(一社)新潟県歯科医師会 常務理事 木戸 寿明
はじめに
「医科歯科連携」と言うと、従前より抗凝固療法中の患者の抜歯時の休薬や、骨粗鬆症患者等におけるBP製剤による顎骨壊死の問題といった「薬剤と歯科治療」に関するものが中心で、主治医の先生から診療情報を歯科が頂戴する等のやりとりが主に行われていました。高齢社会に入り、肺炎の発生者が増えるのと時を同じくして、いわゆる口腔ケアと誤嚥性肺炎の関係が取り沙汰されるようになり1)、また、糖尿病等の非感染性疾患と歯周病の関係が報告されるなど、口腔の健康状態と全身との関係が注目されるようになり2)、新たな医科歯科連携の流れが近年出てきました。
その流れの中で、厚生労働省が定める「がん対策推進基本計画」平成24年6月に定められた第2期計画において、チーム医療を推進する項の中で、「各種がん治療の副作用・合併症の予防や軽減など、患者の更なる生活の質の向上を目指し、医科歯科連携による口腔ケアの推進をはじめ、食事療法などによる栄養管理やリハビリテーションの推進など、職種間連携を推進する。」と記載されたことを受け、同年の歯科診療報酬改定において、「周術期口腔機能管理」が保険収載されました。その後、がんの周術期以外にも適応されるようになり、現在は「周術期等口腔機能管理」と呼ばれています。
周術期等口腔機能管理とは
この「周術期等口腔機能管理」は、その目的として以下の点が挙げられています。
そして、算定対象となる手術として、
となっています。更に、手術だけではなく、がん等に関わる放射線治療、化学療法及び緩和ケアも対象となっています。
具体的には、手術前に良好な口腔衛生状態を確立するために、プラークコントロール、歯石除去、専門的機械的歯面清掃、舌苔除去、含嗽指導等を基本として行い、病巣感染の原因となりうる歯周病等の治療、抜歯、更に術後早期の経口摂取を支援するための義歯作成等、患者の状況に応じて行います。入院中も管理を行い、有害事象を未然に防止することにより原疾患に対する治療を中断することなく継続できる可能性を高め、また、術中の挿管等による歯の脱落等の思わぬトラブルを未然に防ぐことも期待できます。また、化学療法による口腔粘膜炎は摂食困難をきたし、経口摂取量の減少、そして免疫能の低下に繋がるため、結果として薬物療法のスケジュールとその予後に影響を与える可能性があることから、その対応が必要になります。そして、頭頸部がん等の放射線療法による早期有害事象である口腔乾燥、味覚障害、口腔粘膜炎への対応、晩期有害事象である開口障害、放射線性う蝕、顎骨壊死等への対応も求められます。
近年、周術期等口腔機能管理の効果に関しては様々な臨床研究が行われ、各種がん手術後の手術部位感染予防効果、化学療法時の口腔粘膜炎予防効果、頭頸部がん放射線治療による口腔粘膜炎予防効果等様々報告がされています。詳細は成書3)4)をご参照頂きたいと思いますが、入院患者における当該疾病に関する入院日数をパラメータとした介入効果に関する評価が多く行われています。当然入院日数は患者の全身状態、DPC等の制度上の問題、そして医療以外の要素にも大きく左右されますので、歯科領域の介入効果を定量的に明確にするためにはまだ知見が十分ではない部分はありますが、消化器と呼吸器の入口であり、ある意味特殊な環境にある口腔の清潔さを維持し、起炎要因を除去し、経口摂取をしやすい環境を整えていることが、好ましい予後を導く要因の一つであるということは間違いなさそうです。
新潟県の現状
全国的に周術期等口腔機能管理の取り組みが広がっています。我が新潟県においても、主に病院内での医科歯科連携が進み、そして入院前後の管理として病院と地域の開業歯科医院との連携も行われるようになってきました。
厚労省のオープンデータから得られる令和元年度レセプトデータによる新潟県内での算定状況を表1に示します。
県内各病院、クリニックの取り組み状況についての詳細はこの数字からは読み取れませんが、がん診療連携拠点病院を中心として連携が行われているものと推察されます。今後連携が進むに従い、病院内でのシステム構築とそれを担うマンパワーに関する課題が生じる可能性が考えられます。
今後の課題
病院内に診療科として歯科口腔外科がある病院であれば、連携も取りやすく、周術期等口腔機能管理に取り組みやすい環境にあると言えますが、歯科がない病院ではなかなか難しいのではないかと感じます。病院外の歯科診療所との連携が必要となり、体制構築が求められます。
また原疾患の治療が一段落し、在宅あるいは介護施設等での療養に移行した場合、その管理が途絶えてしまう場合が非常に多いのではないかと思われます。自立した病気前の生活に戻れる場合は良いのですが、特に緩和医療の対象となっている場合には口腔乾燥を伴う口腔内の顕著な汚染、口腔カンジダ症、義歯のトラブル等が頻発します。その部分のフォローアップに管理下にあった時と大きな落差が現実として存在することは今後の大きな課題であると言えます。
在宅歯科医療連携室
平成26年度から開始された医療介護総合確保基金事業により、新潟県内にある16の郡市歯科医師会に「在宅歯科医療連携室」が設置されました。連携室には専属の歯科衛生士が配置され、要介護者等の歯科に関する様々な相談事項に対応を開始しています(図1)。直接的に訪問歯科診療の依頼を地域住民の方々や、介護関係者等から受け付け、地域の歯科医院へと繋ぐ役割を担う業務も行っている事から多くの依頼を受け付けているところです。当然口腔内の異変に気づいた在宅医療に携わるドクターや看護師さんから歯科介入の依頼を受けることもあります。今後在宅医療推進の流れの中で、更なる機能強化とドクター、訪問看護ステーション等との連携を図る必要があると感じると同時に、前述のような病院内に歯科がない病院との連携、そして病院内での退院前カンファレンス等への参画等を通して、退院後の口腔機能管理に繋ぐ役割を担わなければならないと感じています。
訪問歯科診療の現状
厚労省オープンデータから得られる新潟県内での歯科訪問診療の状況を表2に示します。「歯科訪問診療」の数だけ見ると、何やら非常に多くの訪問を行っているようにみえますが、医科のドクターが行われている訪問診療は計画的、継続的に行われているのに対して、歯科の場合は継続的なケア、義歯のメインテナンス等の他に、過度な動揺歯の抜歯あるいは義歯の破損の修理等単回で終了する、いわゆる「往診」もこの数字の中には多くを占めていると考えられます。ただ言えることは、自院をかかりつけ歯科としていた患者が困っていると聞けば、訪問して対応する気構えを持つ歯科医がほとんどであろうと思われます。また、近年、健康な高齢者は「かかりつけ歯科」を持ち、定期的に歯面清掃、義歯等も含めたメインテナンス、歯科保健指導を受ける方が増えています。その結果、いわゆる「8020」(80歳でご自身の歯が20本残っている状態)達成者の割合が急速に増えています。そんな方々が病気になり、外出がままならぬ状態になって、これまで受けていた口腔のメインテナンスを受けられない、可能であれば受けたいという声が増えているような気がします。口腔機能管理は医療サイドから見た有用性だけではなく、患者サイドの要望であるとも言えるのかもしれません。その声に応える努力を歯科医療従事者は求められていると感じます。
新潟県栄養士会との連携
口腔機能管理の目的の一つは、円滑な経口摂取支援にありますので、ある意味「食べる」ことに関しては歯科は専門であると言えます。ただ、歯科は口腔内の観察や処置には当然慣れてはいるものの、「じゃあ、どんな食材をどのように調理して食べるのか」という点にはさほど詳しくないのが正直なところです。当然管理栄養士というプロに敵うわけはありません。そのようなことから、最近介護の現場での「歯科と栄養」の連携の必要性が主張され始めています。
新潟県栄養士会では、新潟県補助事業「在宅医療(栄養)推進事業」を展開されておられます。その事業の中に位置づけられる「訪問栄養指導モデル事業」において、在宅患者への訪問栄養指導が県内各地で行われています5)。そこで、主治医の許可とご指導のもと、新潟県栄養士会と新潟県歯科医師会が連携し、上述の在宅歯科医療連携室を活用しながら歯科医師会会員が訪問歯科診療に出向いている在宅患者に地域の管理栄養士と一緒に患家にお伺いし、口腔の事と栄養の事を同時に指導を行う試みを開始しました。連携フローを図2に示します。嚥下に不安を抱える症例や、口腔機能低下、義歯装着後の機能回復において、歯科的視点に加えて適切な食形態の選択と提供も併せて対応できることから、連携の有用性を我々も、患者サイドも感じているところです。
現在病院や介護施設では「ミールラウンド」がルーティンに行われるようになり、多職種による食事の観察と、カンファレンスにより食への支援が積極的に行われるようになっています。一方、在宅要介護者に対しては、そのような環境は非常に作り難いのが現状で、在宅でのより一層の多職種連携の推進が今後の課題と言えます。
おわりに
現在、地域医療構想のもと、病院と病床の再編の議論が加速しています。その中で、医科歯科連携がより良き方向に向かうよう議論が展開されることを期待するとともに、多職種連携の中で歯科がより効果的に臨床の現場でお役に立てるよう歯科医師会としても努力する所存でおります。
令和4年7月15日
新潟市医師会在宅医療講座にて講演
参考文献
1)Yoneyama T, et al: Oral care and pneumonia. Lancet 354: 515, 1999.
2)健康長寿社会に寄与する 歯科医療・口腔保健のエビデンス
日本歯科医師会.2015
https://www.jda.or.jp/dentist/program/pdf/world_concgress_2015_evidence_jp.pdf(参照2022-11-27)
3)周術期等口腔機能管理の実際がよくわかる本
梅田 正博(著,編集),五月女 さき子(著,編集)クインテッセンス出版;第2版.2020.
4)がん口腔支持療法 多職種連携によるがん患者の口腔内管理
Andrew N. Davies (著), Joel B. Epstein (著), 曽我賢彦 (翻訳), 飯田征二(翻訳), 細川亮一 (翻訳)
永末書店.2017.
5)新潟県における在宅訪問栄養食事推進事業令和3年度事業報告書.
新潟県栄養士会
http://eiyou-niigata.jp/file/eiyoucare_R03_houkoku.pdf(参照2022-11-27)