国際医療福祉大学市川病院 糖尿病・内分泌代謝センター長 野見山 崇
はじめに
いま、糖尿病診療は激動の時代にある。患者数が急増したことに加え、糖尿病治療薬の進歩と社会環境の変貌により、糖尿病治療の目標は大きく変わった(図1)。かつては血糖値やヘモグロビンA1c(HbA1c)値を下げることのみが、糖尿病治療の唯一無二の目標のように捉えられていたが、新しい糖尿病治療ガイドでは血糖や体重のコントロールのみならず、血管合併症の発症進展の抑制に加え、併存症と呼ばれるサルコペニア・フレイル、認知症、悪性腫瘍を早期発見、予防管理することも重要視されている。さらに、患者自身に降りかかるスティグマを払拭し、アドボカシー活動で患者が胸を張って診療が受けられる社会を形成することも盛り込まれている。スティグマとは、糖尿病患者に押されるいわれなき負の烙印であり、発生源は多種多様である(図2)。2型糖尿病患者は食べ過ぎ運動不足でだらしないに違いないと決めつけてしまい、患者の社会生活や自尊心を深く傷つけてしまう。先ずは我々医療者からスティグマを取り払い、糖尿病患者が健康な人と変わらない幸せな人生を送れるように努めるべきであると考える。このような活動はアドボカシー活動と呼ばれ、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会が協力し、昨今精力的に活動を進めている。アドボカシーとは日本語訳すると擁護や支援と訳されるが、日本語訳せずアドボカシーという言葉をそのまま使用して頂きたい。擁護されるべき可哀そうな存在といったスティグマを生んでしまうからだ。
ミトコンドリア機能改善薬イメグリミン
ミトコンドリアは太古の昔に真核細胞に寄生した細胞内オルガネラである。ヒトにおいては赤血球を除くほぼほぼすべての細胞に分布し、独自のDNAを有して自ら増殖・融合・分裂する興味深い生態を有している。ミトコンドリアは糖代謝をはじめとしたエネルギー代謝に伴うATP産生に重要な役割を持ち、ミトコンドリア内の電子伝達系によって多くのATP産生がなされる一方で、酸化ストレスを漏出したり、アポトーシスをはじめとした細胞死を誘導するといった作用も有し、まさに個体の運命を握る細胞内オルガネラと言える。膵β細胞におけるブドウ糖によるATP産生にミトコンドリアが重要な役割を担っていることから、ミトコンドリアはインスリン分泌において重要不可欠な機関である(図3)。膵β細胞に流入したブドウ糖は、解糖系を経て、TCAサイクルから電子伝達系へと送られ、ATPが産生されることでカリウムチャネルが閉鎖し、カルシウムチャネルが開き、インスリンが分泌される(図3)。このメカニズムから、ミトコンドリア機能障害がインスリン分泌能の低下を介して糖尿病を発症することは容易に想定できる。ミトコンドリアは独自のDNA(mtDNA)を有していることが知られており、mtDNAの単一変異が糖尿病を引き起こすことも有名である。いわゆるミトコンドリア糖尿病である1)。図4に示した通り、ミトコンドリア糖尿病には種々の遺伝子型があるが、もっとも高頻度で有名なのが3243A to Gの点変異であり、わが国の糖尿病患者の約1%に認められることが報告されている1)。ミトコンドリア糖尿病の特徴として、インスリン分泌能の低下が著明であること、母系遺伝であること、若年発症であること、血管合併症が進みやすい事等が挙げられているが、mtDNAの変異を有しない一般的な2型糖尿病においてもミトコンドリア機能障害がインスリン分泌低下を惹起し、糖尿病発症に繋がっていることが考えられ、ミトコンドリア機能の改善薬が糖尿病治療薬になることが大いに期待されていた。イメグリミン(ツイミーグⓇ)はその期待に応えるべく臨床応用された糖尿病治療薬である。
現在臨床応用されている糖尿病治療薬は、インスリン抵抗性を改善する薬剤とインスリン分泌能を改善する薬剤の大きく2種類に分類されるが、イメグリミンは両メカニズムを同時に改善する唯一の糖尿病治療薬である(図5)。膵β細胞においてはNAD合成酵素の発現を増加し、NADの呼吸鎖への供給を増やすことで、ミトコンドリア機能を改善しインスリン分泌能を改善する。興味深いことに、ブドウ糖応答性のインスリン分泌の中でも初期分泌相が顕著に改善されている。このことからイメグリミンは、食後高血糖を速やかに改善することが予想される。また、肝臓や骨格筋ではミトコンドリアから漏出する酸化ストレスを改善することで、インスリン抵抗性を改善する。酸化ストレスによるインスリンシグナル伝達障害のメカニズムは、まだ明確にされていない部分が多く残されているが、我々は以前IRS-1(Insulin Receptor Substrate-1)のチロシン残基のニトロ化がメカニズムの一つであることを見出し報告した2)。糖代謝におけるインスリンシグナル伝達の中心的役割を担うAktのリン酸化抑制のデータなどから、イメグリミンのインスリン抵抗性改善機序としてニトロ化抑制が関わっている可能性が高く、今後の研究進展に期待が持たれる。治験のデータにおいて、イメグリミンは単剤でHbA1cを約0.5%低下させることが日本人2型糖尿病患者を対象に報告されており、他の経口血糖降下薬やインスリンと併用しても有意なHbA1c低下が得られることも分かっている。一方で、GLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬との併用では、血糖降下はあまり得られなかった。この点に関して、対象患者の違いがあるのか、両剤に血糖降下作用で共通点があるのか等、今後の検証が必要である。
糖尿病合併症の主要メカニズムとしてのミトコンドリア
著明な高血糖は、ミトコンドリア内の電子伝達系に交通渋滞を引き起こし、ミトコンドリア由来の酸化ストレスmtROSを漏出する。ROSは、蛋白・脂質・核酸といった様々な器質を修飾するのみならず、mtDNAの後天的な変異(体細胞変異)を惹起し、細胞レベルでのエイジングを促進していることが知られている(図6)。我々は、エイジングの原因でもありマーカーでもあるmtDNA体細胞変異の蓄積が、糖尿病患者では同年代の非糖尿病者に比べて4倍蓄積していることを見出し、糖尿病が一種の老化促進因子となっている仮説を提唱した3)。多変量解析の結果、mtDNA体細胞変異の蓄積は糖尿病罹病期間に因ることが分かった。さらに、mtDNA体細胞変異の蓄積は、糖尿病性網膜症、腎症といった細小血管合併症や頸動脈肥厚4)と相関することが分かり、mtROSからくるmtDNA体細胞変異が、糖尿病に伴う大小血管合併症の原因もしくはマーカーとなりうることが示唆された。さらに、ミトコンドリアにはmanganese superoxide dismutase(mnSOD)という活性酸素除去酵素があり、その遺伝子多型と糖尿病腎症が相関することも見出し報告した5)。以上のことから、糖尿病によって惹起されるmtROSの漏出とそれに伴うmtDNAの変異は、糖尿病血管合併症発症進展の重要なメカニズムであり、ミトコンドリア機能を改善し、mtROSを減らすイメグリミンは、血管合併症の発症進展を抑制する可能性がある。
おわりに
糖尿診療は日々進化している。只ひたすら血糖値やHbA1cを下げることに心血を注いだ時代は終わり、いかに合併症や併存症を減らし臓器保護をしながら血糖コントロールするかが求められる時代に突入した。そんな中、イメグリミンの登場はミトコンドリアバイオロジーを再確認する機会を与えてくれる。1990年代にミトコンドリア糖尿病の原因としてのみしか注目されていなかったミトコンドリアは、イメグリミンのお陰で見直され、ルネサンスを迎える時が来たと言える。
引用文献
1)野見山崇、柳瀬敏彦:ミトコンドリア糖尿病.内分泌症候群 第3版:54-57,2019.
2)Nomiyama T, et al.: Reduction of insulin-stimulated glucose uptake by peroxynitrite is concurrent with tyrosine nitration of insulin receptor substrate-1. Biochem Biophys Res Commun, 320: 639-647, 2004.
3)Nomiyama T, et al.: Accumulation of somatic mutation in mitochondrial DNA extracted from peripheral blood cells in diabetic patients. Diabetologia, 45: 1577-1583, 2002.
4)Nomiyama T, et al.; Accumulation of somatic mutation in mitochondrial DNA an atherosclerosis in diabetic patients. Ann NY Acad Sci, 1011: 193-204, 2004.
5)Nomiyama T, et al.: The polymorphism of manganese superoxide dismutase is associated with diabetic nephropathy in Japanese type 2 diabetic patients. J Hum Genet, 48: 138-141, 2003.
図1 糖尿病治療の目標
図2 スティグマが2 型糖尿病患者に及ぼす影響
図3 インスリン分泌におけるミトコンドリアの機能
図4 糖尿病に関連したミトコンドリアDNA変異
図5 イメグリミンの作用機序(推定)
図6 酸化ストレスとmtDNA変異
(令和4年5月号)