我妻 奎太1)2)
1)新潟大学大学院医歯学総合研究科 国際保健学分野
2)日本学術振興会
はじめに
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2; SARS-CoV-2)が引き起こした新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019;COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)は、公衆衛生に対する前例のない脅威となっており、医療システムや経済に大きな負担を生み出し続けている1)。日本の地方中核都市である新潟市も例外ではなく、2020年2月29日に初の感染者確認以降、スポーツ活動を介したクラスター(小規模な集団発生)が発生し、その後、全国的なCOVID-19の流行に呼応して、大規模なメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン接種が行われているものの、2024年4月現在までに複数の流行波を経験しており、地域医療に大きな負荷を与えている。この様な背景の中で、今後、新潟市における中長期的なCOVID-19対策や新たな新興感染症(emerging infectious diseases)の発生に備えた迅速な対応が必要であることを考慮すれば、これまでの流行状況を緻密に把握し、予防対策のために役立てる取り組みが必要不可欠であると考えられる。そこで、新潟市医師会に助成を受け、本課題の一連の研究では、①新潟市で発生した流行初期のクラスターにおけるゲノム疫学解析を行い、更には、②新潟市の高齢者施設で、最初に発生した大規模なクラスターの血清疫学調査を行うことで、流行に関与する共通因子を探り、感染対策上重要なハイリスク因子の特定を行った。加えて、③当該高齢者施設におけるmRNAワクチン接種後の抗体価反応に関する追跡調査を実施し、今後重要となるmRNAワクチンの免疫原性やブースター効果の評価も実施した。特に本課題の一連の研究では、保健所などの行政機関と共に、疫学・ウイルス学の両側面から包括的に感染状況を緻密に精査することに、独自性があり、同時にほとんど報告が無い日本の地域コミュニティでの流行動態を分析することで、今後の新潟市におけるCOVID-19の対策の方針決定に大きく貢献できる可能性があった。
対象と方法
本課題は、①新潟市におけるCOVID-19流行初期のクラスター発生要因の解明、②新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19の血清疫学調査、③新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19のワクチンの抗体価反応調査の3つの研究から成る。各項目に対する具体的な詳細を以下に提示する。
①新潟市におけるCOVID-19流行初期のクラスター発生要因の解明
新潟市保健所が積極的疫学調査で収集したCOVID-19に罹患した63症例の臨床データを用いて、疫学的特徴、クラスター発生連鎖の要因、ウイルス量の経時的変化の解析を実施した。加えて、SARS-CoV-2のウイルス遺伝子全長配列を用いて、ウイルス株同士の近縁性を示すネットワーク解析、時空間的な感染症の広がりを示す系統地理学解析を併用することで、新潟市の流行初期における流入経路について推定を行った。
②新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19の血清疫学調査
新潟市内で2020年11月にCOVID-19のクラスターが発生した、高齢者施設の入居者及び職員(医師、看護師、介護士、事務職など)を対象に、インフォームドコンセントを得た後に、1回目:2021年4月(クラスター発生後約半年後であり、ワクチン接種前)の採血を実施した。採血の際に、年齢、性別、基礎疾患、mRNAワクチン接種の有無などを聴取した。なお、RT-PCRの検査結果や患者転帰は、新潟市保健所から情報を得た。採取された血清検体を対象に、以下に示す2つの抗体価測定法(CLIA法―アボットとELISA法―デンカ)を用いてSARS-CoV-2のヌクレオカプシド(N)及びスパイク(S)蛋白に対するIgG抗体を測定した。加えて、RT-PCRの結果を元に、抗N抗体及びS抗体の血清陽性率・血清陰性率の算出を行った。なお、研究計画と対象者へのインフォームドコンセントの取得については、新潟大学倫理審査委員会で承認を受けた(2020-0429)。
検査法①:ABBOTT SARS-CoV-2 IgG assay (Abbott Laboratories、Illinois、USA)(アボット)CLIA法(化学発光免疫測定法)で測定する。
抗N抗体で1.4 Index(S/N ratio)以上、抗S抗体で50 AU/mL以上で陽性と判定を行う。
検査法②:DENKA SARS-CoV-2 IgG assay (DENKA、Tokyo、Japan)(デンカ)ELISA法(酵素結合免疫吸着測定法)で測定する。
抗N抗体で30 BAU/mL以上、抗S抗体で90 BAU/mL以上で陽性と判定を行う。
③新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19のワクチンの抗体価反応調査
本研究では、②で概説した新潟市の当該高齢者施設の同一のコホートにおいてmRNAワクチンの2回投与後及び3回目のブースター投与後のIgG抗体応答のフォローアップを実施した。なお、2回目のワクチン接種から2回目のサンプル採取までの中央値(四分位範囲)は、職員で151日(147–152)、入居者で92日(90–93)であった。さらに、3回目のワクチン接種から3回目の検体採取までの期間の中央値は、職員で146日(142–148)、入居者で100日(100–101)であった。
結果
①新潟市におけるCOVID-19流行初期のクラスター発生要因の解明
新潟市で2020年はじめに観察されたCOVID-19の流行は、第1波(2~3月)と第2波(4~5月)に大きく大別することができた(図1)。まず、COVID-19の発症後の日数と、RT-PCRで計測したウイルス量との関係を観察したところ、症状出現時に最もウイルス量が高くなり、経時的にウイルス量が減少していることが判明した(図2)。また、この時期のSARS-CoV-2では、発症後9日以内(中央値で20.9サイクル)と10日以上(中央値で34.1サイクル)のウイルス量に約1,000倍以上の差があり(RT-PCRのサイクル数で約10サイクルの差異)、ウイルス量が10日を境にして大きく減ることが明らかになった。日本の当時におけるCOVID-19症例の隔離期間(入院)は、2020年6月から発症日から10日間となっていたが、我々の解析でウイルス量が10日以降は顕著に低下し、隔離期間が妥当であることを明らかにできた。次に、SARS-CoV-2のウイルス遺伝子全長配列が得られた47症例を用いて、遺伝子系統樹解析を実施したところ、第1波と第2波では、異なる系統のCOVID-19が新潟市で流行していたことが明らかになった。第1波は、中国武漢で流行したクレードS(19B)に属していたが、第2波は同時期に欧州で流行していたクレードGR(20B)に属していることが明らかになった(図3)。ウイルス遺伝子の全長配列を用い、感染経路の繋がりを、ネットワーク解析で検討したところ、積極的疫学調査からクラスターの発端と推定されていたスポーツ活動、高齢者施設、帰省者、家族、友人などが同じウイルス系統のグループを形成していることが明らかになった(図4)。加えて、第1波で特定されたウイルス系統のグループの多数は、第2波で採取された株より遺伝子変異の頻度が低いことが分かった。最終的に、新潟市とその他の地域におけるCOVID-19の拡散パターンを探索するため、ウイルス遺伝子の全長配列を用いて、系統地理学的解析を実施した(図5)。その結果、新潟市の第1波では東京都で発生したウイルス株と強い関係が確認され、東京都からの単一の流入経路であったが、一方で、第2波では、関東圏、関西圏、九州、海外などの複数の地域とのつながりが確認され、新潟市への複数の流入経路がこの時期に存在していたことが明らかになった。
②新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19の血清疫学調査
2020年11月に新潟市の高齢者施設で大規模なクラスターが発生し、合計178名(入居者97名、職員81名)のアウトブレイクが発生した。日本では、mRNAワクチン接種が2021年2月に開始されたため、このアウトブレイク時にmRNAワクチンを接種している入居者や職員はいなかった。その後、2020年11月16日に複数の入居者が症状を呈し、当該高齢者施設から迅速診断キット(rapid diagnostic test;RDT)が陽性との報告を受け、新潟市保健所による積極的疫学調査が開始された。このアウトブレイク発生時にRT-PCR検査を実施し、入居者56名(罹患率57.7%、56/97)、職員7名(罹患率8.6%、7/81)の合計63名(罹患率32.0%、63/197)が特定された。初回のRT-PCRは、この高齢者施設がアウトブレイクを報告した同日と翌日の11月16日と17日に、全ての入所者と職員に対して実施され、その後、2020年12月16日までほぼ毎週RT-PCR陽性が確認されなくなるまで、検査が繰り返された。また、RT-PCR陽性の患者は、2020年中には検疫目的で全員入院となったが、COVID-19による直接の死者は認めなかった。その後、本研究では、2020年11月の大規模なクラスター発生から約半年後の2021年4月に合計103名(入居者41名、職員62名)を対象に血清疫学調査を実施した。ただし、発生後約5カ月間にCOVID-19が原因でない辞退、職員の退職、高齢者の死亡などで、初期対象者の57.8%、RT-PCR陽性者の47.6%が本調査には参加していなかった。まず、アウトブレイク時における当該高齢者施設内のCOVID-19の流行動態を把握するため、調査に参加し、症状発症日が確認できた感染者29例(46.0%、29/63名)をもとに疫学曲線を作成した(図6)。2020年11月10日に1人の入居者(index case)の症状発現により流行が始まり、2020年11月15日にピークを迎え、2週間ほどで施設内の流行終息が観察されており、単一曝露原から約2週間程度の短期間で感染が拡散していた可能性が示唆された。なお、本研究の調査対象集団の特性を解析すると、感染者と非感染者を合わせ、103人のうち62人(60.1%)が職員であり、41人(39.9%)が入居者であり、職員が比較的多かった(表1)。年齢中央値は、職員が49.0歳(四分位範囲[IQR]:35.3-55.8)、入居者が90.3歳(IQR:86.0-94.0)であり、殆どの調査対象者が女性であった(職員と入所者の両方で、人口性比は約1:9)。職員の職業は、介護者が大半を占め(37/62、60%)、次いで、看護師25%(14/62)、事務職11%(11/62)、医師4%(4/62)と続いた。血清検体を採取できなかった2名を除く計101名について、クラスター発生から約半年後に抗N及び抗S IgG抗体価の測定を実施した(図7)。職員における抗N抗体価の血清陽性率は、デンカ法で9.7%(6/62)、アボット法で9.7%(6/62)であった。職員の抗S抗体価はデンカ法で9.7%(6/62)、アボット法で12.9%(8/62)であった。一方で、入居者の抗N抗体価は、デンカ法で48.7%(19/39)、アボット法で41.0%(16/39)であった。また、入居者の抗S抗体価は、デンカ法で48.7%(19/39)、アボット法で56.4%(22/39)であった。これらの調査結果から、抗S抗体及び抗N 抗体の両方において、職員よりも入居者の方が高い血清抗体価の陽性率を示しており、クラスター発生時に、入居者の感染が多かったことともほぼ一致していた。但し、RT-PCRが陰性でありながら抗S及び抗N抗体価が陽性である職員(介護士)と入居者が2名存在した。なお、無症状でRT-PCR 陰性の抗体陽性者は、抗体陽性者の中ではIgG抗体価が比較的低めであった。次に、RT-PCR検査結果を基準とした際の、デンカ法及びアボット法での血清陽性率及び血清陰性率をそれぞれ算出した(表2)。デンカ法では、抗N抗体の血清陽性率は66.7%(20/30)、血清陰性率は93.0%(66/71)であり、抗S抗体の血清陽性率は90.0%(27/30)、血清陰性率は97.2%(69/71)であった。アボット社では、抗N抗体の血清陽性率は66.7%(20/30)、血清陰性率は97.2%(69/71)であり、抗S抗体価の血清陽性率は90.0%(27/30)、血清陰性率は95.8%(68/71)であった。これらの結果から、デンカ法及びアボット法の両方において、抗N及び抗S抗体では血清陽性率及び血清陰性率はほぼ一致していた。しかし、クラスター発生約半年後の時点で、抗S抗体に比べて、抗N抗体の血清陽性率が低かった。
③新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19のワクチンの抗体価反応調査
新潟市の高齢者施設におけるmRNAワクチン接種後の抗体価反応調査で、合計84人をフォローアップした(表3)。より具体的には、スタッフ52名(年齢中央値50.5歳)(うち既感染者6名(11.5%))、高齢入所者32名(年齢中央値89.5歳)(うち既感染者22名(68.8%))であった。まず、入居者及び職員の接種前、2回接種後、3回目(ブースター)接種後の抗S及び抗N IgG抗体価を評価した(図8)。全般的には、抗S及び抗N IgG抗体価は、SARS-CoV-2未感染者よりも既感染者の方が高いことが明らかになった。具体的には、既感染者の抗S抗体価中央値は、mRNAワクチン接種前(960[592-1,926]AU/mL)に対して、2回目投与後は7倍(7,391[5,230-7,747]AU/mL;P<0.001)、3回目投与後は10倍(10,195[5,582-13,886]AU/mL;P<0.001)に上昇していた。既感染者の抗S抗体価中央値は、mRNAワクチン接種前(734[425-1,934]AU/mL)に対して、2回目の接種後(15,872[9,683-21,557]AU/mL;P<0.001)で22倍、3回目の接種後(13,813[6,689-20,839]AU/mL;P<0.001)で19倍に上昇していることが明らかになった。既感染者では、2回目と3回目の接種の間に抗S IgG抗体価に有意差はなかった(P = 0.07)。一方で、抗N IgG抗体価は、試験期間中に低下した。職員では、既感染者群の抗N抗体価中央値は、接種前の1.79(1.43-3.95)(index S/C)から、2回目接種後は0.42(0.24-1.22)、3回目接種後は0.35(0.23-0.90)へと有意に低下した(P<0.001)。既感染者では、接種前および2回目、3回目接種後の抗N抗体陽性者の割合は、それぞれ83.3%(5/6)、33.3%(2/6)、0.0%(0/6)であった。さらに、このグループの抗N抗体価中央値は、接種前の3.0(1.38-3.73)から、2回目接種後は0.90(0.29-1.61)、3回目接種後は0.40(0.20-0.75)に減少した(P = 0.03)。また、過去に感染した入居者では、ワクチン接種前と2回目、3回目接種後の抗N IgG抗体陽性者の割合は、それぞれ63.7%(14/22人)、31.8%(7/22人)、9.1%(2/22人)であった。それにも関わらず、SARS-CoV-2未接種のスタッフ(P = 0.23)と研修医(P = 0.08)の間で抗N IgG抗体価に有意差は認められなかった。
考察
本課題から、新潟市におけるCOVID-19の疫学像を評価することで、クラスターの特徴やウイルスの伝播経路の可能性を明示したことで、以下の3つの観点からハイリスク要因を特定できた。
①新潟市におけるCOVID-19流行初期のクラスター発生要因の解明
本研究では、本研究では、2020年のCOVID-19パンデミックの初期段階における日本の地方におけるSARS-CoV-2の流行動態を明らかにするために、疫学解析とゲノム解析の両方を用いて評価を行い、幾つかの重要な示唆を得ることができた2)。まず、2020年2月から5月にかけて新潟市で2つの感染の波が確認され、それぞれの波で異なる感染パターンがみられた。最初の波では、確認された症例はすべて、2月と3月に日本で流行した中国由来のクレードS(19B)ウイルスに感染しており、これらの患者の大半は、1つの指標患者群(index group)から家族や同僚に感染を広げていた。興味深いことに、第1波の特徴は、スポーツ施設という閉鎖的な環境で発生した局所的な流行であり、上記のようにクラスターを介した感染連鎖をもたらした。一方、第2波の特徴は、3月中旬から日本で流行したヨーロッパ由来のクレードGR(20B)ウイルスによるものであり、第1波に比べ感染経路不明の症例が増加していた。第2波における患者に、年齢、性別、行動には共通性が観察されず、複数の感染経路からの侵入が示唆された。特に、我々の結果は、疫学サーベイランスを補完するゲノムサーベイランスの利点を強調し、日本におけるSARS-CoV-2の疫学と伝播パターンに関する国全体と地域コミュニティにおける包括的研究を更に支持するものである。
新潟市で検出された初期有症者63人を解析した結果、ウイルス量が最も多かったのは発症後であり、発症後10~20日で、ウイルス量は着実に減少することが示された。特筆すべきことに、我々の結果では、症状発現後9日未満と10日超のウイルス量の差の中央値が極めて大きく、これは先行研究の知見と一致している3)。一方、先行研究では、SARS-CoV-2は無症候性の患者から感染する可能性が高いと報告されている4)。日本での流行初期にはこの無症候性感染はあまり知られていなかったが、新潟市における患者群の疫学情報の精査により、発症2日前からの患者の接触歴の確認を実施しており、検査を的確に実施していた。
新潟市における我々の疫学的解析の結果は、2020年1月から4月までの流行初期に、日本全国のデータを用いて以前に実施されたCOVID-19クラスターに関する大規模疫学研究の結果と一致している。Furuseらは、COVID-19クラスターの多くが、カラオケパーティーでの歌唱、クラブでの応援、バーでの会話、ジムでの運動など、閉鎖環境での激しい呼吸と関連していることを発見した5)。本研究では、2020年2月から5月にかけて新潟市で発生した初期の集団流行も、親族や同僚間の屋内スポーツ活動など閉鎖的な環境であったことを明らかにし、先行研究の知見を確認した。新潟市保健所が行った徹底的な疫学調査の結果、二次感染のほとんどが飛沫感染またはエアロゾル感染である可能性が判明した。意外なことに、少なくとも2症例は、指標症例(index case)と二次感染症例の患者が直接接していなかったため 、接触感染に由来すると考えられた。これまでの研究では、トイレや更衣室などの共有スペースを介した接触感染を避けるよう注意すべきであると報告されている。一般に、この様な感染リスクはゼロではなく、特に病院やスポーツ施設などクラスターが発生しやすい場所では、物体の表面消毒などの対策が不可欠であることを改めて強調する必要がある。
新潟市におけるSARS-CoV-2のゲノムデータを用いた系譜ネットワーク解析の結果、海外からのSARS-CoV-2株の流入の影響が、短期間に地方都市の地域流行に直接的な影響を及ぼす可能性が示唆された。重要なことの一つは、SARS-CoV-2のハプロタイプネットワーク解析から、4月上旬のCOVID-19の第2波は、第1波の株とは明らかに異なる起源を持つことが示唆された点である。このことは、その後日本国内で流行した株が、複数のルート(ハプロタイプネットワークには他県からの株も含まれる)を経由して市内に流入した可能性を示唆している。さらに、クラスター間の変異の可能性を詳細に評価した結果、新潟市では第1波よりも第2波の方が高い塩基配列の変化が観察され、第2波に他地域からの輸入源が複数存在した可能性も強調された。さらに、系統地理学的な推論から、第1波で示唆されたSARS-CoV-2の伝播パターンは単一の感染源からの単系統性(monophyletic)であったが、第2波のそれは複数の感染源を持つ多系統性(polyphyletic)であり、東京は新潟市の重要なハブ(central transmission hub)であった可能性を示唆している。2020年初頭では、日本では局所的な制限措置が弱く実施されたにすぎず、3月中旬までは、より長期的で厳格な自粛措置が感染者の増加を緩和する上でより効果的であった可能性がある6)。しかし、厳しい措置がとられなかったため、4月以降、日本では患者数が増加した可能性も高い。日本におけるCOVID-19に対する地域的および全国的な渡航制限の影響に関するある報告では、公共交通機関を利用した国内渡航の制限は、感染拡大を防ぐ上でかなり有効であることが強く示唆されている7)。多数の人々が地域レベルで移動するという事実を考えると、例えば、人口密集地(東京、大阪、愛知、福岡、札幌など)で発生した感染症は、地方都市(新潟など)が直ちに影響を受ける可能性が高く、渡航制限(特に国内)の迅速な適用は、COVID-19の広範な拡散を遅らせるのに役立つ可能性がある。
②新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19の血清疫学調査
本研究では、新潟県の高齢者施設の入居者及び職員から採取した血清検体を用いて、N及びS蛋白を標的とした抗SARS-CoV-2 IgG抗体を2種類の検査法(デンカのELISA法およびアボットのCLIA法)で定量的に測定した8)。mRNAワクチン接種前の高齢者介護施設におけるこの血清疫学調査から、まず、この高齢者施設でのクラスターが、単一曝露源から短期間で伝播が拡大した可能性が示唆された。また、2021年4月の血清陽性率は入居者で約40~60%、職員で約10~20%となっており、アウトブレイク時である2020年11月のRT-PCR検査結果とほぼ一致しており、入居者の感染罹患率が約7倍近く高かったことが示唆された。更には、自然感染から約半年後における、入居者並びに職員の血清陽性・陰性率を求めた所、抗S抗体価が感染をより鋭敏に反映することが示唆された。
本研究で報告したように、クラスターが起きた高齢者施設における入居者の血清陽性率の高さは、多くの脆弱な介護施設入居者が特に影響を受けやすいことを示している可能性が高い。例えば、2020年1月から5月にかけて日本で発表された入谷らによる論文では、日本の47都道府県すべてにおいて、高齢者介護施設におけるクラスターの数と規模が死亡率の上昇と独立して関連しており、地域医療への圧迫を避けるためにこの様な施設の感染管理の重要性が強調されている9)。また、長崎県長崎市を対象にした報告によれば、高齢者介護施設の入居者では、人口あたりの年齢別発生数はそれほど高くないものの、死亡率は圧倒的に高く、地域居住の高齢者の約2倍であった10)。更に、今回の結果と整合して、同時期の英国の201の長期療養施設の約4,500人以上の入居者及び職員の抗体価を測定した大規模なコホート研究では、過去11カ月間の血清陽性率が、入居者で34.6%(95%信頼区間[CI]:29.6、40.0%)、職員で26.1%(23.0、29.5%)であり、入居者における血清陽性率が比較的高くなることが指摘されている11)。この理由は、入居者が職員よりも脆弱であるため、より重度の感染を経験している可能性や、長期間の集団生活をしているためと推察される。今回の、mRNAワクチン接種前の血清疫学的調査では、SARS-CoV-2が閉鎖的な環境において脆弱なコミュニティに浸透しうること、潜在的な感染源から入居者を守り、感染が持ち込まれた場合に発生規模を最小限に抑え、重症化を抑えるためmRNAワクチン接種が必須であることが改めて示唆された。
③新潟市の高齢者施設におけるCOVID-19のワクチンの抗体価反応調査
本研究では、今回のmRNAワクチン接種後の高齢者介護施設における血清疫学調査から、2回目ワクチン接種後のIgG抗体価が、既感染者は未感染者より高く、成人のみならず、高齢者において、既感染者ではmRNAワクチンによりブースター効果が認められ、高齢者のmRNAワクチン接種を推奨する重要な根拠を提供できた12)。我々の結果は、老人ホーム入居者では2回目または3回目の投与後、少なくとも3カ月間は強固な抗体応答が誘導されることを示唆している。実際、海外からの先行文献では、既往感染患者でmRNAワクチン接種後の特異的な中和抗体価が非感染者に比べて高くなるとされ、感染後のmRNAワクチン接種が、その後の感染に対する防御をさらに高めると推論されている13)。最近のある総説では、いわゆる、この様なハイブリッド免疫は、mRNAワクチン接種のみの場合や、感染歴のみの場合よりも予防効果が高く、入院や重症化に対する予防効果が持続すると報告されている14)。実際、mRNAワクチン接種後の中和レベルとSARS-CoV-2に対する防御との関係は、いくつかの研究によって証明されている。したがって、中和抗体価と相関するmRNAワクチン接種後の体液性反応の高さは、臨床的に重要である可能性が高い。
一方で、高齢者集団における抗体応答の不均一性の指摘もあり、より繊細に評価する必要がある。以前の研究では、SARS-CoV-2に対する mRNAワクチンのブースター投与の有益性が示されたが、高齢者ではmRNAワクチンの有効性は低く、時間の経過とともに免疫応答は弱くなった15)。高齢者(約80~97歳)では、mRNAワクチンを1、2回接種した後のSARS-CoV-2に対する中和価は、若年者(約20~53歳)よりも低く、加齢に伴う免疫低下(すなわち免疫老化)が強調されている16)。興味深いことに、萩谷らは最近、1,356人の日本の高齢者集団(年齢の中央値86歳)を分析し、3回目の接種に対する体液性免疫応答が不良であったことを報告している17)。さらに、おそらく高齢のためと思われるが、数人の患者がブースター投与に反応しなかったことから、脆弱な老人ホーム入居者や初回接種時の反応不良者における強力な抗体反応は、追加投与を受けて初めて達成されたことが示唆される。
さらに重要なことは、既感染者の抗N IgG抗体価がmRNAワクチン接種後の経過観察中に徐々に低下したことである。ある症例報告では、2020年4月にSARS-CoV-2に感染したポーランド人の抗N抗体価が、感染から6ヵ月後にほぼ50%低下したことが示されている18)。この所見と一致して、我々のコホートでは感染後に抗N抗体価が低下した。注目すべきことに、抗N抗体陽性者の割合が時系列的に減少するという我々の観察に関連して、2つの重要な研究が発表されており、抗N免疫応答の減退がアッセイ特異的に検出可能であることの説明と生化学的根拠も提供している19)20)。例えば、SARS-CoV-2血清学的検査結果は、測定原理が異なるため、使用する市販の免疫測定法によって、以前の感染状態を判定する能力が異なることが報告されている19)。実際、結合活性が増強された血清の場合、Rocheの力価はAbbottの力価よりも一貫して高く、回復期後期(発症から約35~45週)の血清は回復期初期(発症から約5~14週)の血清よりも有意に結合活性が高いことが報告されている20)。しかし、本研究では、研究デザイン上、観察された免疫の減退を説明するこれらの要因について完全に結論づけることはできなかった。したがって、今後の研究では、血清学的検査結果を臨床的背景(例えば、回復期であれば回復してからの間隔、mRNAワクチン接種者であれば累積接種回数など)に応じて個別に解釈する必要がある。一方、1年間の追跡調査において、SARS-CoV-2未発症者に抗N抗体陽性者がいなかったことから、この老人ホームではCOVID-19のアウトブレイク後に厳格な感染対策が実施され、感染対策が有効であったことが示唆された。
結語
本研究では、新潟市で発生したCOVID-19の特徴を、ゲノム疫学、血清疫学調査、抗体価調査の側面から包括的に解析を行うことで、地域コミュニティでのクラスター発生要因を経時的に明らかにし、新潟市の感染症対策へ提言を行うことができた。今後の新興感染症の流行を考慮すれば、今回の新潟市の流行の全体像を詳細に把握し、クラスターの特徴とウイルスの伝播経路を明らかにし、重点的に対策すべきハイリスク要因を特定した今回の取り組みは、今後の新潟市の感染症対策に具体的に適用することが可能である。特に、行政との連携を行うことで、より多くの疫学的知見が得られており、新興感染症の流行初期段階における、研究機関とのより密接な連携関係の構築がより一層求められると考えられる。
謝辞
本研究にご協力やご助言を頂いた、新潟大学、新潟県庁、新潟市保健所、新潟市医師会、並びに関係者の皆様に感謝申し上げます。本研究は新潟市医師会地域医療研究助成(支援番号GC03220213)の支援を受けて実施致しました。心より御礼申し上げます。
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図1 2020年2~5月における新潟市の発症日を基準とした流行曲線
図2 新潟市における新型コロナウイルス感染症の症状発現後の日数とウイルス量との関係
図3 新潟市における新型コロナウイルス感染症の系統樹解析
図4 新潟市における新型コロナウイルス感染症のネットワーク解析
図5 新潟市における新型コロナウイルス感染症の系統地理学的解析
図6 新潟市の高齢者施設における疫学曲線
表1 血清疫学調査の研究集団における疫学的特徴
図7 2021年4月におけるワクチン接種前のIgG抗体価の反応
表2 IgG抗体価測定法の診断能の評価。RT-PCR検査を基準とした血清陽性率・血清陰性率
表3 ワクチン接種を受けた血清疫学調査の研究集団における疫学的特徴
図8 新潟市の高齢者施設におけるSARS-CoV-2 S及びN蛋白に対するIgG抗体価
(令和6年9月号)