新潟大学大学院医歯学総合研究科
地域医療確保・地域医療課題解決支援講座 地域医療分野
特任教授 井口 清太郎
はじめに(背景)
日本は現在、世界で最も高齢化の進展している国である。2020年の高齢化率は国全体で28.40%であり、世界各国との比較では第2位のイタリアの23.30%、第3位のポルトガル 22.77%を大きく引き離している1)。更にイタリアでは高齢化率が10%から20%に至るまでに要した時間が45年、スウェーデンでは65年であるの比し、我が国のそれはわずか20年とそのスピードには大きな違いがある2)。
一方、太平洋戦争終了後の1947年から1949年までの3年間に生まれた世代はいわゆる団塊の世代と呼ばれ、全部で806万人が生まれたことが知られている。そして2025年には、その団塊の世代の全てが75歳を超え、その結果様々な医療介護の需要が増していくことが予想されており、2025年問題として知られている。
この2025年問題への対処の一つとして我が国では2014年に「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」いわゆる「医療介護総合確保推進法」を策定し、以後、地域医療構想を進めてきた。また国は2015年度より「在宅医療関連講師人材養成事業」を開始し、その他にも全国在宅医療会議を開催するなど、在宅医療を推進してきた。
これらを踏まえて医学教育をどうするのか、社会からのニーズに大学はどう応えていくのか、その動きなどについても概説する。
医学教育の現状
医学科で教えるべき内容については小中学校の学習指導要領に相当するものがあり、2001年に初めて「医学教育モデル・コア・カリキュラム」3)として制定された。別の見方をすれば、それまで国として医学教育に関してきちんとした教育内容が規定されていなかったともいえる。もちろん国家試験があるわけで、そのため一定程度の教育内容は標準化されていたものの、それでも全体を通じた教育目標というものの設定が無かったのである。そして2007年度からはこの中に初めて「在宅医療」や「地域医療臨床実習」といった地域医療に関わる項目が盛り込まれ、以後改訂を重ねる度に拡充されてきた。2016年度の改訂版からは地域医療実習の教育方略として「衛生学、公衆衛生学実習等と連携し、社会医学的(主に量的)な視点から地域を診る学習機会を作る」「人類学・社会学・心理学・哲学・教育学等と連携し、行動科学、社会科学的(主に質的)な視点から地域における生活の中での医療を知り体験する学習機会を作る」といったことも明示された。ただ「人類学・社会学・心理学・哲学・教育学等」との連携がどの様に為されるのか、これ以上の文言がなく、実際の現場は少し戸惑っているところではある。しかしこれらを受けて医学教育の現場では、リベラルアーツも駆使しながらこれらの文言をどの様に具現化していくのか模索が続いている。
在宅医療
前述の医学教育モデル・コア・カリキュラムにおいて「在宅医療」について言及されている箇所はいくつかあり、基本的な診療技術として「在宅医療と介護」や、臨床実習の一つとして「在宅医療」を体験することが求められている。つまり全ての医学生が、在学中に「在宅医療」について介護との連携や、そこに関わる多職種について学び、臨床実習の一つとして「在宅医療」を経験する事が求められているのである。
これらを踏まえて、本学では当講座が開講された2009年より準備を重ね、2010年4月より全国の医学科に先駆けて全ての医学科5年次生を対象として地域医療臨床実習を必修化した。またそのフィールドとして大学を離れた新潟県立小出病院(当時)を中心とした魚沼医療圏を設定し、学生の宿泊施設も含めた設備の整備を進めた。2015年に魚沼地域医療教育センター・魚沼基幹病院が開院してからは総合診療の実習についても同院を中心として行う体制とした。
地域医療臨床実習の内容については、現地医療機関において退院間近の患者を割り当て、今後の方針を考えながらの主治医意見書の記載、退院前カンファレンスを始めとした種々のカンファレンスへの参加、周辺の介護施設におけるデイサービスへの参加、ケアマネージャーに帯同し行う訪問、訪問リハビリテーションや訪問服薬指導、そして医師に帯同した訪問診療など在宅医療に関する内容を多く含んだものとなっている。これらはいずれも地域医療にとっては必要不可欠の要素であり、医学生時代にこれらに接することは、彼ら自身の将来のキャリアパス形成にとっても重要なものと考えている。医学生は臨床実習の多くの時間を大学病院で学んでいる。大学病院では、大きい組織ならではの希少疾患への対応、高度先進医療などを中心に学び、患者の社会的背景や、家族背景などへの配慮は優先順位としては低いものとなるであろう。それは仕方ないことではあるが、今後更に進展していく超高齢社会で活躍していく医師となるためには、これだけでは不十分であり、その観点から大学病院外での実習が少しずつ増えてきているともいえる。現在、我が国の医学教育の趨勢としても臨床実習のための時間をより多く採る方向にあり、その流れにも合致したものとなっている。
今、学んでいる医学生が活躍する10年後、20年後の日本は、高齢化率が40%に迫ろうという今以上の超高齢社会であり、年間の死亡者数は現在の137万人を悠かに凌駕する多死社会である。厚生労働省の推計では160万〜180万人と幅があるが、最も少ない推計であっても現在より相当に多い数字であり、これをどの様に対処するのか、簡単には解は得られないと思う。大学における医学教育では、研究の重要性を伝えることはもちろん必要であるが、それだけなくその時代時代の社会情勢に対応した医学教育を行うことが求められている。その内容は専門領域の内容に加えて、多くの医師が関わりうる在宅医療や、福祉や介護との連携、更に組織マネージメントといったノンテクニカルスキル(ヒューマンスキルともいう)を含んだ包括的なものであろう。社会のニーズを鋭敏に察知し、そのニーズに即した医学教育を提供できるよう組織の柔軟な可塑性が求められている。
日本老年医学会の提言
超高齢社会が進展し、在宅医療などのニーズが増しているが、一方で好ましい変化があることも知っておく必要がある。日本老年医学会は2017年1月に「高齢者の定義と区分に関する、日本老年学会・日本老年医学会高齢者に関する定義検討ワーキンググループからの提言」4)を発した。その内容としては、これまでの高齢者の定義に違和感を感じる、それらを受けて2013年来様々な調査・検討の結果、10〜20年前に比し、高齢者の加齢に伴う身体機能変化の出現が5〜10年遅延してきており、いわゆる「若返り」現象が見られる、というものであった。そしてこのワーキンググループでは図1のような新たな区分を提言している。
もちろん世界各国との比較も重要であり、その点で世界保健機構(WHO)が定義している65歳以上を高齢者とする区分は簡単に変えられるものではない。しかし人生100年時代を目指す我が国にあっては、こういった新しい考え方をもとにして高齢者への施策を考えていくことも必要になるのではないだろうか。現に2013年には「高齢者雇用安定法」により定年が60歳から65歳へと引き上げられたが、経過措置期間を経て2025年4月からは定年制を採用している全ての企業において65歳定年制が義務化されることとなっている。医学教育の現場においても、65歳以降を高齢者としてひとくくりに考えるのではなく、多様な高齢者像をイメージしながら、そこから必要とされる医療を考えていくことができるよう教育していかなければならない。
これから
前述した通り、人生はより長くなることが想定されている。厚生労働省でも人生100年時代を見据えた経済社会システムを作り上げるための政策のグランドデザインを検討する会議「人生100年時代構想会議」が2017年9月に設置され議論が行われた。その中では、ある海外の研究では2007年に日本で生まれた子供の半数が107歳より長く生きると推計されていることなどが紹介された。その推計の当否は別としても、我々医療者は人生100年時代を前提として対応していくことが求められる。
その観点から在宅医療を見るとき、その必要性は増すことはあっても減じることはない。病床を将来に向けて大きく増やす可能性はほぼない中で人々の療養の場は医療機関から在宅医療まで様々な選択肢を用意することが求められるだろう。また高齢者の多様性を考えるときに、全員同じに対応できるわけではなく、在宅を含めた多様な療養環境の提示も必要なものとなっていく。
在宅医療を提供する医療者側の意識変化も求められる。多様な高齢者に合わせて、医療者自らもそれらを受け入れる可塑性を維持し続けなければならない。これからの時代に合わせ、求められ続ける医療者であるための模索は続けられる。
参考文献、URL
1)世界の高齢化率(高齢者人口比率) 国別ランキング・推移
https://www.globalnote.jp/post-3770.html(2022年3月25日参照)
2)欧米先進国と日本の高齢化率の推移と予測1950〜2060年
http://demography.blog.fc2.com/blog-entry-7932.html(2022年3月25日参照)
3)医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成28年度改訂版)
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/06/28/1383961_01.pdf(2022年4月8日参照)
4)高齢者の定義と区分に関する、日本老年学会・日本老年医学会高齢者に関する定義検討ワーキンググループからの提言(概要)
https://jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/definition_01.pdf(2022年4月18日参照)
図1
(令和4年10月号)