前田内科医院 院長 前田 和夫
はじめに
新型コロナウイルスワクチンであるファイザー製のmRNAワクチン、商品名「コミナティ筋注」は2021年2月に特別承認され3月から医療従事者への接種が始まり、4月から高齢者へ接種が行われている。このワクチンは不安定な物質のため、溶解後の運搬による効果減弱が示唆されている1)、2)。しかし個別接種、集団接種が進む中、ワクチン接種に来れない寝たきり高齢者に対して、訪問でワクチン接種をせざるを得ない状況である。今回、訪問接種でも十分な抗体価の上昇が得られるかを検討した。
対象と方法
2021年6月から7月までの間に、コミナティ1回0.3mlを3週間の間隔で2回接種を、当院に来院した個別接種者と、介護4、5の寝たきりのため来院困難で、訪問で接種した訪問接種患者を対象にした。両接種間で血清抗体価上昇に差違があるか、接種直前と抗体価が最高値となる、接種2週間後3)にロシュの新型コロナウイルススパイク抗体(Elecsys Anti-SARS-CoV-2 S RUO)で抗体価の変動を測定した。
平均年齢は男性で個別接種者81.0歳、訪問接種者82.5歳、各々13人計26人。女性では個別接種者86.9歳、訪問接種者86.8歳、各々16人計32人で、男女合わせて58人で検討した。
注射器の運搬には、A4のケースに緩衝材として、注射器の型に合わせて切り込みを入れたメラミンスポンジを埋め込み、ワクチンで充填した注射器をはめ込んだ。遮光には、レボフロキサシンの点滴ケースを利用した。訪問は自動車で、ワクチンケースを助手席で捧げ持ちながら輸送し、往診距離は最長で3kmだった。
本研究は、患者から同意を取得し、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(平成26年)に従って実施された。
有意差検定はMann-Whitney U testを用いた。
結果
ワクチン接種前の抗体価は個別及び訪問接種とも全例0.4U/ml未満(0.8U/ml未満が陰性)であった。接種後の抗体価は、男性では個別及び訪問接種で各々535U/ml、201U/mlと上昇、女性では個別及び訪問接種で各々884U/ml、573U/ml、と上昇した。いずれも訪問接種の抗体価は上がりにくかったが、両群間に有意差はなかった。しかし、男女全体でみると、個別接種後560U/ml、訪問接種後、377U/mlと上昇しこの群間では有意差が認められた(表、図1~3)。
考察
新型コロナ感染症のワクチンである「コミナティ筋注」は優れた発症予防効果が確認されており3)我が国で広く使用されている。一方、開発間もないワクチンのため、未解明の事項もある。当院に来院できない高齢者(介護4、5)の患者に対して、訪問接種を開始したが、ファイザーのワクチンの本国説明資料に「ワクチンは、mRNAワクチンであるため分解されやすく、低温での保存、衝撃・振動の回避、光・紫外線の遮蔽が必要」1)、また英国の添付文書には「溶解後は自動車で運搬してはならない」2)とある。しかし、具体的に、ワクチンの溶解後にどの位の衝撃・振動であれば容認できる目安はない。そこで、個別接種と訪問接種間で血清抗体価の上昇に差異があるかを、接種直前と接種後の抗体価で比較した。その結果、男性、女性とも訪問接種の方が抗体価が上がりにくいが、有意差はなかった。男女合わせると有意差があった。日本のワクチン抗体反応を調べる大規模研究は現在(論文出執筆時 令和3年8月)のところ、千葉大学の職員にファイザー社製ワクチンを1,774名(21歳~72歳)に接種し、本研究と同様な抗体価測定での報告がある4)。これによると、接種後の中央値は2,060U/mlと大幅に上昇した。また、女性の方が抗体価が上がりやすく、年齢が高いほど抗体価が上がりにくかった。この結果は本検討と一致するものだった。現在のところ、本研究での対象者のうち、訪問接種で二人の新型コロナ感染症があった。両名とも老人施設でのクラスター感染で、一名は女性(94歳)で接種後の抗体価は0.52U/mlと低く、発熱し入院。肺炎を併発したが無事に退院した。もう一名は男性(91歳)で接種後の抗体価は195U/mlでPCRは陽性だったが、無症状で経過した。
抗体価のみで、新型コロナウイルス感染予防の評価は出来ないと考えられるし、また寝たきり状態の患者はワクチン抗体反応が減弱してい可能性もある。しかし、訪問接種では抗体価が上がりにくいので、ワクチンの取り扱いは十分注意が必要である、それより重要なのは、寝たきり高齢者に接触する際は、マスク着用、部屋の換気等の感染予防の徹底が重要である。
まとめ
訪問での新型コロナワクチン接種は、ワクチンが不安定な物質のため、溶解後の運搬による効果が減弱するので、訪問接種に際して、ワクチンの取り扱いは慎重に行う必要がある。
文献
1)ファイザー新型コロナワクチンに係る説明資料 ワクチンの取り扱い:2021年3月作成
2)Information for Healthcare Professionals on COVID-19 Vaccine Pfizer/BioNTech (Regulation 174):Updated 9 July 2021
3)COVID-19ワクチンに関する提言(第3版):一般社団法人日本感染症学会 ワクチン委員会
4)ニュースリリース:千葉大学医学部附属病院2021年6月3日
(令和3年10月号)