社会医療法人桑名恵風会桑名病院 脳神経外科 森田 幸太郎
はじめに
頭痛は、文字の誕生した約5000年前から記載されていたとも言われ、古来、人類を長く悩ませてきた。あまりに身近な症状からか、これまで我が国では疾患としての認知度が低く、民間療法に頼ったり、ひたすら我慢するものであった。しかし近年、片頭痛の病態解明などを機に1つの独立した疾患、頭痛学として研究がすすみ目覚ましい発展を遂げてきている。特にこの30年余りでは3つの劇的な変化=パラダイムシフト、すなわち1988年国際頭痛分類初版で初めて診断基準が示されたこと、2000年本邦で初めてトリプタン製剤が認可されたこと、2021年CGRP関連抗体薬が認可されたこと、を経て頭痛診療は今まさに新たな段階に入ったと言える。これら診断基準、急性期治療薬、予防治療薬、の3つの強力なアイテムに加えて、2021年には新たに頭痛の診療ガイドライン2021が発行され、頭痛診療は診断から治療まで一貫して精度の高い医療が提供できる環境が整った。以下に最新のガイドラインと診断・治療について述べる。
プライマリケア診療における頭痛
全国の実態調査では、日本人成人の4割近くが過去1年に何らかの頭痛を経験しており、緊張型頭痛が一般住民で最も頻度が高い頭痛である(22.4%)1)。緊張型頭痛が基本的に日常生活に支障をきたすことが少ないのに対し、生活支障度が高い片頭痛の有病率は疑いも含め8.4%で、これらを合わせると国内にはおよそ3,000万人以上、4人に1人頭痛患者がいることになり、頭痛は日常によく遭遇するコモンディジーズと言える。実際プライマリケア診療における頻度の高い愁訴のなかで、頭痛はこれまで複数の報告で10位以内に入っていた2)。医療機関を受診する一次性頭痛(機能性頭痛)では、片頭痛が最多であり海外では9割以上、本邦の頭痛クリニックでも8割以上を占めていた一方で、緊張型頭痛単独では数%にとどまっていたという報告があり3,4)、医療機関を受診しなくてはいけないようなつらい頭痛の多くが片頭痛であることを念頭に診療を行う必要がある。この際、なんらかの重大な原因による頭痛、場合により生命の危険に関わる二次性頭痛をまず鑑別することが重要である。頭痛の診療ガイドライン2021では15項目に該当する場合(図1)、二次性頭痛を疑い積極的な検索を行い、緊急性を要するものは速やかな専門医への紹介が必要としている5)。
2021年にHirataらが報告した日本の大規模横断的疫学調査OVERCOME STUDYは、17,000人あまりの片頭痛患者について調べられたもので、頭痛で受診した主な4つの医療機関のうち、かかりつけ医や一般内科医を受診するものが34.4%と最多であった。続いて脳神経外科が19.9%となっており、頭痛専門医や脳神経内科の受診はまだまだ少ない現状であった6)。また、つらい頭痛でも医療機関を受診しない割合も4割以上となっており、今日でもまだまだ頭痛は医療機関を受診せず耐え忍ぶものという日本の国民性が明らかとなった。頭痛は多くがプライマリケア医に受診しておりその役割は大きく、またいまだ受診を控える患者が多い実情をふまえ医療機関への受診を啓蒙していく必要がある。
片頭痛の診断と疫学
頭痛の診断・分類は「国際頭痛分類第3版」による診断基準に基づいて行う7)。第一部:一次性頭痛、第二部:二次性頭痛、第三部:有痛性脳神経ニューロパチー、他の顔面痛およびその他の頭痛、の3パートにわかれていて、全部で14の頭痛グループに分類されている(図2)。片頭痛は1番目に記載され6つのタイプにわかれている。もっとも典型的な片頭痛である1.1前兆のない片頭痛、と、1.2前兆のある片頭痛、の診断基準を示す(図3、4)。過去の調査では、一般外来での頭痛は緊張型頭痛と診断されたのが5割以上になっていた一方、片頭痛は1割にとどまっていたという報告があり、前述したとおり医療機関を受診する頭痛の大多数が片頭痛であったこととの相違がみられた8)。片頭痛患者の頭痛は名の由来通り片側のみが典型的だが、一方で4割は両側性であること(特に若年など)を知っておく必要がある。また片頭痛患者も肩や頸部のこりが予兆などでみられ、緊張型頭痛をあわせもつ(かつては混合型と言われていた)ものも多いため、頭痛が両側性で肩こりがあるから緊張型頭痛と安易に判断することは、ひいては有効な治療を遠ざけてしまう危険性がある。片頭痛は明確な診断基準があり正確に診断することができる。診断においては、時間をかけた細やかで丁寧な問診が最も大事だが、最近では様々な問診票や診断用スクリーナーがあり比較的精度も高いのでこれらを活用するのもよい。
片頭痛患者の健康寿命および生活の質(QOL)は、そうでないものと比較して身体面、心理面、社会的機能などにおいて有意に阻害されており、片頭痛患者の障害生存年数(YLD)の順位は1990年、2016年の調査のいずれにおいても腰痛に次いで第2位と報告されている9)。また片頭痛によるアブセンティーズム(欠勤や休業)以上に、プレゼンティーズム(労働遂行能力低下)により我が国では年間3600億円から2兆3000億円の経済損失が発生していると推計されており重大な問題である10)。さらに片頭痛患者では、発作のない日でも40%が肩こり、集中力低下、疲労感などがみられていることも留意すべきである。
片頭痛にあわせて起こりやすい病気、共存症(comorbid disorders)として、高血圧、心疾患、脳血管障害、うつ病、双極性障害、不安障害、てんかん、喘息、アレルギー性疾患、自己免疫疾患など幅広くあり、とくに精神科的疾患は片頭痛と相関していることがあり双方の治療を念頭におく必要がある5)。
片頭痛の急性期治療
片頭痛の治療には薬物療法と非薬物療法があるが、片頭痛急性期の治療は薬物療法が中心となる。治療薬は頭痛の診療ガイドライン2021では5つ、①アセトアミノフェン、②NSAIDs、③トリプタン、④エルゴタミン、⑤制吐剤、がある。様々なエビデンスや経験に基づき使いわけていくが、片頭痛による支障の重症度に応じて治療薬を選択するstratified care(層別治療)が推奨されている。ガイドラインには急性期治療薬の薬効に応じて有効から無効まで5つにグループわけされており、グループ1(有効)にトリプタンおよびditanがあり中等度以上の頭痛の場合まず試されるものである。トリプタンは現在本邦では5種類があり、経口薬のほか、点鼻薬や皮下注射薬がある。いずれも有効性が高く各々の特性を考慮して選択するが、ノンレスポンダーの存在や、血管収縮作用があるため心筋梗塞の既往や虚血性心疾患がある患者には禁忌となるのが問題であった。これに対し、2022年6月にはditanとして5-HT1F受容体作動薬ラスミジタン(レイボー®)がわが国でも発売となった。ラスミジタンは、国内第Ⅱ相試験MONONOFU studyで通常1回量の100mgでは、2時間後の頭痛消失が32.4%、頭痛軽減が80.2%と、プラセボに対して有意に高い結果となった。またトリプタンの服用タイミングが、頭痛が軽度か、もしくは発作早期(発症より1時間くらいまで)が効果的であるのに対し、ラスミジタンは1時間を超えて服用してもある程度効果が期待できることは特記すべき点である。トリプタンと比べて禁忌がほとんどないことなど、急性期治療の新たな選択肢として期待される。一方で有害事象として主にめまい(dizziness)が多い(約20%)ことや、他に眠気、感覚異常、疲労などが数%みられることがある。これらの多くは数時間内におさまり、服用回数とともに消失、軽減するが知っておく必要がある11)。なお、アセトアミノフェン、アスピリン、各種トリプタン、ラスミジタン以外の薬剤は保険適用外であることも留意したい。
片頭痛の予防療法
頭痛はその頻度に応じて、稀発反復性(平均して1ヶ月に1日未満、年間12日未満)、頻発反復性(3ヶ月を超えて、平均して1ヶ月に1~14日、年間12日以上180日未満)、慢性(3ヶ月を超えて、平均して1ヶ月に15日以上、年間180日以上)に分けられる。平均1ヶ月に1~14日の反復性片頭痛患者の多くは加齢に伴い改善傾向を示す一方で、年間3%の患者が慢性に移行する5)。慢性化の危険因子として、1ヶ月の頭痛回数が5~9日の場合調整オッズ比は6.2に対し、10~14日だった場合20.1にもなるという報告があり(薬剤の使用過多の場合は19.4)12)、慢性移行を防ぐためには、反復性から危険因子に介入し、頭痛日数や薬剤の使用を減らすことで予後改善につながる可能性が指摘されている。
予防療法は、片頭痛発作が月に2回以上、あるいは生活に支障をきたす頭痛が月に3日以上ある患者に検討される。目的は、発作の減少、重症度の軽減、頭痛持続時間の短縮、だがその他にも、急性期治療の反応性が改善することや、薬剤の使用過多による頭痛(MOH)の治療としても重要である。予防療法に用いる薬剤も急性期治療薬のように5段階の薬効グループに分類され、有効とされるグループ1には、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)関連抗体薬、抗てんかん薬(バルプロ酸、トピラマート)、β遮断薬(プロプラノロール、チモロール)、抗うつ薬(アミトリプチリン)、その他(A型ボツリヌス毒素)がある。CGRPは、1990年頃から片頭痛の病態に深く関与していると考えられるようになり、実際に片頭痛発作中に頸静脈内のCGRP濃度が上昇することや13)、CGRPを投与することで片頭痛が誘発されることが確かめられている14,15)。セロトニン低下や、何らかの刺激で三叉神経からCGRP等神経ペプチドが放出され頭痛感作を誘導することから、CGRPやその受容体を標的とした抗体薬が開発され、2021年に本邦でもガルカネズマブ、フレマネズマブ、エレヌマブの3剤が相次いで認可され使用可能となった。各製剤のまとめを表1に示す。これらはいずれも注射薬で従来の予防薬と比べ即効性があり、各々の臨床試験で高い有効性が示された。本邦の治験結果では、いずれも片頭痛日数の変化量は−4日前後となっていた。初回2倍量のローディングを行うものや、3ヶ月ごと投与するもの、受容体に対する抗体のものなど各々に特徴があり、患者によく説明した上で選択をする。当院でも認可当初から3剤ともそれぞれ10代から70代まで幅広く使用し、1年経過した時点で効果を確認すると頭痛回数が半減した割合(50%反応率)は3剤いずれも50%を超える高い有効率で、「頭痛が半減した」「頓服薬がよく効くようになった」「薬の使用が減った」などの共通した感想があり効果を実感している。複数の予防薬でも効果が得られない難治性片頭痛患者やMOHにおいても有効であることがリアルワールドデータでは示されており今後の蓄積が待たれる16)。CGRP関連抗体薬は、適応が3ヶ月以上の片頭痛日数が平均4日以上ある片頭痛患者で、既存の予防薬で効果不十分、忍容性や禁忌・副作用の観点から使用や継続ができないものが適応となる。禁忌は薬剤の成分に対し重篤な過敏症の既往歴がある患者のみで、重大な副作用としてアナフィラキシーが報告されているが頻度は稀である。注射部位反応の発赤、腫脹などが起こることがありこの場合注射部位や薬剤の変更などが考慮される。従来の予防薬に比べると薬価が高い(3割負担で1万円弱)ことが問題だが、毎日服薬する必要がなくおよそ月1回の注射で良いことや、在宅自己注射が保険適用となったことなどで有用性が広がると考えられ、医療費の補助制度などを活用して希望する患者に積極的に検討していくことが望まれる。
まとめ
頭痛診療について最新のガイドラインと診断・治療を中心に述べた。日本では各国と比較しても頭痛による医療機関受診率が未だ低いことが指摘されている17)。頭痛について国民への積極的な啓蒙が必要であることと、頭痛診療はプライマリケア医に頼るところが大きいことを改めてお伝えし、本稿が多く存在する頭痛患者のQOL向上の一助になることを願う。
令和4年8月4日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて特別講演
文献
1)Sakai F, et al: Prevalence of migraine in Japan: a nationwide survey. Cephalalgia 17: 15-22, 1997.
2)田中勝己ら:プライマリ・ケア診療所における症候および疾患の頻度順位の同定に関する研究. プライマリ・ケア, 30: 344-351, 2007.
3)Tepper SJ, et al: Prevalence and diagnosis of migraine in patients consulting their physician with a complaint of headache: Data from the landmark study. Headache 44: 856-864, 2004.
4)Tatsuoka Y: Headache in a Japanese secondary care setting: Comparison with diagnosis prior to attendance and analysis of referral pathway. Headache Care 2: 145-149, 2005.
5)「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会:頭痛の診療ガイドライン2021. 医学書院, 東京, 2021.
6)Hirata K, et al: Comprehensive population-based survey of migraine in Japan: results of the ObserVational Survey of the Epidemiology tReatment, and Care Of MigrainE (OVERCOME[JAPAN]) study. Neurology 22: 1945-1955, 2021.
7)日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会訳:国際頭痛分類第3版. 医学書院, 東京, 2018.
8)五十嵐久佳:頭痛の疫学. Clinical Neuroscience 25: 516-18, 2007.
9)GBD 2016 Headache Collaborators: Global, regional, and national burden of migraine and tension-type headache, 1990-3016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016. Lancet Neurol 17(11): 954-976, 2018.
10)Shimizu T, et al: Disability, quality of life, productivity impairment and employer costs of migraine in the workplace. J Headache Pain 22(1): 29, 2021.
11)古和久典ら:セロトニン受容体刺激薬の現状と今後の展開 ラスミジタン(Reyvow®). Clin Neurosci 40: 619-623, 2022.
12)Katsarava Z, et al: Incidence and predictors for chronicity of headache in patients with episodic migraine. Neurology 62(5): 788-790, 2004.
13)Goadsby PJ, et al: Vasoactive peptide release in the extracerebral circulation of humans during migraine headache. Ann Neurol 28: 183-187, 1990.
14)Lassen LH, et al: CGRP may play a causative role in migraine. Cephalalgia 22: 54-61, 2002.
15)Hansen JM, et al: Calcitonin gene-related peptide triggers migraine-like attacks in patients with migraine with aura. Cephalalgia 30: 1179-1186, 2010.
16)Torres-Ferrùs M, et al: The impact of anti-CGRP monoclonal antibodies in resistant migraine patients: a real-world evidence observational study. J Neurol 268(10): 3789-3798, 2021.
17)Sakai F, et al: A study to investigate the prevalence of headache disorders and migraine among people registered in a health insurance association in Japan. J Headache Pain 23(1): 70, 2022.
図1 ⼆次性頭痛を疑うポイント
図2 国際頭痛分類 3パートと14グループの頭痛
図3 前兆のない⽚頭痛の診断基準
図4 前兆のある⽚頭痛の診断基準
表1 本邦におけるCGRP関連抗体薬のまとめ
(令和5年4月号)