新潟大学医学部医学科 医学教育学分野 教授
岡崎 史子
去る2023年12月18日に市医師会にて表記の題でお話しする機会をいただき、今回このような形で講演内容をまとめさせていただくことになった。今後の医師支援についての参考にしていただければ幸いである。
1.慈恵医大女性医師キャリア支援室での活動について
2008年、当時私が勤務していた慈恵医大附属病院に病院長直属の女性医師キャリア支援室が設置されることになった。新卒の女性医師が増加していたが、慈恵医大病院では雇用されている女性医師のうち約3割は休職しており、その休職理由のほとんどは育児であった。出産を機に休職し、復職できないまま何年も過ぎてしまう、そのような状況に危機感を覚えた病院が、子育てしながら大学病院勤務を続ける数名の女性医師を集めて、どうやったら大学病院での勤務を女性医師が続けられるのか、策を練るように指示したのである。私を含め5名の女性医師が毎月集まっては会議をし、以下の活動を行ってきた。
(1)女性医師支援の施策
①短時間勤務制度の設計
人事課に確認すると妊娠中や子供が1歳になるまでは、時間外勤務は免除されるなど様々な支援策がすでにあることがわかった。しかし診療科の限られた人員の中で、そのような働き方をすると他の医師に迷惑になるからと制度を使わないまま、真面目な女性医師は辞めてしまっていた。
そこで、短時間勤務制度設計にあたり、育児支援で時短勤務となる医師は診療科有給枠外で雇用されるようにした。期間に関しては「小1の壁」つまり学童にいれるかどうかで悩む女性医師がいることを見据えて、子供が小学校4年生になるまで使えるようにした(図1)。この制度を使用した医師はこれまで300名弱で、今現在も約80人がこの制度を使用している。アルバイトを禁止にしたのは、常勤の身分を維持したまま休んでアルバイトされては、まじめに勤務している医師のモチベーションが下がると懸念されたからだ。支援されない人とのバランスには十分配慮した。
②病児保育室の設置
病院と交渉の末、病児保育室が設置された。医師のみの事前登録制で、前日の夜に予約でき、朝8時に小児科の当直医の診察を受けて保育室が利用できる。食事は利用者が用意し、利用料金は無料、1日3名までとなっている。小児科病棟の保育士を1名病児保育室に連れてくるということで運用された。つまり、お金をかけずに運営できたことが設置許可につながったと思われる。一方で、院内保育室はいろいろ交渉したが、残念ながらいまだに設置されていない。
(2)教育・啓発活動
アンケート調査1)2)3)の他、以下のような取り組みを行った。
①医学科3年生への男女共同参画の授業
男女共同参画について医学生にどう教育するか試行錯誤であったが、そのころ秋田大学で熱心に活動していた蓮沼直子先生(現広島大学教授)の授業で事例検討をしているのを見せていただき(図2)、慈恵医大でも導入した。事例検討で面白いのは、男子学生と女子学生で視点が全く違うことで、お互いそれに気づくことに非常に意味があると感じられた。
最近では「僕が専業主夫になって奥さんを支えます」という男子学生が現れるようになった。高等学校学習指導要領には2009年「男女が共同して社会に参画することの重要性に触れること」などの告示が出ており、中高の教育も大きく変わっている。大学もそれを踏まえた教育をする必要があると感じた。
②交流会の実施
年に1回、女子学生、女性医師の交流会を企画していた。大学以外に産業医、保健所長、開業医、様々なOGをお招きして、いろんなキャリアがあることを示した。また育児休職中の女性医師をお子さんと共にお招きしてお茶会も実施し、望むキャリアの継続のためにはどうしたらよいか、考えるきっかけにしていただいた。
③総括医長(医局長)面談
全診療科の総括医長をお訪ねし、女性医師支援の制度紹介、法令遵守されているかの確認、その医局が働きやすそうかどうか、様々な質問で判断した。総括医長を定期的に巡回しているうちに、「他の科ではこういうときどうしているのか」という質問もいただけるようになってきた。そうなると、他科の取り組みの情報提供もできるようになり、組織としての教室の支援ができるようになってくる。非常に有効な活動であった。
(3)個人の直接支援
慈恵医大の女性医師キャリア支援室は医師人事室の中に設置されていた。つまり、誰が支援の対象なのかがすぐわかり、個人支援につなげやすかった。時短制度利用の申請があれば個人面談することになっており、産休に入る前に復職までの道のりが可視化されるように支援した。また、学会の参加など促して復職へのハードルが高くならないような工夫もお伝えするようにした。
2.10年以上の活動を経てわかったこと
このような活動をしてきて、私はいくつかのことに気づいた。
(1)交流会、セミナーは人が集まりにくい
交流会やセミナーはやれば楽しく実りもあるが、人集めが大変であった。情報はいたるところにあるのでわざわざ来ない。結局近年は交流会やセミナーは開催しなくなっていった。
(2)組織の働きやすさは教授と総括医長で決まる
総括医長面談をする中で、女性医師が働きやすい職場は男性医師も働きやすく、入局者も多いので活気があるということに気づいた。結局は上司や同僚の理解とサポートがとても大事で、男女ともワーク・ライフ・バランスを大事にできる組織かどうかが教室繁栄のカギと感じた。
(3)休職者の復職より、細く長くの勤務支援が有効
計画なく休職してしまうと復職はなかなか大変だった。子育ては果てしなく、家庭の仕事も際限はない。休職する際には復職までの工程を決めておく必要があり、休職期間であってもなるべく自己研鑽を続けるように支援することも非常に重要であると感じた。
(4)復職支援は個別性が高い
復職支援はお子さんの状況、家庭の状況、休職期間、キャリアの希望などにより様々である。20年以上休職されていた医師には大学病院でどのように再教育できるのか考え、臨床研修をしないまま卒後10年経った医師には、最終的に産業医を勧めた。大学病院にどうやって女性医師を留めておくかを考える部署ではあったが、幸せに仕事するにはどうしたらよいかに正解はないと実感した。
(5)制度も一長一短
時短制度を作った当初はそれまで休職するしかなかった医師が働き続けることができるのを見て、本当によかったと思っていた。しかし、この制度はお子さんが小学校4年生になると使えない。常勤に復帰できず辞めてしまう医師が少なからず発生した。逆に、本当はもうフルタイムで復帰したいのに、教室としては有給定員外の女性医師が便利で、教室の都合で時短制度を継続して使ってる医師も一定数存在していた。それではキャリア支援にはならない、そういうための制度として作ったわけではない、という忸怩たる思いがあった。できた制度の運用も、難しい問題であると認識した。
(6)支援されない医師とのバランスの重要性
育児に焦点を当てて支援すると、結婚していない医師、結婚しているが子供のいない医師、子供がほしい妊活中の医師、そういう医師は支援の対象外となる。不公平ではないか、という空気が漂う。教室内でうまくやっていただくしかないが、教室間のバランスは取れない。なかなか難しい問題であった。
3.これからの支援のあり方 ─ 誰のために何を支援するのか ─
2020年3月で慈恵医大の女性医師キャリア支援室は発展的に解消され、医師キャリア支援室という名称で法人本部の組織となり、働き方改革を含めて様々な支援を検討する部署になった。
組織はミッションが重要である。私が取り組んでいた女性医師支援は、慈恵医大病院でいかに女性医師に勤務を継続していただくかがミッションであった。これをお読みの皆さんもそれぞれの場所で女性医師支援をしているかもしれないが、何のための支援なのかはっきりさせておく必要がある。女性医師支援という言葉は非常にあいまいなものである。
そして、時代は大きく変わろうとしている。2024年4月からの働き方改革では誰もが17時帰宅を目指さねばならない。そうなれば男女問わず、働き方支援は考えなくてもよいはずである。ある病院ではすでに医師の3交代制が始まっている。ある病院では男女問わず理由問わず、週3日勤務でも常勤扱いだと聞く。これからは病院の事情に個人が合わせて働くのではなくて、個人のワーク・ライフ・バランスに合わせた働き方を、病院がどうマネジメントするかという時代になったのではないか。つまり、図3の左、A医師、B医師に対して黒い部分を支援するのではなく、図の右、週3日働きたいB医師と、週2日働きたいE医師を組み合わせる、そのように医師個人の人生を大事にしながら、病院としての機能をどう維持するかを考える時代になったのではないかと感じている。
かつての女性医師は家庭か仕事かの二者択一であった。その後の女性医師は出産を機に一旦キャリアは中断し、落ち着いたらクリニックや産業医、一般病院で働くという方が多かったように思う。最近の女性医師は、産休、育休もしっかりとりながら、大学病院などでの勤務に復職していくことが当たり前になりつつある。そして次の時代として、男女問わずの多様な働き方を容認していく時代が来ている。幸せに仕事ができる職場には人が集まる。人が集まればそれぞれの負担は減り、活気が出てさらに人が集まる。新潟は確かに医師不足だと思うが、だからこそあえて多様な働き方を積極的に認めていけば、医師が集まり、よりよい状況になるに違いないと私は確信している。本稿では私の個人的な女性医師支援に関する歩みから、これからの時代にあった医師支援のあり方について私見を述べさせていただいた。少しでもご参考になれば幸いである。
参考文献
1)川瀬和美,岡崎史子,他.医学部卒業後の女性医師の進路 ─ 東京慈恵会医科大学女性卒業生へのアンケート結果から─.東京慈恵会医科大学雑誌. 2011 Jul; 126(4): 163-168.
2)川瀬和美,岡崎史子,他.大学病院常勤女性医師のキャリアおよび女性医師支援に対する意識について─ 東京慈恵会医科大学常勤女性医師アンケート結果から─.東京慈恵会医科大学雑誌. 2013 Jul; 128(4): 135-141.
3)本田真理子,関正康,岡崎史子,他.アンケート調査結果からみた女性医師のキャリアプランおよびワークライフバランスの現状と課題.東京慈恵会医科大学雑誌. 2022 Sep; 137(5): 105-111.
図1 東京慈恵会医科大学附属病院短時間勤務制度の概要(平成20年5月1日制定)
図2 男女共同参画授業 シナリオ例
図3 支援とマネジメント
(令和6年8月号)