新潟県立がんセンター新潟病院 内科部長 三浦 理
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるがん診療は、免疫抑制的な状況にあるがん患者の易感染性の評価、および感染拡大に伴う医療圧迫によるがん診療制限の2つが重要である。一般にがん患者はがん悪液質などによる全身状態悪化に加え、抗悪性腫瘍薬による免疫能の低下を認める場合が多く、このような状態におけるCOVID-19感染の重篤化リスクはどうなのか、またワクチンの効果はどうなのか、など多くの疑問、課題が山積みである。筆者は日本肺癌学会の「肺癌学会COVID-19対策ステートメント」に関わらせて頂いたこともあり、これに関するデータについて新潟の診療に関わる先生方にその概要を紹介させて頂きたいと考え、本稿を作成した。新潟県内で様々コロナ対策に携わりつつ、がん診療にもあたらなければいけない先生方に敬意を払いつつ、そのような先生方の一助になれば幸いである。
がん患者におけるCOVID-19リスク
がん患者はがん自体による免疫抑制のほか、抗悪性腫瘍薬投与などにより易感染状態にある事が推測され、COVID-19による死亡リスクは高いと考えられる。WHO-中国合同ミッション報告書(55924例)や米国/カナダ/スペインの癌患者928例の研究(CCC-19)等、がん患者のCOVID-19による死亡率に関する報告を表1にまとめた1−5)。これらによるとその死亡率は7.6−28%と報告されており、COVID-19に罹患したがん患者は重症化および死亡リスクが高い傾向があることがうかがえる。そのほか武漢のCOVID-19陽性癌患者(105例)の報告では、肺癌(20.95%)、消化器癌(10.48%)、乳癌(10.48%)の順で比率が高く、重症化リスクが高い癌種は血液腫瘍(重篤化率66.6%、死亡率33.3%)、肺癌(重篤化率50%、死亡率18%)であることが報告されている6)。血液腫瘍はその疾患特性上免疫不全となり得るがん腫である事がそのリスクに繋がると考えられ、一方、肺癌は喫煙が病因として強く関わることから重症化リスクが高い、ということが推察されている。
COVID-19ががん診療に与える影響
2019年末より我が国において蔓延を続けているCOVID-19により、病院への受診控えが続いており、特に検診受診率の低下は顕著であるとされている。がん検診受診者の推移が対がん協の会報に報告されており、2018−19年と比較して、緊急事態宣言が発出された2020年4~5月においては8~9割減となっていた。6~7月には少し持ち直したものの、やはり前年度の4割程度に留まっている7)。がん検診は1100万件あたり1万3000件のがんを発見するとされており、検診受診者が3割減少すると検診発見のがんが約4000件減少することになる。検診実施に関しては3密を避ける、マスクの装着、換気を励行する、などの基本的事項を遵守しつつ、検診機関が適切な感染対策を行いつつ、受診環境を確保することが求められており、検診受診の啓蒙とともに検診機関の努力が重要である8)。
また、実際のがん診療に与えた影響に関しても日本臨床腫瘍学会により実施されたアンケート結果が公表されている9)。それによると第1波の時期においては、がん薬物療法に大きな変化があったと答えたのは3.99%で、殆どの医師は問題なくがん診療が行われていたことがうかがえる。実際の治療においては「投与間隔が長めのレジメンへの変更(22.05%)」、「骨髄抑制の少ないレジメンへの変更(15.25%)」、「COVID-19の影響を鑑みて投与間隔・期間の延長などを行った(32.66%)」など、COVID-19の状況のなかで患者さんに与える影響を最小限にしつつ安全性を確保しようとする試みがなされている印象があった。現状、COVID-19蔓延下における適切ながん医療については様々な学会から提言・ステートメントが発出されており診療にあたってはこれらを参照されたい10、11)。
COVID-19とがん診療
①手術療法
COVID-19陽性患者または疑い患者については原則予定手術は行わず、緊急性が高い手術のみの対応とすることが望ましいとされている12)。その一方で、手術療法は多くのがん種において治癒を目指しうる標準治療であり、安易な延期や他の治療法の選択は生存率の低下に繋がる可能性があることから慎重な対応が求められる。実際の判断においては日本外科学会から示されている医療供給体制、対象患者のウイルス感染の有無、疾病レベルに基づく外科手術トリアージなどを参考にしつつ、多職種による総合的な検討により実施されるべきと考える13)。また、肺癌の手術は原発臓器である肺がCOVID-19感染の主座であるとともにCOPDなどの慢性呼吸器疾患の合併率も高く、COVID-19重症化のリスクでもある喫煙者が多い、など特に注意が必要と考えられる。実際、肺切除後に発症したCOVID-19感染症の死亡率は42.8%、66.6%と非常に高い事が報告されており、術前の患者指導による行動自粛や、積極的なPCR検査などを検討し、安全性を確保することが重要である14、15)。
②放射線治療
放射線治療に関しては日本放射線腫瘍学会により提言が発出されている16)。放射線治療自体はCOVID-19発症・重症化リスクには大きな影響はないと考えられるが、実施において医師、看護師の他にも放射線技師など関与する医療従事者が多いことが特徴である。COVID-19蔓延、特に医療逼迫下ではICU病床数の欠乏から放射治療症例が相対的に増加する可能性もあり、治療中の患者における発熱の有無を含めた体調管理とともに、治療に関わるスタッフの安全確保が重要である。COVID-19蔓延状態では放射線治療の延期なども検討せざるを得ない場合もあり得る。その一方で肺癌や頭頚部腫瘍などに対する根治的放射線治療は治療開始の延期や中断は予後に悪影響があることが明らかであり、延期は推奨されない。一方で、緩和照射などでは寡分割照射など回数を減らすことなどの工夫も可能であり、放射線治療医との相談の上で実施する事が肝要である。
③薬物療法
a)細胞傷害性抗腫瘍薬
細胞傷害性抗腫瘍薬では好中球減少また併用する副腎皮質ステロイド薬等による液性免疫不全を引き起こす。これら薬剤の投与の有無がCOVID-19関連死亡を増やすかどうかについては、死亡リスクを増やすという報告と増加させないという報告が混在しており、一定の見解は得られてない。117例のCOVID-19陽性がん患者における研究では、年齢、性別、合併症などの背景因子をマッチさせたCOVID-19陽性非がん患者と比較して、死亡率、また直近の化学療法の有無にかかわらずに死亡率等に差は無かったと報告されている17)。一方でMemorial Sloan Kettering Cancer Centerからの報告では、COVID-19感染前35日以内での化学療法はCOVID-19の重症度や死亡率に影響はなかったと報告されているものの、14-90日以内の好中球減少は悪影響がある可能性が示唆されており、特に好中球減少が顕著なレジメンの使用には注意が必要と考えられる18)。
b)分子標的治療薬
分子標的治療薬はその機序からもCOVID-19感染の重症化や死亡率悪化に関する悪影響があるとは考えにくく、投与によるデメリットを示す明確なデータは無いため、殆どのガイドラインでは分子標的治療薬全般において適応を検討しつつ必要に応じて投与すべきとされている。特に、肺癌において多く認められるドライバー遺伝子変異を標的とした分子標的治療は治療によるメリットが非常に高いため、その投与は
特に推奨される。一方、mTOR阻害薬やJAK2/3阻害薬、BTK阻害薬はその作用機序からCOVID-19の感染リスクを上昇させる可能性が考えられ、投与に当たっては注意が必要と考えられる。
分子標的治療薬の重要な有害事象として薬剤性肺障害がある。非小細胞肺癌治療におけるキナーゼ阻害薬のほかにも、mTOR阻害薬であるエベロリムスや近年承認されたトラスツヅマブ・デルクステカンなどは薬剤性肺障害の発症頻度が高いことが知られている。これら薬剤による肺障害の画像所見はしばしばすりガラス陰影が主体となるため、COVID-19肺炎との鑑別が困難(というよりほぼ不可能)である場合が多く、肺炎発症の際にはPCR検査結果なども踏まえ、その対応を呼吸器内科と慎重に相談する必要がある。
c)免疫チェックポイント阻害薬
近年、各がん腫への適応拡大が続いている免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は免疫系を賦活するというその作用機序から、COVID-19感染の重症化のリスクが懸念されている。Memorial Sloan Kettering Cancer Centerのがん患者2035例、うちCOVID-19患者423例の研究では、ICIの投与は入院や重症化におけるリスク因子として報告されている(OR 3.06, 95%信頼区間 1.35-7.20)19)。その一方で、ICIはリスク因子ではないという報告もなされており、一定の見解は得られていないのが現状である20、21)。また、ICIではがん腫を問わず、有害事象として薬剤性肺障害が発症することが報告されている。前述の通り、COVID-19肺炎とこれらの薬剤性肺障害の画像上の鑑別は困難であり、注意が必要である。いずれにしても、現状これらの薬剤を中止するに十分なエビデンスはなく、基本的には適応に応じて治療導入、継続を行う事が適切と考えられている。現在、ニボルマブやペムブロリズマブではそれぞれ4週毎、6週毎の投与スケジュール変更が可能となっており、病院受診による感染リスク増大が懸念される蔓延下では積極的に投与スケジュールの変更を考慮しても良いと考えられる。また、これらの薬剤の多くの治験では2年間の投与とされていることが一般的であり、それ以上の漫然とした投与は患者と相談の上で控える等の工夫がなされるべきと考えられる。
おわりに
2021年7月現在、東京や大阪などの大都市圏と比較して、新潟は幸いなことにがん診療に大きな影響を及ぼすには至っていない。しかし、なかなか行政からの厳しい移動制限がなされない現状では、新潟においても今後大都市圏と同様の事態が起こりうることは想像に難くない。がん検診、がん診療の手控えは、短期的には影響が少ないように見えるが、長期的視点では、がん死亡リスク増大という大きな禍根を将来に残す可能性がある。また、進行がんの治療とCOVID-19の関連に関するデータも上記の通り一定の見解が得られていないものが多いが、治療の手控えは患者さんの予後に大きな悪影響を与える可能性がある。実際の診療にあたっては各学会がガイドラインを適宜Updateしており、是非参照された上で、患者さんのリスクを考慮してがん診療にあたって頂ければ幸甚である。
文献
1)Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). 2020. https://www.who.int/publications/i/item/report-of-the-who-china-joint-mission-on-coronavirus-disease-2019-(covid-19).
2)Kuderer NM, Choueiri TK, Shah DP, et al. Clinical impact of COVID-19 on patients with cancer (CCC19): a cohort study. Lancet 2020.
3)Miyashita H, Mikami T, Chopra N, et al. Do patients with cancer have a poorer prognosis of COVID-19? An experience in New York City. Ann Oncol 2020.
4)Mehta V, Goel S, Kabarriti R, et al. Case Fatality Rate of Cancer Patients with COVID-19 in a New York Hospital System. Cancer Discov 2020.
5)Robilotti EV, Babady NE, Mead PA, et al. Determinants of COVID-19 disease severity in patients with cancer. Nat Med 2020.
6)Dai M, Liu D, Liu M, et al. Patients with Cancer Appear More Vulnerable to SARS-CoV-2: A Multicenter Study during the COVID-19 Outbreak. Cancer Discov 2020; 10: 783-91.
7)日本対がん協会 公. 対がん協会報第694号. 2020. https://www.jcancer.jp/wp-content/uploads/TAIGAN-11_4c.pdf.
8)8団体合同マニュアル:健康診断実施時における新型コロナウイルス感染症対策について. 2020. https://www.ningen-dock.jp/wp/wp-content/uploads/2020/03/b3d5de7264374c2c28ca450bb54f758d.pdf.
9)日本臨床腫瘍学会. 新型コロナウィルス感染症の蔓延下におけるがん薬物療法の影響調査. 2021. https://www.jsmo.or.jp/membership/committee/report/doc/20210510.pdf.
10)がん関連3学会(日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会)合同連携委員会. がん診療と新型コロナウイルス感染症:医療従事者向けQ&A ─改訂第3版─. 2021. https://www.jsmo.or.jp/news/coronavirus-information/qa_medical_3gakkai.html.
11)肺癌学会COVID-19対策ステートメント作成ワーキンググループ. COVID-19パンデミックにおける肺癌診療:Expert opinion. 2020. https://www.haigan.gr.jp/modules/covid19/index.php?content_id=1.
12)日本外科学会 一. 新型コロナウイルス陽性及び疑い患者に対する外科手術に関する提言. 2020. https://www.jssoc.or.jp/aboutus/coronavirus/info20200402.html.
13)日本外科学会 一. 新型コロナウイルス感染症蔓延期における外科手術トリアージの目安(改訂版ver2.4). 2020. https://www.jssoc.or.jp/aboutus/coronavirus/info20200414.pdf.
14)Cai G, Bossé Y, Xiao F, Kheradmand F, Amos CI. Tobacco Smoking Increases the Lung Gene Expression of ACE2, the Receptor of SARS-CoV-2. Am J Respir Crit Care Med 2020; 201: 1557-9.
15)Peng S, Huang L, Zhao B, et al. Clinical course of coronavirus disease 2019 in 11 patients after thoracic surgery and challenges in diagnosis. J Thorac Cardiovasc Surg 2020.
16)COVID-19対策アドホック委員会・コロナ対策実行グループ 日. COVID-19パンデミックにおける放射線治療 JASTRO提言(第1.5版). 2021. https://jastro-covid19.net/data/jastro_covid19_proposal_1_5.pdf.
17)Brar G, Pinheiro LC, Shusterman M, et al. COVID-19 Severity and Outcomes in Patients With Cancer: A Matched Cohort Study. J Clin Oncol 2020; 38: 3914-24.
18)Jee J, Foote MB, Lumish M, et al. Chemotherapy and COVID-19 Outcomes in Patients With Cancer. J Clin Oncol 2020; 38: 3538-46.
19)Robilotti EV, Babady NE, Mead PA, et al. Determinants of COVID-19 disease severity in patients with cancer. Nat Med 2020; 26: 1218-23.
20)Luo J, Rizvi H, Preeshagul IR, et al. COVID-19 in patients with lung cancer. Ann Oncol 2020; 31: 1386-96.
21)Garassino MC, Whisenant JG, Huang LC, et al. COVID-19 in patients with thoracic malignancies (TERAVOLT): first results of an international, registry-based, cohort study. Lancet Oncol 2020; 21: 914-22.
表1 COVID-19による癌患者の死亡リスク
(令和3年9月号)