群馬大学 生体調節研究所・代謝シグナル解析分野 教授 北村 忠弘
1 新規グルカゴン測定系の開発
グルカゴンはインスリンが発見された2年後の1923年に血糖上昇物質として発見された古いホルモンであるが、これまで糖尿病領域では常にインスリンの脇役としての地位に甘んじてきた。しかしながら最近、新しい糖尿病治療薬として、DPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬といったグルカゴン分泌抑制作用を併せ持つ薬剤が臨床応用されたことにより、グルカゴンに対する注目度は一気に増した。
これまでグルカゴン研究を困難にさせてきた理由として、血中濃度測定の難しさがあった。RIAを用いたグルカゴン測定の基礎はインスリンとほぼ同時期の1960年頃に確立されていたが、この方法を用いると、血中に存在するグルカゴンに構造が類似したペプチドとの交差反応が問題となった。すなわち、グルカゴンの前駆体であるプログルカゴンからは主に胃や腸でプロセッシングを受けて、グルカゴンとアミノ酸配列が類似した複数のペプチドが分泌されるからである。これはプロインスリンからインスリンとC-ペプチドの2つしか産生されないのとは対照的である。そこで、従来のグルカゴン測定系はグルカゴンのC末断端と特異的に反応する断端認識抗体が使用されてきた(グルカゴン類似ペプチドの多くはC末構造がグルカゴンと異なる)。しかしながら、最近の精密分析により、グルカゴンとC末構造が同じであるグリセンチン(1-61)やグルカゴン(3-29)、グルカゴン(19-29)などの血中での存在が明らかとなり、C末断端認識抗体でも交差反応を起こす可能性が強く示唆された。これらの問題を克服すべく、最近開発されたのがN末断端認識抗体とC末断端認識抗体の両方を用いたサンドイッチELISA法である。この測定法を用いると、C末構造が同じペプチドとの交差反応は避けられる。しかしながら、著者らを含め、国内で行われた幾つかの交差反応試験では、Mercodia社のサンドイッチELISAはいくつかのグルカゴン類似ペプチドとの交差反応性が数%程度残されていた1、2)。即ち、サンドイッチELISAといえども原理はイムノアッセイのままであり、抗体による非特異的な交差反応を100%除外することはできない。著者らは抗体を用いるイムノアッセイそのものの問題を克服すべく、原理の異なる新しい測定法として、質量分析装置を用いたグルカゴン測定系(LC-MS/MS)を開発した3)。誌面の都合上、詳細は別稿4)を参照いただきたいが、イムノアッセイでは交差反応を起こすグルカゴン類似ペプチドでも分子量はグルカゴンと異なるため、この方法では交差反応を起こさない。しかしながら、LC-MS/MSによるグルカゴン測定を臨床検査に応用するには、以下の理由から、現時点では困難と考えられた。まず、複数検体を同時に測定することが難しく、測定に時間がかかる。さらに、測定装置が高額であり、人件費もかかることから、検体あたりの測定費用が高額になる。従って、機器の技術革新により測定時間や費用の問題がクリアできれば、将来的にはグルカゴンはLC-MS/MSでの測定が標準になる可能性はあるが、現時点では少なくともLC-MS/MSの測定値に最も近い値を示すイムノアッセイを臨床検査に採用するべきである。実際に、健常者の血液検体を用いて、LC-MS/MSと2種類のイムノアッセイ間でのグルカゴン測定値の相関関係を解析した結果を図1に示す。Mercodia社のサンドイッチELISAとLC-MS/MSの値に一致は見られないものの、概ね良好な相関は得られている3)。それに対し、従来法の競合法RIAとLC-MS/MSの相関は低い3)。従って、今後のグルカゴン測定はサンドイッチELISAを用いて行われるべきであり、これまでの競合法RIAを用いたデータはサンドイッチELISAで再評価する必要がある。
国内で血中グルカゴン濃度の受託測定を行っている3社はいずれも「グルカゴン」として従来の競合法RIAを用いてきたが、上記の結果を基にSRLは2017年6月より、BMLは2018年6月より、LSIは2019年10月より「膵グルカゴン」として、新たにMercodiaサンドイッチELISAを用いた受託測定を開始している。現時点では診断を目的としたグルカゴン測定の保険適応(150点)は「グルカゴノーマ」のみであるが、後述するように血中グルカゴン濃度の評価は糖尿病の病態診断にも有益である可能性が高く、保険適応病名に「糖尿病」が追加されることが期待される。
2 2型糖尿病におけるグルカゴン分泌異常
現在知られている2型糖尿病の自然経過において、発症早期にはインスリン抵抗性を代償すべくβ細胞は過形成して、インスリン分泌を高めることで、見かけ上の血糖値は正常範囲に留まる。この時期を臨床的には境界型、あるいは糖尿病予備軍と呼んでいる。その後、インスリンの代償的過分泌は頭打ちとなり、次第に減少に転じることで、血糖値が上昇し始める。この時期を臨床的な2型糖尿病の発症としている。これらのβ細胞の過形成と、その後の減少のメカニズムについては他稿にゆずるが、これらの経過中にα細胞はβ細胞と逆に増加していることが剖検検体を用いた解析から報告されている5)。なぜ2型糖尿病でα細胞の数が増えるのか、そのメカニズムは全く不明であるが、後述するように境界型糖尿病の段階で空腹時の血中グルカゴン濃度が有意に上昇していることを考えると、2型糖尿病の早期からα細胞数の増加が認められるのか興味深い。
一方、2型糖尿病で血中グルカゴン濃度が高いという報告は以前からあったが、その高血糖に対する寄与度はインスリン分泌不全やインスリン抵抗性に比べて低いと考えられてきた。その理由の一つは、従来の測定系で検出された2型糖尿病患者の血中グルカゴン濃度は健常者に比べて軽度の上昇であり、さらに検体間のバリエーションが大きく、統計学的有意差がつきにくかったからである。このような背景から、2型糖尿病ではまずβ細胞機能障害が先行し、その後2次的にα細胞機能障害が起きると考えられてきた。実際、β細胞から分泌されるインスリン、GABA、亜鉛などが隣接するα細胞のグルカゴン分泌を抑制するという研究成果が多く存在するし、α細胞特異的インスリン受容体欠損マウスのグルカゴン分泌は障害されていることも報告されている6)。ところが最近、筆者らはα細胞にはグルコース輸送体であるGLUT1とグルコース/Na+の共輸送体であるSGLT1の両方が発現していることを見出しており、高血糖や糖尿病状態では前者が減少し、後者が増加することでグルカゴン分泌が亢進するというメカニズムを提唱した7)。さらに最近、糖尿病モデルマウスのα細胞では分岐鎖アミノ酸(BCAA)の代謝酵素の発現量が変化しており、BCAA代謝異常が生じる結果、グルカゴンが過剰に分泌されるというメカニズムも報告した8)。従って、2型糖尿病ではβ細胞障害と並行してα細胞にも何らかの代謝異常が生じている可能性が高い。
多くの既報では、2型糖尿病患者の血中グルカゴン濃度は健常者に比べ、軽度の上昇か、有意差がないことが多かったが、その最大の理由はグルカゴン測定系が不正確であったからと考えられる。従って、より正確なサンドイッチELISAを用いて、この問題を再検証する必要に迫られた。まず、健康診断で糖負荷試験を受けた集団を、その結果からWHOの診断基準に沿って、健常者(空腹時血糖<110mg/dlかつ負荷後2時間値<140mg/dl)、境界型(110mg/dl≦空腹時血糖<126mg/dlまたは140mg/dl≦負荷後2時間値<200mg/dl)、2型糖尿病群(126mg/dl≦空腹時血糖または200mg/dl≦負荷後2時間値)に分類し、MercodiaサンドイッチELISAで測定した血中グルカゴン濃度の変化を図2左に示す。2型糖尿病群は健常者よりも有意に空腹時のグルカゴン濃度が高く、健常者では下がり始める糖負荷後30分の時点で、2型糖尿病群では下がらないことが判明した9)。さらに、境界型は健常者と2型糖尿病群の中間を推移しており、まだ代償期と考えられている時期に既にグルカゴン分泌異常を伴っていることが明らかとなった9)。また、図2右に示すように、同じ検体を従来のRIA法(Millipore)で測定すると、この3群間に全く差は認められていない9)。従って、従来の測定法では、2型糖尿病の病期診断に有益なグルカゴン値の異常が検出できないことを再確認した。
次に、著者らを中心に全国の多施設共同研究で行われた2型糖尿病患者におけるグルカゴン分泌異常の検証結果を図3に示す。同一被験者に行った糖負荷試験(図3上)と食事負荷試験(図3下)において、MercodiaサンドイッチELISAで測った血中グルカゴン濃度について、2型糖尿病患者と健常者の間に有意差が認められたのは以下の3点である。(1)2型糖尿病患者では健常者より空腹時の血中グルカゴン濃度が高い。(2)健常者では低下する糖負荷後30分の血中グルカゴン濃度が2型糖尿病患者では低下しない(むしろ上昇傾向)。(3)食事負荷後は健常者でも30分後に血中グルカゴン濃度は上昇するが、2型糖尿病患者ではより顕著に上昇する10)。重要なことに、同じ検体を2種類の従来法で測定した結果、Sceti RIA法では負荷後の変動がほとんど確認できず、Millipore RIA法では2型糖尿病患者と健常者の間に全く差が認められていない10)。従って、2型糖尿病患者に特有のグルカゴン分泌異常を検出するには、従来のRIA法ではなく、サンドイッチELISAによる測定が必要である。さらに、サンドイッチELISAで測定した食前と食後30分のグルカゴン濃度の差(ΔGlucagon0-0.5h)をヒストグラムにした結果を図4左上に示す。健常者は全員、ΔGlucagon0-0.5hが35未満に分布しているのに対し、2型糖尿病患者は右にシフトし、ΔGlucagon0-0.5hが35未満と35以上にほぼ2分されることが判明した10)。そこで、ΔGlucagon0-0.5hが35未満の群と35以上の群に分け、耐糖能を評価すると、35以上の群で有意に耐糖能が悪いことが明らかとなっている(図4右上)。また、食事負荷試験でのΔGlucagon0-0.5hの値がHbA1cと有意な相関を示すことも判明している10)。一方で、2型糖尿病患者をInsulinogenic Indexが0.4未満の群と0.4以上の群に分けて、血中グルカゴン濃度を評価した結果、2群間に差はなく、グルカゴン分泌異常はインスリン分泌異常に伴う2次的な現象ではない(図4左下)。さらに、グルカゴン値の変化はGLP-1やGIPの変化とも相関を認めず、インクレチン分泌異常にも依存していない(図4右下)。従って、サンドイッチELISAによる血中グルカゴン濃度の評価が2型糖尿病に対する独立した新しい病態診断指標として活用できる可能性がある。また、2型糖尿病の病態を考える上で、これまでの「はじめにβ細胞障害ありき」の考え方で良いのかどうか、検討の必要性に迫られている。
3 グルカゴンに関する今後の課題
先述したように、血中グルカゴン濃度の正確な評価が糖尿病の病態や病期を診断するための独立した新しい指標になり得る可能性がある。従来の血糖指標とインスリン指標に加わる第3の指標である。上述したように、2型糖尿病患者に認められるグルカゴン分泌異常は空腹時、糖負荷後30分、食事負荷後30分の3ポイントであるが、それぞれ単独では診断指標としての感度が低いことから、複数のポイントを組み合わせた診断が必要かもしれない。さらに、糖や食事以外の負荷試験がグルカゴン評価には適している可能性もあり、今後の検討課題である。また、1型糖尿病については、グルカゴンの分泌異常が病態に関わっているか未解明であり、今後の検証が必要である。
一方、糖尿病薬の中では、DPP-4阻害薬とGLP-1受容体作動薬がグルカゴン分泌を抑制し、ビグアナイド薬(メトホルミン)が肝臓におけるグルカゴン作用を抑制することが知られているが、SGLT2阻害薬は逆にグルカゴン分泌を促進する7)。現在、グルカゴンによる肝糖産生促進作用を阻害することで、血糖改善を目指したグルカゴン受容体拮抗薬の開発も進んでいるが、一方で、グルカゴンの脂肪分解促進作用や熱産生促進作用、食欲抑制作用を利用して、肥満や脂肪肝の改善を目指したグルカゴン受容体作動薬の開発も進んでいる。ただし、後者の場合は、血糖上昇を避けるために、GLP-1受容体との共作動薬が検討されている11)。将来的に、これらのグルカゴンを主標的とした薬剤が臨床応用されると、血中グルカゴン濃度を評価する機会が増えると予想され、正確なグルカゴン測定の重要性がますます高まると考えている。
最後に、上述したように、理論的には最も正確に血中グルカゴン濃度を測定する方法はLC-MS/MSであるが、測定時間と費用の問題があり、現時点でLC-MS/MSの値と最も強く相関するMercodiaサンドイッチELISAが国内の臨床検査として採用されているが、このキットでもグルカゴン類似ペプチドとの交差反応性が数%残存し、それらの血中濃度が高くなる病態においては、正確な血中グルカゴン濃度を評価することができない12)。従って、著者らは現在、グルカゴン類似ペプチドとの交差反応性をさらに低く抑えた新しいサンドイッチELISAの開発を行っている。将来的には、グルカゴンも視野に入れた糖尿病患者の病態診断と、それを基にした糖尿病患者の個別化医療を目指している。
令和3年6月17日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて特別講演
文献
1)Matsuo T et al.: Postabsorptive hyperglucagonemia in patients with type 2 diabetes mellitus analyzed with a novel enzyme-linked immunosorbent assay. J Diabet Invest, 7: 324-31, 2016.
2)菊池唯史・他: グルカゴンELISA測定キットの性能評価 医学と薬学, 75: 417-24, 2018.
3)Miyachi A et al.: Accurate analytical method for human plasma glucagon levels using liquid chromatography-high resolution mass spectrometry: comparison with commercially available immunoassays. Anal Bioanal Chem, 409: 5911-8, 2017.
4)北村忠弘 サンドイッチELISAと質量分析を用いた新規グルカゴン測定法 内分泌・糖尿病・代謝内科, 48: 464-9, 2019.
5)Mizukami H et al.: Involvement of oxidative stress-induced DNA damage, endoplasmic reticulum stress, and autophagy deficits in the decline of beta-cell mass in Japanese type 2 diabetic patients. Diabetes Care, 37: 1966-74, 2014.
6)Kawamori D et al.: Insulin signaling in alpha cells modulates glucagon secretion in vivo. Cell Metab, 9: 350-61, 2009.
7)Suga T et al.: SGLT1 in pancreatic a cells regulates glucagon secretion in mice, possibly explaining the distinct effects of SGLT2 inhibitors on plasma glucagon levels. Mol Metab, 19: 1-12, 2019.
8)Wada E et al.: Disordered branched chain amino acid catabolism in pancreatic islets is associated with postprandial hypersecretion of glucagon in diabetic mice. J Nutri Biochem in press.
9)Ichikawa R et al.: Basal glucagon hypersecretion and response to oral glucose load in prediabetes and mild type 2 diabetes. Endocr J, 66: 663-75, 2019.
10)Kobayashi M et al.: Plasma glucagon levels measured by sandwich ELISA are correlated with impaired glucose tolerance in type 2 diabetes. Endocri J, 67: 903-22, 2020.
11)Ambery P et al.: MEDI0382, a GLP-1 and glucagon receptor dual agonist, in obese or overweight patients with type 2 diabetes: a randomized, controlled, double-blind, ascending dose and phase 2a study. Lancet, 391: 2607-18, 2018.
12)Kobayashi M et al.: Pseudo-hyperglucagonemia was observed in the pancreatectomized cases when measured by glucagon sandwich ELISA. J Diabetes Investig, 12: 286-9, 2021.
図1 LC-MS/MSとサンドイッチELISA(左)、またはRIA(右)とのグルカゴン測定値の相関。文献3)から引用改変。
図2 2型糖尿病、境界型、健常者における糖負荷後の血中グルカゴン濃度の推移。Mercodia サンドイッチELISA(左)、Millipore RIA(右)。文献9)から引用改変。
図3 同一の2型糖尿病患者と健常者に糖負荷試験(上)と食事負荷試験(下)を行った際の、血中グルカゴン濃度をMercodiaサンドイッチELISA(左)、Sceti RIA(中央)、Millipore RIA(右)で測定した結果。文献10)から引用改変。
図4 左上:2型糖尿病患者(黒)と健常者(白)における食事負荷試験で、食前と食後30分の血中グルカゴン濃度の差(ΔGlucagon0-0.5h)をヒストグラムで表記。右上:2型糖尿病患者をΔGlucagon0-0.5hが35未満の群(灰)と35以上の群(黒)に分けた際の糖負荷時の血糖値の変化。左下:2型糖尿病患者をInsulinogenic Indexが0.4未満の群(黒)と0.4以上の群(白)に分けた際の食事負荷時の血中グルカゴン濃度の変化。右下:2型糖尿病患者をΔGlucagon0-0.5hが35未満の群(白)と35以上の群(黒)に分けた際の食事負荷時の血中GLP-1濃度の変化。文献10)から引用改変。
(令和4年2月号)