関 奈緒1)、関島香代子1)、高橋 善樹2)、伊藤 由香2)、
古山 雅美2)、羽田野優美3)、興梠 建郎4)
1)新潟大学医学部保健学科
2)新潟市保健所
3)新潟市中央区役所
4)新潟産業保健総合支援センター
緒言
新潟市は「新潟市健康づくり推進基本計画(スマイル新潟ヘルスプラン)」の第2次(2014年策定)1)より受動喫煙の防止を重点目標に掲げ、行政機関、職場、家庭、飲食店ごとに数値目標を定めて取り組んでいるが、いまだいずれも目標値に至っていない。特に新潟市の2018年度調査2)によれば受動喫煙が「ほぼ毎日」ありとの回答は職場が最も多く、市民の6人に1人は職場で「1週間に1回以上」の受動喫煙機会を有しているという状況であった。
職域における喫煙対策は、労働者の健康確保及び快適な職場環境形成促進の観点から、1996年に「職場における喫煙対策のためのガイドライン」が策定され、2002年の「新たな分煙効果判定基準」、2003年の健康増進法施行、同年のガイドライン改訂などにより推進されてきた3)。さらに2020年4月施行の改正健康増進法では原則屋内禁煙と定められ4)、職域の受動喫煙防止はより一層の推進が期待できる。
一方で、新潟市の受動喫煙の現状から適切な対策未実施の職域や具体策に悩む職域も少なくないと推察され、改正法施行に伴い行政への対策支援ニーズの増加も予測される。また職域の原則全面禁煙化により急速に普及した加熱式たばこも受動喫煙なしという誤認識による喫煙場所の屋内回帰現象など受動喫煙対策における取り扱いに問題が生じている。
以上より、本研究は改正健康増進法施行直前における新潟市職域の喫煙対策の現状及び支援ニーズ(2019年度:職域調査)を加熱式たばこにも着目して明らかにするとともに、改正法施行後の労働者のたばこ及び喫煙対策への意識、喫煙者の行動変容等(2020年度:労働者調査)を把握し、新潟市内の職域における今後の喫煙対策推進に向けた基礎資料を得ることを目的とした。
方法
まず本研究では、2019年度に一次調査として職域を対象とした喫煙対策の現状と支援ニーズ調査(職域調査)を、2020年度に二次調査として労働者を対象とした意識調査(労働者調査)を実施した。
1.職域調査(2019年度)
対象は新潟産業保健総合支援センターが有する新潟市内事業所名簿から事業所規模別に層化無作為抽出した計1,500事業所である。2019年11月に、事業所の概況(業種、従業員数等)、健康増進法及び法改正の認知状況、現在実施中の受動喫煙対策、加熱式たばこの取扱い、改正法施行後の喫煙対策(予定含む)、行政や医療機関への支援ニーズを調査項目とする無記名アンケート調査を郵送法により実施した。なお同時に二次調査(労働者調査)への協力の可否も調査したが、アンケートは切り離した返信用ハガキ(事業所名等も記載)にて回答することによりアンケートの無記名性は確保した。
2.労働者調査(2020年度)
対象は一次調査である職域調査に回答した事業所のうち二次調査である労働者調査への協力が得られた34事業所の従業員1,764人である。2020年10月に、属性、たばこ及び職場の喫煙対策の意識、喫煙状況、改正法施行後の喫煙行動や意識の変化、喫煙者における禁煙への関心、禁煙支援ニーズ等を調査項目とする無記名アンケート調査を実施した。回収方法は事業所内に設置した回収箱に提出する留め置き法と依頼書に付記したQRコードからGoogle FormにアクセスするWeb回答法のいずれかを回答者が選択できる形式とした。
倫理的配慮
本研究は新潟大学倫理審査委員会の承認を得て行った(職域調査:承認番号2019-0252、労働者調査:同2020-0210)。
結果
1.職域調査(2019年度)
484事業所から回答が得られた(回収率32%)。
(1)事業所の喫煙状況と改正健康増進法の認知度
事業所の喫煙率は全体の60.9%は「30%未満」との回答であったが、業種別にみると建設、運輸では喫煙率「50%以上」の事業所が2割強認められた。加熱式たばこは66.7%の事業所で使用者がいるという結果であった(表1)。
2020年4月に改正される健康増進法により受動喫煙対策が強化されることについては、「知っている」(よく知っている+ある程度知っている)との回答は全体で49.8%、原則屋内禁煙化に関しては53.1%が「知っている」と回答していた。ただし業種別では建設、製造、情報通信はいずれも「知っている」が50%未満であった(表1)。
(2)事業所の喫煙対策及び加熱式たばこの取り扱い
調査時点で実施中の喫煙対策は、全体では敷地内禁煙が12.8%、屋内禁煙が37.0%であったが、対策なしも9.9%認められた。業種別には情報通信、教育・医療・福祉では屋内禁煙以上が60%を超えていたのに対し、建設、製造、運輸、サービスでは40%前後であった。2020年4月の改正健康増進法施行後の喫煙対策については、屋内禁煙以上(敷地内禁煙+屋内禁煙)が61.0%、喫煙専用室設置が17.1%であった。一方で屋内禁煙の実施未定の事業所が全体で17.1%認められ、建設、製造、運輸、サービスの業種では20%を超えていた(表1)。
加熱式たばこの喫煙対策の取り扱いは88.0%が紙巻きたばこと同様であったが、5.5%(n=24)は別扱いとしており、具体的には「紙巻きたばこほど厳密ではない」(14)、「規制していない」(5)という状況であった(図1)。別扱いとした主な理由は、「害が少ないと言われているから」(6)、「副流煙が出ないと言われているから」(5)であった。
(3)支援ニーズ
事業所の喫煙対策を進めるにあたり行政や医療機関等に望むことに関してはポスター等の提供、助成金、加熱式たばこの情報提供の順にニーズが高かった(図2)。
2.労働者調査(2020年度)
アンケートの回収数は留め置き法1,133件、Web回答77件の計1,210件(回収率68.8%)であったが、白紙回答が7件あったため、有効回答数は1,203件であった。回答者の属性は表2の通りであり、喫煙者の割合は20.8%であった。
(1)たばこ及び職場の喫煙対策への意識(表3)
たばこに対して「喫煙者の健康に悪い」が全体では83.3%、「周りの人の健康に悪い」が81.6%であった。喫煙習慣別では非喫煙者がそれぞれ87.7%、88.3%であったのに対し、喫煙者では71.2%及び61.2%であった。一方、「ストレス解消に役立つ」は全体の35.0%、非喫煙者の21.6%に対し、喫煙者は68.0%と高かった。加熱式たばこに関しては、「普通のたばこより吸っている人の健康被害が少ないと思う」は全体では25.0%、「普通のたばこより受動喫煙による影響が少ないと思う」は29.6%であった。なお喫煙習慣別では両者とも喫煙者で最も高く、それぞれ29.6%、36.4%であった。
職場の喫煙対策に対しては全体の68.6%が「普通」と捉えており、満足度も81.8%が「満足(満足+おおむね満足)」との回答であった。なお全体の24.4%が職場内でたばこの煙やにおいを感じることがある(いつも+時々)としており、煙やにおいを感じる場所は「喫煙室周囲」が最も多かった。
(2)改正健康増進法施行後の喫煙者における喫煙関連意識・行動の変化(表4)
2020年4月の改正健康増進法施行後、喫煙者は18.0%が「職場で吸いにくくなった」、24.0%が「喫煙場所が遠くなった」と感じており、「たばこの本数が減った」も22.4%あったが、一方「1回に吸う本数が増えた」が13.2%認められた。また11.6%が「禁煙を意識するようになった」と回答していた(表4)。
(3)職場における禁煙支援ニーズ
喫煙者の42.4%が禁煙に何らかの関心を持っているという状況であった。喫煙者が職場に望む具体的な禁煙支援としては、「禁煙ボーナスなどの禁煙成功者報酬」(16.0%)、「禁煙外来の受診料の補助(助成)」(10.4%)が多かった。
考察
1.職域調査
改正健康増進法施行まで半年未満という時期の調査にも関わらず、改正法の認知度は5割程度と低く、適切な対策の実施が危惧される現状であった。改正法で求められている屋内禁煙(敷地内禁煙含む)は半数の事業所で未実施であり、建設、製造、運輸、サービスの業種では2割強が2020年4月以降の実施も未定であった。特に建設、運輸は事業所の喫煙率も高く、積極的な働きかけが望まれる。さらに屋内喫煙所を有しているにも関わらず屋内禁煙実施中と回答していたり、法律で定められた喫煙専用室をすでに設置済みと回答していても、実際の喫煙場所は「屋外排気装置なし」や「喫煙コーナー(区画、屋外排気ともなし)」であるなど、屋内禁煙や喫煙専用室に対する誤認識も複数認められ、基準等が十分理解されていない現状がうかがわれた。行政・医療機関等へ求める対策支援として情報提供に関するニーズが高かったが、禁煙サポート実施支援や空気環境測定のように現場支援のニーズも一定数あり、産業医や保健所、産業保健総合支援センター等の専門的かつ実践的な関りも重要と考えられる。
加熱式たばこについては情報提供に対するニーズが比較的高く、受動喫煙対策において少ないながら紙巻きたばこと別扱いとしている事業所も認められたことから、科学的知見に基づく情報をわかりやすく提供することが必要である。
2.労働者調査
たばこに対する意識は喫煙習慣による差異が大きく、喫煙者はたばこの「健康影響」に関する意識、特に受動喫煙に対する意識が低い一方、「ストレス解消に役立つ」に対しては約7割という高い肯定率であった。加熱式たばこに関しては喫煙者の3分の1以上が「普通のたばこより受動喫煙による影響が少ない」と考えており、使用者が急増している加熱式たばこによる受動喫煙の増加が危惧される。職場の喫煙対策に対しては概ね肯定的であったが、喫煙室周囲でたばこの煙やにおいを感じることがあるとの回答も相当数認められ、改正法で定められた喫煙専用室の技術的基準を満たしていない可能性が示唆される。基準の認知不足も考えられることから引き続き情報提供に努めるとともに、効果的な受動喫煙対策に向けて、保健所等による現地確認や事業所の現状に応じた対策への助言など、より実践的な支援の実施も望まれる。
改正健康増進法による原則屋内禁煙化に伴い職場においても、喫煙場所が遠くなるなど喫煙しにくい環境になってきており、喫煙者に喫煙行動の変化を生じさせるとともに、禁煙を意識する機会の増加が示唆された。また喫煙者の4割以上が禁煙に関心を持っており、職場における禁煙支援体制の充実が急務と考えられた。事業所の禁煙化と禁煙支援を両輪とした取り組みは喫煙率低下に効果的であり5)、健康経営の観点からも受動喫煙対策とともに重要だが、職場単独では対応が難しいことも多く、医療機関や保健所等との連携推進が今後の課題である。
謝辞
本研究にご協力いただきました皆様に深く感謝いたします。
なお、本研究は平成31年度~令和2年度新潟市医師会地域医療研究助成(支援番号GC02720192)を受けて実施した。
また本研究の概要は令和2年度地域医療研究助成発表会及び第64回日本産業衛生学会北陸甲信越地方会にて発表した。
引用文献
1)新潟市.“新潟市健康づくり推進基本計画”<https://www.city.niigata.lg.jp/smph/shisei/seisaku/seisaku/keikaku/hokeneisei/suishinkihon/kihonkeikaku_top.html>.(2021年10月23日)
2)新潟市.“平成30年度食育・健康づくりに関する市民アンケート調査”<https://www.city.niigata.lg.jp/smph/iryo/kenko/hokenkenko/shokuikukenkoutyousa/h30_syokukenkotyosa.html>.(2021年10月23日)
3)大和浩,大神明,大藪貴子,他:職場の受動喫煙対策.日呼吸会誌,47:616-619,2004.
4)藤下真奈美:健康増進法の一部を改正する法律の全面施行について.保健医療科学,69:96-102,2020.
5)本多融:職域における喫煙対策の方向性.日本がん検診・診断学会誌,21:156-159,2013.
表1 事業所の現状 ─職域調査における全体及び業種別集計─
図1 喫煙対策実施中の事業所(n=435)における加熱式たばこの取り扱い
図2 行政、医療機関等への対策支援ニーズ:複数回答
表2 労働者調査における回答者の属性
表3 たばこ及びたばこ対策に対する意識
表4 喫煙者の現状及び改正健康増進法施行による変化
(令和4年6月号)