新潟大学大学院保健学研究科 教授 坂井 さゆり
1.はじめに
まさかの時、もしもの時は誰にも起こる。米国の研究では、命の危険が迫った状態になると42.5%の人が何らかの意思決定を必要とし、その内の約70%の人が医療・ケアを自分で決めたり、望みを人に伝えたりすることが出来なかったとある1)。独居、高齢者世帯の増加、気象変動、COVID-19感染拡大など、人々がもしもに備える状況が生じている。人生最終段階において、どのような医療・ケアを望むかを自分自身で前もって考えることが重要な時代になってきた。厚生労働省は、アドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)に人生会議という愛称を付け、11月30日を人生会議の日と定めた。本稿では、ACPの概念を解説し、その方法や専門職としての態度について考察する。
2.ACPとは
本邦における人生最終段階の医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(以下、ガイドライン)とACPの経緯を表1に示す。ガイドラインの解説編2)においてACPは、「人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス」と説明され、国の方針としてACPが推奨されるようになった3)。
諸外国の状況を概観する。Sudore RLらは、ACPの専門知識をもつ専門家を対象にコンセンサスパネルを実施し、ACPの定義化を試みた4)。それは「ACPは、あらゆる年代、健康段階にある成人の個別に抱く価値観、人生の目標、医療ケアに対する将来の選好を分かち合い、理解することによって、彼らをサポートするプロセスである。ACPの目標は、深刻かつ慢性的な疾患を抱える患者が、彼らの個人的な価値観や選好が医療ケアに反映されるように、確実にサポートすることである。」というものである。また、「ACPのプロセスには自分が意思決定できなくなった時のために、信用できる人を選定しておくことを含む。そして、ACPは、患者、信頼できる人々、医療者と共に行われることが望ましく、その話し合いは、患者が自分の病状や予後、これからの治療についてどの程度知っておきたいか、という患者自身の心身の準備状態に応じて行われることが前提となる。さらにACPは、患者の意向は常に変化するため、健康状態や患者の生活状況が変わるごとに繰り返し行われるべきである。」とある。ACPは、患者の選好を医療ケアの目標に反映させることが必要であるため、医療・ケアチームの話し合いが重要となる。話し合いの内容は、記録に残され、共有され、必要時にすぐ参照でき、状況に応じて更新することが必要である。他、英国、カナダ、米国の定義5)6)7)8)を参考として表2に示す。このように、ACPの定義は多様である。その中でも特に、「意思決定能力を失った時に備え、望んでいる治療やケアの内容について、代理意思決定者や医療福祉従事者と前もって話し合うこと」、その点を含まないものはACPではなく、通常の意思決定支援であるという意見もある。しかし、慢性疾患患者や高齢者へのACPは、通常の意思決定支援の途上にあるとも考えられ、実践上の線引きは難しい。
3.AD(Advance Directives;事前指示)とACP
ACPの考え方がどのように発展してきたか、以下、足立らの報告を引用しADとの関連から概観する9)10)。
1970年代、生命維持装置の使用増加に伴い、リビングウィルの考え方が広まり、その意向を文書で示すことがADの始まりといわれている。ADは、その時代の社会の価値観と患者の権利と裁判、生活の質Quality of Life(QOL)の視点から変化してきた(図1)。カレン・アン・クインラン裁判を契機に、カリフォルニア州でリビングウィルに相当する「医師への指示」に法的権限を与えた「自然死法」が制定された。1990年代、ナンシー・クルーザン裁判は、患者の自己決定権法の制定に影響を与え、医療機関に対しADを普及・推進する義務を示し、さらに医学的ケアに関する意思決定が州法による患者の権利であることを書面によって情報提供すること、AD作成の有無を本人の医療記録中に明記すること、AD作成の有無によって個人が差別されないこと、地域への普及などが含まれた。
一方、米国のSUPPORT studyがADの課題を指摘した11)。研究は、患者のADに対する認知度が低いこと、熟練看護師がADを取得し医師に伝えた介入群と非介入群において、ICUの利用、DNR取得から死亡までの日数、疼痛、ADの遵守、医療コスト、患者や家族の満足度等に有意な差がないことを示した。その後、ADの課題改善策として①患者本人、家族、医療者が話し合いをする上で、意思決定を共有する努力をすること、②話し合いは、治療選択に限定せず、患者の関心事や懸念、ケアの目標、価値観を明確にする内容であること、③継続して行い、内容を更新すること、④ADに記載する内容は、最終決定する場合の推論や解釈するための基礎情報として扱うこと、⑤将来の意思決定の合意までに、ADは変更可能で最終的に決定するまでのプロセスを重視する方法にすること、⑥POLST(Physician orders for life-sustaining treatment)への取り組み12)、が挙げられた。
以上より、ACPは、ADをより発展したものであるといえ(表3)、ACPは、継続的な対話と、本人を中心に、家族等(代理意思決定者)、医療・ケアチームの協働的な意思決定を含む医療・ケアのプロセスであると考える。清水らは、意思決定のプロセスを、情報共有−合意モデルで説明している13)。これは、医療・ケアチームが、本人・家族にとっての最善な医療を、エビデンスに基づく一般的な判断により説明を行い、加えて、本人側の事情や考え・気持ちを理解しようとし、聴こうという姿勢を併せ持つ。医療やケアの決定は、単に医学的情報だけで決まるものではなく、患者側の人生についての情報も兼ね合わせた上で決まるものである、とする考え方である。ここでも重要なことは、医療・ケアチーム内のコミュニケーションや目標共有、患者・家族等の間のコミュニケーションである。図2に、清水らのモデルを示すが、黒い吹き出しは筆者の私見を加えたものである。
4.ACPの特徴
ACPの効果として、人生最終段階にある高齢患者と家族の満足度の上昇や患者の死後の家族の不安や抑うつの軽減が報告されている14)。ACPにはどのような特徴があるだろうか。
ACPを健康段階や病期の違いから整理する15)。第1ステージは、健康な人に対するACPであり、ALP(advance life planning)ともいう。住民の健康(死生観)教育として、遠い将来のもしもの時に備えた医療やケアを考えてみるものであり、人生会議という愛称が相応しい段階である。この第1ステージにおける家族等との対話が、もしもの時に備える重要な対話になることもある。第2ステージは、慢性疾患療養者や高齢者を対象とした地域医療・介護におけるACPである。人生の最終段階を実感する状況ではないことが多く、日常のコミュニケーションや意思決定支援を重ね、信頼関係を築くプロセスを重視し、本人の選好を日常ケアに反映していくことに意味がある段階であるだろう。第3ステージは、人生最終段階の判断が現実的となる救急医療や急性期医療におけるACPである。本人、家族等と医療・ケアチームとの一層の対話が必要になる段階である。ここでは「人工呼吸器はつけたくない、延命処置はしないでほしい」という、どのように死にたいかを書き残してもらうことを目的とした対話ではない。あらゆる治療状況の変化にあっても本人の価値を代理意思決定者が解釈し代理決定できるように、受け入れられない治療や処置の根底にある本人のイメージや、価値観の共有が必要となる。そのため医療・ケアチームは、今後必要となるであろう最善の治療やケアについて、本人の心身の準備状態に応じて、わかりやすく説明することが求められる。その上で、その日1日をどのように過ごし、何を大事に生きたいかを会話や対話、仕草や行為から探り、言語的なコミュニケーションが難しい場合は、本人の心地よさのサインを共有する。医療・ケアチームは、本人が最期までよりよく生き続けることを支えることを志向し、具体的な医療やケアに本人の価値を反映する。
救急患者の場合16)は、本人に意思決定能力がないことが多い。治療と平行し、事前指示の有無を確認し、ある場合はそれに基づき意向を解釈、ない場合は医学的最善と合わせて代理意思決定者と共に「もし本人に意識があれば何を望むか」という視点で考え、ゴールを設定する。治療や救命のゴール設定が困難になった場合は、本人の安楽を志向する治療や緩和ケアの視点で医学的最善によってゴールを設定する。代理意思決定者を焦らせることなく、その重責への心理的支援も必要とされる。しかし、救急医療におけるACPは難しい課題である。
5.ACPの方法
ACPで留意することは、個人的なことを話したくない人、予後を知りたくない人、心身の準備が整っていない人など、多様な考え方への配慮である。人生会議は義務ではなく、個人の主体的かつ自由な考えで進めるものである。想像していた未来と現実のギャップから、一度決めても考えが変わる人もいる。いつ書いたかわからない本人の意向をそのまま引き継ぐものでもない。療養の場が変わるたびに、人生最終段階の意向について唐突に質問するのも配慮を欠く。少しずつ受け継がれ、深まっていくものであることを心得たい。
ACPには、地域住民への啓発活動と医療・ケアの場における患者支援がある。地域住民に対しては、保健啓発活動として広がりつつある。地域での方法には「もしも生きる時間が限られているとしたら、あなたにとって大切なことは何ですか?」という問いに対し、自分の考えを記録に整理してみたり、カードゲームを行ってみたり、エンディングノートをまとめてみたりすることが多い。実施の際に大事なことは、1つの問いに対する対話である。そう思う気持ちや経験を他者に伝え、他者の語りに耳を傾け、自分の経験や思いの違いに気づき、再度自己に問いかけるプロセスが重要である。対話は、意思形成、意思表明を支援し、よりよい意思決定につながる。自分の意向を書き残すことだけがACPの目的ではないことを、再度確認したい。
医療・ケア現場では、医療・ケアチームによる患者が人生最終段階であるかないかの判断、患者の準備状態の判断、状況に応じたゴールや医療・ケアの見直し、適切な緩和ケア、エンド・オブ・ライフ・ケアの提供が前提となる。その上で、ガイドラインに基づき意思決定を支援する17)。本人の意思が確認できる場合は、本人の意思決定を基本とし、ACPを進める。本人の意思が確認できない場合は、家族等の代理意思決定者が本人の推定意思を尊重して判断する。それも困難な場合は、本人にとって現在考えられる最善の医療やケアを、専門職チームで判断する。臨床倫理的に困難がある時は、米国のジョンセンらが開発した臨床倫理の四分割表(改変版)18)をカンファレンスに活用し、事実関係を整理することもできる。
6.ACPに必要な専門職のスキル
ACPに必要なスキルとして、意思決定支援(意思形成支援、意思表明支援、意思実現支援)のスキル、コミュニケーションのスキル、シームレスな連携を図るスキル、倫理的問題に対応するスキルが重要であるといわれている19)。特に、意思決定支援スキルとコミュニケーションスキルでは、「傾聴」が最も重要であり、思いや感情、懸念事項を理解することを助ける。話しやすい雰囲気づくり、意思表明の阻害要因を特定し可能な限り除去すること、家族間調整、専門職側の態度に意識を向ける能力も必要である。このとき、本人、家族や多職種でカンファレンスを行うときに留意することは、各専門職の専門性を尊重し、他者の感情に配慮し、チームや場の雰囲気づくりに心がける。そして、もう1歩踏み込んで本人にこれからの意向をしっかりと確認したい時は、①最善を期待し最悪に備える姿勢、②対象者を支援したいという気持ちの表明、が重要であるといわれている20)。詳細は参考文献を参照されたい。
7.おわりに
ここまで、ACPの概念や特徴、方法について述べてきた。死の接近に伴う不安や恐怖、孤独、自己コントロール感の低下など、人間のスピリチュアルな苦悩は、わかりやすい説明と傾聴、状況に応じたリハビリテーション、丁寧な日常ケア、死や生について共に語り、楽しみやふれあいの時をもつ、これらの日々の丁寧なケアによって和らぐことがある。このプロセスを信頼する人々と共有することが、より良いACPにつながると考える。
本稿は、新潟市保健衛生部地域医療推進課意思決定支援研修会、新潟市医師会127回新潟市医師会在宅医療講座「アドバンス・ケア・プランニング(ACP:人生会議)の基礎と実践」の講演を加筆・修正したものである。
引用文献
1)Maria J. Silveira.et.al: Advance Directives and Outcomes of Surrogate Decision Making before Death.N Engl J Med,362: 1211-1218,2010.
2)人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会(2018).人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン解説編.
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197702.pdf.(2021.9.2)
3)足立智孝,角田ますみ編:患者・家族に寄り添うアドバンス・ケア・プランニング.メヂカルフレンド社,東京,2頁,2019.
4)Sudore RL et al: Defining Advance Care Planning for Adults: A Consensus Definition From a Multidisciplinary Delphi Panel.J Pain Symptom Manage, May53(5): 821-832, 2017.
5)NHS: Planning for your future care a guide. https://www.england.nhs.uk/improvement-hub/wp-content/uploads/sites/44/2017/12/EoLC-Planning-for-your-future-care.pdf.(2021.0901)
6)Canadian Hospice Palliative Care Association: Advance Care Planning in Canada A Pan-Canadian Framework. https://www.advancecareplanning.ca/wp-content/uploads/2020/06/ACP-Framework-EN-Updated.pdf.(2021.0901)
7)AMA: Advance Care Planning. https://www.ama-assn.org/delivering-care/ethics/advance-care-planning(2021.0901)
8)前掲3),3頁.
9)足立智孝,鶴若麻理:アドバンス・ケア・プランニングに関する一考察─米国のアドバンス・ディレクティヴに関する取り組みを通して─.生命倫理,25(1):69-77,2015
10)前掲3),4-12頁.
11)Alfred F. Connors Jr, et al:A controlled trial to improve care for seriously ill hospitalized patients. The study to understand prognoses and preferences for outcomes and risks of treatments (SUPPORT). JAMA, 274(20), 1591-1598, 1995.
12)Keri Thomas et.al: Advance Care Planning in End of Life Care, Oxford, USA, p7, 2011.
13)臨床倫理プロジェクト:情報共有-合意モデル.
http://clinicalethics.ne.jp/cleth-prj/cleth_online/part1-3/now.html(2021.0901)
14)Karen M Detering,et al.:The impact of advance care planning on end of life care in elderly patients: randomised controlled trial. BMJ, Mar 23, 340, 2010.
15)前掲3),19-20頁.
16)前掲3),59頁.
17)厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省 改定平成30年3月).
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf. (2021.0901)
18)宮坂道夫:医療倫理学の方法 原則・ナラティヴ・手順.第3版,医学書院,東京,62-63,2018.
19)前掲3),30-33頁.
20)木澤義之:患者・家族の意向を尊重した意思決定支援.特にアドバンス・ケア・プランニング(ACP)について.看護,70(7)71-75,2018.
表1 人生最終段階の医療・ケアの決定プロセスに関するガイドラインとACPの経緯3)
表2 英国、カナダ、米国におけるACPの定義
図1 ADの経緯
表3 伝統的モデルのADと発展的モデルのACP
文献12)を元に筆者作成
図2 情報共有―合意モデルを元にしたACPに必要なポイント
文献13を元に筆者コメント(黒吹き出し)加筆・改変
(令和4年4月号)