東京医科大学睡眠学講座 教授 睡眠総合ケアクリニック代々木 理事長 井上 雄一
1.はじめに
何らかの夜間不眠症状を有する者の割合は、一般人口の20%以上に達し1、2)、日中機能に影響が及んで病的状態と判断される3)者の割合も10%を超えている4)。しかしながら、明確な治療戦略に基づいて治療されている不眠症例は決して多くない5)。また、わが国では不眠治療が未だベンゾジアゼピンないしそのアゴニスト睡眠薬(BZDs)に依存しすぎているという問題点もあるが、これも睡眠薬の漫然とした長期投与と関連しているようである。
現在、全世界的にBZDsの安易な高用量・長期間投与は避けるべきとの見方が強くなってきており6)、わが国でも保険診療上三剤以上の睡眠薬の処方制限が加えられている。このような背景を踏まえ,不眠症の診断、症状評価と治療の流れについて、若干の注意点も交えて概説したい。
2.不眠症状の初期評価
患者が不眠を訴える場合には、その症状構造(入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒)とともに、その日中機能への影響(倦怠感、注意集中力の低下など)を把握することが肝要である。一般的には、不眠症というと入眠障害がイメージされやすいが、実際には睡眠維持障害と入眠障害が混在しているケースが大半で、特に高齢者では生理学的な睡眠の浅化・分断傾向のために、睡眠維持障害の発現頻度が高くなる。また、高齢者では、従来の「8時間睡眠がベスト」という信仰が未だ根強いためか、日中機能が正常に保たれた範囲の軽度の睡眠維持障害ないし入眠障害を過大評価しすぎる傾向があるので注意したい。
しばしばみられる逆説性不眠症(paradoxical insomnia;PI)では、自分の睡眠を過小評価(誤認)し、一定量以上の睡眠を取っていることが理解できず眠れないと思い込み、「ほとんど一睡もできない」としばしば訴える3)。このような症例では、ベッドパートナーの同伴受診があれば、客観的情報が得られるが、そうでない場合には、日中機能を評価しないと(PIでは、夜間不眠の自覚的な重症感の割に日中機能への影響は少ない)本人の不眠感を真に受けすぎて、治療を誤った方向に進めてしまう可能性がある。なお、純粋なPIは比較的少ないが、不眠症の罹病長期化・夜間症状の悪化につれて、PI様パターンを生じることがある点は注意しておきたい。
3.不眠症の鑑別診断
不眠の鑑別診断のためのフローチャートを示す(図1)7)。これらを入念にすべてチェックすることは困難かもしれないが、少なくとも比較的頻度の高い、1)概日リズムの問題の有無、2)睡眠妨害現象の有無、精神疾患との関連には注目すべきであろう。筆者の印象として、入眠障害のみが顕著で睡眠維持障害を欠く場合には、純粋な不眠症よりも睡眠相後退型の概日リズム睡眠障害(特に若年者に多い)を、逆に早朝覚醒のみが認められる場合には睡眠相前進型の同障害(高齢者に多い)を疑ってみる必要がある。前者が疑われる場合には入眠障害とともに出眠時刻の後退の有無が無いかどうか、後者については早朝覚醒とともに入眠時刻の前進が無いかどうかを、チェックすべきである。
下肢を中心とした四肢の不快感と運動促迫(じっとしていられない感じ)を呈するrestless legs症候群(RLS)では、入眠障害(ないし中途覚醒時の再入眠障害)が主症状となる。RLSが疑われる場合には、本症候群の四徴(運動促迫、安静時の増悪、運動による改善、症状の夜間増悪)を確認すべきである。他方、限定的に睡眠維持障害を呈し入眠障害を欠く場合には、睡眠時無呼吸症候群(SAS)、睡眠中の反復性の足関節の背屈運動(周期性四肢運動;periodic limb movements during sleep;PLMS)による睡眠の浅化・分断でないかどうかを鑑別すべきである(どちらも中年期以降に好発し、前者は男性に、後者は女性に多い)。SASについては、常習性いびきと夜間呼吸停止を家人から確認することでかなり定性的にスクリーニングできるが、これらの睡眠妨害現象を呈する疾患の定量的な重症度評価のためには、睡眠専門医療機関で行われる終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査が必要である。
精神疾患、特にうつ病による不眠も重要な鑑別対象となる。しかし、外来初診時点での横断面評価では、うつ病の病相期症状ないし前駆症状として不眠が生じているのか、不眠の慢性化によってうつ症状へ発展8)したのか、鑑別困難なことが少なくない。しかし、経過を問診すると、うつ病性不眠は比較的短期間の間に増悪し、睡眠薬治療の効果が一般的な不眠症に比べて乏しいのに対し、慢性不眠から発展するうつ病は、かなり緩徐な経過(多くは6か月以上)をたどるので、これらは鑑別の判断材料になるだろう。
鑑別診断を充分に行って、他疾患が除外されたのちに最後に残るのが、神経質傾向と心理的・生理学的な過覚醒傾向を主たる特徴とする不眠症の中核群である。
4.治療選択について
不眠治療の第一歩は、睡眠に関する適切な知識を備え、環境要因や生活習慣を整える必要がある。これらの項目は睡眠衛生と総称されるが9)(表1)10)、治療に入る際に各項目について逸脱が無いかチェックし、問題がある場合には是正を図るべきである。これを軽視して薬物療法をスタートしても、十分な効果は期待しにくい。
近年、不眠への治療選択肢は増えてきているが、その即効性を考えると、身体機能が衰えており薬剤が安全に使用できないケースを除くと、新規睡眠薬が登場してもBZDs睡眠薬は重要な選択肢である。この中では、比較的血中半減期の短いZ-drugs(zolpidemやeszopicloneなどのベンゾジアゼピンアゴニスト)の方が、古典的なベンゾジアゼピン誘導体に比べて効果と安全性に関するエビデンスの水準が安定しており、比較的低力価で有効性が確保されている。かつては、高力価(用量)のベンゾジアゼピン誘導体睡眠薬による重症例へ対応、あるいは半減期の長い睡眠薬による睡眠維持障害への対応などが一般的に行われていたが、前者は依存形成につながりやすいこと11)、後者は思ったほどの効果が得られないことから(BZDs睡眠薬は入眠障害に比べて睡眠維持障害への効果が劣ることが多い)、近年ではこのような方法には批判が多くなってきている。今後もまだ当分比較的低力価のZ-drugが治療の主役としての位置を維持すると思われるが、メタ解析の結果によるとプラセボとZ-drugでの入眠潜時短縮効果は、PSG上では22分、自覚評価ではわずか7分弱しか異なっていない(表2)12)。したがって、高齢、重症であること、精神・身体疾患の合併があること、神経症傾向を有することなどの難治化(治療長期化)リスクがないかどうかを充分見極めるべきだし、適宜不眠症の認知行動療法(CBT-I)の併用なども考慮すべきだろう(図2)10)。
生体リズム位相変位作用を有するメラトニンアゴニストとして知られるramelteonも、不眠治療において重要な役割を担っている。本剤は、BZDs薬剤の持つ筋弛緩・呼吸抑制作用を欠く点で優れている反面、入眠促進効果はBZDsに比べて弱い。しかしながら、本剤は概日リズム調整作用を有する13)ことから、前述した睡眠相後退型概日リズム睡眠障害14)ないし、明らかな睡眠相の後退は無いものの概日リズム位相の若干後退した入眠障害型不眠(図3)15)への効果が期待できる。近年、視床下部に起始する覚醒促進系神経であるOrexin受容体へのアンタゴニストが積極的に臨床に導入されている、本系統に属するLemborexantは、自覚症状と他覚的な睡眠検査指標についてBZDsと同等以上の治療成績を示しており、高い期待が寄せられている16)。
5.代替療法のあり方
鎮静性の抗うつ薬は、その不眠改善効果が抗ヒスタミン作用に依存しており比較的耐性形成が早いこと、過鎮静に関連した副作用を生じる可能性があることなどから、使用には慎重を期するべきであろう。
CBT-Iは、まだわが国では保険適応をまだ得ていないが、全世界的に高い評価を得ている17)。その実施手順を表3 18)に示す。これらのセッションを1回30分以上4-6回実施することで、緩解に至る症例は50%、有効例は70-80%とかなり高い。本治療は実施に時間を要し、効果発現までに時間がかかるという問題はあるものの、メタ解析の結果によると、CBT-Iの効果は比較的長期間持続し、再発予防に優れているし、睡眠薬減量にも貢献しうる19)。
6.薬剤減量・中止に向けて
一部に,難治例で長期連用を余儀なくされるケースが存在することは明らかだが(この場合には服用量が増えないよう、慎重に対応すべきである)、不眠症状が緩解(回復)したら、積極的に減量・休薬をめざすべきである。この際のチェックポイントは、1)上に述べた症状スケールなどを用いて自覚的な不眠症状が消失していることを確認すること、2)日中機能に問題が無いこと、3)睡眠衛生が良好な状態に保たれていること、4)不安やこだわりが消えていること、などの諸点である。至適な減薬開始時期には個人差が大きいが、大まかには症状消失が確認されてから4-8週前後と考えて良いだろう。睡眠薬の減量法としては、漸減法が用いられることが多い。減量の際には軽い反跳現象が生じることがあるので、これに対する対応については十分に患者と相談しておく必要がある。また、薬剤を減量する際にCBT-Iを併用するやり方もある20)。
7.おわりに
不眠治療の選択肢は増えつつあるが、症例の状態把握、治療内容の妥当性の吟味を入念に行わないと、安定した治療効果は得られない。有効かつ安全な治療体系の確立のために、各種治療の置き換えと併用に関するエビデンスが蓄積されることを期待したい。
令和3年5月20日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて特別講演
文献
1)Kim K et al: An epidemiological study of insomnia among the Japanese general population. Sleep 2000; 23: 41-47.
2)Furihata R et al: The association between sleep problems and perceived health status: a Japanese nationwide general population survey. Sleep Med 2012; 13: 831-837.
3)International Classification of Sleep Disorders Second Edition. American Academy of Sleep Medicine. USA, 2014;
4)Ohayon MM et al: Insomnia and global sleep dissatisfaction in Finland. J Sleep Res 2002; 11: 339-346.
5)Schutte-Rodin S et al: Clinical guideline for the evaluation and management of chronic insomnia in adults. J Clin Sleep Med 2008; 4: 487-504.
6)No authors listed: NIH State-of-the-Science Conference Statement on manifestations and management of chronicinsomnia in adults.NIH Consens State Sci Statements 2005; 22: 1-30. Review.
7)内山 真 編:睡眠障害の対応と治療ガイドライン第2版 じほう2012; pp68
8)Okajima I et al: Insomnia as a risk for depression: a longitudinal epidemiologic study on a Japanese rural cohort. J Clin Psychiatry 2012; 73: 377-383.
9)Blunden SL et al: Are sleep education programs successful? The case for improved and consistent research efforts. Sleep Med Rev 2012; 16: 355-370.
10)三島和夫 編:睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン. じほう. 2014;
11)Hajak G et al: Abuse and dependence potential for the non-benzodiazepine hypnotics zolpidem and zopiclone: areview of case reports and epidemiological data. Addiction 2003; 98: 1371-1378.
12)Huedo-Medina TB et al: Effectiveness of non-benzodiazepine hypnotics in treatment of adult insomnia: meta-analysis of data submitted to the Food and Drug Administration. BMJ 2012; 345: e8343.
13)Richardson GS et al: Circadian phase-shifting effects of repeated ramelteon administration in healthy adults. J Clin Sleep Med 2008; 4: 456-461.
14)西田慎吾ほか: 睡眠関連摂食障害(SRED)の病態把握と治療 精神科治療学 2012; 27: 1203-1210.
15)Morris M et al: Sleep-onset insomniacs have delayed temperature rhythms. Sleep 1990; 13: 1-14.
16)Rosenberg R et al: Comparison of Lemborexant With Placebo and Zolpidem Tartrate Extended Release for the Treatment of Older Adults With Insomnia Disorder: A Phase 3 Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2019; 2;2(12): e1918254.
17)Smith MT et al: Comparative meta-analysis of pharmacotherapy and behavior therapy for persistent insomnia. Am J Psychiatry 2002; 159: 5-11.
18)井上雄一ほか. 不眠症の診断,治療と評価. 睡眠医療. 2014; 8(増): 449-457.
19)Okajima I et al: A meta-analysis on the treatment effectiveness of cognitive behavioral therapy for primary insomnia. Sleep Biol Rhythm 2011; 9: 24-34.
20)Okajima I et al: Cognitive behavioural therapy with behavioural analysis for pharmacological treatment-resistant chronic insomnia. Psychiatry Res 2013; 210: 515-521.
図1.不眠の診断フローチャート7)
表1.睡眠衛生のための指導内容10)
表2.メタ解析による、プラセボとZ-drugの効果の差12)
図2.不眠症治療アルゴリズム10)
図3.入眠障害型不眠症患者における深部体温の日内変動15)
入眠障害型不眠症では放熱のタイミングが遅く、wake maintenance zoneの間に消灯している。
表3.CBT-Iの構成要素と効果18)
(令和4年2月号)