新潟大学大学院医歯学総合研究科 血液・内分泌・代謝内科分野 教授 曽根 博仁
■「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」について
5年毎に改訂される日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」は、昨年最新版が発行され、全文が学会ホームページで無料公開されている1)。動脈硬化性疾患(冠動脈疾患や脳卒中、末梢動脈疾患などの心血管疾患)には多くのリスク因子があるが、本ガイドラインは、それらの包括管理による心血管疾患の予防を目指している。さらに、その旧称「高脂血症診療ガイドライン」が示すように、わが国における事実上の脂質異常症ガイドラインとしての役割も果たしている。本稿では、この最新ガイドラインに基づく脂質異常症の診断治療について概説する。
■脂質異常症と動脈硬化性疾患
脂質異常症の主な治療目的は、動脈硬化性疾患の一次、二次予防である。一次予防とは心血管疾患既往のない者における初発予防、二次予防とは心血管疾患既往者に対する再発予防を指し、後者は前者より厳格に管理される。脂質異常症は、喫煙と共に、最も古くから確立された動脈硬化性疾患の古典的リスク因子の一つであるため、疫学研究、臨床介入試験を含め豊富なエビデンスに恵まれてきた。
■脂質異常症の診断基準
本ガイドラインにおける脂質異常症の診断基準を表1に示すが、これらは診断基準であり薬物療法開始基準ではないことに留意する。項目としては、LDLコレステロール(LDL-C)、トリグリセライド(TG)、HDLコレステロール(HDL-C)の他に、Non-HDLコレステロール(Non-HDL-C)も取り入れられている。Non-HDL-Cは、「総コレステロール(TC)値-HDL-C値」の式で算出され、TGやレムナント(血中リポタンパクの血中代謝途中産物)など動脈硬化惹起性の脂質成分全体を反映する指標として臨床的意義が高い。計算も容易で食事にも影響されないことから、午後外来など非空腹時採血でも使いやすい。
LDL-C、HDL-C、TC、Non-HDL-C が食事の影響を受けにくい一方、TGは食事の影響が強く食後上昇が大きいため、食後TG値は基準値を決めることが難しく、空腹時基準値のみが設定されてきた。しかし、空腹時は正常でも食後上昇が大きいこと(食後高脂血症)が心血管リスクであることから、欧州のガイドラインで先に決められた基準値と揃える形で、新たに随時(非空腹時)TG基準値として175 mg/dLが追加された。
■動脈硬化性疾患の包括的リスク評価の必要性
動脈硬化性疾患には、脂質異常症以外にも多くのリスク因子(年齢、性別、喫煙、血圧、血清脂質、耐糖能、家族歴など)があり、心血管イベント抑制という最終目的のための脂質管理目標値は、脂質以外の因子の保有状況によって変わってくる。したがって治療方針決定においては、個人によって異なるリスク因子保有状況を包括的に検討・評価する必要があり、多くのリスク因子を持つ高リスクな人ほど、脂質管理目標値も厳しくなり、治療も強化される。
■本ガイドラインにおけるリスク評価法
本ガイドラインにおける動脈硬化性疾患リスクの評価法を図1に示す。2022年版では、包括的なリスク評価手法として、久山町研究によるスコア(表2)が採用された。本スコアは冠動脈疾患のみならず、日本人に多いアテローム血栓性脳梗塞もアウトカムとしており、今後10年間にそれらが発症する絶対リスクが%確率で示されている。
まず前記の通り「一次予防」と「二次予防」では後者のリスクが著明に高いため、まずこれにより層別化する。次に、一次予防該当者でも、「糖尿病」「慢性腎臓病(CKD)」「末梢動脈疾患(PAD)」を一つでも有する場合には、それのみで「高リスク群」に分類する。
以上に該当しなかった場合には、上記の久山町研究スコア(表2)を用いて、今後10年間の動脈硬化性疾患の発症絶対確率を算出し、それが10%以上であった場合には「高リスク」、2~10%未満であった場合には「中リスク」、2%未満であった場合には「低リスク」に分類する。
■包括的リスク評価に基づく脂質管理目標の設定
治療時の脂質管理目標値は、上述の包括的リスク評価に基づき、表3のようにまとめられている。特に、「一次予防」でも、合併症を有する高リスク糖尿病と判定される場合には、LDL-Cでは 100 mg/dL未満、Non-HDL-Cでは 130 mg/dL未満とされた。さらに「二次予防」において「急性冠症候群」、「家族性高コレステロール血症(FH)」、「糖尿病」、「冠動脈疾患とアテローム性脳梗塞」の4病態のいずれかを合併している場合には、LDL-C 70 mg/dL未満、Non-HDL-C 100 mg/dL未満も目標として考慮してよいとされている。
■管理目標値の考え方と意義
これらの管理目標値は、大人数の縦断観察研究や臨床試験のエビデンスに基づき、統計学的に将来のイベントリスク低下が期待できる値として決められている。動脈硬化性疾患は、長年のリスク因子への曝露を経て突如発症し(健康)寿命を短縮させる。したがって、他の多くの血液検査データ基準値として用いられる「現在一見して健常な者(将来発症するリスクが高い者も含まれている)の平均値」は、診断の基準や診療の目標値としての意義に乏しい。巷に氾濫する情報に惑わされ、両者(縦断データと横断データ)を混同し、誤解している患者やメディアも多いことから、十分な説明による患者リテラシーの涵養に努めたい。
■実際の治療の概要
1.生活習慣療法
脂質異常症の主な原因は、他の生活習慣病と同様、遺伝的素因(いわゆる体質)、加齢、生活習慣(食事・運動・喫煙など)であるが、これらの影響割合は患者毎にまちまちで、必ずしもいわゆる「食べ過ぎ飲み過ぎ」だけが原因とは限らない(したがって、患者に対する先入観を持たないことが重要である)。一方、食事療法や禁酒のみで改善する患者も存在することから、まず生活習慣療法(食事療法、運動療法、禁煙)を優先し、効果不十分な場合に薬物療法を追加するのが原則である。
特にメタボリックシンドロームでよく見られるように、脂質異常症は肥満、糖尿病、脂肪肝など他の代謝疾患と合併しやすく、さらに合併すると動脈硬化疾患リスクが大幅に上昇する。そしてこれらの代謝疾患にはインスリン抵抗性を筆頭とする共通背景も見られ、肥満や糖尿病を治療すると脂質異常症も改善することも多い。ただし、生活習慣療法の有効性には個人差も大きいことから、それに固執するあまり、徒に薬物療法の開始を遅らせないことも重要である。また後述の家族性高コレステロール血症のように、当初から薬物療法が必須の場合もある。
本ガイドラインでは食事療法については、総エネルギー量、脂肪エネルギー比、飽和脂肪酸、n-3/n-6系多価不飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロール、食物繊維、果糖の摂取など、運動療法については、有酸素運動、レジスタンス運動などについてそれぞれクリニカルクエスチョンが設定されている。一般の方々の関心が高い部分でもあり、現場指導や診療に活用できるはずである。概要としては、高LDL-C血症の場合には、飽和脂肪酸やコレステロールの多い食品(肉の脂身やモツ、鶏皮、卵黄、魚卵、バター・生クリームなどの乳脂肪、加工食品に多く使われているパーム油など)を控え、一方、高TG血症の場合には、特に甘いものや脂っこいもの、酒を控え、肥満を改善させることが中心になる。逆に、サバなどの青魚に多く含まれるn-3系(ω-3系)多価不飽和脂肪酸には、TGを下げる働きがある。TGについては飲酒量抑制も有効である。一方、低HDL-C血症はTGの改善に伴って改善(上昇)することが多く、運動や禁煙も効果的である。なお少量の飲酒にはHDL-C上昇効果があるが、多くの場合、過量により逆効果になることが知られているので、その目的で飲酒を勧めることは通常行わない。
2.薬物療法
本ガイドライン中では、各薬剤の特徴について一覧表(表4)にまとめられている。現在、薬物治療の主なターゲットになっているのはLDL-CとTGで、高LDL-C血症と高TG血症とでは、同じ脂質異常症と言っても治療薬はかなり異なり、それぞれスタチンとフィブラート系薬が主役となる。
高LDL-C血症については、以前よりスタチンの臨床エビデンスが確立しており、特にストロング(第二世代)スタチンと言われるアトルバスタチン、ピタバスタチン、ロスバスタチンはLDL-C低下効果が強い。これで不十分な場合にはエゼチミブを組み合わせることが多い。さらに効果不十分で心血管イベントリスクの高い患者には、皮下注製剤ではあるがPCSK-9阻害薬エボロクマブも使用可能になった。
高TG血症については、n-3系多価不飽和脂肪酸では十分でない多くの例で、フィブラート系薬が用いられるが、稀ではあるが横紋筋融解症という副作用のため、腎機能障害の程度によっては添付文書上禁忌とされているので注意が必要である。フィブラート系薬の改良版とも言える選択的PPARαモジュレーター、ペマフィブレートは、この腎機能による制限がやや少ない。高LDL-C血症と高TG血症とを合併する患者に対して、スタチンとフィブラート系薬を併用する際には、さらに腎機能に対し注意が必要である。
低HDL-C血症については、TGをターゲットとした薬物療法により同時改善することが多いが、一方、これを特異的に上昇させる薬物は、いずれも副作用などで開発が中止され実用化に至っていない。
■家族性高コレステロール血症患者発見の重要性
もっとも頻度の高い遺伝性疾患とも言われる家族性高コレステロール血症(Familial Hypercholesterolemia; FH)は、ヘテロ型は一般人口300人に1人程度見られ、プライマリーケアの現場でもよく遭遇する。冠動脈疾患のリスクを10~20倍に上昇させ、実際に冠動脈疾患の30人に1人程度がFHであるものの、早期発見による治療介入を行えば心血管疾患予防が可能であるため見逃さないことが重要である。その診断基準を表5に示す。治療薬としては、ストロングスタチンとエゼチミブに加え、注射薬であるPCSK9阻害薬(エボロクマブ)、MTP阻害薬(ロミタピド)なども使用可能になっている。
■「脳心血管疾患リスク管理チャート」の活用
動脈硬化性疾患のリスク因子対策としては、脂質異常症を中心とした本ガイドラインの他、高血圧、糖尿病、CKD、脂肪肝(NAFLD/NASH)など、疾患毎にガイドラインが存在する。心血管疾患予防という目標を共有しつつガイドラインごとに微妙に異なる各リスク因子の評価基準を、特に実地医家向けにひと目でわかるように簡易化し、初期対応と共にわかりやすく整理した「脳心血管疾患リスク管理チャート2019年版」2)も、日本医学会や日本内科学会を含む関連15学会によって取りまとめられ、本ガイドラインでも紹介されている。
■終わりに
脂質異常症、特にLDL-Cは、一般の関心も高いだけにメディアなどで不適切な情報が流布されたり、本来は薬物を内服すべき病態であるにも関わらず、それを避けてサプリや健康食品が使われていたりする事例が散見される。これらは、科学的エビデンスに基づく治療を受ける機会を失わせ、国民の動脈硬化性疾患リスクを上昇させるという意味で由々しき問題であり、医療従事者としては、本ガイドラインを始めとする信頼できる情報に基づく患者教育に努めたい。
令和4年9月30日(金)
第277回新潟市医師会臨床懇話会にて
特別講演
参考文献
1)日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版 https://www.j-athero.org/jp/jas_gl2022/
2)脳心血管疾患リスク管理チャート2019年版 http://www.naika.or.jp/info/crmcfpoccd/
表1 脂質異常症の診断基準(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」より)
図1 動脈硬化性疾患の包括的リスク評価法(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」より)
表2 久山町研究による動脈硬化性疾患の発症絶対リスクの計算スコア(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」より)
表3 リスク区分別の脂質管理目標値(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」より)
表4 脂質異常症薬の各脂質成分に対する効果(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」より)
表5 成人(15歳以上)FHの診断基準(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」より)
(令和5年5月号)
(令和6年12月3日 一部改)