新潟県健康づくり・スポーツ医科学センター センター長
(前 新潟大学 腎研究センター 腎・膠原病内科学分野 教授)
成田 一衛
はじめに
講演の機会を頂戴し、新潟市医師会の皆様、座長の横田樹也先生に感謝致します。今回の講演では、慢性腎臓病(CKD)の概念・意義と、病診連携の有用性と実際に関して述べたいと思います。
CKDの概念と意義
慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)は尿異常、腎機能低下、形態異常のいずれか、あるいはそれらを複数有する状態が3ヶ月以上持続するものと定義されます。尿異常とは蛋白尿または血尿を指し、腎機能低下は糸球体濾過率(GFR、あるいはeGFR)60ml/min/1.73m2未満で定義されます。形態異常には病理組織学的な異常とCTやエコー検査上の肉眼レベルでの異常を含みます。つまり急性のものを除くと、あらゆる腎臓病は、CKDとなります。したがって、CKDと一口で言っても、多様な原因や重症度を含むため、治療方針も異なります。では、なぜこのように漠然とした概念が必要であり、如何に日常診療で役に立つのでしょうか?ここでは3点強調したいと思います。
まず、CKDが高頻度にみられる健康障害であることです。国内の調査によれば、一般成人7~8人に1人がCKDであり、しかも人口の高齢化により増加傾向にあります。CKDが重症化した結果、腎不全に進行し、透析治療を行っている患者の数は約35万人となり、年間の医療費は1兆6000億円を超えています。医療経済的にみても重要な課題であるといえます。それだけでなく、腎不全の前状態である保存期CKDは、特別な疾患名ではなく、“腎臓の状態が正常ではない”ことを表すもので、あらゆる疾病の患者の附帯状況として診療に影響します。わかりやすい例を挙げれば、癌で治療を受ける患者の腎機能eGFRが60未満であれば、抗がん薬の使用に制限が必要になることがあるということです。さらには、eGFR60未満や尿蛋白が陽性であることは、腎不全に進行しやすいというだけでなく、心血管疾患や死亡の重要なリスクであることが数多くの疫学研究で明らかにされています。
2つ目は、早期であれば重症化を予防できるという点です。例えば最も多い原発性糸球体腎炎のIgA腎症は、無治療では約半数が腎不全に進行するといわれていますが、早期に適切な治療(口蓋扁桃摘出+副腎皮質ステロイドパルス療法など)を行うことにより70~80%の寛解率を得ることができます。新たな治療法も次々に開発されその効果が報告されています。また、糖尿病性腎臓病や腎硬化症によるCKDも早期であればあるほど、レニン−アンジオテンシン系阻害薬やSGLT2阻害薬をはじめとする保存的治療の効果が期待できます。ファブリー病や多発性嚢胞腎など遺伝性疾患でも、それぞれの原因に応じた特異的な治療が可能になっています。したがって、早期発見・早期診断・早期介入がきわめて重要であり、そのためにはなるべく包括的に簡便な方法で早期に検出し、専門医に紹介する体制を構築する必要性があります。
3つ目は、それぞれの原因にかかわらず、CKD発症・重症化の予防のためには生活習慣の改善や血圧・血糖・脂質の適切な管理、必要に応じた薬剤の服用が有効であり、そのためには専門医だけでなく、他科の医師、かかりつけ医や看護師、管理栄養士、薬剤師、さらには行政や患者自身や家族、それぞれの職種や立場で問題意識を共有し連携することが重要で、その基盤となる分かりやすい概念としてCKDが提唱されました。
以上をまとめると、CKDは多くの人々の健康を障害する“国民病”であり、早期発見・治療が必要かつ有効です。そのためには広い職種、立場の人々で共通の認識に基づいた対策を展開することが求められるのです。
CKD対策のための連携
さて、このCKDの概念が主に米国から発表されて約20年になります。我が国でも徐々に浸透してきていると思いますが、現実として、CKD患者数は増加傾向にあり、透析患者数の減少も明らかではありません。まだまだ啓発が不十分であるともいえます。実際、新潟県の最近の調査では住民全体のCKDという病気の認識率は30%未満であり、特に30~40代の世代で低く、上昇する傾向も認められませんでした。SNSや職域、教育現場など様々なメディアを活用した啓発活動が今後も必要です。
また、CKDの膨大な患者数、生活習慣病との密接な関連性等を考えると、腎専門医のみでCKD対策を行うことは不可能です。特にかかりつけ医と腎専門医の連携は重要です。図1は一般的なかかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準を示しています。かかりつけ医や専門医療機関の数など、地域の実情に合わせて一定の基準をもとに紹介することが勧められています。図2では、令和6年3月発行 健(検)診ガイドラインを示します。実臨床ではこの基準を踏まえて、年齢や社会的背景なども考慮し、迷うケースがあれば遠慮なく専門医に紹介して頂きたいと考えています。
新潟市医師会を通して各医療機関に、“令和6年度新潟市糖尿病性腎症重症化予防事業保健指導プログラムについて”のお願いと資料が送付されます。是非この資料を御一読頂き、特定健診などの結果から基準に該当する方に対して、個別栄養指導を通して専門医療機関との連携をとって頂ければ幸いです。糖尿病以外のCKDに関してもほぼ同様の基準で考えて頂いて宜しいと考えております。
CKD患者を紹介された専門医療機関で行うことは、症例個々のCKDの原因診断、予後推定、治療方針および目標の設定、薬剤調整、合併症の検索と治療などに加え、栄養・生活習慣の修正などです(表1)。例えば蛋白尿のある患者では、腎生検を行いIgA腎症など糸球体腎炎があれば、疾患に特異的な治療(副腎皮質ステロイド薬や口蓋扁桃摘出など)の適応を検討しますし、腎炎性変化がなく腎硬化症が主体であればステロイドはむしろ進行を促進する可能性もあります。その場合はRAS阻害薬やSGLT2阻害薬、生活習慣修正の強化が中心となります。前述のように遺伝性の腎疾患もまれではなく、それぞれ特異的な治療が存在します。これら先天性疾患の診断は、患者さん本人のみでなく、そのお子さんなどの発症予防や早期治療に繋がる可能性もあります。
CKDの原因疾患や重症度に応じて、専門医との連携をとりながら、通い慣れた地元のかかりつけ医できめ細かに診ていただくことにより、患者や家族にとって利便性の高い最適なCKD診療体制が実現することが期待されます。
あとがき
CKDの概念と背景、病診連携によるCKD診療の必要性についてお話ししました。新潟市でさらに病診連携が進み、CKD患者の早期発見、治療が充実することを期待しております。
令和5年7月20日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて講演
図1 かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準
(作成:日本腎臓学会、監修:日本医師会)
図2 慢性腎臓病(CKD)進展予防のための判定基準(令和6年3月発行 健(検)診ガイドライン)
表1 腎専⾨医が⾏うこと
(令和6年11月号)