新潟県立がんセンター新潟病院 緩和ケア内科
本間 英之、中島 真人、太田 久幸、生駒 美穂
はじめに
1)緩和ケアの定義
「緩和ケア」とは、WHO(世界保健機関)が2002年に発表した「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し適確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」と定義されることが多い1)。重要な定義ではあるが、やや抽象的な文章であることは否めない。
上記の定義文は、他に実践に関する表1の内容が述べられており、現在のWHOウエブサイトでは以下の記述もある2)。例えば「チームアプローチで患者とその介護者をサポートする。これには、現実的なニーズへの対応や死別カウンセリングの提供などが含まれる」「個人の特定のニーズや嗜好に特別な注意を払う、個人中心の統合的な医療サービスを通じて提供されるべきである」「様々な疾患に対して必要とされる。緩和ケアを必要とする成人の大多数は、心血管疾患(38.5%)、がん(34%)、慢性呼吸器疾患(10.3%)、エイズ(5.7%)、糖尿病(4.6%)などの慢性疾患を患っている。その他、腎不全、慢性肝疾患、多発性硬化症、パーキンソン病、関節リウマチ、神経疾患、認知症、先天異常、薬剤耐性結核など、多くの疾患が緩和ケアを必要とする可能性がある」などである。現在のケア方針が適切なのか、立ち戻って考える基準として緩和ケアの定義がある。繰り返し立ち戻りつつも、時代とともに変化していく基準点と考えられる。
2)難治性の苦痛とは
難治性の定義は疾患や領域ごとに変化する。例えば難病情報センター用語集の「治療抵抗性」では、「標準的な治療を一定期間行っても、病気が改善しないこと。難治性とほぼ同義」とされる。一方で緩和ケアにおける難治性とは、対象疾患の殆どが治療抵抗性≒難治性であり、治癒困難性だけで定義できるものではない。
筆者らはがんセンターに所属しており、医療技術の進歩に伴う患者・家族の「がんの治癒」に対する強い期待と、それが叶わなかったときの落胆が、医療者とは大きく乖離することをよく観察する。また治癒を究極の目標として高度細分化した専門医療に従事する医療者においても、治癒以外の転帰は自己の存在意義を揺るがす現実であり、落胆や虚無感、時にニヒリズムに近い感情を持ってもやむを得ないと想像される。
同様の傾向は、緩和ケア領域においても認められる。非専門家によって一般診療の場で提供される緩和ケア(例:オピオイド導入や、障害に至らない不安・抑うつ気分の対応など)、いわゆる一次緩和ケアは、緩和ケアの普及や研修会・成書やオンライン資料の充実により、年々その水準は向上している。その反面、治癒を目標とした医療に習熟した誠意ある医療者ほど、ケア目標を身体・精神・心理・スピリチュアルな苦痛の完全緩和に置きやすく、改善困難な現実に遭遇した際に医療者が認識する難治性苦痛に発展しやすい、と観察される。
緩和ケアにおける難治性は、疾患の重篤度など患者・家族側の因子のみではなく、医療者自身の価値観や死生観に大きく影響される点が重要と思われる。
「痛み」が良くならないとき
ここでは主に悪性疾患に伴う疼痛を対象とする。一般に知られているように、がん性疼痛に対してはオピオイドが重要な治療薬である。がん診療においては、オピオイドの導入時や副作用対策、そして増量でも反応に乏しいときが課題となる。本稿では、オピオイドの増量にもかかわらずがん性疼痛の改善が不十分な場合に焦点を当てる。がん性疼痛の改善が困難な場合、緩和ケア医が考慮すべき点は以下の3つである。
1)痛みの原因はなにか?
問題になっている疼痛を、改めて検討・分析する。がん性疼痛は浸潤・転移による組織破壊に伴う内臓痛や体性痛などの侵害受容性疼痛、神経組織の可逆的/不可逆的な障害による神経障害性疼痛に大まかに分類される。報告によれば、がん患者の疼痛は体性痛が7割、神経障害性疼痛が4割、内臓痛が3割と重複した要素が多いとされる。しかし臨床では、これら疾患による疼痛に加えて、手術や抗がん剤投与など治療に伴う神経障害・皮膚や粘膜障害、るい痩や悪液質に伴う廃用性疼痛などの痛みが影響することが多い。患者や家族だけではなく、医療者も「がんがあるから、痛いのは当たり前」という感覚を持ちやすいが、疼痛が長期化することで慢性疼痛に移行し、抑うつや無力感、社会生活への支障、さらには積極的抗がん治療そのものへの悪影響に至ることもある。痛みの包括的評価の項目例を、表2にまとめる3)。
2)新規病変やトラブルが起きていないか?
前項とも関連するが、積極的抗がん治療後に新規の疼痛が発生しても、精査しないまま疾患の進行に伴う疼痛と診断される場合がある。全身状態を考え侵襲的検査に耐えられない場合が有ることはあり得ることだが、一方で腫瘍出血や感染、消化管穿孔、病的骨折などのOncologic emergencyが潜んでいる可能性もあり、病状にあった緊急治療や十分な鎮痛を要する場合もある。
またこのような疼痛は、オピオイド増量の効果以上に眠気などの副作用が強いことを多く経験する。当院ではオピオイド以外に原因病態に応じて、リハビリテーションや緩和的放射線照射、Interventional Radiology:IVRや神経ブロックなどの方法を各専門科に依頼、鎮痛に関しても集学的・学際的アプローチを取る。効果の最適化と副作用の最小化を目指して、これらの方法をオピオイドと適切に組み合わせる有用性が期待できる。
3)「痛み」以外の要素の影響はありえるか?
患者の痛みの表現は種々様々であり、明確な局在が再現性をもって「痛い」とする場合も多いが、一方で「なんとなくここら辺が重苦しい」「腹が張って苦しい」など局在が不明だったり、広範過ぎたりと原因検索と対応に苦慮する場合もある。原因の一つとして、「痛み」の表現が、医療者が疼痛を想定しにくい咳嗽や腹水による腹満、不眠や倦怠感、せん妄などの影響を受けていることを挙げたい。特に筆者らの経験では、苦痛を痛みに準じた方言(「なんぎ」「やめる」など)で患者が表現した場合、がん性疼痛がその他の身体・精神症状から強く影響されていることが多いと感じている。
本稿では特に診断と治療に難渋しやすい、せん妄を合併した疼痛について当科の実践を述べる。臨死期や認知症/脳血管障害の既往、重症臓器不全合併のがん患者ではせん妄はほぼ必発であり、認知機能の日内・日間変動の大きさから疼痛の評価が困難な場合が多い。このような場合に、せん妄の改善が期待できる場合は原因病態の治療を優先する。一方でせん妄治療の効果が期待できないような重症の臓器不全を合併しているような場合、痛みがある前提で両方の症状がある程度コントロールできるということを目標にする。鎮痛薬に加えて、せん妄が回復できるような場合に比べて必然的に抗精神病薬や時にベンゾジアゼピン系薬剤の併用が増えるが、あくまで痛みがあるという前提を忘れてはならない。疼痛はせん妄の最強増悪因子であり、充分な鎮痛なくして改善はありえない。基本的な治療方針を表3に示す4)。
「病状の受け入れ」が良くならないとき
そもそも病状受け入れが良くないと医療者が感じるときは、患者の認識する病状が客観的(と医療者が認識する)な病状と乖離していることが多い。そのような患者に対し、緩和ケアを提供する医療者として適切な対応は、どのような行動や態度なのだろうか。
一概に解決策は存在するわけではないが、ここでは表4に適切と思われる対策をまとめる。特に本稿ではコミュニケーションを取り上げたい。
病状の受け入れが良くないときのコミュニケーションで、優先すべきは医療者の傾聴である。しかし、ここで言う傾聴は患者と家族の話を単に聞き続けることではない。患者の発言に受容的に接しつつも、必要に応じ不明な点を質問し、社会的許容性・適応性・解決性の3つの視点で評価を行いながら共有する対話である5)。受け入れが良くない原因を、誰がどんな説明を行い、患者や家族がどう理解したから(あるいは理解しなかったから)こんなことになった、という追及は解決意義として小さい。あくまで、患者と家族が見ている世界に焦点をあて、その内容を理解したいという姿勢が重要である。
許容性が低く、不適応性が高い例として、明らかに医学的適応外であるにも関わらず抗がん化学療法を希望する場合を挙げる。「死んでもいいので、抗がん剤の治療をしたい」と訴えるような場合、緩和ケア的対応としてなぜ患者がその考えに至ったか、に注目した対話を勧めたい。経験した例では、抗がん治療が無効だからと治療中止を推奨された患者が、緩和ケア科受診の際に抗がん剤をしないとさらにがんが広がると考えていたり、今後の受診を断られると考えていたりして、治療継続を切望していたケースがあった。
このような場合でも、医療者が考える客観的事実を説明して、すぐに患者と家族の世界が変化する事は少ない。基本的に患者が見えている世界は、患者や家族だけで構築されることは少なく、知人・友人の情報、マスコミやインターネットの情報、信念や従来行ってきた問題解決手法などあらゆる因子が影響している。がんの診断を伝えられた患者は、提供された医療情報を1.5~2日後で60%程度、4~20日後には20%程度しか想起できないとする研究もある6、7)。だとすれば、患者と家族の見えている世界に大きな影響を与えるのは、長い治療経過の中で積み重なった医療者の発言や表情、態度やコミュニケーションなども大きいと思われる。
以下に、病状の受け入れが良くないときの情報提供・心理的サポートの緩和ケアでの当科の実践を述べる。
1)見えている世界を否定しない
例えば「抗がん剤をしないと、もっと具合が悪くなるのでしょう?」という質問に、「抗がん剤ができる体調になれるよう、一緒に頑張ります」と声をかける、「抗がん剤をしないと寿命が縮まるのでしょう?」と言う患者に対し、「寿命が全うできるように、治療を約束します」と回答する、などである。医学用語を使わず平易な言葉を用いて病状を正確に伝えることは困難であるが、何気ない専門用語の使用が患者と家族には医療職の権威付けや非日常性の強要、さらには患者と家族の疎外感を誘う結果になりかねず、細心の注意を払っている。
2)世界観に色を加える
抗がん治療を専門とする医療者と患者のコミュニケーションを観察してきた経験から、「治療効果がないので中止する」「延命効果に関して積極的治療は無意味である」といった、医療統計学に基づいた説明によって、医師の考える客観的事実を患者が理解するのは困難と考えている。さらには、このような説明直後に「家族との時間を大切にしてください」「残された時間を大切にしてください」といった思いやりの一言を加えることは、状況と患者の心理状態によっては、発言した医療者の意図と全く逆に医師の不誠実さや見捨てられ感を想起させることがあることも、緩和ケア医として経験している。
緩和ケア医としても、厳しい現実は冷静かつ正確に伝えなければいけないが、不安や恐怖に陥っている患者の世界観に事実と同時に違う色を加えるイメージで次のように対応している。言葉がけの例としては、先に挙げた抗がん剤の継続使用を希望する患者に対し「抗がん剤は自宅から病院に通える程度の体力が無いと、効果が出るまで続けることさえ難しいことが、この何十年の積み重ねで分かってきました。いまは体力の回復を優先しましょう」だったり、治療中止で寿命が短くなることが不安な患者には「抗がん剤以外の治療も、寿命を延ばすのには重要です」のように説明したりする。また緩和ケア医もその内容について、現存するevidenceとその限界を十分に理解して説明しないと、ただでさえ医療者の言動に敏感になっている患者と家族に「治療断念を説得するための説得」と不信感を持たれる事があり、細心の注意を払っている。
3)世界を構築する要素への配慮
見えている世界を患者が一人で構築する訳ではなく、主治医−患者関係、家族・友人など身近な存在、主治医以外の医師・看護師・薬剤師・リハビリ技師など多くの対人関係の影響を受ける。病状認識には難解な内容よりも、得やすい情報の方が判断に影響を及ぼしやすい(可用性バイアス)ことが行動経済学的にも指摘されているところでもあり、臨床現場でもよく経験する。
従って、患者に近しい存在、多くは家族(血縁・姻戚・生物学的性別に関係なく患者が指定する「家族」)や主治医以外の患者に関わる医療者が、どのように疾患を認識しているかも重要になる。患者・家族間でも、重要な病状認識が乖離していることをよく経験する。家族だけの面接も「いつどうなってもおかしくないですから、覚悟してください」といったパターナリスティックな説明だけではなく、敢えて患者と分離して「家族として、どのように病態を捉えているか」について対話し共有することが、特に病状の受け入れが不良の時には重要と思われる。当然、影響を与えやすい医療者間では、綿密な認識の共有を行うことは重要と思われる。
終わりに
「痛みがよくならないとき」「病状の受け入れが良くならないとき」について、筆者らの実践を述べた。結びの言葉として、筆者の研究指導教官から受けた助言を挙げる。「おまえの言っていることは、ほんとに当たり前のことだけだ。当たり前すぎるから、ほんとに大事なことだ」。緩和ケアの本質を突いた一言と思われる。読者の皆様にも、当たり前なことに長舌を振るった愚をお詫びして稿を終えたい。
令和5年9月15日(金)
新潟市医師会在宅医療講座にて講演
参考文献
1)大坂 巌,渡邊 清高,志真 泰夫,他.わが国におけるWHO緩和ケア定義の定訳─デルファイ法を用いた緩和ケア関連18団体による共同作成─.Palliative Care Res 2019; 14: 61-6.
2)Palliative care, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/palliative-care, 2020/8/5 ed. 2024/1/30 access, World Health Organization, 2020.
3)日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会(編).痛みの包括的評価.がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版.金原出版,東京,2020; 34-8.
4)森田 達也.【”痛み せん妄”を何とかする!】(第1章)痛み せん妄への考え方と方法「痛み せん妄」の緩和治療 基本的な考え方.緩和ケア 2020; 30: 172-6.
5)白井由紀.コミュニケーション.専門家を目指す人のための緩和医療学(改訂第2版).日本緩和医療学会(編).南江堂,東京,2019; 382-9.
6)Nguyen M. H., Smets E. M. A., Bol N., et al. Fear and forget: how anxiety impacts information recall in newly diagnosed cancer patients visiting a fast-track clinic. Acta Oncol 2019; 58: 182-8.
7)Dunn S. M., Butow P. N., Tattersall M. H., et al. General information tapes inhibit recall of the cancer consultation. J Clin Oncol 1993; 11: 2279-85.
表1 緩和ケアの定義(世界保健機関 2002年)
表2 痛みの包括的評価の項目例
表3 せん妄を合併した疼痛の治療方針
表4 医療者・患者の病状認識が乖離する場合の支援例
(令和6年7月号)