上尾中央総合病院 栄養サポートセンター長
(外科専門研修センター長 兼 外科診療顧問 兼 腫瘍内科診療顧問兼務)
大村 健二
はじめに
亜鉛はヒトにとって必須微量元素の一つである。ヒトの必須微量元素は鉄、亜鉛に加え銅、セレン、クロム、マンガン、モリブデン、コバルト、ヨウ素の9元素で、いずれも重要な生理活性を有している。なかでも亜鉛は鉄を凌駕する最も重要な微量元素との見解もある。
一方、亜鉛はその名称のためあまり良い印象を持たれていなかったともいえる。「亜」という字は「次ぐ」、「準じる」、「第二番目」、「近い」、「仲間」などという意味を持つ。「亜熱帯」、「亜流」、「亜全摘」などでは、「亜」を結合させることでそれぞれの熟語の意味が完成する。また、化学的には無機酸で酸素原子が少ないものを指す。「亜硫酸」がその使用例である。したがって、亜鉛という名称は亜鉛が専ら毒物と認識されている鉛に近い元素であるかのような印象を与えるのである。
Ⅰ.亜鉛の生理活性
亜鉛は遺伝情報の転写から翻訳、さらにはその結果生成されるたんぱく質の活性に至るまでに深く関与している。
遺伝情報の発現に関与するたんぱく質の多くが亜鉛含有たんぱくである。転写因子、DNA の修復に関与する酵素、mRNAの情報をタンパクに翻訳する酵素など、DNAやRNAと関係する酵素には核酸と結合する部位が必要である。この結合部位は、アミノ酸鎖と亜鉛の配位が指のような形をしているためにzinc fingerと呼ばれている(図1、図2)1)2)。
また、亜鉛は多くのたんぱく質に組み込まれており、ヒトのgenomeはおよそ3,000の亜鉛たんぱくをコードしている1)。たんぱく質に組み込まれた亜鉛はたんぱく質の高次構造を維持するための搆造中心となっている。たんぱく質は遺伝子から翻訳された後、折りたたまって二次構造、さらには三次構造を形成して様々な機能を発揮する。したがって、亜鉛は数多くのたんぱく質の機能に関与しているといえる。具体的には、亜鉛は様々なサイトカイン、受容体などを構成する成分で、300を超える酵素の活性にも関与している3)。
Ⅱ.亜鉛の吸収と排泄、体内分布
亜鉛は十二指腸と空腸で吸収され、末梢組織に分配される。亜鉛の約60%は骨格筋に、30%は骨に、5%は肝臓と皮膚に貯蔵され、血液中には0.1%が存在するのみである。また、過剰な亜鉛は胃腸からの分泌、粘膜細胞や皮膚の脱落、および尿を介して体外へ排泄される4)。
Ⅲ.亜鉛欠乏症
1.亜鉛欠乏症、腸性肢端皮膚炎と中心静脈栄養
亜鉛欠乏症の特徴的な症状として味覚障害と腸性肢端皮膚炎の皮膚症状に酷似した皮膚炎が良く知られている。腸性肢端皮膚炎は常染色体劣性遺伝で、亜鉛輸送体タンパクZIP4をコードしているSLC39A4遺伝子に変異がみられることが原因である5)。口の周囲や会陰部に重度の脂漏性湿疹様の特徴的な皮膚炎がみられ、しばしば脱毛、および下痢を伴う。1940年代に初めて報告されたが、1970年代前半までは亜鉛欠乏が原因であると断定されてはいなかった6)。なお、腸性肢端皮膚炎にみられる皮膚症状が亜鉛欠乏によるものと確定したのは中心静脈栄養(TPN)の開発・普及と時を同じくする。
1970年代初頭に普及を始めたTPNによって、組成がすべて明らかな人工栄養のみで長期間生命を保つことが可能となった。それに伴って、亜鉛を含まない輸液を用いたTPNを施行した症例で特徴的な皮膚症状が報告された7)。その皮膚症状は、腸性肢端皮膚炎のものに酷似しており、亜鉛の投与で劇的な改善をみた。
PubMedで亜鉛欠乏症の論文を検索すると、1975年を境にヒットする論文数が著増する。TPNの普及時期と一致するのである。亜鉛を含まないTPNが原因で発症する皮膚炎が契機となって亜鉛欠乏症にスポットライトがあてられたことが窺える。
2.亜鉛欠乏のリスク
亜鉛欠乏に陥るリスクの中でも高齢、慢性腎臓病(CKD)と糖尿病、褥瘡、およびキレート作用のある薬剤の長期服用などが日常の臨床上重要である。
長野県の7国保診療所で行われた血清亜鉛値の測定では、高齢者の約25%に低亜鉛血症を認めた8)。高齢者の血清亜鉛値低下の原因には摂取量不足、消化吸収能の低下、高い生活習慣病罹患率、亜鉛欠乏をきたしやすい薬剤の使用などが考えられている。
CKD、とりわけ糖尿病性腎障害患者では、亜鉛欠乏状態に陥りやすい9)。また、ネフローゼ症候群では尿中へのたんぱく排泄に伴って亜鉛が失われ、亜鉛欠乏をきたす10)。さらに、透析症例では透析液中へ亜鉛が喪失する11)。
食物からの亜鉛摂取量が少ないとCKDのリスクが高まる可能性が報告されている12)。また、低亜鉛血症は末期CKDのリスクであることも報告されている13)。また、亜鉛の補充は血液透析施行症例にみられる腎性貧血のエリスロポエチンに対する反応を改善することも報告されている14)。
インスリンは2分子の亜鉛を含有しているため、インスリンの合成・分泌にも亜鉛が必要である。さらに、インスリン受容体の機能にも亜鉛が関与している。したがって、糖尿病に亜鉛欠乏を合併すると糖尿病が悪化する9)。なお、前糖尿病患者に対する亜鉛の補給は血糖および血清脂質の改善効果を示すことが報告されている15)。
褥瘡患者の血清亜鉛濃度は褥瘡の無い寝たきり患者や健常高齢者と比較して有意に低値であることが報告されている16)。当院で褥瘡症例の血清亜鉛値を測定したところ、9割近くの症例に血清亜鉛値の低値を認めた(図3)。多くの褥瘡症例は高齢者であり、しばしばCKDや糖尿病を合併する。加えて褥瘡局所からのたんぱく喪失、褥瘡に伴う炎症などによって血清亜鉛値の低下に拍車がかかるものと考えられる。
キレート作用を有する薬剤の長期服用も亜鉛欠乏を引き起こす可能性がある。痛風やパーキンソン病、甲状腺機能亢進症の治療薬を服用している症例では注意が必要である(表)。
3.亜鉛欠乏症の症状(図4)
亜鉛欠乏症の症状として味覚障害がよく知られているが、高齢者が「最近は美味しいものがなくなった」と訴えた場合にも亜鉛欠乏症を疑うべきである。
皮膚症状では、先に述べた腸性肢端皮膚炎様の皮膚症状以外にも皮膚掻痒症、皮膚の脆弱化、表皮内出血、慢性湿疹様の肥厚の強い皮疹などが報告されている17)。
さらに、最近元気がない、体重が減った、体がだるい、疲れやすいなどといった不定愁訴に対しても、高齢者やCKDなどのリスクを有する症例には亜鉛欠乏を疑う必要がある。
4.低亜鉛血症とCOVID-19
新型コロナウイルスの感染症COVID-19については、諸外国から低亜鉛血症とCOVID-19の重症化に関する数多くの論文が発表されている。PubMedでCOVID-19とzinc deficiencyをキーワードに検索すると、昨年1年間で78の論文がヒットする。COVID-19に限らず、欧米では以前より低亜鉛血症がウイルス感染症や細菌感染症に及ぼす影響について検討されてきた。
新型コロナウイルスに対する亜鉛補給の有効性を検証するランダム化比較試験は実施されていない。しかし、これまで報告された成績からは亜鉛補給の利点が強く示唆されている。その機序として亜鉛の補給は粘液繊毛クリアランスを改善する、上皮細胞間のtight junctionを強化する、ウイルスの複製を抑制する、抗ウイルス免疫を維持する、過剰な炎症反応を抑制する、などが挙げられている18)。その結果肺の損傷を軽減し、二次感染を最小限に抑えると推測されるのである。
COVID-19の重症化因子と低亜鉛血症に陥るリスク因子には重複しているものが数多くある。高齢、心疾患、糖尿病、肥満、CKD、血液透析、悪性腫瘍、肝硬変、慢性閉塞性肺疾患などである18)。高齢者や合併疾患を有するCOVID-19患者の死亡率が高いのには低亜鉛血症が関与している可能性がある。
したがって、ウイルス感染や細菌感染が重症化しやすい症例に対する適切な亜鉛の補給は有意義であるといえる。そのような症例には血清亜鉛値を測定し、必要性を考慮して予め亜鉛を補給しておくことが勧められる。
5.亜鉛欠乏症や低亜鉛血症に対する亜鉛の補充
亜鉛の補充には、低亜鉛血症治療薬である酢酸亜鉛水和物製剤や亜鉛含有胃潰瘍治療薬ポラプレジンクを用いる。ポラプレジンクは酢酸亜鉛水和物製剤と比較して安価であるが、投与する場合には病名に胃潰瘍を追加する必要がある。また、ポラプレジンクの一日投与量150mg(2錠)に含まれる亜鉛は34mgであり、この量は成人の亜鉛欠乏症の治療にはやや不足である可能性がある。目的や症状に合わせてどちらかを選択する。
おわりに
亜鉛は生体にとって最も重要な微量元素である。また、亜鉛欠乏の症状は皮膚炎、口内炎、脱毛、易感染性、味覚障害、創治癒遅延、性腺機能不全などで、多くの医師が考えているより遥かに多彩である。がんや炎症性腸疾患、褥瘡、腎疾患、糖尿病、高齢者では血清亜鉛値の低下をきたしやすい。また、キレート作用を有する薬剤の長期服用でも亜鉛欠乏のリスクが高まる。低亜鉛血症があると、ウイルスや細菌の感染に対する抵抗性が低下する。したがって、感染症が致命的となる可能性が高い症例では、予め低亜鉛血症を是正しておくことが望まれる。日常の臨床では、亜鉛欠乏に陥るリスク、欠乏に傾く病態、およびその症状を念頭に置き、早期の診断と適切な補充を行うことが重要である。
令和4年2月17日
新潟市内科医会学術講演会にて特別講演
引用文献
1)Maret W: Zinc Biochemistry: From a Single Zinc Enzyme to a Key Element of Life. Adv Nutr, 4: 82-91,2013.
2)Berg JM、Tymoczko JL、Gatto GJ、ほか.入村達郎、岡山博人、清水孝雄、ほか監訳:ストライヤー生化学.第8版、東京化学同人、東京、pp893、2018.
3)亜鉛欠乏症の治療指針 2018. 編集:一般社団法人日本臨床栄養学会、pp8.
4)Kambe T, Tsuji T, Hashimoto A, et al: The Physiological, Biochemical, and Molecular Roles of Zinc Transporters in Zinc Homeostasis and Metabolism. Physiol Rev, 95: 749-784, 2015.
5)Maverakis E, Fung MA, Lynch PJ, et al.: Acrodermatitis enteropathica and an overview of zinc metabolism. J Am Acad Dermatol, 56: 116-124, 2007.
6)Barnes PM, Moynahan EJ: Zinc deficiency in acrodermatitis enteropathica: multiple dietary intolerance treated with synthetic diet Proc R Soc Med, 66: 327-329, 1973.
7)冨田寛:「亜鉛」研究の歴史と展開.ビタミン、75:565-568、2001.
8)亜鉛欠乏症の治療指針 2018 編集:一般社団法人日本臨床栄養学会.p11.
9)亜鉛欠乏症の治療指針 2018. 編集:一般社団法人日本臨床栄養学会.p12.
10)Shah KN, Yan AC: Acquired zinc deficiency acrodermatitis associated with nephrotic syndrome. Pediatr Dermatol, 25: 56-59, 2008.
11)Tonelli M, Wiebe N, Hemmelgarn B, et al.: Trace elements in hemodialysis patients: a systematic review and meta-analysis. BMC Med. 7: 25, 2009.
12)Joo YS, Kim HW, Lee S, et al.: Dietary zinc intake and incident chronic kidney disease. Clin Nutr. 40: 1039-1045, 2021.
13)Tokuyama A, Kanda E, Itano S, et al.: Effect of zinc deficiency on chronic kidney disease progression and effect modification by hypoalbuminemia. PLoS One. 16: e0251554, 2021.
14)Kobayashi H, Abe M, Okada K, et al.: Oral zinc supplementation reduces the erythropoietin responsiveness index in patients on hemodialysis. Nutrients, 7: 3783-3795, 2015.
15)Dubey P, Thakur V, Chattopadhyay M: Role of Minerals and Trace Elements in Diabetes and Insulin Resistance. Nutrients, 12: 1864, 2020.
16)岡田淳、小酒井望、只野寿太郎ほか:褥瘡患者における血清亜鉛の動態.微量金属代謝、1:43-47、1975.
17)https://hospital.city.tomi.nagano.jp/onsen/pain/tasai.html.
18)Wessels I, Rolles B, Rink L: The Potential Impact of Zinc Supplementation on COVID-19 Pathogenesis. Front Immunol, 11: 1712, 2020.
図1 Zinc finger(ストライーヤー生化学 第8版 p893.より引用)
図2 二重鎖DNAに結合したたんぱく質と亜鉛原子。白丸で囲んだのが亜鉛原子。
図3 褥瘡症例の血清亜鉛濃度
表 味覚障害が報告されている薬剤
図4 多彩な亜鉛欠乏の症状
(児玉浩子ほか 日本臨床栄養学会雑誌 2016; 38(2): 104-148. より引用)
(令和4年10月号)