岡部 隆一1)2)、髙橋 剛史1)、正道 隆介1)、
植木 雄志1)、山崎 恵介1)、堀井 新1)
1)新潟大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科分野
2)長岡中央綜合病院 耳鼻咽喉科頭頸部外科
はじめに
頭頸部癌では症状が出てから医療機関を受診した場合、進行癌であることが多く拡大手術や合併症の多い化学放射線療法が必要となる。その結果、整容面や嚥下、発声などの機能面で著しい障害を残す。また、このような根治治療を行っても疾患特異的5年生存率は30~40%にとどまる。一方、偶然表在癌の時点で発見された場合は、疾患特異的5年生存率はほぼ100%であり手術による合併症もほとんどない。また我々の検討では、表在癌の入院期間、医療費は進行癌の1/5以下である。頭頸部癌を無症状の表在癌の時点で発見するには精度の高い診断法を用いて危険因子を有する市民を対象に効率的にがん検診を行うことが重要である。
近年上部消化管内視鏡ではNBI(narrow band imaging)や拡大内視鏡の開発による診断技術、精度の進歩に伴い、咽頭領域の癌が表在癌の段階で発見され低侵襲治療である局所切除により良好な予後が得られている1)。耳鼻咽喉科領域の喉頭ファイバーでもNBI、ハイビジョン内視鏡なども導入されたことにより咽喉頭の表在癌が発見される機会も増え、より低侵襲の経口手術により根治治療が行われる機会が増えてきており、自験例でも同様の結果が得られている2)。
頭頸部癌に対する検診はかつて喉頭がん集団検診の報告3)があるが咽頭、口腔、鼻腔を含めたがん検診については行われた報告はない。本研究では頭頸部がん検診の立ち上げのためのpilot studyを行い、実際に検診に有用な画像を記録できるか、システムを立ち上げるうえでの問題点の抽出、課題を検討した。
対象と方法
検診施設:新潟大学医歯学総合病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科外来
検診対象:20歳以上かつ①または②に該当する高リスク症例で同意が得られた方
①食道癌・胃癌の既往
上部消化管の癌は頭頸部癌の合併率が高いため4)5)
②フラッシャー
アルコール飲酒で顔が赤くなったことがある方;2型アルデヒド脱水素酵素欠損者では飲酒による食道癌、咽頭癌の発生リスクが上昇するため6)
除外基準:頭頸部癌の治療歴
リクルート方法:
消化器一般外科・消化器内科に依頼、条件に該当する患者に情報提供、配布文書を提供し希望者は耳鼻科外来にて頭頸部がん検診の予約をとった。
検診方法・手順:
1)臨床研究の説明 検診内容の説明 同意書の取得
2)50mlの水でうがい+50mlの水を飲水(唾液のwash out)
3)ファイバーでの観察(通常光およびNBIで観察し画像保存)
ファイバースコープ:オリンパスENF-VH
画像ファイリングシステム:FINDEX社 Claio
・口腔から 硬口蓋→舌・口腔底→歯肉・頬粘膜→中咽頭(上壁 側壁 後壁)
・鼻腔から 鼻腔→上咽頭→中咽頭(側壁 前壁)
→下咽頭(梨状陥凹 後壁 輪状後部)→喉頭
*検診で記録する画像数:口腔からと鼻腔から合わせて約40枚
*本研究では頸部の診察なし
4)結果説明
解剖学的構造・機能を説明したうえで保存した全画像を説明
所見ありの判定基準:腫瘍性病変を認めたもの
IPCL(上皮乳頭内毛細血管ループ)の形態異常を認めたもの
結果
2020年6月~2021年11月までの18か月間に消化器一般外科および消化器内科に胃癌食道癌の既往のある患者、フラッシャーの患者に対してのリクルートを依頼し集まった希望者検診者は14名(男性13名 女性1名)で年齢は61歳~78歳で中央値69歳、平均68.7歳だった。既往(重複あり)は食道癌8名、胃癌8名、大腸癌1名であった。
ALDH2欠損の有無についての簡易的問診(フラッシャーかどうか)は:赤くならない5名 赤くなる(なった)8名、飲めない1名、喫煙はやめた:9名 吸う:3名 吸ったことがない:2名であった。
検診時間は14~38分 平均21分、中央値20分(図1)であった。
検診時間の詳細は、説明・同意取得に約5分 結果説明に約10分を要した。結果説明は全画像を被験者に見せて解剖学的構造、機能もすべて説明したため10分程度を要した。
所見ありの症例はその後の耳鼻科外来受診の手続きがあり結果説明の時間が長くかかった。また咽頭反射が強く観察困難な症例があり本人と相談の上キシロカインビスカス、キシロカインネブライザー、キシロカインスプレーによる喉頭麻酔を行ったが上皮下層の血管を確認できる画像は残せなかった。
下咽頭の観察の際には前屈したうえで頸部捻転とバルサルバ法を行う事(キリアン変法:図2)で食道入口部までの観察が可能になるため7)同法による観察を行った。
ファイバースコープで保存した画像(図3−1、2、3)は口腔、鼻腔、上咽頭、中咽頭、下咽頭喉頭いずれも上皮下層の血管を確認できるものであった。
正常粘膜に見られたリンパ濾胞も確認できた。(図4)
また所見ありとした症例(図5)については後日耳鼻科外来を受診し生検を行ったが病理診断はリンパ球の集簇、悪性所見なしとの結果だった。
考察・展望
本研究はpilot studyとして施行したがリクルートできた症例は14例と少なかった。
喉頭ファイバー(ENF-VH)を使用することで上皮下層の血管を確認可能な画像が残せた、また所見ありとした疾患で見られるように上皮内レベルの血管異形(IPCLの形態異常)も確認できるため表在癌病変も発見できる可能性がある。
検査に当たっては唾液の貯留などにより口腔、咽頭粘膜の観察が困難な場合があるが検査前のうがい、飲水(各50mlずつ)を行うことで唾液のwash outができ鮮明な画像を撮影することができた。
咽頭反射が強くキシロカインビスカス、キシロカインネブライザー、喉頭へのキシロカイン噴霧による麻酔を行っても反射が消失せずファイバー挿入が困難な症例もあったが、今後検診を行っていくうえで、麻酔をしてまで観察すべきか議論が分かれるところとなる。
ただ麻酔を行っても反射が消えない症例の場合は麻酔に時間がかかったうえに観察できないこともあること、麻酔の影響で検査後に誤嚥のリスクがある可能性があること、あくまで検診であり必要以上の時間やコストをかけるべきではないという事を考慮すると反射が強くファイバーでの観察ができなかった最初の時点で検診は中止すべきではないかと考える。そのような患者でもし精査が必要な場合は耳鼻咽喉科から専門機関へ紹介の上、精査をするべきかと考える。
検診平均時間は21分であったが本検診は臨床研究であり十分な説明や同意書取得が必要で検診を開始するまでに5分程度の説明時間を要した。
また同様に検診後に解剖学的構造、機能を説明したうえで画像をすべて被検者にみせながら説明したために説明には10分程度の時間を要した。さらに所見あり被検者に対しては耳鼻咽喉科受診(新潟大学耳鼻咽喉科頭頸部外科を予約)のための説明と予約などの事務処理があったためさらに時間がかかったが、説明の簡略や結果説明のシステムをつくることで検診時間の短縮は可能と考える。説明の時間を差し引くと実際に喉頭ファイバーを用いて画像撮影を行った時間は3分から5分程度であり、実際には5分程度で検診を行える可能性はある。
今回検診による合併症は出なかったが過度の麻酔を行ったりしなければ喉頭ファイバーにより合併症が出る可能性は低いと考える。実際に上部消化管内視鏡とは異なり喉頭ファイバーでは重大な合併症の文献上の報告はなかった。喉頭ファイバーは上部消化管内視鏡と比べ咽頭反射や合併症が少なく、簡便で安全に施行できるため検診のスクリーニングに向いており、設備があればクリニックでも施行可能と考える。
問題点として血管異形・表在癌所見に対する知識を持っている耳鼻科咽喉科医が現時点では少ないということがあり、今後頭頸部がん検診を普及するにあたり耳鼻咽喉科医に対する啓発、知識の普及が必要と考える。また頭頸部癌については他の癌腫と比べて市民には認知されていないことが多いため市民に対する啓発活動も必要になってくる。
また今後課題として実際に検診を開始する際のよりスムーズな検診結果の通知方法、要精査時に受診できる施設の選定などを検討しておく必要がある。
結語
本研究により頭頸部がん検診が耳鼻咽喉科外来において喉頭ファイバーと画像ファイリングシステムの設備があれば検診を実施できることを確認した。検診時間は喉頭ファイバーによる検査のみであれば5分程度の短時間で行え、合併症も起こさず安全に行えるということも確認できた。
頭頸部がん検診を普及させるための課題としては耳鼻咽喉科医に対する血管異形・表在癌所見の普及、一般市民に対する頭頸部癌の啓発活動が必要である。
頭頸部癌の早期発見早期治療できる社会的環境があれば頭頸部進行癌による患者のさまざまな不利益を回避できる可能性がある。そのためにも喉頭ファイバーを扱える耳鼻咽喉科医であればだれでも、そして設備のある施設ならどこでも診断ができるという状況が理想である。
謝辞
本研究にご協力いただいた新潟大学医学部消化器一般外科、消化器内科の関係者の皆様に感謝申し上げます。本研究は2018年度から2021年度新潟市医師会地域医療研究助成(支援 番号GC02620183)の支援を受けて実施しました。本研究を採択いただいたことで頭頸部がん検診についての啓発にご協力いただいたことに心より御礼申し上げます。
引用文献
1)Manabu Muto, MD, PhD., et al: Long-term outcome of transoral organ-preserving pharyngeal endoscopic resection for superficial pharyngeal cancer. GASTROINTESTIAL ENDOSCOPY, Volume74 No.3: 477-484, 2011
2)Ryuichi Okabe, MD. Yushi Ueki, MD, PhD., et al: Predicting Cervical Lymph Node Metastasis Following Endoscopic Surgery in Superficial Head and Neck Carcinoma. Front. Surg., 11 February 2022 | https://doi.org/10.3389/fsurg.2021.813260
3)小野勇,海老原敏,他:喉頭がん集団検診.日耳鼻,86:725-729, 1983
4)的野吾,他:食道癌と他臓器重複癌の検討.日消外会誌,37(6):633-639, 2004
5)宮原裕:中・下咽頭癌と食道癌との重複癌の実態.耳展,48 3:147-153, 2005
6)Takahiro Asakage, Genetic polymorphisms of alcohol and aldehyde dehydrogenases, and drinking, smoking and diet in Japanese men with oral and pharyngeal squamous cell carcinoma. Carcinogenesis, vol.28 no.4: 865–874, 2007a
7)酒井昭博:下咽頭観察の新しい方法Modified Killian`s Method. 日本耳鼻咽喉科学会会報,116巻4号:443,2013