新潟大学医歯学総合病院 産科婦人科
黒澤 めぐみ
要旨
・NIIGATA STUDYは、新潟県においてHPVワクチンの公費接種世代を含む20歳代を対象として、自治体の子宮がん検診受診者を登録し、HPV感染率、細胞診異常率、組織診異常率をワクチン接種群と非接種群とで比較する横断研究である。
・HPVワクチン接種によりHPV感染と初交前接種者における細胞診異常の予防効果が確認された。
・20歳以降のキャッチアップ接種の有効性については国毎の検証が必要である。
講演内容
1.NIIGATA STUDYの概要
2014年度から新潟大学産婦人科が行っているNIIGATA STUDYは、新潟県における20~26歳女性を対象として、自治体の子宮がん検診受診者を登録し、HPV感染率、細胞診異常率、組織診異常率をワクチン接種群と非接種群とで比較する横断研究である。子宮がん検診検体(擦過細胞診液状検体)の残検体を用いてHPV検査を行う。研究登録者にはアンケートに回答いただき、初回性交年齢、性交経験人数、HPVワクチンの接種歴についても確認している。また、ワクチン接種歴に関しては、本人の同意を得て自治体に確認を行っている。2023年度末までにのべ12311例の研究登録があった。
NIIGATA STUDYの特徴はHPV感染に関連する性的活動性のデータをアンケートにより収集していること、HPVワクチン接種歴に関して自己申告だけでなく自治体の接種記録を確認することで、より正確なHPVワクチン有効性解析が可能となっている。
2.NIIGATA STUDYで認められたHPVワクチンの効果について
・HPV感染予防効果
2014~2016年度の研究登録者のうち20~22歳の2価ワクチン接種者1355人(74.6%)と非接種者459人(25.4%)を比較し、性的活動性の因子も加えてワクチン有効性を算出した1)。ワクチン接種者ではHPV16/18型感染率が0.2%であったのに対し、非接種者の感染率は2.2%でHPV16/18型に対するワクチンの有効性は91.9%(p<0.01)と非常に高い効果を示していた。さらに初交前にワクチンを接種した登録者に解析対象を限定すると、HPV16/18型に対する有効率は93.9%(p=0.01)に上昇し、さらにHPV31/45/52型に対する有効性は67.7%(p=0.01)とクロスプロテクション(交差防御)効果を認めていることもわかった。このHPV 16/18/31/45/52型に対する効果を考慮すると、日本人において子宮頸癌の80%以上に関与するHPV型をカバーできる可能性がある(図1)。
・HPV感染に対する長期予防効果
2014~2015年度にNIIGATA STUDYで行った新潟市における年代別HPV感染率の調査2)で、ハイリスクHPV感染は23~26歳にピークがあることがわかった(図2)。そのため前述のHPV感染に対するワクチンの効果検証の対象である20~22歳ではまだHPVに曝露していない女性も多かった可能性がある。またワクチンの長期的な感染予防効果の検証も必要である。
そこでNIIGATA STUDYでは2価ワクチン接種から約9年が経過した時点でのHPV16/18型感染率に対する長期効果の解析を行った3)。対象は2019年度に新潟市の子宮がん検診を受診した25~26歳、すなわち公費接種開始時に接種対象年齢であった1994年度生まれの女性と、公費接種が開始される前の1993年度生まれの女性である。解析対象は429人で、これまでの解析と同様にアンケートによるワクチン接種歴と性的活動性(初回性交年齢、性交経験人数)の確認、自治体のワクチン接種記録の確認を行った。ワクチン接種者は150人(35.0%)、非接種者は279人(65.0%)であり、両群間で性的活動性に有意差は認めなかった。ワクチン接種からHPV検査までの平均期間は102.7ヶ月(8.6年)、中央値は103ヶ月(92~109ヶ月)であった。ワクチン非接種者ではHPV16/18型感染率が5.4%(15/279)であったのに対し、接種者の感染率は0%(0/150)と有意に低く(p=0.0018)、HPV16/18型に対するワクチンの有効性は100%であった。また、HPV31/45/52型の感染率はワクチン非接種者では10.0%(28/279)であったのに対し、ワクチン接種群は3.3%(5/150)と有意に低く(p=0.013)、有効率は69.0%であり交差防御効果に関しても長期効果が示された(図3)。この報告は2価ワクチンにおけるreal-worldデータで最長の観察期間であり、長期効果に関して日本人を対象にした唯一の研究である。
・子宮頸部細胞診異常に対する予防効果
2014~2019年度の20~26歳の登録者を対象に、ワクチン接種者3167人(うち初交前ワクチン接種者2821人)、ワクチン非接種者1386人を対象に細胞診異常に対する効果の解析を行った4)。初交前にワクチン接種を受けた女性におけるHSIL以上の細胞診異常(HSIL+)に対するワクチンの有効性は、年齢および性交経験人数で調整した多変量解析において、78.3%(95%CI 11.3~94.7%;P=0.033)であった(図4)。初交前接種群ではHPV16/18型関連のHSIL+を認めなかった(図5)。
・今後について
今年度子宮頸部組織診異常に対するHPVワクチンの有効性を解析予定である。
3.キャッチアップ接種有効性研究について
・背景
2022年4月からHPVワクチンの定期接種世代への積極的勧奨再開と、積極的勧奨中止により接種の機会を逃した人に対する救済措置として、キャッチアップ接種が開始となった。キャッチアップ接種の期間は2022~2024年度の3年間で、17~27歳(1997~2005年度生まれ)が対象となる5)。キャッチアップ接種対象学年のワクチン接種率は2000年度生まれ以降の学年では約1%まで低下しており、ほとんど全ての女性がキャッチアップ接種の対象となる6)。臨床試験では45歳まで前癌病変予防効果が示されているが、その対象はワクチン接種時点でHPV検査陰性の女性である。20代の一般日本人女性のHPV感染率は関東7)と新潟2)のデータでいずれも約20%であり、キャッチアップ接種の対象年齢の多くを占める20代女性では約20%の女性がすでにハイリスクHPVに感染していると推定される。
HPVワクチンの浸潤癌予防効果に関する報告8~10)を見ると20歳未満でのキャッチアップ接種の効果はほぼ確実であるが、20歳以上のキャッチアップ接種の効果は不確定である。国毎に初交年齢などの性的活動性の背景やワクチン接種の状況が異なることから、20歳以降のキャッチアップ接種に対する有効性については国毎に解析が必要である。日本においても十分な有効性が示されない場合は、対象者においてがん検診の強化を行うなどの施策が必要となる可能性がある。
・目的
以上の背景から、我々は日本人におけるキャッチアップ接種の効果を検証し、世代毎に有効な子宮頸がん予防法について提言を行うことを目的とした。
・研究方法
従来のNIIGATA STUDYである検診ルートに加え、キャッチアップ接種時に初回登録し、がん検診受診を推奨する接種ルートを新設した。キャッチアップ接種時に性的活動性等のアンケートを行い、キャッチアップ接種者の背景を確認するとともに、検診ルートでキャッチアップ接種者と非接種者でHPV16/18型感染率や細胞診異常率を比較してキャッチアップ接種の有効性を解析するものである(図6)。
・現在までの研究進捗状況
検診ルートでは全登録者のうち、2022年度に162人、2023年度は114人(自治体接種歴を現在問い合わせ中のため暫定人数)のキャッチアップ接種者がいた。接種ルートは2023年より開始し、2024/5/31時点で152人の登録があった。キャッチアップ接種有効性の解析については、ワクチン接種から検査までの期間が短いため、今回はまだ解析には至っていないが、接種ルートでの登録者についてアンケートの結果からその背景を暫定的に解析した。
キャッチアップ接種登録者の年齢は17~26歳で20~21歳にピークを認めた。全体の初交経験率は33.6%、平均初交年齢は18.5±2.4歳(中央値19.0歳)であった。キャッチアップ接種時点ですでに3割以上に初交経験があるという結果であった。年齢毎に性交経験人数を見ると年齢が高くなるほど経験人数が多い傾向にあった。
4.まとめ
新潟県よりHPVワクチンのHPV16/18型感染および初交前の子宮頸部細胞診異常に対する予防効果を実証した。現在行われているキャッチアップ接種の効果を検証することで、世代毎に有効な子宮頸がん予防法について提言を行っていくことが我々の使命と考える。
5.質疑応答
・20歳以降のキャッチアップ接種の有効性が不確実なのであれば、接種はあまり意味がないのか?
→この度の我々の研究は全体の集団でみた場合に、定期接種を受けた世代と同様の検診体制で良いかどうかを検証することが研究の目的である。キャッチアップ接種でもワクチン対象型に対する新たな感染の予防効果は見込める上に、現在は9価HPVワクチンとなっており、スウェーデン等の浸潤子宮頸がん予防効果発表時のワクチンよりも対象型が増えている。ワクチンの接種についてはぜひ勧めていただきたい。
・男性への接種や有効性研究については
→世界では約70カ国で男性へも定期接種を行っており、ぜひ日本でも接種できればと思うが、現時点では検討している段階である。陰茎癌や肛門癌だけでなく、HPV関連中咽頭癌も近年増加しており、今後の有効性解析が期待されるところである。
・研究協力についても先生方よりお言葉いただきました。
令和6年6月20日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて講演
参考文献
1)Kudo R, Yamaguchi M, Sekine M, et al. Bivalent Human Papillomavirus Vaccine Effectiveness in a Japanese Population: High Vaccine-Type-Specific Effectiveness and Evidence of Cross-Protection. J Infect Dis 2019;219(3):382-390. (In eng). DOI: 10.1093/infdis/jiy516.
2)Yamaguchi M, Sekine M, Hanley SJB, et al. Risk factors for HPV infection and high-grade cervical disease in sexually active Japanese women. Sci Rep 2021;11(1):2898. DOI: 10.1038/s41598-021-82354-6.
3)Kurosawa M, Sekine M, Yamaguchi M, et al. Long-term effectiveness of HPV vaccination against HPV infection in young Japanese women: real-world data. Cancer Sci 2022 (In eng). DOI: 10.1111/cas.15282.
4)Kudo R, Sekine M, Yamaguchi M, et al. Effectiveness of human papillomavirus vaccine against cervical precancer in Japan: Multivariate analyses adjusted for sexual activity. Cancer Sci 2022 (In eng). DOI: 10.
1111/cas.15471.
5)厚生労働省HP. ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種を逃した方へ~キャッチアップ接種のご案内~. https://www.mhlw.
go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/hpv_catch-up-vaccination.html;2024.5.30.
6)Sekine M, Yamaguchi M, Kudo R, et al. Suspension of proactive recommendations for HPV vaccination has led to a significant increase in HPV infection rates in young Japanese women: real-world data. Lancet Reg Health West Pac 2021;16:100300. (In eng). DOI: 10.1016/j.lanwpc.2021.100300.
7)Matsumoto K, Yoshikawa H. Human papillomavirus infection and the risk of cervical cancer in Japan. J Obstet Gynaecol Res 2013;39(1):7-17. DOI: 10.1111/j.1447-0756.2012.01977.x.
8)Lei J, Ploner A, Elfstrom KM, et al. HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer. N Engl J Med 2020;383(14):1340-1348. DOI: 10.1056/NEJMoa1917338.
9)Kjaer SK, Dehlendorff C, Belmonte F, Baandrup L. Real-World Effectiveness of Human Papillomavirus Vaccination Against Cervical Cancer. J Natl Cancer Inst 2021;
113(10):1329-1335. DOI: 10.1093/jnci/djab080.
10)Falcaro M, Castanon A, Ndlela B, et al. The effects of the national HPV vaccination programme in England, UK, on cervical cancer and grade 3 cervical intraepithelial neoplasia incidence: a register-based observational study. Lancet 2021;398(10316):2084-2092. DOI: 10.1016/S0140-6736(21)02178-4.
図1 20-22歳におけるHPV感染に対する予防効果(文献1より作図)
図2 新潟市における年代別HPV感染率(文献2より作図)
図3 HPVワクチンの長期持続効果(文献3より作図)
図4 細胞診異常に対する予防効果(文献4より作図)
図5 細胞診異常とHPV感染型 (文献3より作図)
図6 キャッチアップ接種研究プロトコール
(令和6年12月号)