信楽園病院 呼吸器内科 感染症内科 副院長 川崎 聡
はじめに
新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)は、2019年12月中国武漢市で確認されて以降急速に広がり、2020年3月11日WHOにパンデミックと宣言された。約3年経過した現時点においても終息の見通しはたっておらず、スペインかぜ以降で最も大きなパンデミック史に直面していることは間違いない。この歴史的事象は、私たちにCOVID-19という新しい感染症の脅威を実感させると同時に、様々な知見と進歩をもたらしている。遺伝子診断、抗ウイルス薬、ワクチンなどの急速な臨床での実用化には驚かされるばかりである。一方で、ユニバーサルマスキング1)、ソーシャルディスタンシング2)、ロックダウン3)、ゾーニング4)などの古典的な感染対策が再認識されたことも興味深い。様々な媒体5)6)を通してその流行状況をほぼリアルタイムに閲覧できることも日常化している。これも今回もたらされた変化のひとつであり、これらのデータをもとに様々な対策が立案されている。一方、臨床現場においては、COVID-19以外の疾病に関する様々な変化も認められている。本稿では、COVID-19パンデミックがもたらしたであろう他疾患への影響について、自施設データも交えながら考察してみたい。
1.他の感染症に対する影響
1)気道感染症
最も影響を受けたのは、おそらく呼吸器疾患と思われる。当院においても、2020年以降COVID-19以外による上下気道感染症の減少が観察されている7)。同様の現象は、世界各国で起こっており、肺炎やインフルエンザによる外来および入院症例の著明な減少,喘息やCOPD増悪による入院症例の減少などとして報告されている8)9)10)。おそらく、COVID-19の制御を目的としたユニバーサルマスキングや換気等の飛沫感染対策、人々の行動抑制等の複合的要因がもたらした副次的効果と考えられる。
ただし、原因微生物ごとにその変化は少しずつ異なる。日本の感染症週報11)から得られるデータでは、パンデミック後マイコプラズマ肺炎やクラミジア肺炎の減少傾向の継続が確認される。また、26か国からなるサーベイランスでも12)、肺炎球菌、インフルエンザ菌、髄膜炎菌などいわゆる飛沫感染を主体とする微生物の減少が明らかな一方で、主に新生児において産道感染を契機に肺炎、菌血症を惹起するB群連鎖球菌の発生率はパンデミック前とほぼ変わらないことが報告されている。
2)RSウイルスとインフルエンザウイルス
RSウイルスの報告数の動きは興味深い。パンデミック前の2018、2019年にはいずれも37週(9月)に定点当たり約2~3.5人でピークを示したが、パンデミック後の2020年は一年を通じて流行がほぼ確認されなくなった11)。しかし2021年には一転して28週(7月)に定点当たり約6人のピークを示すここ数年で最大の流行が認められた。2022年にはやや減少したものの、同様のトレンドが継続している。パンデミック後にRSウイルスの流行が激減したことは13)、一方でその微生物に対して免疫を持たない人(感受性者)が増加していることを意味しており、いわゆるリバウンド現象が要因のひとつとして推察される。
本邦におけるCOVID-19パンデミック後のインフルエンザウイルスは、現時点(2022年10月2日)でほぼゼロの状態を維持している11)。一方、南半球のオーストラリアでは、2020年以降2シーズン認められなかった流行が、2022年5~6月の例年よりも早い時期に大流行した(図1)14)。その多くがA型(H3N2)で占められ、おそらくこれもリバウンド現象のひとつと推察されている。今シーズンの日本におけるインフルエンザ対策を考える上で教訓的な事例である。ちなみに、インフルエンザウイルスが減少した理由のひとつとしてウイルス干渉15)も推察されているが、新型コロナウイルスとの間における明確な実証はまだなされていない。
3)気道以外の感染症11)
ロタウイルスによる感染性胃腸炎については、2020年以降報告数の著明な減少が継続している。手洗いを中心とした接触感染対策の一般化、人々の行動変容が影響しているものと思われる。それ以外の感染性胃腸炎全般についても当初減少傾向であったが、少しずつ報告数が増えている。会食等の自粛緩和などとの関連が推察される。空気感染を主体とする水痘は今のところ減少が持続している。小児に対する水痘ワクチンの定期接種化とコロナ対策が相乗的に作用しているものと考えられる。
4)当院における肺炎球菌性気道感染症に関する解析
肺炎球菌は、成人市中肺炎の原因で最も頻度が高く重症化しやすい微生物である16)17)。細胞壁の外側は多糖体からなる莢膜で覆われ、現在約100種類の血清型に分類されている18)。莢膜血清型は毒性19)、薬剤感受性20)とも関係し、肺炎球菌ワクチンでもたらされる免疫の標的ともなっていることから、その疫学動向が注目されている。当院でも、2014年以降成人気道感染症症例の喀痰から分離された肺炎球菌株について、国立感染症研究所にもご協力いただき、莢膜血清型の同定を行っている。図2に示したように、8年間で215株の肺炎球菌が分離され、31血清型に分布していた。13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)と23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)両剤に含まれる血清型(青色)の中では3型、PPSV23のみに含まれる血清型(黄色)では11A/E型、両剤ともに含まれないノンワクチンワイプ(薄青色)では35B型の頻度が高かった。
次に、2013年小児にPCV13が定期接種化された後の経年的変化について検討した(図3)。全症例数は、Ⅰ期(2014~16年)には年平均27.3例、Ⅱ期(2017~19年)で37例であったが、コロナ期(2020~21年)にはいると、11例まで激減した。さらに血清型の内訳をみると、PCV13に含まれる血清型の割合が、Ⅰ期40.2%、Ⅱ期33.3%が、コロナ期に4.5%まで著減していた。強い免疫原性を示すPCV13の小児に対する定期接種化により、直接接種した小児だけではなく成人にも集団免疫効果が波及した結果、全世代に血清型置換が起こっていることは以前から報告されていたが21)22)、コロナ期以降さらにその変化が加速化していることが確認された。もともとあった肺炎球菌ワクチンの効果に加え、COVID-19に対して行われた飛沫感染対策、人々の行動変容、インフルエンザウイルスの減少による二次感染の減少など、複合的要因による結果と思われる(図4)。
2.受療行動に対する影響
本邦のレセプトデータおよびDPCデータを基にした第5波までの解析によると10)、パンデミック後の外来入院数の減少は明白である。外来受診数は、パンデミック前の2019年と比較して、第1波(2020年4~5月)の初診で-43.8%、再診で-19.2%と最大の減少が確認された後、第5波までに少しずつ回復傾向にあるものの、パンデミック前の数字には及んでいない。特に、初診における上気道炎やインフルエンザの減少が著しい。唯一、発熱による受診が第4~5波(2021年4~9月)で最大136.5%の増加を示していた。この時期は、α株からδ株への置き換わりとそれに伴う重症例増加の時期と一致しており、社会全体の動揺と受療行動が関連したものと思われる。入院に関しても、第1波で予定入院-18.6%、緊急入院-18.8%の減少を示した後、徐々に回復傾向にあるが、パンデミック前までには戻っていない。前述のごとく、肺炎、急性気管支炎、インフルエンザ肺炎など呼吸器感染症の減少率が際立っている。
がん検診の受診者数を示したデータでも同じような傾向が認められる23)。有効性が科学的に証明されている5つのがん(胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がん)検診のすべてで、2020年受診者数が23.3~32.9%減少しており、2021年もパンデミック前の数字に回復していない。受診者側の行動抑制と、医療側による制限の両者が要因として考えられる。その結果として、様々な癌の診断例および手術例の減少が既に報告されている24)。今後、進行癌症例の増加が危惧される。
最後に
COVID-19パンデミック以降、私たちは様々な疾病構造の変化に直面している。各々の疾病によりその変化の量と質は異なるが、COVID-19の広がりを抑えるために行われている飛沫感染対策、社会全体の行動抑制、医療体制の変化などの複合的要因がもたらした結果といえる。最も影響を受けたのは呼吸器感染症領域であり、その一時的な減少は公衆衛生学的に望ましい変化ともいえるが、自然暴露によるブースター効果が減弱し、その結果感受性者が潜在的に増加することも意味する。RSウイルスやインフルエンザウイルスのような変化がいつ発生してもおかしくない。その意味から今私たちができることは、COVID-19終息にむけた行動だけではなく、インフルエンザウイルスや肺炎球菌など一旦減少した微生物に対しても、ワクチンで防げる病気(Vaccine preventable diseases: VPD)であれば、その接種率の向上に努めることである。このロジックはがん検診や慢性疾患の診療等医療全般にも当てはまる。COVID-19パンデミックによってもたらされた様々な変化を分析し、今後の医療の発展に生かすことが重要と思われる。
文献
1)Klompas M, et al; Universal masking in hospitals in the Covid-19 era. N Engl J Med, 382: e63, 2020.
2)Abouk R, et al; The immediate effect of COVID-19 policies on social-distancing behavior in the United States. Public Health Reports, 136: 245-252, 2021.
3)Oraby T et al. Modeling the effect of lockdown timing as a COVID 19 control measure in countries with differing social contacts. Scientific Reports, 11 (3354), 2021.
4)厚生労働省.新型コロナウイルス感染症診療の手引き第8.0版.
5)厚生労働省.国内の発生状況など <https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html>. (閲覧2022年10月1日)
6)Centers for Diseases Control and Prevention. COVID Data Tracker <https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#datatracker-home>. (閲覧2022年10月1日)
7)昆知宏,川崎聡ほか.新型コロナウイルス感染症パンデミック後の肺炎球菌莢膜血清型置換の加速化.第71回日本感染症学会東日本地方会,札幌市,2022年10月28日.
8)Huh K, et al. Decrease in hospital admissions for respiratory diseases during the COVID-19 pandemic: a nationwide claims study. Thorax, 76: 939–941, 2021.
9)Blecker S et al. Hospitalizations for Chronic Disease and Acute Conditions in the Time of COVID-19. JAMA Intern Med, 181: 269-272, 2020.
10)井伊雅子ほか.COVID-19 パンデミックでの患者の受療行動と医療機関の収益への影響.財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」,148: 133-160, 2022.
11)厚生労働省/国立感染症研究所.感染症発生動向調査,感染症週報.24 (37): 1-37, 2022. <https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2022/idwr2022-37.pdf>(閲覧2022年10月2日)
12)Brueggema AB et al. Changes in the incidence of invasive disease due to Streptococcus pneumoniae, Haemophilus influenzae, and Neisseria meningitidis during the COVID-19 pandemic in 26 countries and territories in the Invasive Respiratory Infection Surveillance Initiative: a prospective analysis of surveillance data. Lancet Digit Health, 3: e360–367, 2021.
13)Wagatsuma K et al. Decreased human respiratory syncytial virus activity during the COVID-19 pandemic in Japan: an ecological time-series analysis. BMC Infectious Diseases, 21: e734, 2021.
14)Australian Government, Department Public Health and Aged Care.AUSTRALIAN INFLUENZA SURVEILLANCE REPORT. 13: 12 September to 25 September, 2022. <https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cda-surveil-ozflu-flucurr.htm/$File/flu-13-2022.pdf> (閲覧2022年10月2日)
15)Wu A, et al. Interference between rhinovirus and influenza A virus: a clinical data analysis and experimental infection study. Lancet Microbe, 1: e254-262, 2020.
16)日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2017作成委員会.成人肺炎診療ガイドライン.東京,日本呼吸器学会,2017.
17)Garcia-Vidal C et al. Early mortality in patients with community acquired pneumonia: causes and risk factors. Eur Respir J, 32: 733–739, 2008.
18)Geno KA et al. Discovery of novel pneumococcal serotype 35D, a natural WciG-deficient variant of serotype 35B. J Clin Micorbiol, 55: 1416-1425, 2017.
19) 川崎聡ほか.ムコイド型、非ムコイド型肺炎球菌性市中肺炎の比較.日本化学療法学会雑誌,64: 280-285, 2016.
20)Ozawa D et al. Impact of the seven-valent pneumococcal conjugate vaccine on acute otitis media in Japanese children. Emergence of serotype 15A multidrug-resistant Streptococcus pneumoniae in middle ear fluid isolates. Pediatr Infect Dis J , 34: e217–e221, 2015.
21)Ubukata K et al. Effects of pneumococcal conjugate vaccine on genotypic penicillin resistance and serotype changes, Japan, 2010–2017. Emerg Infect Dis, 24: 2010-2020, 2018.
22)Dynamic changes in clinical characteristics and serotype distribution of invasive pneumococcal disease among adults in Japan after introduction of the pediatric 13-valent pneumococcal conjugate vaccine in 2013–2019. Vaccine, 40: 3338-3344, 2022.
23)公益財団法人日本対がん協会.5つのがん検診別受診者数の推移<https://www.jcancer.jp/news/12832>.(閲覧2022年10月10日)
24)Horita N. Impact of the COVID-19 pandemic on cancer diagnosis and resection in a COVID-19 low-burden country: Nationwide registration study in Japan. Eur J Cancer, 165: 113-115, 2022.
図1 オーストラリアにおけるインフルエンザウイルス確定症例の経年的推移(文献14より引用)
図2 当院における成人気道感染由来肺炎球菌株の莢膜血清型分布:2014~2021年(文献7より引用)
図3 13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)に含まれる肺炎球菌莢膜血清型割合の変化(文献7より引用)
図4 COVID-19後に肺炎球菌感染症が減少した要因(文献7より引用)
(令和4年12月号)