新潟市医師会 理事/在宅医療部長 横田 樹也
はじめに
総務省消防庁によると、平成20年以降、全国の救急出動件数と、それに伴う救急搬送人員は増加を続けている。年齢区分救急搬送人員でみると、「若年者」と比較し「高齢者」の増加が著しく、これは高齢者の人口増だけではなく、救急搬送自体が増加していることが要因である。その「高齢者」の搬送理由を傷病程度別にみると、「死亡」「重症」に比べ、「中等症」「軽症」が増加していることが実情で、この原因は、在宅独居の高齢者が病院への移動手段がなく救急車を呼ぶケースがあるほか、介護施設入居中の高齢者でも、職員配置が少ない夜間に病状が増悪した場合、施設で病院へ搬送できず、救急車を依頼することがあげられている。一方、最近、人生の最終段階にある高齢者が、急変時に到着した救急隊が行う救命処置や搬送された救急病院での延命治療を「本人の希望した治療ではない」という理由で、家族が拒むケースが散見され、このようなことも救急現場での課題の一つとなっている。新潟市はこれまでも救急医療に対しては、新潟市医療計画の中の基本方針として取り組んできたが、平成31年4月、新たに、新潟市在宅医療・介護連携推進協議会の中に、在宅医療・救急医療連携ワーキンググループを立ち上げた。ここでは、高齢者の救急搬送が増加している中で、普段から、地域の医療・介護の関係者が、高齢者本人や家族と、治療や過ごし方に関する希望について話し合い、それを関係者で共有するとともに、本人の医療情報やADLのみならず、本人の意思や家族の希望等、今後の治療や療養に関わる本人の意向について話し合った内容を「にいがた救急連携シート」という形で記録に残し、このシートを救急隊や救急病院とも共有することで、いざという時に、円滑で適切な救急対応ができるような環境を整備することを目的とし、協議を重ねてきた。その結果、新潟市西区でそれを検証するためのパイロット事業を行う方針とした。
在宅医療と救急医療の連携に取り組む経緯と意義について
総務省消防庁の統計によると、平成20年以降、救急出動件数及び搬送人員ともに増加傾向にあり、令和元年には、それぞれが年間6,639,767件、5,978,008人と過去最多となっている1)。年齢区分別搬送人員構成比率では、特に65歳以上の高齢者の増加が顕著で、令和元年には全体の60.0%を占めている1)。一方、厚生労働省の人口動態統計で、高齢者の死亡場所の推移をみてみると、昭和26年には82.5%が自宅で死亡していたが、年を経るごとにそれが減少する一方、病院で死亡する高齢者が増加し、昭和50年代には逆転し、平成20年代には病院での死亡が約80%に達している2)。このような中、50%を超える高齢者が自宅での最期を迎えたいと考えており3)、その思いが叶えられていないのが現状である。その一つの原因として、高齢者が人生の最終段階の医療・療養について家族や医療介護関係者との話し合いを行っていないことが挙げられている4)。厚生労働省はこれまで、ガイドラインを策定し、人生の最終段階の医療ケアについて、あらかじめ本人が家族や医療ケアチームと話し合うことの重要性を強調するとともに、医療者に対して研修などを行ってきたが、なお、高齢者の救急搬送が増加の一途を辿っている中、在宅で、最期まで療養することを希望する高齢者の病状が急変した際に、本人の意思に沿わない救急搬送が増加することが懸念されており、地域において、高齢者の病状や希望する療養場所、延命治療に対する希望等の意思を共有するための関係機関間の連携体制の構築が喫緊の課題となっている(図1)。厚生労働省はこの課題の対策として、患者の意思を地域の関係機関間で共有するための連携ルールの策定の支援を行うことを目的として、平成29年度から、毎年、複数の自治体を対象として定期的にセミナーを実施することとした(図2)。新潟市は平成30年度のセミナーに参加した。平成30年12月9日と平成31年2月3日の2回、新潟市民病院の広瀬医師(救急医療関係者)、新潟市役所の関根係長(市町村の担当者)、新潟市医師会の横田(在宅医療関係者)の3名が、セミナーに参加し、講義や先進地域の事例報告を受講するとともに、他の自治体からの参加者とグループワークで意見交換を行うことで見識を深めた5)。セミナーに参加後、新潟市における、在宅や施設入所中の高齢者本人の意向について、関係者間で行っている意思共有の実情と、救急現場の実態について、関係機関へアンケートやヒアリングを行うことで、高齢者の救急搬送の現状について把握し、課題を抽出した。そして、在宅・救急連携のローカルルールを策定することを目的に、平成31年4月に既存の新潟市在宅医療・介護連携推進協議会の一部会として在宅医療・救急医療ワーキンググループを設置し議論を開始した。新潟市が在宅医療と救急医療の連携に取り組む意義は、①患者の状態と将来の思いを、患者に関わる地域の医療、介護に関わる多職種のみならず、救急隊や(救急)病院に携わるスタッフで共有することで、患者の思いに沿った医療がなされ、加え、救急搬送が円滑に行われるようになること、②患者の将来への思い(アドバンス・ケア・プランニングなど)についての意思決定支援を、患者に関わる医療、介護関係者で日常的に行うためのきっかけ作りとなり、それが実際に実行されるようになること、③以上の情報共有を行うためのツールとしてICTが重要であることを、地域の医療、介護関係者に理解してもらい、実際にその利活用が拡大すること、以上の3点が重要と考えている。
新潟市在宅医療・救急医療連携推進パイロット事業
ここでは先に説明した新潟市在宅医療・救急医療連携推進パイロット事業(以下、「パイロット事業」という)の詳細について述べたい。新潟市では、平成31年4月1日に在宅医療・救急医療連携ワーキンググループを設置し、様々な職種の7名に委員に就任してもらい、在宅療養患者の意思を共有するための連携構築、共有の仕組みづくりに関する内容について協議を行ってきた(図3)。その中で、令和2年から令和4年の3カ年で、パイロット事業を設定し展開することとした。この事業の目的は、高齢化の進展に伴い今後も増え続ける救急搬送需要に対応するため、「にいがた救急連携シート」を作成し、救急時に本人、家族、救急隊、医療ケアチームと共有・活用することで、円滑な救急搬送につなげ、あわせて、普段から治療やケア、過ごし方に関する希望を家族などと共有しておくことの大切さについて、理解と実践を促し、本人の意思が尊重されやすい医療提供体制の強化につなげることである。事業は大きく3つで構成されており、一つ目は「にいがた救急連携シート」の作成・運用で、二つ目に市民向けのアドバンス・ケア・プランニングの理解を深めてもらうための講座を開催すること、三つ目に相談援助職向けの意思決定支援研修会を展開することである。救急連携シートは、患者の基本情報や医療の情報、救急時に連絡を取ってほしい人の名前、関わりのある医療・福祉・介護の事業所や関係者名、日常の体の動き(ADL)、その他、特記事項を記載してもらい(図4)、もう一面にはアドバンス・ケア・プランニングを記載することとし、人生の最終段階で本人が大切にしたいと思っていること、もしもの時に受けたい医療・ケア、受けたくない医療・ケア、そして、そういったことが自分で決められない状態になった時には、誰に代理になって話し合ってもらいたいか、以上のことを選択した理由について記載をしてもらう構成になっている(図5)。この救急連携シートの利用(配布)対象者としては、令和3年度は⻄区の施設入所・利用者(特別養護老人ホーム・老人保健施設・短期入所)で、すでに、西区の約30事業所に訪問、説明を行った。令和4年度は⻄区在住の要支援・要介護認定者へ対象を拡大することを予定としている。運用方法としては、生活相談員、ケアマネジャー等がこのシートの説明、記入支援を行ってもらう。また、救急隊と救急告示病院の当人に関わる医療介護従事者が情報共有(閲覧)可能とする。初回登録後は基本的に一年に一度(対象者の誕生月)、情報の見直しを行い、変更があった場合に更新登録することとする。病状や意向が変化した際にはその都度見直し(更新)を行う方針とする。全体の運用イメージでは、西区の施設から119番救急要請があると、中央区の新潟市消防局(指令管制センター)に連絡が入り、そこから最寄りの救急隊(今回は西区の救急隊)に出動指令が入り、市から提供されたタブレットを救急車の中に搭載するようにお願いしているが、そのタブレットで救急連携シートを確認することにより、患者情報を取得、共有することができる。同様に医療機関(西区の救急患者を受け入れる5病院)の救急外来で担当者が提供されたタブレットで患者情報を共有するようお願いしている。このタブレットへの情報の登録に関しては新潟市医師会で運用しているSWANネットを利用して情報を登録している(図6)。今後の予定では、令和4年は⻄区在住の要支援・要介護認定者へ対象者拡大を行い、令和5年度以降には、対象者および対象地域拡大を検討しているわけだが、西区での運用結果について検証をした上で、関係者と議論をしっかり行いたい(図7)。もう一つの事業の柱である、市民に対するアドバンス・ケア・プランニングの啓発についても市民向けの公開講座を開催していきたいと考えている。
おわりに
新潟市における在宅医療と救急医療の連携推進に向け、これまで、平成31年4月に設置した在宅医療・救急医療連携ワーキンググループにて議論を続けてきた結果、ようやく令和3年度より、新潟市西区においてパイロット事業が始まったところである。今後は地域の関係者に、事業内容や目的、効果について、ご理解をいただいた上で、本事業をより良い形で進めていきたいと考えている。
本稿の執筆を終えるにあたり、本事業の推進のために取り組んでおられる、在宅医療・救急医療連携ワーキング グループのメンバーをはじめ、新潟市保健衛生部地域医療推進課のスタッフの方々に感謝を申し上げたい。
参考文献
1)総務省消防庁ホームページ 令和2年版救急救助の現況 救急編
https://www.fdma.go.jp/publication/rescue/post-2.html
2)厚生労働省ホームページ 人口動態統計年報 主要統計表(年次推移)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/index.html
3)内閣府ホームページ「高齢者の健康に関する意識調査」結果(概要)
https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h24/sougou/gaiyo/pdf/kekka_1.pdf
4)厚生労働省ホームページ 人生の最終段階における医療に関する意識調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/saisyuiryo_a.html
5)平成30年度在宅医療・救急医療連携にかかる調査・セミナー事業報告書
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000788478.pdf
図1 人生の最終段階における医療・ケアに関する取り組み
図2 在宅医療・救急医療連携セミナー
図3 在宅医療・救急医療連携ワーキンググループ
図4 にいがた救急連携シート(1)
図5 にいがた救急連携シート(2)
図6 にいがた救急連携シートの運用イメージ(令和3年度・西区)
図7 在宅医療・救急医療の取り組み
(令和4年9月号)