聖マリアンナ医科大学
感染症学講座 主任教授 國島 広之
はじめに
2019年末に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は瞬く間にパンデミックとなり、世界を席巻した。当初、未知の感染症に対して、医療従事者は病原性や伝播性が不明なまま対応を迫られ、多くの重症患者や医療関連感染がみられた。手指衛生の遵守、呼吸器衛生/咳エチケット、密集・密接・密閉の三密回避、換気、ユニバーサルマスキングなどの様々な感染対策が行われた。医療では、PCR検査を始めとする各種検査の導入、ワクチンの開発や抗体薬・抗ウイルス薬の開発ならびに上市が行われた。COVID-19は変異が続き、2021年末からオミクロン株に流行の主体が変化し、予防や治療も進み、社会も正常化しつつある。2023年5月5日にWHO(世界保健機関)は国際的な公衆衛生上の脅威となりうる全ての事象(PHEIC:Public Health Emergency of International Concern)宣言を終了した。一方で、同日の声明ではWHO事務局長は、「COVID-19は現在進行中のCOVID-19パンデミックであること。確立され進行中の健康問題」であるとしている。わが国でも今なお、多くの罹患者がみられており、流行の拡大が懸念されることから、医療機関における適切な対応が求められている。
症状および経過
COVID-19は、様々な症状が経過によりみられるとともに、一定の罹患者に症状の遷延がみられることが特徴である(図1)。症状としては発熱、倦怠感、胸痛、頭痛、咽頭痛、呼吸困難感、咳嗽、鼻汁、悪心、下痢、味覚障害、嗅覚欠失や匂いの変化、皮疹などの幅広い症状がみられる。これらの症状は必ずしも第1病日にみられず、数日の経過で発現や増悪することが多い。したがって、初診時に症状が軽くても増悪することを十分念頭におく必要がある。
COVID-19の症状遷延のリスク因子としては、青壮年>高齢者、複数の感染回数、ワクチン非接種者や少ない接種回数などが報告されている。概ね軽症者を中心として10~25%の患者に3ヶ月以上の症状の持続する後遺症がみられる。なかでも急性期に軽症がほとんどにもかかわらず、記憶障害、集中力低下、ブレインフォグなどが約10%程度にみられる。約2年間の経過観察で後遺症患者の約半数に再発が報告されている。海外では医療従事者の罹患時において、約4人に1人が後遺症を報告されている。現在、わが国においても2023年6月末日現在で約15万件を超える医療従事者の新型コロナウイルス感染症に関わる労災申請がされている。
COVID-19は発症後約9日間はウイルス量が多く、高齢者や免疫不全者では更に持続する。5類感染症化に伴い、発症後5日間は外出を控えること、加えて10日間はウイルス排泄のため、引き続きマスク着用や高齢者やハイリスク者への接触を控えることが推奨されている。したがって療養者や家族は自宅で一定期間(約10日間)感染しないような配慮が求められるものの、家庭内隔離は療養者や家族の負担が大きいのが現実である。
検査診断
有症状者には迅速抗原定性検査が十分活用可能である。COVID-19の検査診断は抗原定性検査、抗原定量検査、核酸検出(PCR)検査がある(表1)。迅速抗原定性検査に関するメタアナリシスでは、抗原定性検査はPCR検査のCT値30以下のウイルス量の検体では十分な感度が得られ、鼻咽頭は唾液よりも感度が高く、有症状者は無症状よりも感度が高く、約99%の特異度である。迅速抗原定性検査に関する検討では、デルタ株とオミクロン株でも同等の感度ならびに特異度である。一方、PCR検査は入院患者では活用が行われるものの、感染後に数ヶ月陽性が持続することもあることから、既感染者が多い現在の流行状況では、既感染と新規陽性者との判別に苦慮することが多い。
ワクチン
COVID-19のワクチン接種は、罹患時のウイルス量を減らし、重症化、後遺症、家族内感染を抑制する。
COVID-19は伝播性が高く、家族内感染や施設内クラスターが多くみられる。従来、インフルエンザの家族内感染は年齢によるものの約10%である。オミクロン株では約40%の家族内感染と報告され、罹患時のウイルス量が多いほど、家族内感染が増加する。一方、ワクチン接種者では家族内感染が減少する。
COVID-19は感染既往があっても経時的に感染リスクがあり、感染既往にワクチン接種を行う場合は所謂ハイブリッド免疫として再感染防止効果が期待できる。また、オミクロン株(XBB/XBB.1.5)感染例では、ワクチン接種回数が多いほど入院防止効果がみられる。オミクロン株(BA.4/BA.5)では、ワクチン未接種者の死亡率は、2価ブースター接種者と比較して、65~79歳で23.7倍みられる。今後もワクチン接種後の感染防止効果ならびに重症化防止効果は経年的に減弱することから、基礎疾患を有する方を始め、いかにワクチン接種を啓発することが重要である。
抗ウイルス薬
現在、抗ウイルス薬としてRNAポリメラーゼ阻害薬(レムデシビル、モルヌピラビル)と3CLプロテアーゼ阻害薬(ニルマトレルビル、エンシトレルビル)がある。In vitroではRNAポリメラーゼ阻害薬よりも3CLプロテアーゼ阻害薬の方がより高い抗ウイルス活性を有する。抗ウイルス薬は重症化防止効果だけでなく、症状持続や後遺症の抑制、ウイルス排泄が早期に陰性化することも期待できる。3CLプロテアーゼ阻害薬はCYP3A4を阻害・誘導することにより薬物の代謝に影響する。グレープフルーツがスタチン濃度を上昇させると同様に、CYP3A4は薬物のほぼ50%の代謝酵素であり、肝臓および小腸上皮細胞に見られる。併用薬の継続の可否も含めて丁寧に検討することで、治療薬の適格な選択に繋がる。
COVID-19は同じく5類感染症に位置づけられるインフルエンザと比較して、より感染性が高く、高齢者は重症化し、若年者は後遺症がみられる疾患である。インフルエンザと同様に抗ウイルス治療薬があるものの、予防投与を行うことはできない(表2)。
COVID-19は様々な症候がみられ、初診時には軽症でも経過が変わりうること。症状が遷延すること。ウイルスの排泄が持続し、医療従事者の罹患は院内感染や労働災害として後遺症のリスクとなりうる(表3)。医療施設や高齢者施設の入院患者・入所者ならびにその職員、免疫不全等、重症化リスクを有する方とその家族、陰性化が遅延すると原疾患の治療が遅れるリスクがある方なども含め、積極的に抗ウイルス薬を活用することにより、医療の逼迫を抑制し、経済の正常化を持続することも期待される。
感染対策
COVID-19は飛沫感染ならびにエアロゾルにより伝播するため、感染対策の要点はマスクと換気である。したがって、通常の外来診療では原則的にガウンは不要であり、標準予防策に基づき、適切な個人防護具を着用する(表4)。外来での伝播リスクは殆どなく、患者・医療者双方がマスク着用していれば、インフルエンザと同様、時間的・空間的分離も必須ではない(図2)。なお、換気では機械換気設備を常時稼働し、もし機械換気設備がなければ、2方向の開窓や空気清浄機を設置することも有用である。勿論、機械換気設備は定期的な清掃やメンテナンスが必要である。
おわりに
COVID-19は、医療施設のみならず社会全体に大きな影響を与えた。従来からの麻疹、インフルエンザも含めて地域における感染症対策のより一層の連携強化が期待される(図3、4、5)。COVID-19は今冬も流行が懸念されている。地域における検査体制の整備、サーベイランス、適切な医療の提供が求めれている。
COVID-19における対応として、今後も基本的な感染対策やワクチン接種の啓発、抗ウイルス薬の積極投与、社会との連携強化、地域における最新情報の共有が必要不可欠である(図6)。
令和5年6月2日(金)
新潟市内科医会COVID-19セミナーにて
特別講演