済生会新潟病院 代謝・内分泌内科 鈴木 克典
(現 新潟糖尿病クリニック 院長)
メトホルミンは発売から半世紀以上経過している歴史のある薬剤である。
海外において多くのエビデンスが報告され、その蓄積の結果、米国糖尿病学会(ADA)および欧米糖尿病学会(EASD)による”Standards of Medical Care in Diabetes”では、2型糖尿病治療の第一選択薬として位置づけられている1)。
DPP4阻害薬やGLP-1受容体作動薬、SGLT2阻害薬といった近年登場した薬剤は、FDA(アメリカ食品医薬品局)の指示で、安全性を検証する為に心血管疾患アウトカム試験(CVOT)が実施されているが、そのエントリー患者の8割がメトホルミンが基礎薬剤として使用されており、それらの試験はメトホルミンベースに何を上乗せするかを定める試験といっても良いかもしれない。
メトホルミンが属するビグアナイド薬の由来はマメ科の植物であるガレガソウ(別名:フレンチライラック)に端を発する。中世の昔から、ガレガソウには口喝や多尿などの糖尿病の諸症状を緩和する作用があることが知られていた。その薬効を担うのが「グアニジン」であったが、毒性が強くそのままの形では治療に使うのは不可能であった。1950年代に、グアニジン環を2つ結合させた化合物が合成された。「ビグアナイド」と命名されたこの化合物から、フェンホルミン、ブホルミン、メトホルミンが開発され、糖尿病治療に汎用されるようになった。メトホルミンは1959年にフランスで承認され、日本では1961年に日本初のメトホルミン製剤「メルビン」として発売された。
しかし、1970年代にはいると、フェンホルミンで致死的な副作用である乳酸アシドーシスが問題となり、1977年に、日本・米国・欧州でフェンホルミンが使用禁止となった。その影響をうけ、日本では、同じビグアナイドということでメトホルミンの対象患者の制限や最高投与量に制限が設けられた。結果、1日最大用量1,500mgであったものが、1日最大用量750mgへ引き下げられ、ビグアナイドは使いにくい薬剤として認知されてしまい、メトホルミンは不遇の時代を迎えるのである。その後、先に述べたとおり、メトホルミンは海外において多くのエビデンスが蓄積された。特に、1998年に発表されたUKPDS34において、肥満を伴う2型糖尿病患者の予後改善効果が示されたことにより、メトホルミンは再評価され、再び日の目を見ることとなったのである。
メトホルミンは、60年も前に血糖降下薬として上市されたにもかかわらず、その詳しい作用機序は不明であった。2001年に初めてメトホルミンのひとつの作用機序が明らかになった。それは主に肝臓でのエネルギー消費亢進、糖・脂質代謝亢進のキーとなる調整因子であるAMPキナーゼ(以下AMPK)を活性化することにより、肝糖新生の抑制に作用することであった2)。その後、AMPKノックアウトマウスでもメトホルミンが効果を発揮するため、AMPKだけでメトホルミン効果は説明できない、つまりAMPK以外の作用機序はあるのではないかと推測されていた。その後2013年になってようやくAMPKを介さない作用機序が報告された3)。
メトホルミンが投与されるとミトコンドリア呼吸鎖が抑制されAMPが蓄積される。これによりアデニル酸シクラーゼが抑制され、その結果cAMP産生が減少、プロテインキナーゼA(以下:PKA)活性が低下し、その標的蛋白である肝糖新生酵素が不活性化されてグルカゴン依存性の肝糖放出が抑制される。
2014年には、メトホルミンが肝臓ミトコンドリアのグリセロリン酸脱水素酵素を阻害することにより、肝臓の酸化還元状態を変化させ、乳酸とグリセロールがグルコースに変換するのを低減し、肝糖新生を低下させることが示された4)。
2015年には十二指腸のAMPK経路を介する機序が報告された5)。門脈にメトホルミンを投与するよりも、十二指腸にメトホルミンの同量を投与した方が、肝糖新生が抑制され、その抑制は、十二指腸のAMPKを阻害することにより減弱したことが報告された。さらに十二指腸にメトホルミンを注入すると十二指腸粘膜のAMPKが活性化し、十二指腸内のGLP-1受容体-PKAシグナル伝達経路と、ニューロンを介した腸-脳-肝経路を刺激することにより、肝糖新生が低下することが示された。
また、メトホルミンによるGLP-1分泌も報告されている6)。メトホルミンが腸管において胆汁酸の再吸収を阻害する結果、腸管に残った胆汁酸が下部消化管L細胞の受容体に結合することにより、GLP-1分泌が惹起される。
メトホルミン投与による腸内細菌叢の変化も報告されており7)、メトホルミンの主たる作用部位は肝臓だけでなく腸管であることが数々の報告より明らかとなっている。最近では、メトホルミンによる腸管からのグルコース排泄作用も報告されている8)。
このように、メトホルミンは誕生から60年を経過しても、次々と新たな作用機序が報告されているユニークな薬剤である。
そんなメトホルミンの血糖降下作用は用量依存的であり、最大効果はほとんどの患者で2,000mg/日で発揮される。そのため、欧米でのメトホルミン推奨用量は2,000mg/日を超えているが、既述の理由により、日本国内では長らく750mg/日までしか使用出来なかった。
2010年に最高投与量2,250mg/日使用可能であるメトグルコ錠が発売された後も、従来の使いづらいイメージにより高用量の処方はなかなか普及せず、日本人2型糖尿病に対する高用量メトホルミンの成績は、少数例での報告が散見されるのみであった。
そこで我々は、日本人2型糖尿病患者144例を対象に、メトホルミンの従来量(750mg/日以下)から1,000mg/日に増量したときの糖代謝に及ぼす影響と安全性の検討を行った9)、10)。その結果、メトホルミンは用量依存的にHbA1c値を低下することが認められ、その低下効果はメトホルミン250mgでHbA1cを約0.4%低下されるものであった。消化器症状の発現に関しては、144例中3例認められたが、中止例はなく、いずれの症例も1週間以内に軽快し、全例で投与継続可能であった。1,000mg/日に増量しても、忍容性は良好であった。
我々の報告から、日本人の2型糖尿病患者においても、従来量(750mg/日)から1,000mg/日に増量したときの有効性・安全性が示されたわけであるが、それでもまだ欧米並みの用量には届いていない現状があった。
そこで、日本人2型糖尿病に対するメトホルミンのさらなる高用量の効果を検証するために、日本人2型糖尿病患者74名を対象に、1,000mg/日から1,500mg/日まで増量した場合の糖代謝に及ぼす影響と安全性の検討を行った11)。その結果、増量により3ヶ月後からHbA1cの有意な改善が得られ、6か月後には、増量前と比較し0.55%のHbA1c低下を認めた。また、糖尿病罹病期間別に、5年未満、5年以上10年未満、10年以上15年未満、15年以上で分けメトホルミン増量によるHbA1c変化量を検討したが、それぞれの群間での有意差は認めず、メトホルミン増量効果は、糖尿病罹病期間に関係なく有効であった。メトホルミン増量後、消化器症状などの有害事象はなく、観察期間中に明らかな低血糖症状を訴える者もいなかった。
用量を増やす際の障壁として消化器症状が問題視される。しかし、我々の報告では1,000mg/日まで服用出来れば1,500mg/日でも問題になることはなかった。つまり、メトホルミン1,000mgまで服用できる患者は容易に1,500mgまで忍容性があることが示唆された。
今まで日本人での高用量メトホルミンの効果や安全性を検討した報告はなく今回我々の報告から、日本人も欧米人と同様にメトホルミン高用量の効果と安全性が初めて確認された。
先に述べたとおり、メトホルミンには多彩な機序が最近になって次々と確認されている。私見であるが、メトホルミンの用量依存的な効果は、メトホルミンの用量を増やすことで、メトホルミンの多彩な機序の個々にスイッチが入って効果が発揮されていくのではないかと推察している。
我々の報告から、日本人の2型糖尿病患者でも、欧米と同様に高用量(1,500mg/日)メトホルミンでの治療強化は可能であることが示されたわけだが、課題もある。それは、高用量処方を簡便にするため2013年にメトグルコ500mg錠が上市されたわけだが、その大きさ故に、飲めるのかどうか疑問があった。
その疑問に応えるため、我々は、メトグルコ500mg錠の満足度調査を実施した10)。当院において糖尿病治療中の患者でメトホルミン250mg2錠からメトグルコ500mg1錠に変更した207名を対象とし、切り替え後の次の来院時(平均8週後)に服薬アンケートを実施、服薬アドヒアランスを検討した。対象患者は、60歳代、50歳代、70歳代、40歳代の順で多かった。高齢者になるほど、500mg1錠が「飲みやすい」の割合が増加していた。また、80%の患者が、錠数が減ったことに対し、「とてもよい」「よい」という回答であった。さらに90%の患者が、薬剤費が減ったことに対して「とてもよい」「よい」という回答であった。
500mg錠にすることにより錠剤が大きくなることから、高齢者での服薬は困難であることが予想されていたが、我々の報告では全く逆の結果となり、高齢者における500mg錠服薬の懸念は払拭されたことが示唆される。また、250mg 2錠から500mg1錠に変更することで、錠剤数と費用を減少出来たことが、患者の満足度にも繋がっていることが示された。
メトホルミンで最も留意すべき副作用は乳酸アシドーシスである。2010年5月から2020年3月31日までの期間で、国内で276例の乳酸アシドーシスが報告されている12)。発症例は65歳以上の高齢者が多く(137例)、高齢者ではより慎重な投与が必要と考えられる。一方で、65歳未満でも発症している(97例)ことから、年齢に関わらず投与患者を適切に選択することが重要と考えられる。Changらの日本人2型糖尿病患者28.4万人を対象にした報告によれば13)、メトホルミン服用下の乳酸アシドーシスの発生頻度は年間5.8/10万人、他の経口血糖降下薬服用下での乳酸アシドーシス発生頻度は年間5.78/10万人と差がない。しかし、CKD、慢性肝疾患があると発生頻度は7倍となる。すなわち、メトホルミンは適応症例を誤らない限り安全に使用できる薬剤であることがいえる。
メトホルミンは上市60年以上が経過してもなお、新たな機序が報告されている薬剤である。ながらく日本人に対する高用量処方には効果・安全面で不安が残っていたが、それも我々の報告から払拭されたと考えている。近年、新しい経口血糖降下薬が次々と登場している中で、どの薬剤よりも費用対効果に優れた薬剤であるメトホルミンは、日本人2型糖尿病患者に対する治療強化が必要とする場面で、高用量のメトホルミンが活用されることを期待している。
文献
1)American Diabetes Association:Diabetes Care 44(Suppl. 1):S40-S52, 2021
2)Zhou G. J Clin invest, 2001
3)Miller RA et al., Nature.; 494(7436): 256-60, 2013
4)Nature 2014; 510: 542-546
5)Duca FA, et al. NATURE MEDICINE 21(5) Page: 506-511 (2015)
6)Alrefai WA et al. Pharmaceutical Res 2007; 24: 1803-1823 GLP-1
7)Wu H, Nature Medicine volume 23, pages 850-858 (2017)
8)Morita Y et al., Diabetes Care 2020; dc200093.
9)K. Suzuki., et al., International Journal of Clinical Medicine, 2014, 5, 894-901
10)K. Suzuki., et al., Therapeutic Research 36 (1), 69-76. 2015
11)K. Suzuki., et al., Progress in Medicine Vol.37 No.2, 237~243, 2017
12)大日本住友製薬資料
13)Chang CH, PHARMACOEPIDEMIOLOGY AND DRUG SAFETY 2016