新潟大学大学院医歯学総合研究科 循環器内科学分野 尾崎 和幸
大動脈弁狭窄症とは
大動脈弁狭窄症(Aortic Stenosis: AS)とは、大動脈弁の肥厚、硬化、石灰化、癒着等により弁口の狭窄を生じ全身への心拍出が妨げられてしまう疾患であり、慢性的な左室への圧負荷が基本的な病態である。本邦におけるASの主原因は加齢に伴う大動脈弁尖の変性であり、60歳以上のAS患者数は約284万人、そのうち治療介入が必要な重症の患者数は約56万人と推定されている1)。
一般的には、増大する圧負荷に対する代償機転として左室肥大が生じ、神経体液性因子の活性化等も加わり、左室肥大の進行、左室線維化の亢進から左室機能障害を生じ、最終的には血行動態の破綻に至る。症状が出現してからの重症ASの予後は不良であり、狭心症が出現してからの平均余命は5年、失神では3年、心不全では2年とされており(図1)、突然死の転機を辿る患者も少なくない2)。
大動脈弁狭窄症の診断と心エコー図検査
一般的なASに伴う症状は、労作時息切れ等の心不全症状、胸痛、失神等であるが、特異的なものはない。多くのAS患者は高齢者であり、症状が出現しないように無意識に活動を制限していることが少なくない。この場合、自覚症状聴取において「症状なし」となる可能性があり、有症候性の患者を無症候性と判断することになるので注意が必要である。また、身体所見では頸部に放散する収縮期の駆出性雑音を聴取することが特徴的であり、特に高齢者に対する健診や一般診療における胸部聴診がAS診断のきっかけになることも多い。
ASの診断と重症度評価は主に心エコー図検査で行う。大動脈弁の形態、輝度上昇、石灰化の分布や程度、開放程度を観察し、ASを示唆する所見が認められたら、ドプラ法を併用して重症度評価を行う。連続波ドプラ法によって大動脈弁最大血流速度、最大および平均圧較差を測定し、連続の式も用いて大動脈弁口面積を計測する。治療介入が必要とされる重症ASは、大動脈弁口面積(< 1.0 cm2)、大動脈弁平均圧較差(≧ 40 mmHg)、大動脈弁最大血流速度(≧ 4.0 m/秒)と定義されている3)。一部の症例では、安静時の心エコー図指標のみでは重症度評価が不十分であり、負荷心エコー図検査により低流量低圧較差AS(low flow, low gradient AS)と診断されることがあり、注意が必要である。
大動脈弁狭窄症に対する経カテーテル的大動脈弁留置術
重症ASに対する薬物治療の効果は限定的であり、有症状の症例に対しては、手術禁忌を認めず、予測予後が1年未満でなければ、侵襲的治療介入が推奨される(図2)3)。また、2020年のガイドライン改訂に伴い、上記重症ASのうち、大動脈弁口面積(< 0.6 cm2)、大動脈弁平均圧較差(≧ 60 mmHg)、大動脈弁最大血流速度(≧ 5.0 m/秒)を超重症ASと定義し、無症状であっても手術が推奨されている。
これまで、重症ASに対する外科的大動脈弁置換術(Surgical Aortic Valve Replacement: SAVR)は治療のゴールドスタンダードであり、現在でも手術リスクの低い若年の症例には第一選択であり、良好な長期予後も報告されている。一方で、ASは加齢に伴う大動脈弁の変性が主原因であり、高齢もしくは多くの合併症により外科手術の危険性が大きい症例が少なからず存在する。経カテーテル的大動脈弁留置術(Transcatheter Aortic Valve Implantation: TAVI)は、主に大腿動脈よりカテーテルを用いて狭窄した大動脈弁の内側に新たな人工弁(TAVI弁)を留置する治療であり(図3-A, B①②)、その侵襲の小ささが大きな特徴である。TAVIは2002年に欧州にて臨床応用され、本邦では2013年より保険診療が開始された。日本経カテーテル心臓弁治療学会(JTVT)のAnnual Report 2021(NCD Japanese TAVR national registry)によると、2013年の保険診療開始より2021年12月まで国内では48860名のAS患者にTAVIが実施され、2021年の1年間では12214名に実施された(図4)。これまでのTAVI実施患者の平均年齢:84.3歳(男性:33.9%)、平均手術時間:78分、手術成功率:96.1%、開心術への移行:0.7%、周術期(術後30日)死亡:1.2%、永久ペースメーカ植え込み:4.6%であった(表1)。実施施設は急速に拡大しており、2022年12月現在において国内215施設が認定を受けているが、本邦では安定して高いレベルを保っているものと思われる。現在、本邦で使用可能なTAVI弁は、バルーン拡張型弁がSapien-3(エドワーズライフサイエンス社)の1種類、自己拡張型弁がEvolut-PRO(日本メドトロニック社)、Navitor(アボットメディカルジャパン社)の2種類であり、それぞれのTAVI弁の特徴と治療対象患者の臨床的、解剖学的特徴に応じて選択されている。
経カテーテル的大動脈弁留置術の適応
本邦における重症AS患者におけるTAVIの適応について、TAVI導入当初はSAVRの高リスク症例に限定されていた。しかし、海外ではデバイスの改良や手技の成熟とともにTAVIの適応が拡大傾向にあり、近年ではSAVRの中リスク、低リスク患者においてもTAVIのSAVRに対する優越性、もしくは非劣性を証明した研究が複数発表されて来ている。一方で、現在のTAVIにおける課題は、10年を超える生体弁の耐久性のデータが不足していることである。それらを踏まえ、本邦でも2020年にガイドラインが改定され、これが現在におけるTAVIの適応基準となっている3)。その中で、SAVRかTAVIかの選択は、年齢、個々の外科弁・TAVI弁の耐久性データ、SAVRおよびTAVI手技リスク、解剖学的特徴、併存疾患、フレイル等を鑑み、全てのAS患者に対し、SAVR、TAVI両方の治療について十分な最新の情報に基づく正しいインフォームドコンセントがなされ、個々の患者の価値観や希望も加味した上で、最終的には弁膜症チーム(ハートチーム)での議論を経て決定されるべきであると記載されており、優先的に考慮するおおまかな目安として、80歳以上はTAVI、75歳未満はSAVRとなっている(表2)。ここで重要なのはハートチームであり、心臓血管外科専門医、循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会専門医、麻酔科医、コメディカルスタッフを含めたハートチームが、手術適応から手技および術前術中術後管理にわたりバランスよく機能することが必要である。
新潟大学医歯学総合病院における経カテーテル的大動脈弁留置術
現在、新潟県内のTAVI実施施設は長岡市の立川綜合病院と新潟大学医歯学総合病院(当院)の2施設である。当院では2020年3月にハイブリッド手術室が竣工し、心臓血管外科、麻酔科、循環器内科を中心としたハートチームを結成しTAVI導入の準備を進め、2020年12月よりTAVIを開始した(図5)。2022年11月までの2年間に94例の重症AS患者(年齢:84.4歳(男性:24%)、平均大動脈弁圧較差:69 mmHg)にTAVIを実施した。手術成功率:99%(91例)、平均手術時間:105分、開心術への移行:1%(1例)、周術期(術後30日)死亡:0%(0例)、アクセスルートトラブル:1%(1例)、永久ペースメーカ植え込み:7%(6例)であった。
症例提示
症例は70歳代、女性。軽度の労作にて息切れを自覚(NYHA 3度)。心エコー図検査にて大動脈弁は高度に石灰化し可動性が著しく低下(図6-A①②)、大動脈弁最大血流速度:5.27 m/秒、大動脈弁平均圧較差:85.3 mmHgであり(図6-A③)、超重症ASと診断された(図6-A)。下壁の陳旧性心筋梗塞、左乳癌にて手術、放射線治療の既往あり。造影CTにて大動脈弁、アクセスルートを含めて解剖学的にTAVIに支障なく、心臓カテーテル検査にて冠動脈に有意狭窄病変を認めないことが確認された。ハートチームにより検討、胸骨付近に放射線治療の既往があり、TAVIを選択した。
全身麻酔下にTAVIを実施、右大腿動脈よりアプローチ、カテーテルにより実測した大動脈弁圧較差:85 mmHg(図6-B①)、20 mmのバルーンにて前拡張後にTAVI弁(Sapien-3 23 mm)を留置し(図6-C①)、大動脈弁圧較差はほぼ消失(図6-B②)、手術時間:98分にて合併症なく終了した(図6-C②)。手術翌日には離床、点滴等の治療は全て終了し心臓リハビリテーションを開始。術後10日目に退院となった。
経カテーテル的大動脈弁留置術における今後の課題
当初、SAVRの高リスク患者に対する治療として生まれたTAVIであるが、すでに欧米では中等度、低リスク患者に対し適応が広がり、症例数が急速に増加している。本邦でも2013年の導入から良好な結果を継続しつつ症例数は増加の一途をたどり、近年では一部の施設において血液透析患者に対するTAVIが適応となり、今後もTAVIの適応がさらに拡大することが予想される。先述したが、最大の焦点はTAVI弁の耐久性であり、本邦でも若年者に対する適応拡大にはさらに長期間のデータが必要となる。それに関して、これとも関係するが、現在のTAVI後の抗血栓療法は一定期間の二剤の抗血小板薬内服(DAPT)が標準的とされているが、多くの施設ではTAVI直後からの一剤の抗血小板薬内服(SAPT)へ変化して来ており、直接経口抗凝固薬(DOAC)などの抗凝固療法も含め、薬剤の種類、容量、投与期間等、データの蓄積と標準化が必要である。また、TAVIの適応が若年者に拡大するにあたり、TAVI後の冠動脈疾患発症における経皮的冠動脈形成術(PCI)、TAVI弁劣化後の再TAVI(現在、適応を検討中)等のライフタイムマネージメントを意識したデバイスの選択を含めた治療戦略の検討が必要となる。
令和4年6月16日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて特別講演
参考文献
1)Circ Cardiovasc Qual Outcomes 2017; 10: e003287
2)Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Heart Disease (JCS 2012)
3)Guideline on the Management of Valvular Heart Disease (JCS/JATS/JSVS/JSCS 2020)
図1 大動脈弁狭窄症の予後
図2 大動脈弁狭窄症の手術適応
図3-A 経カテーテル的大動脈弁留置術(エドワーズライフサイエンス社ホームページより引用)
図3-B① 実際のTAVI弁(Sapien-3をバルーンカテーテルで拡張)
図3-B② 実際のTAVI弁(拡張したSapien-3)
図4 TAVI実施患者数(JTVT 2021 Annual Report、日本経カテーテル心臓弁治療学会ホームページより引用)
表1 手術および術後成績(JTVT 2021 Annual Report、日本経カテーテル心臓弁治療学会ホームページより引用)
表2 弁膜症チームで協議すべき因子
図5 新潟大学医歯学総合病院ハートチーム
図6-A① 心エコー図検査(傍胸骨長軸像)
図6-A② 心エコー図検査(傍胸骨短軸像、大動脈弁を拡大)
図6-A③ 心エコー図検査(連続ドプラ法)
図6-B① カテーテルにより実測した大動脈弁圧較差(TAVI前)
図6-B② カテーテルにより実測した大動脈弁圧較差(TAVI後)
図6-C① TAVI弁留置
図6-C② 大動脈造影(TAVI後)
(令和5年3月号)