島村 実希1)、浦野 正美2)
1)次世代地域医療研究会N[EXT]A事務局長/主任研究員
大阪大学大学院医学系研究科未来医療学寄付講座特任助教
大阪大学大学院医学系研究科・医学部附属病院産学連携・
クロスイノベーションイニシアティブ オフィサー(特任助教)
2)新潟市医師会会長
1.はじめに
近年における急速な高齢化と疾病構造の変化により、医療の効率的かつ持続的な提供体制の確立のため、各地域において地域医療構想の計画を策定し、関係者で検討することが求められている。この中でも特に重要なのは医師の働き方改革、医師の偏在対策との整合性を取りながら、地域医療に支障がでないように、かつ勤務医の先生方の考えや希望がかなえられるような形で具体的な地域医療構想の作業を進めることである。
そこで新潟市医師会では令和3年10月に新潟市内に勤務する病院の先生方に対して、今後の医療体制再編時においても医師の働き方・キャリア形成に対して、引き続きサポートができるように、意識調査を行った。今回はその結果を報告すると共に、今後の地域医療の充実を図るための方策についても検討した。
2.方法と結果
1)アンケート方法
新潟市内の病院勤務医1805名を対象にアンケートを配布した。アンケートは勤務医への協力を依頼する形で各病院の院長と事務長宛に郵送で配送した。アンケート実施期間は令和3年11月1日~11月19日で、106名(回答率5.8%)より回答があった。
2)質問と回答
①アンケート対象者属性について
回答者のうち男性は83.8%であり、そのうち98.9%が常勤であった。非常勤は30歳~39歳のみである。
回答者年齢は、30歳~39歳が14.1%、40歳~49歳が35.9%、50歳~59歳が24.5%、60歳~69歳が20.8%、70歳以上が2.8%で、男女共に40歳代からの返答が他の年代層と比べて多かった。
主たる勤務先の開設主体は大学20.8%、国公立27.4%、公立28.3%、私立23.6%となった。また、全体の中で、院長・副院長・診療部長・科部長クラスの返答は59.8%であった。
②地域医療に対する知識について
地域医療構想について「知っている」「少し知っている」の回答数を合わせると72.6%であり、「まったく知らない」との回答は26.4%であった。
また、「知っている」と回答した33.3%に地域医療構想を進める際に配慮して欲しいことを自由記述にて意見を求めたところ、大きく「医師の働き方改革の実現と医師の充足」「救急医療体制の整備」「実現性の高い病院の集約化・機能分化と病院間の連携強化」「市民の医療アクセス」の4つが挙げられた。
③医師の働き方改革に対する知識について
医師の働き方改革について「全く知らない」と答えた人は全体の1.9%、「少し知っている」「知っている」を選択した人は98.1%となり、働き方について関心が高いことが分かる。
しかし、医師の働き方改革について「知っている」「少し知っている」を選択した人の中で、2024年4月からの時間外労働の上限規制適用について「全く知らない」を選択した人は、7.7%であり、働き方改革について高い関心を持ち情報を知っている場合でも、時間外労働の上限規制適用については知らない人がいるということが分かった。
④病院の体制変更について
今後、病院の体制が変化すると予想する人は55.7%であり、どのような体制変更が行われると予想するかについては、「病床数の変化」が23.6%、「診療科数の変化」が9.4%、「救急の受け入れ件数の変化」が18.9%であった。その他自由記述欄では、夜間休日の救急医療体制や2次救急の受け入れが難しくなることを懸念する記述や、統合診療科の充実や訪問診療、オンライン診療の拡充が求められると予想する記述がみられた。
また、今後病院の体制が変化すると予想する55.7%のうち、54.2%の人が、地域医療構想による病院の統廃合のために体制変更が起こると考えている。その他、体制変更が起きると予想する理由として、17.0%の人が「住民が減っているから」、11.9%が「医師の数が減っているから」、10.2%が「住民の疾病構造が変化しているから」と考えている。
具体的に病院の統廃合によって起こる体制変更としては、「救急の受け入れ件数が増える」46.7%、「病床数が減る」と予想する人は28.1%であった。
病院から今とは違う勤務体制を求められた場合、どのように対応するかについては、「病院や医局と話し合いたい」が47.2%となっており、全ての年齢層において、最も多くの人がこの回答を選択している。
一方で、「他院への転職を検討する」15.1%、「医局人事から抜けて働き方を自分自身で決めたい」11.3%、「開業を検討する」2.8%、「他県での就職を検討する」0.9%と、働き方を自身で決めたいという層も30.1%にみられる。
また、「違う勤務体制で求められる新たなスキルがあるなら積極的に学び順応したい」を選択した人は全体の15.1%で、30代12.5%、40代37.5%、50代18.8%、60代31.3%と全世代に分布しており、必要な知識は積極的に取り入れようという意識は全世代に共通であることが窺える。「その他」の回答としては、「まもなく定年なので特に考えていない」「検診団体」などの回答がみられた。
⑤今後のキャリアについて
今後の働き方について、「専門医として定年まで病院で働き、その後については、今は検討していない」を選択した70.8%の人のうち、2013年に政府が改定した「高年齢者雇用安定法」で定められている定年の65歳までに診療を辞めたいと思っている人は13.3%であることから、定年後のことは検討していないとはいえ、定年後も何かの形で診療を継続したいと考えている人は86.7%に及ぶ。
また、「非常勤としていくつかの病院を掛け持ちしたい」と考えている人は全体の5.7%であり、常勤雇用を希望する人が多いことが分かる。
⑥学びについて(内容)
自身が今後身につけたいスキルとして最も多かった選択肢は、「臓器別ではなく全人的に診療するスキル」で、次いで「医学知識の網羅的な学び直し」「チーム医療のため組織をマネジメントするスキル」「地域医療における多職種協働の中でリーダーシップについての知識・実践法」「専門医に繋ぐべき症例についての知識」「テクノロジーについての知識」と続く。医療においては、進歩とともに高度化、専門分化してきたが、総合的・網羅的な知識や、連携の際に必要なマネジメントや知識を求めていることが分かる。
また、自身の経験から、今後医師になる人が身に付けておくと良いと感じるスキルについては、「患者とのコミュニケーションスキル」が70.8%と、「専門医スキルを高める」を選択した65.1%を上回った。その次に、「臓器別ではなく全人的に診察するスキル」「他職種との連携ノウハウ」「チーム医療のため組織をマネジメントするスキル」と続く。また、専門医スキルと合わせて、臓器別ではなく全人的に診療するスキルも身に付けるべきだと考えている人は全体の40.6%にみられた。
⑦学びについて(ツール)
現在、新たな学びをする際に活用している主なツールとして「YouTubeやe-ラーニングなどの動画、オンラインでのセミナー・講演」などネットを活用している人は44.3%であり、新たな学びをする際に今後もオンラインツールを継続して活用したい人は全体の32.1%となった。
このうち、30歳代は12.5%、40歳代は40.6%、50歳代は25.0%、60歳代は21.9%となっており、年齢層に大きな偏りはないが、本アンケートがGoogleフォームを活用して行われたことから、元々全世代を通してITリテラシーの高い医師が回答している可能性があることも考慮すべきであろう。
また、現在、新たな学びをする際に主に活用しているツールとして「学会、学術誌・学会誌、書籍、対面でのセミナー・講演」などオフラインでの学びをしている人の37.5%が「今後新たな学びをする際には動画を活用してみたい」と回答し、26.8%の人が「AR・VRやARグラスを活用してみたい」と回答したことから、オンラインツールを活用した学びにはまだ拡充の余地があると言えるだろう。
ただし、今はオンラインでのセミナー・講演で学んでいるが、新たな学びの際には対面が良いと考えている人は全体の12.3%いることも留意すべきである。
⑧その他自由記述欄の分析
「働く環境の改善・改革」について、タスクシフトを推進して欲しい、当直明けの休憩時間を確保して欲しい、僻地に行ったら確保できなくなる経験症例数や収入を保証して欲しい、時間管理のための時間を取らないようにして欲しい、などの意見がみられた。
「電子カルテの改善」については、病院間での規格統一を希望したい、薬歴を見やすくして欲しい、入力時間が手間なので削減の工夫をして欲しい、などの意見がみられた。
3.考察
医師の働き方改革については、勤務医の関心が非常に高く、そのほとんどが常勤雇用を希望していることが分かった。さらに、定年まで専門医として働き、65歳を過ぎても何らか診療に携わりたいと考えている先生は8割を超える。本アンケートの回答者の8割以上が40歳以上であることも考慮すると、中堅医師は定年まで専門医として勤務医でとどまり、定年後も何らかの形で継続的に医療に貢献したい意向が高いと言える。
以上より、医師会としては、勤務医が定年後もそれぞれのライフスタイルに合わせて、無理のない形で診療に携わることが出来るような受け皿の構築に向けて調整する必要があると思われる。
また、令和6年4月までに対応が迫られている医師の働き方改革と、それに伴う地域医療構想では病院の集約化、機能分担などが求められており、これにより病院から新たなスキルを求められるのであれば、積極的に学び直したいと考える医師も多く、これから新潟市民の安心、安全を守るために我々医療従事者に必要な技能や知識について追加調査が必要であると考える。
勤務医が現時点で今後身に付けたいと考えているスキルとしては、「臓器別ではなく全人的に診療するスキル」「医学知識の網羅的な学び直し」「チーム医療のため組織をマネジメントするスキル」「地域医療における多職種協働の中でリーダーシップについての知識・実践方法」などが上位に挙げられていることからも、現場で求められているスキルは、地域医療により深く貢献出来るようなリカレント教育であると言える。
この教育体制を構築しようとしているのが、新潟大学医学部医学科総合診療学講座の上村顕也先生である。上村先生は、上記に挙げたようなスキルを総称して統合診療の能力とし、これに加え、臓器別の疾患を見る能力など、様々な能力を多次元に広げられる医師を真に必要とされる総合診療医と定義し、育成に力を注いでおられる。
新潟市医師会としても、この教育体制の構築をしている総合診療医育成コース【新潟方式】への協力を予定している。
具体的にはe-ラーニングの教材作成への協力、総合診療の実習場所として、市内で訪問診療をしている医師との意見交換会や、訪問診療の参加(見学・同行)の受け入れ、多職種との連携方法をセミナーのような形で伝えるなどを検討中である。
4.おわりに
今回の調査・分析には次世代地域医療研究会N[EXT]A*の協力を得て行った。また、本論文の作成にあたり、貴重なご助言とご指導を賜った、新潟大学医学部医学科 総合診療学科講座上村 顕也先生に深謝申し上げます。
*次世代地域医療研究会N[EXT]A
医療・介護・福祉領域にある課題を顕在化し、企業連携も含め医療ファーストのまちづくりを目指す有志による研究会。2021年度から新潟市医師会の「地域医療研究事業」と連携。
5.文献
1)染矢俊幸:総合的な診療能力を持つ医師養成推進事業.新潟県医師会報.851:1.2021 .
2)上村顕也:総合的な診療能力を持つ医師を新潟で育成する挑戦.新潟県医師会報.852:2-8.2021.
3)新潟大学医学部医学科総合診療学講座“総合診療学講座のオンラインセミナーお申し込み”<https://www.med.niigata-u.ac.jp/genm/news/212/>(閲覧2022年2月28日)
4)新潟大学医学部医学科総合診療学講座
“過去のオンラインセミナー”<https://www.youtube.com/channel/UCkYJVWRE c9UgWd0dcGTBX8Q/videos>(閲覧2022年2月28日)
5)厚生労働省“医師の働き方改革の推進に関する検討会”<https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05488.html>(閲覧2022年2月28日)
6)厚生労働省“勤務医に対する情報発信に関する作業部会“<https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_22031.html>(閲覧2022年2月28日)
(令和4年5月号)