新潟県厚生連豊栄病院 病院長・内科医 宮島 透
はじめに
豊栄病院は、新潟市北区で診療所の医師から在宅医療を受けている患者さんに対し、夜間や土曜・日曜・祝日に状態変化が起こった場合に、すぐに病院医師が診察し入院ができる体制を平成27年に構築し、同年11月から実際に“豊栄病院在宅医療バックアップシステム”と名付け、運用しています。今回このシステムの紹介を行います。
豊栄病院が存在する新潟市北区について
在宅医療を含めた地域医療は、その地域の様々な要因によって大きく変わるものと考えています。今回の内容も、当院・新潟市北区における在宅医療の提供体制や地域包括ケアシステムについてであり、ほかの地域での参考にはならないかもしれません。
さて、新潟市北区は7万1千人弱の人口を有し、他市と比較してもかなり多いと思います(表1)。しかし、人口密度は新潟市中央区の7分の1弱、東区の5分の1弱と低い事がわかります(表2)。このため、病院や診療所の数も中央区などと比べ少ないです。新潟市の地図上に、主に内科系の病院を赤、整形外科中心の病院を紺、精神科中心の病院を黄色でプロットしてみると、新潟市北区には病院が少ないことがはっきりとします(図1)。
新潟市北区には、当院の他は、精神科単科の病院が2病院と、整形外科・リハビリ科・神経内科などを中心としている新潟リハビリテーション病院があります。救急告示病院は当院のみです。さらに、病院や開業医が存在しない中学校区も数カ所あり、在宅医療を含め当地域の医療を行う上で、病院と開業医の協力が必要不可欠と考えています。
日本の長期的人口推移
江戸時代の終わり、明治維新(1868年)の時には、日本の人口は、3300万人でしたが、2010年に日本の人口はピ-クを迎え、1億2807万人と、わずか140年で人口が4倍になりました。現在逆に、コロナ禍の影響もあり、国の当初予想より人口減少が加速し、今後140年で人口が3000万人を割るものと思われます。急激な人口の増減により、日本の人口ピラミッドは、1950年頃はピラミッドの形でしたが、現在は高齢者の増加・少子化が著明でいびつな形となっています。私は、医師になって40年になりましたが、この40年で65歳以上の人口は、約3.1倍、75歳以上の人口は4.4倍となりました(図2)。またさらに、65歳以上人口のピークは2035年、75歳以上人口のピークは2040年となる予測で、現在よりさらに数年後に老齢人口の増加が確実です。
年齢構成の変化で、疾患・患者数の変化がみられ、また、質の変化も見られるようになりました。現在日本人の死因の第三位は老衰となっています。以前は、病気を治せば、元の生活に戻れることが多かったのですが、今は、病気が治っても、障害を残したり、生活の質の低下が起きるような状態になることも多くなってきています。今後、在宅医療の需要の増大が予想されます。
新潟市の在宅医療提供について
新潟県地域医療調整会議の資料1によると、令和2年のレセプトデータでは人口当たりの新潟市の訪問診療の提供は全国平均の56.8%、訪問看護は31.4%と非常に低い値でした。また、新潟県の在宅医療の需要のピークは2035年と考えられていて、医療提供をもう少し充実しなければならないと思われます。新潟県全体で令和2年9月1か月間の間で診療所が行った往診件数は2955件・訪問診療件数は10893件、病院が行った往診件数は104件・訪問診療数は1414件となっています(新潟県地域医療調整会議資料)。在宅医療の主役は診療所であり、北区でも同様と考えています。
在宅医療・在宅看取りについて
新潟市の平成23年度、在宅医療に関するアンケート調査報告書(40歳以上の新潟市民に対し4000人の無作為等間隔抽出法で、2287人の郵便回収の結果)では、“あなたは、脳卒中の後遺症やがんなどで長期の療養が必要となった場合、在宅医療を希望しますか。また、実現可能だと思いますか。”との問いに対し、在宅医療を希望する市民は64.3%でしたが、希望すると回答した14.3%の方しか実現可能と考えていませんでした。なぜ実現が難しいかとの問いに対しては、54.9%の方が家族に負担をかけるからと回答しています。次いで、介護する家族がいないからが15.5%、急に病状が変わった時の対応が不安だからが7.5%、訪問看護や介護の体制が不十分だからが2.5%、往診をしてくれる医師がいないからが1.9%となっていました。そもそも介護してくれる家族がいないからというところ以外、医療関係者の努力で、在宅医療・在宅死の希望を叶えられるのではないかと考えています。
豊栄病院在宅医療バックアップシステムの立ち上げについて
豊栄病院は、平成27年、地域包括ケアシステムの考えを知り、新潟市北区の地域包括ケアシステムの構築に向けて検討を行いました。在宅医療については、診療所の医師が主役と考えましたが、その当時、在宅医療に消極的な先生もおり、また、診療所間の距離が近ければ(近い関係であれば?)、お互い同士で、在宅医療のバックアップ体制が取れますが、そうでなければ(新潟市北区においては)、お互いのバックアップは難しいだろうと考えました。当院での検討で、バックアップとして当院医師が緊急在宅訪問を行う事は非常に困難であり、“在宅医療バックアップシステム”と称して、北区の開業医の先生方が在宅医療を行っている患者さんの状態が悪くなった場合すぐに当院医師が診察・入院で受け入れるシステムを構築する事にしました。在宅医療を行っている開業医の先生方の負担(感)を軽減し、積極的に在宅医療に参加いただきたいとの思いでした。平成27年、豊栄病院は、以下の文章を新潟市北区の診療所にお送りしました。「いつも地域医療を支えていただき誠にありがとうございます。当院として、今後の地域医療を考えるうえで開業医の先生方とともに在宅医療の推進を行っていきたいと思います。まず、在宅医療に関して、当院と開業医の先生方と協力関係を考えますと、先生方が在宅医療をされている患者様が夜間や祝祭日に病状が悪化したときに当院受診、場合により入院治療を行わせていただくことが考えられます。こうしたバックアップをスムースに行うため可能であれば急変の可能性のある患者様の情報を事前に頂ければ幸いと考えます。」
豊栄病院在宅医療バックアップシステムの登録について
診療所の医師が、在宅医療を提供している患者さんのうち、急変の可能性のある患者さんを、当院に登録を行っています。患者登録の基準は診療所の医師に任せているので、訪問診療を行っている全患者さんを登録している診療所医師、急変の可能性がかなり高いと考えられる患者さんのみを登録している医師もいらっしゃるようです。
登録に関しては、当院が郵送した書類の中で、患者登録書・診療情報提供書(形式は各医院の書式で可能)を記載していただくことがスタートとなります。また、診療所の医師から、患者・患者家族に対し、当院の患者説明用のひな形を使用していただき説明・バックアップシステムに登録することを承諾いただきます。それらの手続きが終わったら、作成した書類を当院地域医療連携室へ郵送・FAXいただき、当院で再度患者・患者家族に確認・説明を行い登録完了となります。
この在宅医療バックアップシステムに登録された患者名簿は医師当直室・看護師当直室・救急外来・地域医療連携室・病院受付に配置しています(写真1)。
豊栄病院在宅医療バックアップシステムの病院側の運用
バックアップ登録患者が状態急変した場合、患者・患者家族には、訪問診療を行っている診療所の医師に必ず最初に連絡を取っていただくようにお願いしています。診療所の医師は、往診・診療の上、バックアップが必要と考えた場合、当院に“バックアップシステム登録患者”が急変した旨連絡を入れます。“バックアップシステムの登録患者”というキーワードがあった場合、電話を受けた病院事務員は、直ちに、医師に電話を転送することとしています。また、当院医師には“バックアップシステム登録患者”については基本的にはすぐに診療の依頼を受けるようにお願いしています(資料2)。新規に入職する医師に対してこうしたシステムの申し送りを行っています。なお、常勤医師全員にこのシステムを周知し、理解いただくまでの数年間は、当院の日勤帯での対応はこのシステムを作った内科医師の病院長及び副院長の2名で行っていました(現在は内科新患担当当番の医師が対応)。
なお、現在は、診療所の医師が電話診察で緊急性があると判断した場合、訪問看護師が訪問し緊急性があると判断した場合、患者・患者家族が訪問担当医師に電話連絡がつかなく状況が切迫している場合も、同様に“バックアップシステム登録患者”と当院に連絡を入れた場合、同様な対応を行っています(図3)。
豊栄病院在宅医療バックアップシステム利用状況(令和5年3月末時点)
登録診療所数8カ所(新潟市北区内科開業医12カ所、うち訪問診療提供10カ所)
延べ登録患者数97名
現在登録患者数15名(平均年齢90.6歳、最高齢98歳)
延べバックアップ受け入れ症例数92名、年度別受け入れ患者数は、図4に示しました。
バックアップシステム登録者に対し、開始時から終末期の急変時心肺蘇生についての希望を記入いただくこととしていましたが、その結果は、急変時心肺蘇生を希望すると回答された方は2名、希望しないが58名、現時点では決められないが37名でした。
豊栄病院在宅医療バックアップシステムの評価
新潟市北区には、平成26年12月に北区の診療所の医師が中心となり設立した“北区医療と介護のささえあいネット”(ござれやネット)が存在しています。年1回の総会・講演会、年3~4回程度開催され1回について3名の医療専門職による3講義が行われる“ござれや元気塾”などの活動を行っています。令和4年6月18日の総会での講演テーマは、豊栄病院在宅医療バックアップシステムで、私が基調講演1を行い、講演2では“往診医の経験から”という演題で2名の開業医が講演しました。講演では、“このバックアップシステムがあるため、安心して在宅医療を行うことができている”との発表があり、さらにまた講演4では“家族の経験から”という演題で、実際このシステムを使い夜間緊急入院された患者家族2名からお話をいただき、“このシステムがあるため、急変時の受け入れ病院が決まっており、安心して開業医からの在宅医療を受けていられる”、との評価をいただきました。
当院の地域包括ケアシステムに対する体制について
豊栄病院は、平成28年5月1日から、新潟市の委託を受け“在宅医療・介護連携ステーション北”を開設し、新潟市北区における地域包括ケアシステムのサテライト拠点として活動しています。また、同室内に、患者総合支援センターとして、医療福祉相談室・地域医療連携室・医療相談窓口および居宅介護支援事業所を設置、入退院支援看護師3名、MSW3名、ケアマネージャー3名、事務員2名の配置を行い、体制を整えています。
訪問診療・訪問看護と高齢者施設
現状で、当院においては(おそらくは当地区では)ここ20年ほどの間、訪問診療・訪問看護の需要は増えてはいないと思われます。この要因の一つとして、当地域で、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護付き有料老人ホームなどの高齢者施設が非常に増えたことがあげられると思います。新潟市北区に平成8年に定員90名の特別養護老人ホームができ、当院がその協力病院委託を請け負ったのを皮切りに、現在では、合算で1295人の入居者となる計24の高齢者施設との間で協力病院委託を交わしています。こうした協力病院委託を請け負っている施設の入居者が急変などを起こした場合、可能な限り当院で診療する体制も“在宅医療バックアップシステム”同様に作っています。
当院の災害時の取り組み
令和元年6月16日22時22分頃に村上沖にM6.8の地震が発生、津波警報が出されました。この時、当院に20名ほど住民の方が避難しに来ました。避難した住民には、津波の心配がなくなるまで、当院にいていただきました。この体験後、北区役所の方と相談し、当院としては、今後もこのような事態になった場合、住民の受け入れをする旨伝え、北区役所からも、区役所職員の派遣も行うという約束も得られました。
また、災害時などには、当院の患者さんだけではなく、地域の患者さんを広く受け入れしたいと考え、北区の健康福祉課、保健師、他の訪問看護ステーションなどにも声をかけ、人工呼吸器装着患者さん、在宅酸素使用者等を把握し、当院受診歴のない方にもカルテ作成を行った上でカルテに緊急時は当院で受け入れる事と記載するようにしています。
こうした取り組みを行える下地として、当院は過去にも、平成16年10月27日の中越地震の被災病院から10数名の入院患者を、東日本大震災時には南相馬市の病院から10数名の入院患者さんの受け入れ経験もあり、こうした対応もスムースに行うことができるものと考えています。
また、新潟県発表のハザードマップによれば当院は津波の心配がなく、自院には自家発電装置もあり、比較的災害に強い病院と考えています。
新潟市北区の地域包括ケアシステムに対する取り組み
新潟市北区には、行政が中心となり商工会や医療・福祉事業体、自治会など多数の団体が構成員となって“支えあいのしくみづくり会議”というものが作られ、住民の生活を支えるための活動がなされています(写真2)。“北区宅配生活支援サービス取り扱店一覧”という冊子も作られ、電話でお弁当や、食品・酒類、家の修理、カット・パーマ・シャンプーなどのサービスを受けられる仕組みが作られています。こうした取り組みは、地域包括ケアシステムの根本を支えるものと考えていますし、病院がなかなか取り組めない分野であると思います。なお、この事業にも病院のMSWに参加いただいています。当院は行政などととともに、新潟市北区の地域包括ケアシステムを支えていきたいと考えています。
この臨床論文は、令和5年3月10日の新潟市在宅医療講座“豊栄病院在宅医療バックアップシステムについて”で講演した内容をもとに作成しました。