信州大学医学部運動機能学教室 准教授 中村 幸男
はじめに
現在、我が国における骨粗鬆症患者数はおよそ1250万人と言われています。
骨粗鬆症ベースの脆弱性骨折、特に大腿骨近位部骨折の発生数は年々増加しており、我が国の寝たきりの主な原因となっています。従って、治療では骨折しない為に骨を丈夫にすることが重要で、大腿骨近位部骨折防止への取り組みは急務であります。
本講演では、主に下記について紹介させていただきます。
①骨粗鬆症の病態について
②最新の知見をもとにした栄養・体操の骨への重要性
③長野県内における健康寿命延伸に向けた様々な取り組み(骨粗鬆症・ロコモティブシンドローム対策など)
④骨と歯のお話
⑤骨粗鬆症の薬物療法について(信州大学の最新のデータを踏まえて)
先生方と御一緒に、骨粗鬆症対策の重要性、今後の方向性について考えてみたいと思います。
栄養・体操の骨への重要性について
骨粗鬆症治療においては、薬物治療に加えて栄養と体操の観点が非常に重要と考えます。
その中でも、骨への3栄養素(カルシウム、ビタミンD、ビタミンK)や亜鉛、マグネシウムをはじめとした骨関連ミネラルの十分な摂取が特に重要です。骨粗鬆症の患者さんでは、若い女性ほどビタミンDが欠乏、あるいは不足しており、65歳以上では実に70%以上の方がビタミンDが不足しています。例えばビタミンDの摂取には干したしいたけ、ビタミンKの摂取には納豆がよいでしょう。特にひきわり納豆は納豆菌が多く、体表面積が大きいことからよりビタミンKの摂取に有用であるという研究結果が出ています(図1)。また亜鉛は老化防止効果があり歯にも非常に重要なミネラルでありますが、特に高齢女性では不足しがちです。牡蠣や牛肉を含めた食事指導が必要です(図2、3、4)。我々は最近、低亜鉛血症治療剤であるノベルジン製剤には骨量増加作用があることを報告しています(Nakano, Nakamura et al, Nutrients, 2021)。亜鉛が不足しがちな方にはノベルジン製剤の処方がおすすめです。
続いて体操ですが、適度な衝撃を与える運動・体操は、骨粗鬆症対策として非常に有効です。特に我々が考案した体操の中に、腰椎の骨密度をアップするおへそ引っ込み体操があります。方法としては、呼吸を止めずにおへそを引っ込め、30秒間キープします。副次効果として腹筋を鍛える効果もありますが、無理に行うと逆に体を痛めてしまう為、適度に続けることが大切です。目安として1日5~10回程度、行うことを推奨しています(図5)。
また、膝・股・足関節の悪い方やご高齢の方が大腿骨近位部の骨密度をアップする体操として、かかと落とし体操があります。方法としては、床からつま先が離れない程度にかかとを上げて、床にすとんと落とします。1日90回(30回×3回)を行って骨へ適度な衝撃を与えることで、骨密度が上昇することがわかっています。こちらも、無理のない範囲で行うことが大切です(図6)。
長野県内のある地域で実施した取り組みでは、平均81歳、BMI22.5、300名の方に若返り体操1年間を実施し、それにより平均骨密度が上昇したとの知見を得ています(未公表データ)。
長野県内における健康寿命延伸に向けた様々な取り組み(骨粗鬆症・ロコモティブシンドローム対策など)
長野県において昨年度、健康寿命が男性81.0歳、女性84.9歳と全国1位となりました。がんや脳卒中への取り組みも寄与したと考えられますが、我々が行った地域ぐるみでの骨関節ロコモの取り組みといった活動も健康寿命延伸に寄与したのではないかと考えます。
骨粗鬆症の薬物療法について
昨今、ロモソズマブやデノスマブ、テリパラチド、イバンドロネート、ミノドロネートなど新たな骨粗鬆症治療薬が認可され、治療薬選択の幅が広がるとともに、生活習慣病との関連や続発性骨粗鬆症に関する知見が深まってきています。
我々はこれまでに、小児骨量減少・多発骨折例、妊娠・出産後骨粗鬆症、透析や糖尿病に伴う骨粗鬆症、超高齢者における骨粗鬆症、など各種薬剤の治療成績や有害事象の発生についての報告を数多く行ってきました。
2019年3月には、本邦にて抗スクレロスチン抗体であるロモソズマブが世界に先駆けて発売されました。本剤は、Wntシグナル伝達の抑制を阻害する事で、骨形成促進作用と骨吸収抑制作用(デュアル・エフェクト)を有し、新たな作用機序の治療薬として期待されています。そこで当院におけるロモソズマブ使用後の臨床成績を調査した結果を記載致します。
閉経後骨粗鬆症患者におけるデノスマブとロモソズマブの有効性の比較
~propensity score matching法を用いて~
【目的】
デノスマブとロモソズマブ両剤の有効性を直接比較した報告はまだない。そこで本研究は、propensity score matching法を用いて患者背景を整え、薬剤投与12か月後のBMDの変化率を調査した。
【方法】
2015年4月~2020年8月に当院と信州大学関連病院にてデノスマブあるいはロモソズマブを使用して12か月間完遂した症例のうち、propensity score matching法を用いて患者背景を整えたデノスマブ69例、ロモソズマブ69例を対象とした。
primary endpointを、腰椎BMDの変化率、secondary endpointをtotal hipとfemoral neck BMDの変化率、骨代謝マーカーの変化率とした。安全性評価としては、有害事象発生率を調査した。
【結果】
12か月時の腰椎BMDの変化率は、デノスマブ群7.2%、ロモソズマブ群12.5%であり、ロモソズマブ群が有意に高かった(P<0.001)。total hip、femoral neckのBMD上昇率は、デノスマブ群3.6%、2.6%、ロモソズマブ群6.0%、5.5%であり、それぞれロモソズマブ群の上昇率が有意に高かった(P<0.01、P<0.05)。
骨形成マーカーであるP1NPは、デノスマブ群では、6か月時−63.1%、12か月時−68.2%、ロモソズマブ群では、6か月時5.9%上昇、12か月時−5.6%であった。
骨吸収マーカーであるTRACP-5bは、デノスマブ群では、6か月時−56.0%、12か月時60.5%、ロモソズマブ群では、−32.1、−42.9%であった。P1NPもTRACP-5bも両群間にて有意な差を認めた(p<0.001)。
有害事象については、ロモソズマブ群で注射部位反応(疼痛、発赤、腫脹、痒み)が多かった。新規骨折発生率は、両群とも同等の2例(2.9%)であった。
【まとめ】
患者背景を整え、閉経後骨粗鬆症患者におけるデノスマブとロモソズマブの治療効果を調査した結果、腰椎、total hip、femoral neckのBMD上昇率はロモソズマブ群の方が有意に高かった。
最後に
本講演会では骨粗鬆症の治療戦略を中心に健康寿命延伸実現に向けた取り組みについてお話いたしました。新潟県民の方々のさらなる健康寿命延伸実現を切望しております。
令和3年10月29日(金)
第272回臨床懇話会にて特別講演
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(令和4年9月号)