東北大学大学院医工学研究科リハビリテーション医工学分野 助教 中尾 真理
一般的にものを食べたり、飲み込むのが難しい病状を「摂食嚥下障害」という。日本で摂食嚥下障害患者数は100万人を超えると推定される。これは新潟県の全人口の40%にあたる。その原因は脳卒中・頭頸部癌・神経筋疾患・皮膚筋炎などの炎症性疾患・認知症・脊髄損傷・椎体前部骨化(Forestier病)など様々である1)。その転帰は誤嚥性肺炎、脱水、栄養失調、窒息などだが、その他にも他者と食事を共にする機会を奪われることによる孤立や、うつ病などの社会性の喪失、家族にとっては重い介護負担や経済的負担など、影響は医学的な範囲に留まらない1)。特に窒息については、その死亡は交通事故死の2倍であることが分かっており、そのうち8割以上は高齢者であった(H30厚生労働省 人口動態統計月報年計(概数)の概況)。近藤ら2)により、在宅居住者や施設入居者が入院して胃瘻を増設した後に、経口摂取再開の可能性について、情報提供を受けることがほとんどないことが報告されており、地域在宅の医療福祉職には、希望する利用者・患者に経口摂取再獲得の可能性について適切な情報提供が求められる。
ここで、正常嚥下について説明する。正常な嚥下のためには40以上の筋肉が協調して働いている。健常者の嚥下は、0.5秒で終了する迅速な運動である。摂食嚥下障害を解析する際には、「5期モデル」3)が利用される。期(stage)は組織・器官の動き、相(phase)は食塊の動きを指す。食物を認知して口腔に入れるまでを「先行期」、口腔に取り込んで、食塊を噛み砕き嚥下に適切な性状にしていく期を「口腔準備期」、口腔内の前方から後方に舌の力で食塊を送りこむのを「口腔期」、咽頭に食塊が到達し嚥下反射が起こる期を「咽頭期」、食道が蠕動し食塊を胃に運んでいく期を「食道期」という。次に食塊の動きに注目して嚥下運動を観察する。喉には三つの窓がある。一つは鼻に通じる窓、もう一つは気道に通じる窓、三つ目は食道に通じる窓である。口腔準備期において、食塊は咀嚼されペースト状になり口腔期に舌の力で後ろに運ばれる。食塊が届く直前に鼻への窓が軟口蓋が挙上することで閉鎖され、舌の根元の軟骨(喉頭蓋)が舌と一緒に動き自然に気道への窓を閉鎖する。咽頭の閉鎖空間にある食塊は咽頭が収縮し絞られて、圧格差により下方に進展し食道に向かう。このタイミングで嚥下反射が起こると食道の入り口にある上食道括約筋が弛緩して開き、食塊は食道に進展する。嚥下障害は非常にざっくり表現するとこの「相」(食物・飲み物)と「期」(器官)の動きのずれている状態と言える4)。
摂食嚥下障害の診療は、質問紙による問診、食事場面観察などによる視診で情報を収集し、スクリーニング検査で必要と認められれば、嚥下内視鏡・嚥下造影検査などの機器を使用した検査という順番で進められる。これらの診療で集められた情報を基に治療を行うわけであるが、治療はリハビリトレーニングのみではなく、嚥下調整食を使用しての代償法を用いた摂食、姿勢を調整しての代償法の利用、そして栄養の改善が包括的に行われ初めて患者の機能を改善することができる。治療が上手くいってもそれで終わりではなく、退院先(施設・デイサービス・介護者)に食形態・食べ方・姿勢・口腔ケア方法が共有されて初めて患者は地域で安定して過ごすことができる。
ここからは、一般的に摂食嚥下障害を評価する具体的方法、特に地域在宅環境や施設で利用できる評価方法について述べる。質問紙により摂食嚥下障害のスクリーニングを行なったり困りごとを聴取する方法がある。Eating Assessment Tool 10(EAT-10)5)は摂食嚥下障害のスクリーニングツールであり、スコアが3以上で嚥下障害が疑われ、専門家への紹介が推奨される。また、聖隷式質問紙法も嚥下障害の可能性のある患者の困りごとの聴取に有効な質問紙である。この質問紙ではA項目を一つでも認めれば嚥下障害の存在が疑われる6)。
また、他のスクリーニング方法として反復唾液飲みテスト(RSST)がある。これは30秒で何回唾液が嚥下できるか計測する方法で、唾液嚥下が2回以下であると嚥下障害が疑われる7)、8)。このスクリーニングは嚥下障害を感度28-98%、特異度66-76%で特定する9)と報告されている。また、患者に水を少量飲んでもらい嚥下障害の存在の有無をスクリーニングするテストもある。いくつかの検査があるが、代表的なものとして3ml改訂水飲みテスト(MWST)を紹介する。シリンジで検者が患者の口に3mlの水を含ませ、飲み込むように指示し、嚥下の有無、むせの有無、湿性嗄声の有無や呼吸変化を観察する。これらの観察の結果を用いて1~5点に採点する。この時1~3点に採点された患者には嚥下障害の可能性があるとする10)。このスクリーニング方法は、嚥下障害を感度55-70%、特異度81-88%で特定する9)と報告されている。また食事摂取場面の観察によっても嚥下障害(もしくは窒息のリスク)を示唆する多くの情報を収集することができる。例えば、覚醒は良好かどうか、食事の食べ方(かきこんでいないか、煽りのみをしていないか)、特定の食品を残していないか、特定の食品だけむせていないか、一口量は適切か、スプーンや食具が大きすぎないか、嚥下後に口のなかに食べ物がたくさん残っていないか、残った食べ物が偏っていないか、嚥下後に鼻をかんでいないか、食残が鼻汁に含まれていないか、食事の後半に姿勢が崩れてきていないか、嚥下(介助)時に顎が上がりすぎていないか、はそれぞれ重要な観察点である。食事場面では、頸部聴診の代わりに、咽頭マイクを用いて多職種の専門職チームや家族と一緒に、嚥下音を聞いて観察してみることも勧められる。良い嚥下音は短く、キレが良く、悪い嚥下音(咽頭収縮の弱さが疑われる)は長く弱い音である11)。ここまでのスクリーニング及び観察で、嚥下障害が疑われたのならば、嚥下障害の専門家及び確定診断の可能な施設への紹介を検討する。病院・専門施設では、嚥下造影、嚥下内視鏡で嚥下障害の確定診断を行うことができる。
摂食嚥下障害のリハビリテーショントレーニング戦略についてここから記述する。四肢のリハビリと同様に、リハビリ戦略は嚥下内視鏡や嚥下造影の所見を基に障害されている部位別に、そこに対して有効な戦略を採ることが必要である。口の中に食塊が残留する場合には舌の協調運動を改善する訓練を行う。舌根、喉頭蓋谷に食塊が残留する場合、(特に高齢者の場合)舌の筋力不足が考えられペコパンダTMを用いた舌筋の訓練が有効である(喉頭挙上不全による同部位への残留も症例によって考慮される)。講演では80代脳出血後遺症の方に10回1セット、1日3セットを12ヶ月在宅でトレーニングしていただき、喉頭蓋谷の残留が減少した症例などを提示した。咽頭残留(喉頭蓋谷・梨状窩・咽頭腔)が多い場合にアプローチする箇所は複数ある。鼻咽腔閉鎖を確実とするためには、軟口蓋挙上を促進する巻き笛を使用したトレーニングが在宅や地域では行いやすい(例:1セット10秒10回、1日3セット)。インターネット通販で呼気圧の異なる巻き笛が販売されている。このように段階的に強度があげられるツールは達成感があり、患者のモチベーションにも繋がりやすく、地域や在宅でも継続しやすい。巻き笛を使用した訓練は気道内異物除去を目指した呼気強化訓練にも利用することができる。そのほか咽頭腔残留が多い症例に咽頭収縮筋を標的とした舌前方保持訓練(Masako Maneuver)や食道入口部開大を目指した訓練(頭部挙上・頸部等尺性・開口訓練、バルーンによる食道入口部開大訓練)の適応がある。
ここまでのリハビリテーショントレーニングに加え、摂食嚥下障害の治療には、食形態を調整し患者の摂食嚥下能力に応じた食事を提供する、「嚥下調整食による代償」も用いる。これは例えば生野菜より茹でて刻んだ野菜の方が、口腔内でまとまりがよく、食べやすく、繊維が口腔内や咽頭に残留しづらいという現象を応用したものである。「代償」というのは、残された機能を用いて健常者と異なる方法で「食べる」や「栄養を摂取する」という目的を達成することを指す。日本摂食嚥下リハビリテーション学会では嚥下調整食分類2013: JSDR201312)を発表しており、これは本年改訂されJSDR 202113)が8月に新たに発表された。この分類では、嚥下調整食が0j(ゼリー)0t(とろみ)から4までの5段階に分かれており、数字の小さいレベルのものは嚥下しやすく数字の大きいレベルのものは難易度が高いと想定されている。この嚥下調整食の標準化により呼称が統一されていないことによる混乱がなくなり、どの病院・施設でも同じ難易度の食事が摂食嚥下障害患者に対して提供されることが可能となり、患者が転院・退院した先でも窒息事故等が低減することが期待される。世界レベルでもこのような嚥下調整食の呼称の標準化は進んでいる。現在欧米で主流になりつつあるのは、International Dysphagia Diet Standardisation Initiative framework(IDDSIフレームワーク)14)、15)というものである。このシステムは0(とろみのない液体:飲料)から7(常食:食品)の8段階で食品(レベル3~7)と飲料(レベル0~4)を摂食嚥下に関する難易度別に色と数字で表すものである。レベル3(液状食品及び中間のとろみの飲料)とレベル4(ピューレ状の食品及び濃いとろみの飲料)は食品と飲料で共通の形態とされている。シリンジを使用してとろみの測定を行う、フォークやはしを用いてやわらかさ・硬さの判定をするなど現場で利用できる飲料・食品の評価法を採用しており、この方法はJSDR202113)にも一部取り入れられている。
最後に新潟嚥下手帳16)について紹介する。摂食嚥下障害の治療は多職種で連携を行うことが必然である。歯科医師・歯科衛生士、管理栄養士、言語聴覚士、看護師とともに、リハビリテーション科医師も連携の輪の中で協力し一定の役割を果たしている。この連携は1施設の中だけでなく、地域の中でも同様であり、摂食嚥下患者を安定して地域で支えるためには、病院と地域を結ぶ多職種での地域連携が必要である。これを実現するために作成されたのが新潟嚥下手帳である。新潟嚥下手帳は、新潟市の病院や診療所で摂食嚥下障害と診断された方が、ご自身の状態や日常生活で気を付けることについての情報を、サポートする多職種から記入してもらい、御自身で携帯していただき、皆で情報共有することを目的に作成された。この手帳は、新潟市で摂食嚥下に関する活動をする地域の団体と医師会・歯科医師会・大学の代表が集まった、新潟摂食嚥下ネットワーク懇談会の活動の一環として作成された。この手帳が患者さん・利用者さんが安全に末長くおいしいものが食べられる一助となるように願っている。
参考文献
1)Groher ME and Crary MA: Chapter 1- Dysphagia Unplugged. Dysphagia. Clinical Management in Adults and Children. third edition, Mosby, St. Louis, 1-19, 2021.
2)近藤 和泉,戸原 玄:【在宅の高齢者を支える─医療・介護・看取り─】在宅療養における栄養補給 在宅胃瘻患者と栄養管理. Advances in Aging and Health Research, 2013: 157-173, 2014.
3)才藤 栄一,植田 耕一郎:基礎編 第四章 1.5期モデル(臨床モデル).摂食嚥下リハビリテーション.第3版,医歯薬出版株式会社,東京,96, 2016.
4)藤島一郎:脳卒中の摂食・嚥下障害.第2版,医歯薬出版株式会社,東京,19-21, 2007.
5)Belafsky PC, Mouadeb DA, Rees CJ, Pryor JC, Postma GN, Allen J, et al.: Validity and Reliability of the Eating Assessment Tool (EAT-10). Annals of Otology, Rhinology & Laryngology, 117(12): 919-24, 2008.
6)大熊 るり,藤島 一郎,小島 千恵子,北條 京子,武原 格,本橋 豊:摂食・嚥下障害スクリーニングのための質問紙の開発.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,6(1): 3-8, 2002.
7)小口 和代,才藤 栄一,水野 雅康,馬場 尊,奥井 美枝,鈴木 美保:機能的嚥下障害スクリーニングテスト「反復唾液嚥下テスト」(the Repetitive Saliva Swallowing Test:RSST)の検討(1)正常値の検討.リハビリテーション医学,37(6): 375-82, 2000.
8)小口 和代,才藤 栄一,馬場 尊,楠戸 正子,田中 ともみ,小野木 啓子:機能的嚥下障害スクリーニングテスト「反復唾液嚥下テスト」(the Repetitive Saliva Swallowing Test: RSST)の検討(2)妥当性の検討.リハビリテーション医学,37(6): 383-8, 2000.
9)Watanabe S, Oh-Shige H, Oh-Iwa I, Miyachi H, Shimozato K, Nagao T.: Reconsideration of three screening tests for dysphagia in patients with cerebrovascular disease performed by non-expert examiners. Odontology, 108 (1): 117-23, 2020.
10)Tohara H, Saitoh E, Mays KA, Kuhlemeier K, Palmer JB.: Three Tests for Predicting Aspiration without Videofluorography. Dysphagia, 18(2): 126-34, 2003.
11)昭和大学歯科病院口腔リハビリテーション科.”第7回嚥下障害の検査法─頸部聴診法その2″http://www.okuchidetaberu.com/colum/no7.html. (2021年12月12日)
12)藤谷 順子,宇山 理紗,大越 ひろ,栢下 淳,小城 明子,高橋 浩二:日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013.日摂食嚥下リハ会誌,17(3): 255-67, 2013.
13)栢下 淳,藤島 一郎,藤谷 順子,弘中 祥司,小城 明子,水上 美樹,et al. 日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021.日摂食嚥下リハ会誌,25(2): 135-49, 2021.
14)IDDSI委員会.”IDDSI フレームワーク(最終版)詳細な定義.” https://iddsi.org/IDDSI/media/images/Translations/IDDSI_Framework_Descriptors_V1_final_Japanese_March92021.pdf.(2021年12月12日)
15)IDDSI委員会. “IDDSIフレームワーク(最終版)テスト方法.” https://iddsi.org/IDDSI/media/images/Translations/IDDSI_Testing_Methods_V1_Japanese_Final_March112021.pdf. (2021年12月12日)
16)新潟摂食嚥下ネットワーク懇談会.”新潟嚥下手帳.” https://www.swallowing.link/wp-content/uploads/2020/08/9f59a109311aba5790a391915a99d41d.pdf.(2021年12月12日)
(令和4年7月号)