新潟糖尿病クリニック 院長
鈴木 克典
2010年にDPP4阻害薬に続くインクレチン薬としてGLP-1受容体作動薬(以下:GLP-1RA)が本邦に初めて上市されました。従来の血糖降下薬に比べて、GLP-1RAには、膵β細胞保護効果、強い血糖改善効果、薬効の長期持続性、体重を増加させない、低血糖が少ない、グルカゴンの血糖値依存的に分泌抑制することを有し、当時、夢の様な薬として大変期待されました。しかし、実際に臨床の現場に使われてみると、あまり普及せず、上市後4年経過しても糖尿病治療薬の市場占有率2%弱でした1)。その原因として、私の苦い経験から推測すると、「症例による薬効のバラツキ」と「症例によるDurabilityのバラツキ」ではないかと思われました。
2015年に週1回注射製剤GLP-1RAのデュラグルチドが上市されました。初代のGLP-1RAと比べ、症例による効果のバラツキが少ないことや、1回注射のみの使い捨てデバイス(アテオス)が重宝され、治療薬としてのシェアが広がりました1)。
しかし、デュラグルチドで血糖マネジメントが上手くいかなくなった場合、デュラグルチドは0.75mgの1規格しかなく、次のステップアップができず、他剤(デバイスの異なるGLP-1RA、毎日服用の経口GLP-1RA、毎日注射のGLP-1RA/基礎インスリン配合剤)に変更をして治療を強化せざるをえない場合が出てきました。
そのような状況下で、デュラグルチドと整合性が維持できる薬剤として、今回新たに上市されたチルゼパチドが有効と思われます。チルゼパチドは、デュラグルチドと同じデバイス(アテオス)であり、2.5mg/5.0mg/7.5mg/10mg/
12.5mg/15mgの6規格あってステップアップが可能でありデュラグルチド投与後に強化する場合、最適であろうと思われるからです。チルゼパチドは、従来のGLP-1RAに比し、GIPとGLP-1の両方の受容体に作用する世界初めての薬剤です。
GIPは、1971年Brownらによって消化管から胃酸分泌を抑制するペプチドとして抽出され、Gastric inhibitory polypeptide(GIP)と命名されました。1973年に、健常者にGIPとグルコースと同時に投与すると膵β細胞からインスリン分泌が促進されることが明らかにされ、インクレチンであることがわかりGlucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)と改称されました2)。GIPは、42個のアミノ酸から構成され、小腸上部に存在するK細胞から分泌されて膵島に直接作用し、グルコース濃度依存性にインスリン分泌を促進することが実証されています3)。糖尿病のない人では、食後のインスリン分泌の約7割をGIPとGLP-1が担い、そのうち3分の2はGIPによることが指摘されています4)。つまり膵β細胞からするとインスリン分泌を惹起する機序としてGIPは一番大きい因子と言えます。また2型糖尿病のある人では、慢性的に高血糖が持続すると、GIPによるインスリン分泌促進作用は減弱します5)が、高血糖を是正することで、GIPによるインスリン分泌促進作用は回復することが、基礎実験6,7)や臨床試験8)で認められています。
1964年に糖尿病のない人にブドウ糖を静脈内投与した場合に比べ、経口的に投与した場合の方がより多くのインスリンが分泌されること(インクレチン効果)が示唆され9)、それがインクレチン(GLP-1、GIP)の働きであることが明らかになり、インクレチンの探索が始まりました。
このインクレチン効果は、糖尿病のある人では、減弱していて、それにより高血糖をきたすことが明らかになりました。慢性的に高血糖が持続した2型糖尿病のある人の膵β細胞では、GIP受容体の発現の低下や活性化するGIP蛋白質が変化すること6,7)、また、慢性的に高血糖状態にある膵β細胞において、GLP-1受容体はGqシグナルを用いることでインスリン分泌促進作用を発揮しますが、GIP受容体はGqシグナルを活性化しないためインクレチン効果は減弱します10,11)。しかしながら、高血糖是正により、GIP受容体はGqからGsシグナルへシフトすることでGIPによるインスリン分泌促進作用が回復する8,10,12)と解釈されています(図1)。そのため慢性的に高血糖が持続した状態では、GLP-1が主に働き、血糖改善に伴いGIPとGLP-1が共にインクレチンとしてインスリン分泌促進作用を発揮するため、GIPにより血糖の改善効果を発揮します。
GIPは、インスリン分泌促進作用の他に脂肪蓄積や骨形成など様々な生理作用を有していることが知られていました3)。動物実験において高脂肪食により分泌促進される生理的濃度のGIPは、脂肪組織へのエネルギー蓄積を促進するため、体重増加を助長することが知られていました13,14)。そのためGLP-1に比べてGIPは、負のイメージを持たれていました。しかしながら非臨床試験における薬理学的濃度(生理的濃度は生体内で物質が生理学的に影響を及ぼすと考えられる濃度に対して、薬理学的濃度は薬物が生体内に影響を及ぼすと考えられる高い濃度)のGIPは、体重の減少、食欲の抑制を引き起こし15)、その効果発現には中枢神経系に発現されるGIP受容体が重要な役割を担うこと16)が示唆されました。つまり、GIPは生理的濃度では、肥満やインスリン抵抗性を誘導し、薬理学的濃度のGIPでは、肥満やインスリン抵抗性を低減する方向に、効果が真逆に変化することが明らかになりました。また非臨床試験における薬理学的濃度のGIPは、薬理学的濃度のGLP-1による体重の減少、食欲の抑制を増強することが示唆されました17)。以上からGIPが、創薬に繋がりチルゼパチドは誕生しました。
チルゼパチドは週1回投与の持続性GIP/GLP-1受容体作動薬です。チルゼパチドの構造は、天然GIPペプチド配列をベースとした単一分子ですが、GLP-1受容体にも結合するように改変されています。
国内外の臨床試験(SURPASS1-5、SURPASS J-mono、SURPASS J-combo)がすでに施行され有効性及び安全性が示されています。その中で注目すべき点としては、日本人を対象にしたSURPASS J-mono試験18)において、投与52週時までのHbA1cが5.7%未満になった被験者の割合は、チルゼパチド5mg群(51%)、10mg群(58%)及び15mg群(79%)において、デュラグルチド0.75mg群(3%)と比較して統計学的に有意に高かった(p<0.001)ことです。半数以上の被験者で血糖値がほぼ正常化していることは、今まで使われてきた血糖降下薬にはありえなかった強力な効果でありました。また体重のベースラインから投与52週時までの変化量は、チルゼパチド5mg群(-5.8kg)、10mg群(-8.5kg)及び15mg群(-10.7kg)において、デュラグルチド0.75mg群(-0.5kg)に対する優越性が検証されました(p<0.0001)。本臨床試験のエントリー基準は、BMI 23以上としているため、それよりも低い(痩せた)人への投与した場合の影響は不明なため、今後慎重に検証していかなくてはならないと思われます。また、高齢者は一般に生理機能が低下していることが多いため体重も含め、患者の状態を観察しながら慎重に投与することが望ましいです。本剤はインスリンの代替薬ではありません。本剤の投与に際しては、患者のインスリン依存状態を確認し、投与の可否を判断することが必要です。インスリン依存状態の患者で、インスリンからGLP-1受容体作動薬に切り替え、急激な高血糖及び糖尿病性ケトアシドーシスが発現した症例が報告されています。インスリン依存状態の患者への投与は禁忌です。
筆者が思い浮かぶチルゼパチドの対象者は、1)1、2種類の経口血糖降下薬で血糖マネージメントが不十分な患者、2)初めて注射製剤を使う患者、3)食事制限が困難な患者、4)BMI>21~22kg/m2の患者、5)血糖の正常化を目指したい・目指すべき患者などが挙げられます。
チルゼパチドは、まだ上市されて間もない新しい薬剤であるため、ひとりひとりの患者に適応かどうかを考察し、投与後も慎重に観察する必要があリます。またGLP-1RA製剤が世の中に出てきて、糖尿病の新たな分野が明らかになったようにGIPに関わる分野でも新しい病態が解明されることを切に期待したいです。
令和6年4月18日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて講演
参考文献
1)JDDM研究 2019年度基礎集計資料(http://jddm.jp/data/index-2019.html)
2)清野 裕:糖尿病. 2009; 52巻6号: 415-7.
3)Seino Y, et al. J Diabetes Investig. 2010 Apr 22; 1(1-2): 8-23.
4)Nauck MA, et al. Diabetes. 2019 May; 68(5): 897-900.
5)Vilsbøll T, et al. Diabetologia. 2002; 45(8): 1111-9.
6)Lynn FC, et al. FASEB J. 2003; 17(1): 91-3.
7)Zhou J, et al. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2007; 293(2): E538-47.
8)Højberg PV, et al. Diabetologia. 2009; 52(2): 199-207.
9)McIntyre N, et al. Lancet. 1964 Jul 4; 2(7349): 20-21.
10)Oduori OS, et al. J Clin Invest. 2020; 130(12): 6639-6655.
11)神戸大学:https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2020_11_17_01.html
12)Diabetes. 56: 1551-1558, 2007.
13)宮脇一真他:肥満研究. 2002 Vol.8 No.1 p86-88.
14)Miyawaki K, et al. Nat Med. 2002 Jul; 8(7): 738-42.
15)Mroz PA, et al.Mol Metab. 2019 Feb; 20: 51-62.
16)Zhang Q,et al.Cell Metab. 2021 Apr6; 33(4): 833-844.e5.
17)Killion EA., et al. Nat Commun 2020: 11: 4981.
18)Inagaki N, et al.: Lancet Diabetes Endocrinol. 2022; 10: 9: 623-633.
図1