産婦人科医会からも参加を頂き、HPVワクチンに関する以下の問題点:①医療現場、行政における現況と問題点、②ワクチン接種時の患者登録について(行政との情報共有は可能か?)、③リーフレット配布方法と配布後の連携について、④副反応診療システムの連携強化について、に関して活発な議論が行われた。今後も、HPVワクチン接種を促進、維持するために、我々医療関係者と自治体が連携して、どのように被接種者と保護者をサポートしていくか、実践へ向けての議論を重ねている。
おわりに
2020年10月には、スウェーデンから世界で初めて浸潤子宮頸がんの減少効果が、国家規模での大規模疫学調査によって実証された17)。約167万人の10−30歳の女性を対象として4価ワクチンの有効性を31歳まで追跡調査した結果、推奨通りに17歳前に接種を受けた女性では88%の減少効果を認め、キャッチアップ接種として17−30歳で接種を受けた女性では53%の減少効果であった。両者とも統計学的有意であり、HPVワクチンの浸潤子宮頸がんに対する予防効果が示された。今後我が国においても、浸潤癌の予防効果に関する解析データに注目が集まっている。
このままHPVワクチン接種率が減少した状態が続けば、生まれ年度によってHPVワクチン接種率が大きく異なってしまう状況が継続する。1994−1999年度生まれの積極的勧奨中止前に接種した世代は約70%の接種率であるが、積極的勧奨が中止された2000年度生まれ以降のHPVワクチン接種率は0%近くまで低下しているため、2000年度生まれ以降の日本人女性はHPV感染及び子宮頸がん罹患リスクがHPVワクチン導入前世代と同程度まで戻ってしまう可能性が示唆され18)、実際に新潟市では2000年度生まれの女性において、HPV16/18感染率の再上昇が認められている。
我々は、自治体との連携により、正確なワクチンの接種情報に基づいた科学的信用性の高い解析を行い、HPVワクチンの有効性に関するデータを国民に発信し続けている。ワクチンの安全性に関しては、接種対象者と保護者に対して、実際に接種を行う産婦人科医、小児科医、内科医が連携し、副反応診療体制の充実を図り、自治体や医師会と連携して正確な科学的情報の啓蒙活動を行うことが重要であると考えている。
文献
1.Sekine M, Kudo R, Adachi S, Yamaguchi M, Ueda Y, Takata T, et al. Japanese Crisis of HPV Vaccination. Int Pathol Clin Res. 2016 2: 039.
2.S. J. Hanley, E. Yoshioka, Y. Ito, R. Kishi, HPV vaccination crisis in Japan. Lancet 2015 385, 2571.
3.Garland SM, et al.: Safety and immunogenicity of a 9-valent HPV vaccine in females 12–26 years of age who previously received the quadrivalent HPV vaccine. Vaccine 2015; 33: 6855-64
4.Kudo R, Yamaguchi M, Sekine M, Adachi S, Ueda Y, Miyagi E, Hara M, Hanley SJB, Enomoto T. Bivalent Human Papillomavirus Vaccine Effectiveness in a Japanese Population: High Vaccine-Type-Specific Effectiveness and Evidence of Cross-Protection. J Infect Dis. 2019 Jan 9; 219(3): 382-390.
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6.Sekine M, Kudo R, Yamaguchi M, J B Hanley S, Hara M, Adachi S, Ueda Y, Miyagi E, Ikeda S, Yagi A, Enomoto T. Japan’s Ongoing Crisis on HPV Vaccination. Vaccines (Basel). 2020 Jul 6; 8(3): 362
7.Kudo R, Sekine M, Yamaguchi M, Hara M, Hanley SJB, Ueda Y, Yagi A, Adachi S, Kurosawa M, Miyagi E, Enomoto T. Internet Survey of Awareness and Behavior Related to HPV Vaccination in Japan. Vaccines (Basel). 2021 Jan 25; 9(2): 87
8.Yamaguchi M, Sekine M, Hanley SJB, Kudo R, Hara M, Adachi S, Ueda Y, Miyagi E, Enomoto T. Risk factors for HPV infection and high-grade cervical disease in sexually active Japanese women. Sci Rep. 2021 Feb 3; 11(1): 2898.
9.Yamaguchi M, Sekine M, Kudo R, Adachi S, Ueda Y, Miyagi E, Hara M, Hanley SJB, Enomoto T. Differential misclassification between self-reported status and official HPV vaccination records in Japan: Implications for evaluating vaccine safety and effectiveness. Papillomavirus Res. 2018 Dec; 6: 6-10
10.Ikeda S, Ueda Y, Hara M, Yagi A, Kitamura T, Kitamura Y, Konishi H, Kakizoe T, Sekine M, Enomoto T, Sobue T. Human papillomavirus vaccine to prevent cervical intraepithelial neoplasia in Japan: A nationwide case-control study. Cancer Sci. 2020 Oct 10
11.de Martel C, et al. Worldwide burden of cancer attributable to HPV by site, country and HPV type. Int J Cancer. 2017; 141: 664-670.
12.Global HPV Vaccine Introduction Overview
https://www.path.org/resources/global-hpv-vaccine-introduction-overview/
13.厚生労働省 HPVワクチンに関する通知・事務連絡 別紙1 リーフレット(概要版)PDF形式 https://www.mhlw.go.jp/content/000679259.pdf
14.厚生労働省 HPVワクチンに関する通知・事務連絡 別紙2 リーフレット(詳細版)PDF形式 https://www.mhlw.go.jp/content/000679682.pdf
15.厚生労働省 HPVワクチンに関する通知・事務連絡 別紙3 リーフレット(受けた後版)PDF形式 https://www.mhlw.go.jp/content/000679263.pdf
16.厚生労働省 HPVワクチンに関する通知・事務連絡 別紙4 リーフレット(医療従事者版)PDF形式 https://www.mhlw.go.jp/content/000679265.pdf
17.Lei J, et al. HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer. N Engl J Med. 2020 Oct 1; 383(14): 1340-1348.
18.Tanaka Y, Ueda Y, Egawa-Takata T, Yagi A, Yoshino K, Kimura T. Outcomes for girls without HPV vaccination in Japan. Lancet Oncol. 2016 Jul; 17(7): 868-869.
図1 HPV16/18型に対するHPV2価ワクチンの効果(20−22歳:初交前接種)
図2 HPV2価ワクチンのクロスプロテクション効果
図3 20−24歳時の子宮頸がん検診における組織診異常の減少
図4 ワクチン接種率とHPV16/18感染率の年次推移(20−21才)
(令和3年8月号)