済生会新潟病院 呼吸器内科
朝川 勝明、高橋 祐樹、髙橋 美帆、
市川 紘将、小原 竜軌、寺田 正樹
はじめに
2019年12月中華人民共和国の湖北省武漢市で肺炎の集団発生が報告されて以降、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染は全世界に拡大し、パンデミックの状態が続いている。
本邦での感染者も2020年1月16日に1例目が報告されて以降、数回の流行波を伴いながら増加し、2021年10月の時点で累計170万人を越え、新興感染症として近年経験したことのない規模のパンデミックを前に日本のいびつで脆弱な医療体制が顕となり、各医療機関の現場で混乱が生じた。済生会新潟病院では早期にSARS-CoV-2感染例の受け入れを開始、これまでに300名を超える入院症例を経験してきた。本稿では実臨床を主とした当院でのSARS-CoV-2感染症診療内容を報告する。
済生会新潟病院入院症例
2020年3月9日から2021年9月30日の期間に317件316症例の入院症例を経験した(再陽性1例)。男女比は188:128で、年齢中央値48歳(0~102歳)であった(表1)。診療は成人を呼吸器内科が、小児を小児科が担当した。月別入院者数をみると2020年は多くても10名前後であったが、2021年に入る前後の感染拡大期(いわゆる第3波)以降に増加し、第5波の時期にあたる8月は過去最多の54名が入院した。入院例における有肺炎率にはばらつきがみられるが、2021年春以降は新潟県が感染拡大による医療逼迫を災害と捉え、各感染者にリスク因子をふまえた療養方法の判断(自宅あるいは宿泊療養か入院か)を下すようになったため、入院はハイリスク症例が多くなり肺炎合併率も高くなる傾向があった(図1)。2020年8月の第2波以降、当院では呼吸器内科の主病棟であった一般病棟ワンフロアをすべて感染病棟に転換して診療にあたっている。また、当院の集中治療室は一部のみを重症者対応の感染病床として使用することが構造上困難であるため、当院の診療機能を著しく下げても対応すべき感染状況に新潟市が陥らないかぎりは、重症例も前述の一般病床で対応する方針としている。よって必然的に人的資源も含めた医療リソースの問題から現行の病院機能を維持しながら複数名の重症(挿管)例を一般病棟で管理することは事実上不可能であることが想定される。このため人工呼吸器管理を検討すべき病状の症例をみた際には新潟市民病院や新潟大学医歯学総合病院に転院を打診してきた。当院入院症例の重症度(表2)は、軽症が82.6%(262/317)、SpO2 94~95%の中等症Iが10.4%(33/317)、SpO2 93%以下の中等症Ⅱが6.6%(21/317)と既存の報告と大差はないものであるが、重症が1例のみ(0.3%)とわずかであるのは前述した当院の医療体制に起因している。県の発表では重症者に対応できる県内の医療機関数は15、受入病床数は112とされているが、これは各医療機関がSARS-CoV-2感染症診療に機能をシフトして通常診療レベルを下げることを前提としないと成立しないものである。人口10万人あたりのICU病床数が全国で最少レベルである新潟県の医療体制をふまえると、ある程度重症者対応を集約化しないと医療崩壊が現実化する危惧があったなか、2021年8月にこれまでにない規模の感染者数となった第5波を迎え、9月に入る頃には新潟県内でも重症者が増加、当院でもはじめて重症例を診ることになった。当初から重症例を含めたSARS-CoV-2感染症診療にあたってこられた新潟市民病院が医療体制の維持に尽力されたこと、新潟大学医歯学総合病院が総力をそそいで重症者の受入を拡充されたこと、各医療機関が受け入れ体制を整備されたことで何とか第5波を乗り切ることができたものと考えている。
済生会新潟病院における診療内容
2020年3月9日に1例目の感染者が当院に入院されたが、この時点では有効性が報告された薬剤は存在せず対症的に経過をみていくしか術がなかった。その後、武漢ウイルス研究所から培養細胞を用いてウイルス増殖抑制効果をみた報告がなされ、この研究ではレムデシビルで高い抑制効果がみられ、その他、クロロキン、ファビピラビル、ナファモスタットにも抑制効果がみられた1)。本邦からは吸入ステロイド剤であるシクレソニドの有効性を示す報告もあった2)。これらの知見をふまえてクロロキン、ファビピラビル、シクレソニドなどの薬剤を”compassionate use”として使用できるよう倫理委員会に承認を得た。ファビピラビルに関しては、既存の治療薬が無効な新型または再興型インフルエンザの治療のために国が備蓄している薬剤であり、入手するにあたって国際医療研究センターのレジストリ研究、藤田医科大学の観察研究に参加が求められたため、2020年3月には当院もこれら研究に参加した3)。また、4月には藤田医科大学主導のファビピラビルの無症状または軽症者を対象とした介入試験4)に参加し、当院からは計4例を組み入れた(本試験の結果は主要評価項目であるウイルス消失率ハザード比は1.42、P値=0.269で統計的有意差に達せず)。ACTT-1試験での有効性報告5)を経て2020年5月にはレムデシビルが本邦ではじめてのSARS-CoV-2感染症の治療薬として特例承認されたが、この時期の当院は防火扉で隔てた一般病棟の半分を感染病棟として使用している状態で看護師配置も少人数であり、感染症指定医療機関でもないこと、新潟県での感染者数も限られていたことから、当初レムデシビルの適応とされた酸素吸入を要する中等症以上の症例対応は困難と考えたため、同剤搬入の手続きはとっていなかった(2021年2月に納入手続きを行なった)。その後、RECOVERY試験でデキサメタゾンの有効性が報告され6)、2020年7月 厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症診療の手引き第2.2版」に日本国内で承認されている医薬品として同剤も追加した。2020年11月には新潟市内の介護施設でクラスターが発生して計9名が当院に入院、ファビピラビルおよびデキサメタゾンの治療で軽快した肺炎症例もあったが、死亡例もはじめて経験した。また、ステロイド中止後に肺炎が再燃する症例があり、結果的には再度のステロイド治療が奏効したが、経過をみながら漸減すべき症例が存在することも経験した。12月には別の介護施設でもクラスターが発生、当院に入院した2例が死亡した。2021年2月には、当院に入院した60歳代の症例がファビピラビル、ステロイドによる治療介入後も肺炎が悪化傾向となったため、この時点で有効性を示唆する報告がなされていた抗IL-6受容体モノクローナル抗体のトシリズマブ7)を適応外使用とした(倫理委員会承認済、本人の同意取得のうえで使用)。しかし、挿管管理を要する可能性を懸念してトシリズマブ治療後に間もなくして本例は新潟市民病院に転院となった。その後に当院で使用しなかったレムデシビルが追加されたのみで軽快が得られたという事の顛末を聞くに及んで、いましばし当院で経過をみるべきではないかと考えた。これは、県の病床拡大要請に応じて2020年8月以降一般病棟の半分のみの使用からワンフロアすべてを使用する体制に切り替えたことで看護師の人員配置などの診療環境が改善したこと、診療経験の蓄積で治療方針の方向性が定まってきたことが、「我々はより積極的にSARS-CoV-2感染症診療に取り組むべき」という意識の変化を生み、その結果として生じた反省であったように思う。これを機に、前述したレムデシビルの納入手続きを行い、有効性が期待される薬剤はほぼすべて選択肢として使用できる体制を遅ればせながら当院でも構築するに至った。2021年4月にはJAK阻害薬のバリシチニブが有効性報告8)をふまえて本邦で特例承認され、当院では5月にレムデシビルおよびステロイド抵抗性の中等症例に対して同剤を使用した。7月にはドラッグ・レポジショニングではない初めてのSARS-CoV-2専用治療薬として、カシリビマブ/イムデビマブ(抗体カクテル療法)が承認された9)。当院では7月30日以降、適応症例には積極的に同剤を使用し、2021年9月末までに計36例を治療したが、幸いなことに重篤な有害事象を経験することなく全例で軽快が得られた。抗体療法の適応判断は、リスク因子に加えてワクチン接種歴およびSARS-CoV-2IgG抗体価(当院で8月下旬から測定開始)も参考にしている。当院における薬物治療の内訳を(表3)に示す。抗ウイルス療法は初期にはファピピラビルのみを使用していたが、2021年2月以降レムデシビルに完全に入れ替わった。2020年中には軽症例に対して吸入ステロイド剤であるシクレソニドを使用することがあったが、同年12月に国際医療研究センターからシクレソニド吸入例において有意に肺炎増悪が多かったとの報告がなされてからは使用することは無くなった10)。その後、2021年8月に同じく吸入ステロイド剤であるブデゾニドの有効性が英国から報告され11)、当院でも倫理委員会に承認を得て3症例に使用したが、いずれも増悪なく軽快を得ている。全身ステロイド療法は50例以上で施行し、その有効性を実感することは少なくはなかったが、前述のように中止後に再燃して再度治療を行った症例、中止後に肺炎像の再燃をみたものの再投与なく無治療で肺陰影が改善した症例なども存在し、各症例毎に病勢をみながら判断することが求められた。非薬物療法として、当初エアロゾルによる院内感染の懸念から非侵襲的陽圧換気療法(NPPV; Non-invasive Positive Pressure Ventilation)や高流量酸素療法(HFNC; High Flow Nasal Cannula)は原則として使用しないという考えが本邦にはあったが12)、エアロゾル・飛沫に関するシミュレーション実験の蓄積や同療法による有効性の報告、SARS-CoV-2感染症診療経験の蓄積、院内感染対策の徹底化などを経て、現在では積極的に使用される傾向となっている13、14)。当院でも陰圧個室でサージカルマスクを着用していただいたうえで2症例にHFNCを使用した。重症患者への人工呼吸の基本戦略としては、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)に対する肺保護戦略(プラトー圧制限、換気圧制限)がすすめられており、その一環としての腹臥位療法も有効とされている15)。2021年8月当院で経験した重症例は、50歳代で入院時からHFNCで呼吸サポートを要する呼吸不全を認め、レムデシビル、高用量のステロイド、バリシチニブ(内服困難後にアクテムラも使用)、抗凝固療法(未分画ヘパリン)で集学的に治療したが、第7病日に挿管・人工呼吸器管理となった。挿管を行う場面では、それまでにシミュレーションを重ねてきた経過もありトラブルはなかった。一方、腹臥位療法は当院でこれまでにICUでも施行したことがなく感染病棟で行う予定も予行もしていなかったが、重症例を前にして医師・看護師ともに必要性を強く感じ、手探りながら実践することとなった。動画を含めた同療法に関する入手可能な研修資料で自発的に学習するものもいたし、それまでSARS-CoV-2感染症診療に直接携わる機会の無かった看護師・理学療法士・臨床工学技士など多くの職員が積極的に協力してくれたことで多職種からの視点をもつことも出来、当院で初めて行う腹臥位療法ではあったがスムーズに行うことができた。結果的にこの症例を救命することは叶わなかったが、1週間にわたって腹臥位療法を継続できたことはチーム医療による成果であった。
その他の済生会新潟病院における取り組み
2020年2月より帰国者・接触者外来の受け入れを開始、診療スペースが問題となったが、一時的に診療できる場所を確保しつつ外来化学療法室の移転などをすすめて救急外来に併設したトリアージ外来を常設した。また当院は感染対策のひとつであるワクチン接種に関しても積極的に取り組んだ(表4)。職員等の接種は2021年5月でほぼ終了、市が定めた優先順位に沿った個別接種は場所を無償協力いただいたアピタ新潟西店のエントランスホールを借用して行い、2021年6月3日から10月29日までの期間(停止期間もあり実働85日間)で約23,000回(11,500人)の接種を行なった。同年8月28日から10月15日の土日には院内の検診センターを使用して職域接種にも取り組み、実働8日間で1,782回(905人、1回目のみ実施者28人含む)接種した。院内では、呼吸器内科が通常診療を継続しながらSARS-CoV-2感染症診療に従事できるようにサポート体制が築かれ、呼吸器内科医の内科新患外来業務(トリアージ外来業務を兼ねる)の免除、感染病棟で挿管症例が発生した場合の通常当直業務免除(呼吸器内科医が感染症病棟に24時間院内対応するため)などの配慮をいただいた。
さいごに
これまで述べてきた当院のSARS-CoV-2感染症に対する診療は、他科の医師や看護師、薬剤師、臨床工学技士、放射線技師、臨床検査技師、理学・作業療法士、事務職員など院内すべての方々の理解と協力、医療人としての構えがあって成り立ってきたものであり、この場を借りて感謝したい。
参考文献
1)Wang M, Cao R, Zhang L, et al. Remdesivir and chloroquine effectively inhibit the recently emerged novel coronavirus(2019-nCoV) in vitro, Cell Res, 30: 269-71, 2020.
2)Matsuyama S, Kawase M, Nao N, et al. The inhaled corticosteroid ciclesonide blocks coronavirus RNA replication by targeting viral NSP15. bioRxiv preprint, doi: https://doi.org/10.1101/2020.03.11.987016
3)厚生労働省.コロナウイルス感染症に対するアビガン(一般名:ファビピラビル)に係る観察研究の概要及び同研究に使用するための医薬品の提供について.https://www.mhlw.go.jp/content/000625757.pdf. Accessed.
4)Doi Y, Hibino M, Hase R et al. A prospective, randomized, open-label trial of early versus late favipiravir therapy in hospitalized patients with COVID-19. Antimicrob Agents Chemother, 64: e01897-20, 2020.
5)Beigel JH, Tomashek KM, Dodd LE et al. Remdsivir for the treatment of Covid-19- final report. N Engl J Med, 383: 1813-26, 2020.
6)RECOVERY Collaborative Group. Dexamethasone in hospitalized patients with Covid-19. N Engl J Med, 25: 693-704, 2021.
7)The REMAP-CAP investigators. Interleukin-6 receptor antagonists in critically ill patients with Covid-19, N Engl J Med, 384: 1491-502, 2021.
8)Kalil AC, Patterson TF, Mehta AK, et al. Baricitinib plus Remdesivir for Hospitalized Adults with Covid-19, N Engl J Med, 384: 795-807, 2021.
9)Weinreich DM, Sivapalasingam S, Norton T, et al. REGN-COV2, a Neutralizing Antibody Cocktail, in Outpatients with Covid-19, N Engl J Med, 384: 238-251, 2021.
10)国立国際医療研究センター.吸入ステロイド薬シクレソニド(販売名:オルベスコ)のCOVID-19 を対象とした特定臨床研究結果速報について.
https://www.ncgm.go.jp/pressrelease/2020/20201223_1.html. Published 2021. Accessed
11)Yu LM, Bafadhel M, Dorward J, et al. Inhaled budesonide for COVID-19 in people at high risk of complications in the community in the UK (PRINCIPLE): a randomised, controlled, open-label, adaptive platform trial, Lancet 398: 843-55, 2021.
12)日本呼吸療法医学会,日本臨床工学技士会. 新型コロナウイルス肺炎患者に使用する人工呼吸器等の取り扱いについて-医療機器を介した感染を防止する観点から- Ver.2.2, https://www.jsicm.org/news/upload/COVID-19-ventilator-V2.2.pdf
13)日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会 COVID-19呼吸管理上の感染対策に関する提言 2020年11月4日 https://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/covid19/20210204_COVID-19_kansensyou.pdf
14)日本呼吸器学会 呼吸管理学術部会.COVID肺炎に対するHFNCの使用についてVer.2, 2021年2月5日 https://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/information/ 20200424_COVID_HFNC.pdf
15)新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 2021年8月31日 第5.3版
表1 済生会新潟病院入院症例
図1 済生会新潟病院入院症例(月別入院者数および肺炎症例)
表2 済生会新潟病院入院症例(317件316症例)
表3 済生会新潟病院入院症例(317件316症例)
表4 済生会新潟病院のワクチン接種の取り組み
(令和4年3月号)