新潟大学大学院医歯学総合研究科 腎研究センター 腎・膠原病内科
忰田 亮平
はじめに
新潟での慢性腎臓病(CKD)に対する啓発活動の取り組みを概説する。
厚生労働省から、腎疾患検討会報告書が発出されている。全体目標としては、自覚症状に乏しいCKDを早期に発見・診断し、良質で適切な治療を早期から実施・継続することにより、CKD重症化予防を徹底するとともに、CKD患者(透析患者及び腎移植患者を含む)のQOLの維持向上を図るとされている。また、達成すべき成果目標で、特筆すべき点として、2028年までに、年間新規透析導入患者数を35,000人以下に減少させるとの数値目標を設定した成果目標が掲げられている。これは、2028年の予想される年間新規透析導入患者の10%削減した数字が、35,000人とのことである。実施すべき取組では、1.普及啓発、2.医療連携体制、3.診療水準の向上、4.人材育成、5.研究の推進といったものがある。この中で、4.人材育成では、後述する腎臓病療養指導士の育成についても言及されている。
日本腎臓病協会と腎臓病療養指導士を通じた活動
日本腎臓病協会では、腎臓病に関する普及・啓発、疾患克服、社会貢献を目的としている。「慢性腎臓病(CKD)の普及・啓発」、「腎臓病療養指導士制度の運営」、「産官学連携のプラットフォームであるKidney Research Initiative-Japan (KRI-J)の運営」、「患者会・関連団体との連携」といった4つの事業を展開している。腎臓病療養指導士制度については、多職種によるチーム医療の実現のために行われている制度である。「腎臓病療養指導士」は、CKDとその療養指導全般に関する標準的かつ正しい知識を持ち、保存期CKD患者に対し、一人ひとりの生活の質および生命予後の向上を目的として、腎臓専門医や慢性腎臓病に関わる医療チームの他のスタッフと連携をとりながら、CKDの進行抑制と合併症予防を目指した包括的な療養生活と自己管理法の指導を行い、かつ、腎代替治療への円滑な橋渡しを行うことのできる医療従事者と定義づけられている。対象となる職種は、看護職(看護師、保健師)、管理栄養士、薬剤師の3つの分野である。
私なりの意見として、腎臓病療養指導士が、いままでより活躍できる機会を拡げることが重要と考えている。医師が患者と接する機会は、ごく短期間である。医師が接しない場面でも、患者に指導ができる可能性がある。また、市民公開講座にもおいでにならない比較的意識が高くない方にも、アプローチできる可能性があること、病院内でのチーム医療とともに、チーム医療が形成できない単独での日常業務、例えば、門前薬局といわれる保険薬局の薬剤師の服薬指導などであっても、効果が発揮される可能性があると考えられる。
新潟では、次の3つを特に意識して関わらせていただいている。1)知識向上の継続性、2)学術的な支援、3)社会的な活動を共に行うことである(図1)。1)では、意見交換会を不定期に開催している。その中で、勉強会を行っており、職種横断的な勉強会として機能している。「薬剤師によるCKDで注意すべき薬剤について」、「管理栄養士による栄養指導について」、「新潟県CKD対策部会の県の担当者による県の考え方について」などが行われ、自身の専門分野でない知識も得られることから、好評を得ている。また、LINEグループも作成し、意見交換をしている。2)では、実際に学会発表、論文投稿を支援し、論文の内容とともに論文投稿料についても支援している。すでに、英文誌4報、和文誌1報が採択されている。3)では、市民公開セミナーや各種講演会の演者として、活躍していただいている。
CKD認知度について
次に、CKDについての一般の方の理解について、お話ししたい。新潟県が県内在住の方を無作為に選んで、回答していただいたアンケート調査の結果がある(図2)。「CKD(慢性腎臓病)という言葉をきいたことがありますか?」というアンケートでは、20-40歳の男性のCKDの認知度が10%前後と極端に低いことがわかった。しかし、この年齢層の男性の中で、「CKDを知っている方の中では、生活習慣病がCKDの原因となることを知っていましたか?」の質問については、100%認知していた。この理由として、CKDと共にCKDが生活習慣病と関連することが一つの情報源となっている可能性、もしくは、CKDが生活習慣病と関連があることを理解するような方でないと、そもそもCKDを知らないのではないかといったことが考えられる。このような20-40歳の男性の認知度向上に向けて、新潟県に登録されている「新潟県健康経営推進企業」に対し、CKDのリーフレット配布を行った。また、今後、このような教育・啓発活動については、出前講座などができればよいと考えており、腎臓病療養指導士の活躍の場があるのではないかと考えている。
さらに、新潟医療福祉大学の中村純子先生と共同研究のもと、高校生にCKDの認知度のアンケート調査を行った(図3)。CKDを知っていると回答した生徒は、103名中1名で、名前だけ知っている生徒は4名だった。また、腎臓の臓器としての役割を尋ねたところ、老廃物を体外に出すことを知っていた生徒は80%前後だったが、その他の腎臓の機能については、理解が乏しかった。中学生の教科書をみると、尿素、余分な水分、塩分を尿として排泄しているという記載にとどまっている。例えば、消化器系は比較的詳しく記載されているのに対し、腎臓はやや簡素だと印象を受ける。腎臓の臓器としての働きに対する理解が乏しいままだと、病気としてのCKDに対する関心や理解を深める事は難しいのではないかと思われる。まず、若年者の腎臓を含めたヘルスリテラシーの向上に目を向ける必要があるのではないかと考えている。
新潟での教育・啓発活動
市民の方に向けて、例年、市民公開セミナーを開催している。腎臓病療養指導士、県の担当者も演者として参加され、多数の参加をいただき、好評を得ている。2022年度は、新しい試みとして、県内の各地域にサテライト会場を設け、地域の基幹病院の腎臓内科医に司会をご担当いただいた(図4)。新潟市を本会場として、講演内容をオンラインで配信した。とくに、地方では、演者を募るのが難しく、開催が困難だった地域もあるが、このような企画により、開催ができ、貴重な講演を有効活用することができた。各会場には、司会者として腎臓内科医がいるため、その場で質問に回答することができ、医師と参加者が相互に対話することもできた。全体として、350名ほどの方にご参加いただき、好評を得た。その他、日本腎臓病協会より、ロールアップバナーや懸垂幕の作成をしていただき、世界腎臓デーに合わせて、県内各所の市役所などに掲示させていただいている。
CKDシールを活用した取り組み
新潟では、CKDシールを用いた活動を行っている(図5)。CKDシールの活用により、個々の患者に対し、CKD患者であると理解し、医師、薬剤師、看護師・保健師、管理栄養士との相互連携、正しい関わり、有効な指導がより容易になることを期待している。すでに全国の多くの都道府県市町村単位、病院単位で、CKDシールが作成されている。デザイン、貼付方法や基準も様々である。新潟では、原則として、①eGFR30未満である患者、②医師の判断によりCKDとしての注意や関わりが必要と考えられる患者に対し、お薬手帳の左下を目安にCKDシールを医師が貼付することとしている。貼付基準として、eGFRによる一律の基準を設けることは難しい。一つの基準として、eGFRを30ml/minと区切った理由は、多くの薬剤の容量調整、中止が必要となる段階としての一つの目安であると考えたからである。しかし、CKDの進展抑制の観点としては、すでに腎機能低下が進行している段階であるとも考えられる。したがって、腎機能に注意を要し、指導が必要と考えられる患者であると医師が判断できる場合に、貼付するという、もう一つの基準を設けた。県内地域で、基幹病院、開業医の先生、保険薬局の薬剤師の方々にお集まりいただき、ご利用をいただくように適宜説明会を開催してきた。当初、地域を限定して、CKDシールの活用の取り組みを開始したが、特にトラブルはなく、現在では、広く利用いただいている。
CKDシールの期待される効果の多くは、保険薬局の薬剤師による処方監査などが想定されるが、腎臓病療養指導士全体を連携するツールとして、幅広い職種によるCKD患者へのケアやCKD普及・啓発に寄与することが望まれる。管理栄養士では、食事指導の場で、eGFRの低下が顕著であれば、カリウム摂取制限などの指導も追加で行うといったこと、また、看護師・保健師では、eGFRの低下による患者ケアを行い、患者本人家族へのフォローも可能になるといったことも考えられる。また、行政もCKD患者であると認知でき、市町村の保健師の対応にも関わってくるものと考えられる。さらに、このような展開により、市民の方々もCKDシールを目にする機会が増えれば、CKDの低い認知度の改善、検診受診率の向上などに寄与するといった波及効果が期待できる(図6)。さらに、佐渡では、地域医療情報連携ネットワークを活用して、展開している(図7)。地域医療情報連携ネットワークであるさどひまわりネットには、住民の3分の1の方が登録されている。eGFRの値を、保険薬局の薬剤師も閲覧することができ、薬剤師もCKD啓発シールとして、貼付に参加している。また、行政では健診時に基準以下の住民に、シールを送付している。このように地域医療情報連携ネットワークを活用して、多職種が連携できるツールとして機能している。
まとめ
今後ともCKDの教育・啓発について、ご指導ご鞭撻をいただきたいと考えている。
令和5年6月15日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて講演
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
(令和6年2月号)