新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 言語聴覚学科
佐藤 克郎、五十嵐 萌子
はじめに
めまいを主訴に医療機関を受診した症例の臨床統計は、耳鼻咽喉科の施設をはじめ各領域から報告されてきた。めまいをきたす代表的な疾患の好発年齢に関しては、メニエール病や突発性難聴などの内耳疾患は中高年にしばしば発生し1)、加齢が影響する中枢神経疾患は高齢者に多い2)という記載がある。一方で、小児のめまいは症例数が圧倒的に少なく、病歴や平衡機能検査による評価が困難なため詳細な報告は困難とされるが、代表的な小児例の臨床研究では、めまい患者のうち15歳未満は1.6%3)、良性発作性めまいや前庭片頭痛が多い3,4)、起立性調節障害や末梢前庭性めまいが多い5)という報告がみられる。
今回われわれは、医療系大学の学部教育の一環である卒業研究として大学生を対象としためまいに関するアンケート調査を行ったが、卒業研究のあり方がCOVID-19パンデミックという世界的な緊急事態に影響されるという現実に直面した。
新潟医療福祉大学言語聴覚学科(以下:当学科)においては、4年制学部の3年次後期から卒業にかけて「卒業研究ゼミ」で指導教員に配属された学生が研究を行い卒業研究論文を執筆する。当学科の卒業研究における研究方法は医師の指導教員が診療する患者のデータを用いた症例研究、ボランティアを対象とした実験研究、質問票を用いたアンケートによる調査研究、学術論文を収集して総説を作成する文献研究が代表的である。アンケートによる調査研究として、われわれが2015年、2017年、2019年に行ったアレルギー性疾患に関する調査は、「新潟市の大学生におけるアレルギー性鼻炎の現状」という定点調査の研究報告として新潟市医師会報に発表してきた6-8)。
われわれの2019年度の卒業研究においては、耳鼻咽喉科学の講義内容であるめまいにつき、医療機関受診者ではない健常若年者の大学生を対象にめまいに関する意識のアンケート調査を行った。
2020年にCOVID-19パンデミックが宣言されて以来9)、大学生の生活は以前と大きく異なるものとなり、大学教員の業務環境も大きく変化した。学生には長期間、教員にもある程度の入構禁止期間が設定され、大学構内の状況は前年度までと激変した。一方で、Microsoft Teams®やZoom®などの会議ツールを用いたテレワークが急速に普及し、会議・講義・演習・ゼミなどが非対面環境で実施可能となった。本年3月には2019年に入学した学生が以前と同数の単位を取得して卒業し教員は安心した半面、大学にキャンパスという「箱物」は不要という議論が生じることを危惧している。
本稿では、まずCOVID-19パンデミック前年の2019年に施行した調査の結果を提示し、次いで学部教育としての研究へのCOVID-19パンデミックの影響と今後の展望を考察する。
対象と方法
2019年に新潟医療福祉大学言語聴覚学科1~4年次に在籍する学生計153人を対象に、直接配布による自己記入式アンケート用紙に任意記名で性別を記入したうえで以下の6項目の質問に回答を依頼した。
①日常の中でめまいを感じたことはありますか。当てはまるものに〇を付けて下さい。(はい、いいえ)
②どのような時にめまいを感じますか。当てはまるものに〇を付けて下さい。(椅子から立ち上がったとき、寝る前または寝起き、細かい文字などを見ているとき、突発的に、その他)
③めまいと同時に他の症状を自覚したことはありますか。(難聴、耳閉感、耳鳴、その他)
④めまいの症状で医療機関を受診したことはありますか。(はい、いいえ)
⑤医療機関を受診したことがある方にお聞きします。何科を受診しましたか。
⑥医療機関を受診した結果、診断された症状または病名を教えて下さい。(起立性調節障害または自律神経失調症、メニエール病、突発性難聴、良性発作性頭位めまい症、前庭神経炎、原因不明、その他)
結果
アンケート調査の回答が得られた対象人数は男性26人、女性127人で、合計153人で平均年齢は19.6(±1.1)歳であった。
(1)めまい自覚の有無
日常生活のなかでめまいを感じたことがあると答えた回答者(以下めまいあり群)の割合は全体で75人(49.0%)、めまいを感じたことがないと答えた回答者の割合は78人(51.0%)で、有意差は認められなかった(図1)。
(2)めまいを自覚する状況
全体で最も多かった回答が椅子から立ち上がった時(56.0%)、次いで寝る前または寝起き(13.2%)であった。また、突発的にめまいが生じると回答した割合が12.1%、細かいものを見ているときが1.1%、その他が17.6%であった(図2)。
(3)めまいの合併症状
めまいあり群75人のうち、めまいと同時に他の症状を自覚したことがあると回答したのは32人(めまいあり群の42.7%)であった。32人の回答者のなかで最も多かった症状は耳閉感(50.0%)、次いで耳鳴(40.6%)であった。その他は全体の9.4%で、難聴の随伴を自覚したとの回答は0%であった(図3)。
(4)医療機関受診の有無
めまいあり群75人のうち、医療機関を受診したことがあると回答したのは6人(8.0%)、受診したことがないのは69人(92.0%)であった。
(5)医療機関による診断名
医療機関を受診した6人の診断は、起立性調節障害または自律神経失調症0人、メニエール病1人、突発性難聴1人、良性発作性頭位めまい症1人、前庭神経炎0人、原因不明2人、その他1人であった。
考察
1.2019年のめまいに関する大学生の意識
(1)めまい自覚の有無
今回のアンケート調査で集計した中で、日常生活の中でめまいを感じたことがあると答えた回答者は49.0%、めまいを感じたことがないと答えた回答者51.0%であった。学年別にみると1年生はあり48.5%、なし51.5%、2年生はあり33.3%、なし66.7%、3年生はあり60.0%、なし40.0%、4年生はあり55.3%、なし44.7%であった。性差別では、めまいがあると回答した75人中男性が18.7%、女性が81.3%であった。
1989年に報告された市立病院の耳鼻咽喉科におけるめまい患者の臨床統計10)においては、めまいを主訴に耳鼻咽喉科を受診した新患133人のうち男性は54人(40.6%)、女性は79人(59.4%)であり。男性より女性がめまいの自覚が多いと考察されていた。
今回の調査における男性と女性の母数は26人と127人であり、各々の自覚率は53.8%、48.0%であった。市立病院耳鼻咽喉科における研究での受診者の平均年齢は52.5歳であり10)、健常若年者においてはめまいの自覚が高齢者と比較して男性にもみられやすいことが推察された。
(2)めまいを自覚する状況
めまいあり群75人の中で、最も多い回答が椅子から立ち上がった時(56.0%)で、寝る前または寝起き(13.2%)、突発的に(12.1%)、細かいものをみているとき(1.1%)、その他が17.6%と続いた。
15年間のめまい患者の統計的観察11)によると、低血圧によるめまいは若年層に有意に多いと述べられている。今回実施したアンケートで最も回答数が多かった「椅子から立ち上がった時」という状況は起立性低血圧によるものであり、次いで回答数が多かった「寝る前または寝起き」で生じるめまい症状は良性発作性頭位めまい症による症状と推察される。今回のアンケート調査で良性発作性めまい症の症状と考えられる回答が多かったのは、近年の同疾患の診断数の増加の影響12)と推察される。
(3)めまいの合併症状
めまいと同時に合併症状を自覚したのは42.7%であった。代表的な蝸牛症状である「難聴」の合併は0%だったが、蝸牛症状として「耳閉感」が50.0%、「耳鳴」が40.6%に認められた。蝸牛症状以外の「その他」は9.4%であった。
前述の市立病院耳鼻咽喉科の報告によると10)、めまい患者のうち随伴症状ありと初診時に申告があったものは81名(60.9%)で、その内訳は難聴31.7%、耳鳴27.5%、耳閉感8.3%、吐き気・嘔吐20.8%、肩こり10.8%、その他0.8%であった。この中で今回実施したアンケート調査の結果と一致していた症状は耳鳴と耳閉感であり、その他の難聴、吐き気・嘔吐、肩こりは今回の大学生を対象としたアンケート調査では回答がみられなかった。今回の調査と同研究10)の差異の理由は、今回のアンケート回答者が健常若年者であることと、アンケートの回答項目に受診者の症状の相当する選択肢がなかったことが考えられる。一方で、耳閉感と耳鳴に限れば今回の結果は医療機関受診患者よりも高率であり、健常若年者においても耳閉感と耳鳴は比較的高率に自覚される症状であることが推察される。
(4)医療機関受診の有無
めまいあり群75人中、めまいが原因で医療機関を受診したことがあるのが8%、受診したことがないのが92%と、医療機関受診歴はないという回答が大部分であった。
医療機関を受診したことのある回答者が少ないのは、対象が若年であったことに加えてめまいの程度が軽いために医療機関を受診する必要性を感じなかったことが考えられ、医療機関受診患者を対象とした過去の報告とは異なる本研究の特徴的な点であろう。
(5)医療機関による診断名
医療機関を受診した事がある回答者6人中、原因不明が2人、メニエール病が1人、突発性難聴が1人、良性発作性頭位めまい症が1人、その他が1人であった。
市立病院耳鼻咽喉科の統計報告によると10)、耳鼻咽喉科を受診しためまい症例においては、メニエール病(確実例・疑い例含む)が133人中21人、良性発作性頭位めまい症が11人、突発性難聴が4人、自律神経失調症が8人、起立性低血圧が4人であった。対象がめまいを自覚した耳鼻咽喉科受診症例であったことが本研究結果との差異の主因と考察されるが、同研究では対象年齢が10~80歳代、平均年齢52.5歳と今回の調査よりも高かったことも差異の一因であろう。すなわち、中高年に多いメニエール病の罹患者が多く、今回の調査結果と相違が生じたと思われる。一方で、中高年や働き盛りに多いとされているメニエール病13)と突発性難聴14)との回答が今回存在したことも注目される。すなわち、健常若年成人においても内耳疾患が発症する可能性は常に念頭に置くべきであろう。さらに、前述のように近年診断数の増加傾向にある良性発作性頭位めまい症12)の回答が存在したことも注目される。
(6)若年健常者のめまいに関する認識と現状
耳鼻咽喉科を受診しためまい症例を集計した研究では、末梢性疾患ではメニエール病と良性発作性頭位めまい症が、中枢性疾患では脳循環不全と脳血管障害が高頻度であった15)。メニエール病の好発年齢は中年、良性発作性頭位めまい症は中高年といわれている。脳循環不全と脳血管障害は診断が重複する場合もあると思われるが、高齢者に多い病態である。すなわち、それらの末梢性2疾患および中枢性2疾患においては若年者の症例の頻度は低く、健常若年者においても低頻度と推察される。今回のアンケート調査での病名の回答はメニエール病と良性発作性めまい症が各1人と低頻度であった。しかし、突発性難聴1人を加えた3人で原因疾患が診断されており、若年者においても原因疾患を念頭に置くことが重要と考えられた。一方で、若年者での発症機序が考えやすい起立性調節障害または自律神経失調症、先天性の眼疾患や精神神経疾患などの回答はなかった。医療機関以外で実施されたアンケート調査であるため幼少時の既往の記憶が反映されにくかった可能性も推察される。
また、高齢者の平衡機能を調査した研究ではめまいの有症率は年齢が上昇するに従って高率になっていたが、国民健康調査での数%程度の数値であり2)、一方で今回の若年者を対象としたアンケート調査で約半数にめまい自覚の既往があったことは注目に値する。調査時点での「有症率」と「自覚」「既往」を比較して論ずるにはさらに検討を要するが、今後の若年者とさらに広い年齢層でのめまい自覚に関する調査と経時的な病態の検討が望まれる。
2.2020年からの大学生の生活の変化
当学科は学生1学年の定員が40人で、常勤教員の定数は13人である。前任施設であった国立大学法人医学部では、学生の定員は約3倍で教員数は附属施設を含めるとはるかに多い在職数であった。一方で、学科に多数の講座がある医学部と異なり、当学科では教員が少数の学生と対面で行う講義やゼミの時間数が多いため、学生との距離感が近い。
2020年のCOVID-19パンデミック以来、教員と学生が対面で行う教育は一時期消滅した。学生は入学したにもかかわらずキャンパスを訪れることがなく、大学教育はパソコンのディスプレイを介して行われた。すなわち、学生がパソコンやスマートフォンの画面に向かう時間は著しく増加したと考えられる。また、教員と数名の学生が対面で行うゼミ活動は不可能となり、教員と学生の距離感は変化した。学部教育における研究方法としては、調査票を用いたアンケート調査は困難になった。さらに、メーリングリストを用いたメールの一斉送信による調査も、学生の個人情報漏洩の危険性から禁止された。
3.今後の展望
2020年から2023年にかけて、大学生の生活には前章で述べたような変化が生じたが、2023年5月にCOVID-19が感染症法上の分類の2類から5類に見直されて即座に大学教育の現場が2019年までの状態に復帰したとは考え難い。第1に、学生の大学に対するイメージ、すなわち先輩から後輩に引き継がれるべき伝統やキャンパスへの親しみが変化したことが危惧される。第2に、在学中や入学以前の教育や生活においてパソコンやスマートフォンの画面に向かう時間が増加したことによる視器および神経系への影響は既に問題となっている。
当学科現3年生の卒業研究ゼミは本年8月に配属が決定され、約1年間で卒業研究を実施して卒業研究論文を執筆する。学部教育の卒業研究として調査票を用いた対面のアンケート調査研究が再び可能になることが期待されるが、今後は「同年齢層で近隣地域内に住む対象者の2つの定点調査」として比較検討するのではなく、COVID-19による制限期間における「学生の大学に対するイメージの変化によるアンケートへの対応意欲の変化」、「大学を構成する環境の変化」、「パソコンやスマートフォンによる視器および神経系への影響」などの学生個人の状況の変化に加え、「教員と学生の関係における意識変化が卒業研究の意欲へ及ぼす影響」なども考慮して考察する必要があると思われる。
引用文献
1)渡辺行雄:平衡機能の生理と病態.体力科学,53:567-574,2004.
2)肥塚泉:感覚器の老化と抗加齢医学-平衡感覚-日本耳鼻咽喉科学会会報,119:87-93,2016.
3)堀井新:小児めまいの取り扱いについて.小児耳鼻咽喉科,37:300-304,2016.
4)尾関英徳、岩崎真一、室伏利久:若年者のめまい症例の検討-良性反復性めまい(Benign Recurrent Vertigo)を中心として-Equilibrium Research,67:194-199,2008.
5)竹内万彦、坂井田寛:若年者のめまい症例の臨床的検討.Equilibrium Research,71:466-471,2012.
6)佐藤克郎、山田智洋.Ⅰ型アレルギー疾患に関する大学生へのアンケート調査.新潟市医師会報,552:1-4,2017.
7)佐藤克郎、北川原真也.新潟県新潟市の大学生を対象としたアレルギー性鼻炎に関するアンケート調査.新潟市医師会報,580:2-6,2019.
8)佐藤克郎、小林明日香.新潟市の大学生におけるアレルギー性鼻炎の現状.新潟市医師会報,603:2-7,2021.
9)毛利博行:新型コロナウイルス感染症.日本耳鼻咽喉科頭頸部外科会報,125:1334-1343,2022.
10)白倉真人、朝比奈紀彦:富士吉田市立病院におけるめまい患者の統計的観察.昭和医学会雑誌,49:101-105,1989.
11)藤川あかね、藤田信哉、乾洋史ら:当科における15年間のめまい患者の統計的観察.Equilibrium Research,52:487-495,1993.
12)山内盛泰、中条恭子、縄手綾子ら:当科における1年間のめまい症例の検討.耳鼻と臨床,58:108-114,2012.
13)森望:メニエール病.よくわかる聴覚障害.永井書店,大阪,156-166,2012.
14)中島勉、植田広海、三澤逸人ら:厚生省急性高度難聴調査研究班による突発性難聴の重症度基準による全国疫学調査結果の解析.Audiology Japan,43:98-103,2000.
15)山中泰輝、岡亮、大坂正浩ら:当科14年間のめまい症例の統計的観察.耳鼻咽喉科臨床,88:1051-1060,1996.
図1 めまい自覚の有無
図2 めまいを自覚した状況
図3 めまいの随伴症状
(令和5年8月号)