新潟大学大学院医歯学総合研究科 地域医療人材育成分野 医学部総合診療学講座 教授
上村 顕也
はじめに
わが国では、超高齢社会の進行とともに疾病構造や医療ニーズが変化し、患者個人の複数疾患や生活上の課題を総合的に診ることができる存在としての総合診療医の重要性が増しています。そこで、医療の高度化に伴う医学的専門的能力と総合的な診療能力の医学教育、その能力を習得して日本の未来社会を支える医療人育成が大切と考えます。
新潟県は医師偏在指標が低く、かつ20年後の日本の人口構成を先取りしている超高齢地域が多いことから、日本の医療課題の最先端を学ぶことができます。また、この環境下で、これまで多くの先生方が、専門の臓器別診療だけでなく、全身を診る診療と病気だけでなく人を診て、さらにはその周囲の家族や地域といった社会背景にまで思いを寄せ、多職種と協働して医療の質を確保してきた歴史があります。すなわち、新潟県には、総合的な診療能力を発揮されている先生方が多く、その知識・経験にもとづく医学生の実習、医師の研修の場が豊富であること、また、高度な技術を習得するための基幹病院との往来や資格の取得など、そのキャリア形成の基盤があることを意味しています。
そこで、新潟大学医学部では令和2年に公募された厚生労働省の「総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業」に応募し、採択され、臓器別専門診療に加えて、全人的に包括的な医療を提供できる総合診療医を育成する取り組み「【新潟方式】総合診療医育成コース」を開始しました。本稿ではこの取り組み内容をご紹介します。
【新潟方式】総合診療医育成コース
このコースの取り組みは、上述の厚生労働省事業1)に令和2年度から毎年度採択されており、本学、新潟県、新潟県医師会、県内の医療機関が連携し、オール新潟体制で進めています。
上述した新潟県の医療では、総合的な診療が浸透している基盤を活用して「総合診療を専門とする医師」と「臓器別専門医でも十分な総合診療能力をもって診療できる医師」の2つの総合診療医(新潟方式の総合診療医)の育成を目指す点が本学の取り組みの特徴で、そのための卒前・卒後の新しい教育・研修システムを構築しています。
卒前教育では、総合診療に関する学生講義や県内の医療機関と連携して専門的知識や技能などのテクニカルスキルを指導する診療参加型実習などを展開しています。講義では、総合診療に必要な臨床推論などに加えて、地域医療を担うために有用となるリーダーシップやマネジメントなど、ヒューマンスキルもテーマに加えています。
総合診療の臨床実習は、学外病院での診療参加型実習を中心とし、学内で事前指導、振り返り、まとめを行います。学内外の指導医が事前に打ち合わせ、実習中もICTによるリモート環境も活用して、学内外の指導医が学生との双方向性の実習を行うことで、臨床実習に参加した学生達は医学的な知識、技能の習得・向上だけでなく、患者・その家族の生活背景なども考えるという広い視野で、診療を行えるようになってきています。
また、学生の実習への希望を事前に聞き、実習内容をマッチングすることで、より多くの学生が新潟での実習、さらには研修の良さを実感できるよう、指導医の先生方と連携して教育に取り組んでいます。
実習内容は、外来・病棟実習を通して、総合診療の実践に必要な能力を習得する、指導医のもとで初診外来・病棟・初期救急対応に参加し実習する、地域や患者の社会的背景を含めた理解を深め、課題認識能力を向上する、ことなどを目標としています。
これまでに、実習を経験した研修医と実習生の屋根瓦方式の教育体制が構築され、診療参加の過程で多職種協働を学び、実践のためのスキルを習得することができるようになってきました。この場をお借りしまして、指導医の先生方に感謝申し上げます。
これらの卒前教育の内容は、学生からのフィードバックを得て教官が回答するなど、コミュニケーションを通じて、相互評価し、翌年度以降の改善に結びつけています。これらの結果として、総合診療専門医を将来の専攻分野として検討する学生が増えてきました。
オンラインセミナー・オンデマンド教材の活用
このコースでは、症例・疾患など医学的知識を学生と県内の医師が一緒に勉強する場をオンラインで設けています。症例を検討するセミナーでは、学生にもプレゼンテーションをさせ、その能力向上を目指しています。
また、多職種と協働して地域を守る総合診療医を継続的に育成するための方法として、チーム医療に必要な能力や指導者のスキルであるリーダーシップやマネジメント、コミュニケーション能力などのヒューマンスキルを学ぶオンラインセミナーも開催しています。医学生、医師に加えて他職種も参加し、新人研修の一環として活用されている医療施設もあります2)。
また、卒後教育にも有用なオンデマンドの学習コンテンツを、各分野の専門医の先生方と作成し、活用しています。内容は、初診外来などで必要な各分野の基礎的知識を動画と設問で学べるように工夫しています。そこで、各専門領域の先生方が総合的な診療能力を習得するためのリカレント教育にも活用いただくことを考えています3)。
バーチャルリアリティや生成AIを活用する仮想空間での実践的な学習
これまでの診療参加型実習では、検査や治療に必要な手技を現場で実践する際に、書籍や動画教材で事前に予習していました。私たちは、学生が安心感と自信をもって、患者さんや指導医と信頼関係を構築して、診療チームの一員として実習に参加するためには、より実践的な診療訓練方法が必要であると考えました。
そこで、バーチャルリアリティ(Virtual Reality、以下VR)を活用して、仮想空間上で診療手技を訓練するコンテンツの開発を進めています。ゴーグルを装着することで、VRによる仮想空間内で診療手技の訓練を行います。ガイド機能を充実させることで、学生は自学自習が可能です。また、VRによる訓練を繰り返し行うことで、実践に向けて習熟度の向上が期待できます(図1)。
新潟大学のオープンキャンパスでも参加者に体験してもらいました。手順を標準化し、わかりやすく説明することで、高校生等の初学者にも有用であることがわかりました。
これまでに、各部位の診察や心電図検査、動脈採血、胸腔穿刺、腹腔穿刺、中心静脈カテーテル挿入、初期救急対応などのコンテンツを開発し、実習で活用しております。
さらに、ChatGPTを用いて学習者の問診に対してAI が即時に回答を生成するコンテンツを開発し、医療面接の訓練に応用しています(図2)4)。
(講座YouTubeから動画をご覧ください。)
この学習教材は、他の職種の教育・訓練にも活用することができ、実際、新潟大学医歯学総合病院の看護部で導入しています。
今後は、この方法論を発展させて、遠隔診療がこの仮想空間で実現できるよう、学習と医療提供をシームレスに行えるシステムにしたいと考えています。
今後の展望
これまでに、医学生の総合的な診療能力を有する医師に対する興味が高まっており、【新潟方式】総合診療医育成コースは、新潟での医療人材育成の継続性の観点でも重要な取り組みと考えます。今後は人材育成の発展性のために、新潟方式の総合診療医が活躍する環境の整備が必要です。その環境の一つとして、新潟大学が進めている共創イノベーションプロジェクトの一つ「地域医療DXイノベーションプロジェクト」があります。このプロジェクトでは、デジタル技術を活用した未来型の地域医療を構築し、新潟県において誰もが何処でも安心して暮らせる『健康未来社会』に資する次世代ヘルスケア基盤の構築を目指しています。このプロジェクトに参加することで、総合診療医が多職種と連携して、ヘルスケアを軸とする地域社会を創生するアウトカムに結びつくと考えます5)。
また、本学では、令和4年度から文部科学省の「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」(富山大学と連携)で社会医学教育の拡充も図っています。総合診療や社会医学の教育を進めることで、入学定員が全国最多(令和5年度から140名)となった本学医学部の教育の質をさらに向上し、社会から求められる未来型医療人材の育成に寄与したいと存じます。
まとめ
新潟大学医学部の総合的な診療能力を持つ医師養成の取り組みについて、【新潟方式】総合診療医育成コースをご紹介しました。総合的な診療能力を有する医師を増やし、その活躍の場を整備することで、地域を守る・創生する医療人育成の出口戦略を明確にしたいと考えております。
お世話になっている先生方に心より感謝申し上げますとともに、今後ともご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
この論文は、令和6年5月18日の新潟市内科医会総会で講演した内容をもとに作成しました。
取り組みの詳細については、総合診療学講座ホームページをご覧いただけますと幸いです。
文献
1)厚生労働省ホームページ 令和6年度総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業実施団体の公募について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200195_00029.html
2)新潟大学医学部医学科総合診療学講座ホームページ オンラインセミナー
https://www.med.niigata-u.ac.jp/genm/news/212/
3)新潟大学医学部医学科総合診療学講座ホームページ オンデマンド教材
https://genm-s.jp/login.php
4)新潟大学ホームページ バーチャルリアリティや生成AIを組み合わせた仮想空間での実践的な学習方法の開発・活用─最新技術を用いた医療人材育成の取組─(プレスリリース)
https://www.niigata-u.ac.jp/news/2023/502053/
5)新潟大学ホームページ 共創イノベーションプロジェクト
https://www.ircp.niigata-u.ac.jp/co-creation-inovation
図1 仮想空間上で心電図記録を訓練するコンテンツ
図2 仮想空間上で医療面接を訓練するコンテンツ(ChatGPTを活用し、学習者の問診に対してAIが回答を⽣成する)