小川 真貴1)、福井 直樹1,2)、渡部雄一郎1,3)、橋尻 洸陽1,4)、
茂木 崇治1)、Ekachaeryanti Zain1)、江川 純1)、染矢 俊幸1)
1)新潟大学大学院医歯学総合研究科 精神医学分野
2)新潟大学医学部医学科 医学教育センター
3)魚沼基幹病院 精神科
4)新潟市民病院 精神科
はじめに
本研究を開始した2019年度の新潟県内の児童虐待の相談件数は2489件であり、前年度より696件増加し、6年連続で過去最多を更新した。厚生労働省が発表したデータでは、虐待者としては母親が多く、虐待死は0歳児にもっとも多い。周産期における妊産婦の不安や抑うつは母と子供のボンディング形成に影響を与える1)。ボンディングに問題がある母親は子供との相互作用が不安定になり2)、妊娠期間中の胎児へのボンディングの障害は生後の子供の発達に影響を与えることが報告されている3)。これらのことから妊産婦のメンタルヘルスを維持することは、虐待予防や子供の発達にとって極めて重要であるといえる。
そこで、母児のメンタルヘルス向上対策の礎を築くことを目的として、周産期の女性を対象に、さまざまな精神医学及び産科学的因子に関連するデータを大規模に収集し、それぞれの因子間の因果関係を同定する本研究を行った。
方法
本研究は新潟県内全域の34産科医療機関の協力を得て行われ、以下の①~⑤の自己記入式評価尺度を使用した。
① Hospital Anxiety and Depression Scale (HADS):不安と抑うつを評価
② Mother-to-Infant Bonding Scale (MIBS):子との間の情緒的結びつきを評価
③ Autism-Spectrum Quotient(AQ):妊産婦自身の発達特性を評価
④ Parental Bonding Instrument(PBI):思春期以前に両親から受けた養育体験を評価
⑤ Relationship Questionnaire(RQ):パートナーとの関係性を評価
①と②はT1:妊娠前期(妊娠12~15週)、T2:妊娠後期(妊娠30~34週)、T3:産後(1ヶ月)の計3回、③~⑤は研究参加時に1回、回答を得た。同時に、分娩歴、妊娠方法、分娩方法、児への栄養方法などの産科学的情報を収集した。
倫理的配慮
本研究は新潟大学倫理審査委員会および産科医療機関の倫理委員会の承認を得ており、また研究参加者には書面にて同意を得て行った。
結果および考察
非常に多くの妊産婦さんにご協力頂き、上記目的に即して複数の論文発表を行ってきた4~12)。紙面の都合上、周産期のメンタルヘルスで最も重要な産後の抑うつ、不安およびボンディングに絞って研究結果を示す。
産後うつ病のスクリーニングはエジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale:EPDS)が使用されるのが一般的である。EPDSは比較的抑うつに特化した質問票であるため、周産期の不安の評価にはあまり適していないと考えられる。そこで我々は抑うつと不安をバランス良く評価できるHADSを使用した。図1に産後の2692名のHADSデータを示す。HADSの抑うつ(HADS-D)と不安(HADS-A)のカットオフ値(ともに10/11点)を超えたのは、それぞれ336名(12.5%)と288名(10.7%)であった。本研究では精神科診断面接は行っていないが、この結果からは産後のうつ病や不安症の有病率は比較的高いことが予想される。
次にボンディングの指標であるMIBSの結果を示す(図2)。MIBSは「赤ちゃんへの気持ち質問票」として日本全国で日常的に使用されているが、そのカットオフ値は明らかにされていなかった。我々は、Two-Stepクラスター分析およびReceiver Operating Characteristic分析により、産後のMIBSのカットオフ値は2/3点が最適である可能性を報告した4)。そのカットオフ値を超えたのは2692名中883名(32.8%)であった。ボンディングの問題は周産期うつ病や児への虐待との関連が指摘されており、ボンディングの問題を有する女性への早期介入はきわめて重要であると考えられる。
産後の抑うつがボンディングの問題と関連することは多くの先行研究で示されてきたが、不安や分娩歴との関連についての報告は殆ど存在しない。そこで我々は、産後のボンディングに、抑うつや不安、分娩歴がどのように影響しているかを検討した。その結果、MIBS得点、HADS-A得点およびHADS-D得点のいずれも初産婦が経産婦に比し有意に高かった(2.89 ± 2.68 vs 1.60 ± 2.11; 6.55 ± 4.06 vs 4.63 ± 3.41; 6.56 ± 3.43 vs 5.98 ± 3.20)5)。ステップワイズ法を用いた重回帰分析により、HADS-D(標準化回帰係数 = 0.454)、HADS-A(同 = 0.359)、分娩歴(同=−0.252)がMIBS得点と有意に関連していた5)。
上記の結果からは、産後の不安・抑うつと初産婦であることが産後のボンディングに影響することを示唆されるが、相関を示しているのみであり、因果関係を推定するには共分散構造分析を行う必要がある。また、母乳栄養方法(完全母乳栄養、混合栄養)が産後女性のメンタルヘルスに与える影響、およびメンタルヘルスが母乳栄養方法に与える影響を同時に検討した。共分散構造分析の結果、分娩歴、不安、抑うつはボンディング(愛情の欠如、怒りと拒絶)に影響を及ぼすことが示された(図3)6)。一方、母乳栄養方法は、不安、抑うつ、ボンディングに有意な影響は与えておらず、不安から母乳栄養方法(混合栄養)への影響が認められた6)。完全母乳栄養でないことが、子供への愛着形成を含む産後女性のメンタルヘルスに悪い影響を及ぼすという考えもあり、母親本人が自責感を覚えることもあり得る。本研究結果を示すことで、そのように心配している女性へ安心を与えられる可能性がある。不安の高さと完全母乳栄養の中断との関連を示した先行研究が複数あるが、今後、オキシトシンなどの生物学的因子を考慮したさらなる研究が必要である。
本研究においては、これまでの周産期メンタルヘルス研究では殆ど検討されたことのない「自閉スペクトラム症に認められる認知的・行動的特徴(発達特性)」にも注目した。図4にAQ得点分布を示す。カットオフ値32/33点を超えたのは2692名中44名(1.6%)であった。ほとんどの対象が定型発達と考えられるが、その中でも得点分布にばらつきを認めるため、産後女性においても発達特性の個人差が大きいと考えられた。そこで産後女性における発達特性が、不安、抑うつおよびボンディングに及ぼす影響を明らかにするため共分散構造分析を行った(図5)。AQサブスケールの社会的スキル、注意の切り替え、コミュニケーション、想像力の高い得点(特性の強さ)は、産後の抑うつの高さと関連していた7)。社会的スキル、注意の切り替え、細部への注目、コミュニケーションの高い得点は、産後の不安の高さと関連していた7)。社会的スキルと想像力の高い得点は、産後のボンディングの悪さと関連していた7)。一方、細部への注目の高い得点は、産後の良好なボンディングと関連していた7)。発達特性は、産後の抑うつと不安にはある程度の影響を与えるものの、ボンディングへの影響はかなり少ないことが示唆された。
結語
産後1ヶ月の時点で約1割の女性がHADS-DやHADS-Aのカットオフ値を超えていることが明らかとなった。その中には精神科治療が必要なケースが含まれていると思われるが、精神科受診へのハードルは高いことから、オンラインによる精神科診断面接の導入について検討を進めている。また、発達特性も産後の不安、抑うつ、ボンディングに影響を及ぼすことから、妊産婦の発達特性を考慮した支援方法の確立を今後目指していきたい。
謝辞
本研究にご協力頂いた妊産婦の皆様、多くのご指導ご協力を賜りました全ての産科関連施設および新潟大学医学部産科婦人科学教室に感謝いたします。本研究は令和2年から令和5年度新潟市医師会地域医療助成金(支援番号GC03120203)の支援を受けて実施いたしました。本研究を採択いただけたことで、新潟県内における周産期女性のメンタルヘルスに影響を与える因子について検討することができましたことに心より御礼申し上げます。
引用文献
1 )Dubber S, Reck C, Müller M, Gawlik S. Postpartum bonding: the role of perinatal depression, anxiety and maternal-fetal bonding during pregnancy. Arch Womens Ment Health. 2015 Apr;18(2):187-195. doi: 10.1007/s00737-014-0445-4. Epub 2014 Aug 5. PMID: 25088531.
2 )Hornstein C., Trautmann-Villalba P., Hohm E., Rave E., Wortmann-Fleischer S., Schwarz M. Maternal bond and mother–child interaction in severe postpartum psychiatric disorders: Is there a link? Arch. Women’s Ment. Health. 2006;9:279–284. doi: 10.1007/s00737-006-0148-6.
3 )Alhusen JL, Hayat MJ, Gross D. A longitudinal study of maternal attachment and infant developmental outcomes. Arch Womens Ment Health. 2013 Dec;16(6):521-9. doi: 10.1007/s00737-013-0357-8. Epub 2013 Jun 5. PMID: 23737011; PMCID: PMC3796052.
4 )Hashijiri K, Watanabe Y, Fukui N, Motegi T, Ogawa M, Egawa J, Enomoto T, Someya T. Identification of Bonding Difficulties in the Peripartum Period Using the Mother-to-Infant Bonding Scale-Japanese Version and Its Tentative Cutoff Points. Neuropsychiatr Dis Treat. 2021 Nov 20;17:3407-3413. doi: 10.2147/NDT.S336819. PMID: 34848961; PMCID: PMC8616728.
5 )Motegi T, Watanabe Y, Fukui N, Ogawa M, Hashijiri K, Tsuboya R, Sugai T, Egawa J, Araki R, Haino K, Yamaguchi M, Nishijima K, Enomoto T, Someya T. Depression, Anxiety and Primiparity are Negatively Associated with Mother-Infant Bonding in Japanese Mothers. Neuropsychiatr Dis Treat. 2020 Dec 14;16:3117-3122. doi: 10.2147/NDT.S287036. PMID: 33364763; PMCID: PMC7751780.
6 )Fukui N, Motegi T, Watanabe Y, Hashijiri K, Tsuboya R, Ogawa M, Sugai T, Egawa J, Enomoto T, Someya T. Exclusive Breastfeeding Is Not Associated with Maternal-Infant Bonding in Early Postpartum, Considering Depression, Anxiety, and Parity. Nutrients. 2021 Apr 2;13(4):1184. doi: 10.3390/nu13041184. PMID: 33918430; PMCID: PMC8066877.
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8 )Ogawa M, Watanabe Y, Motegi T, Fukui N, Hashijiri K, Tsuboya R, Sugai T, Egawa J, Araki R, Haino K, Yamaguchi M, Nishijima K, Enomoto T, Someya T. Factor Structure and Measurement Invariance of the Hospital Anxiety and Depression Scale Across the Peripartum Period Among Pregnant Japanese Women. Neuropsychiatr Dis Treat. 2021 Jan 26;17:221-227. doi: 10.2147/NDT.S294918. PMID: 33531811; PMCID: PMC7847374.
9 )Fukui N, Motegi T, Watanabe Y, Hashijiri K, Tsuboya R, Ogawa M, Sugai T, Egawa J, Enomoto T, Someya T. Perceived parenting before adolescence and parity have direct and indirect effects via depression and anxiety on maternal-infant bonding in the perinatal period. Psychiatry Clin Neurosci. 2021 Oct;75(10):312-317. doi: 10.1111/pcn.
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12)Zain E, Fukui N, Watanabe Y, Hashijiri K, Motegi T, Ogawa M, Egawa J, Nishijima K, Someya T. The three-factor structure of the Autism-Spectrum Quotient Japanese version in pregnant women. Front Psychiatry 2023 Oct 31;14:1275043. doi: 10.3389/fpsyt.2023.1275043. PMID: 38025415; PMCID: PMC10644054.
図1 産後1ヶ月におけるHADSの抑うつ(左)と不安(右)の得点分布
注:矢印はカットオフ
図2 産後1ヶ月におけるMIBSの得点分布
注:矢印はカットオフ
図3 産後1ヶ月における母乳栄養(完全母乳栄養/混合栄養)、分娩歴(初産/経産)、不安、抑うつ、ボンディング(愛情の欠如/怒りと拒絶)間の共分散構造分析による因果関係の推定
注:実線の矢印は有意差を示した因果関係【文献6より改変引用】
図4 妊産婦におけるAQの得点分布
注:矢印はカットオフ
図5 産後1ヶ月における発達特性(AQ下位項目)、分娩歴(初産/経産)、不安、抑うつ、ボンディング(愛情の欠如/怒りと拒絶)間の共分散構造分析による因果関係の推定【文献7より改変引用】
(令和6年6月号)