新潟大学医学部医学科 医学教育学分野 教授
岡崎 史子
去る2024年7月10日に新潟市医師会第143回在宅医療講座にて表記の題でお話しする機会をいただいた。当日の講演内容について、ここにご報告させていただく。
1.新潟大学医学部における地域医療教育
新潟大学は歴史と伝統のある大学であり、熱心な教員が充実した講義を実施している。基礎医学の講義は授業時間数も多く、内容も濃く、臨床医学の講義は臓器別統合型授業となっており、学生の学修に有用だと感じている。
しかし、残念ながら地域医療教育が充実しているか、と言われるとそうとは言えない。現在1年次8月に3日間、地域の医療機関で早期医学体験実習を行っているが、低学年で地域に出る機会はこの3日間のみである。その後4年次1月から臨床実習が始まるが、ほとんどが大学病院での実習となっている。総合診療部の実習が県内の臨床研修病院で1週間実施されているのと、地域医療学の実習が魚沼地区で1週間実施されているのが、地域に出る必修のカリキュラムとなっている。5年次1月から4週1科で6診療科をローテートする臨床実習があるが、3診療科は大学病院、残りの3診療科は地域の臨床研修病院での専門診療科実習となっており、地域医療教育としては実施されていない。
国民の医療ニーズについての有名な調査がある(図1)1)。1000人の成人の受療行動を1か月間フォローしたところ、1000人のうち大学病院の外来を受診した患者はたったの6名だった。入院を要する患者も7名のみであり、つまり、大学病院や地域の中核病院で臨床実習をするということは1000人のうちのわずかな医療ニーズにしか対応していないことになる。1000人のうち医師を受診する307名はいわゆる地域のクリニックなどを受診している。これらの医療ニーズについて、本学では教育する機会が、1年次の3日間しかないというのが現状である。
しかも昨今は医療だけでは患者の問題は解決しない。医療、介護、福祉が一体となっており、医師も医療の周辺にアプローチする力がなければ病を抱えた患者さんの生活を支えることはできない。現場で必要なのは患者さんの生活を支えるために、誰に、どこにアプローチすればよいか知っていること、またそのコミュニケーションをとる力である。そもそも学修の定着にはただ講義を聞くよりも体験することの方がよほど学びを深めるということが知られており2)本学の学生にはもっともっと、現場を体験させる実習が必要だと考えている。しかし他大学でも充実した地域医療教育を実施しているところは少ないのが現状である。
2.国の目指す地域医療教育とは
では国はこのような現状をどう考えているのだろうか。2024年2月に実施された第118回医師国家試験では、「在宅」というキーワードでヒットした問題は400問中2問で、「地域包括」という検索では1問であった。これからの医師が地域医療や在宅医療に関してその程度の知識でよいのだろうか。
医師国家試験では400問中3問という取扱いだが、卒業後の臨床研修は大きく変わってきている。2004年に卒後2年間の臨床研修が必修化されたが、その理念は「医師が将来専門とする分野にかかわらず、基本的な診療能力を身につけること」であった。そして、2010年からは地域医療研修が必修化され、「地域医療の特性および地域包括ケアの概念と枠組みを理解し、医療・介護・保健・福祉に関わる種々の施設や組織と連携できる」3)ことが求められている。また2020年からは外来研修が必修化された。これは救急外来ではなく、循環器内科というような専門診療科の外来でもなく、クリニックで行われているいわゆる外来診療の研修をすることが義務付けられたのだ。図1に示した地域の307名の患者のニーズにようやく臨床研修が応えるカリキュラムになってきたのである。
そして、卒前教育では、令和4年度改訂版医学/歯学教育モデル・コア・カリキュラム4)において、医師として求められる基本的な資質・能力に「総合的に患者・生活者をみる姿勢」が新たに加わった(図2)。これをお読みの地域の先生方は、通常の診療の中で総合的に患者・生活者をみているに違いない。そんなことは当たり前ではないか、と思うかもしれない。しかし大学病院では決して当たり前とは言えない。紹介状を持って、診断のついた患者さんが特別な治療を受けに来て、短い在院日数で退院していく、それが特定機能病院の使命である。ほとんどの臨床実習が大学病院で行われている中で、医学生は患者さんが生活者であるという視点はなかなか持ちづらいのではないかと思われる。そして、患者さんが生活者であることを最も感じ取れる場は在宅なのではないか。
3.東京慈恵会医科大学における地域医療教育
全国どの大学でも地域医療教育を進めていく機運が高まっているが、私が知る限り地域の様々な医療ニーズに対応した実習が充実している大学のひとつが前任地である慈恵医大である。
慈恵医大では医学科1年次に5日間、障害者就労支援施設で実習する。2年次は地域の児童館やプレイパークで健康な小児と触れ合う実習が5日間、特別支援学校や重症心身療育センターで治らない障害や疾患を抱えた小児と出会う実習が5日間、3年次では訪問看護ステーションでの実習が5日間、老健での実習が5日間組まれている(表1)。その上で、4年~5年次にかけて地域の医療機関で5日間臨床実習を行う。低学年のうちに、治らない疾患や障がいと共に地域で生きるとはどういうことなのか、介護・福祉チームと医療の連携について学んでから、臨床実習を開始するというカリキュラムになっている。
このような実習を実施すると医学生は大きく変化する。まず、彼らは障害者に出会ったことがないので、「実習をするまで、精神障害と聞くと、暴れる、大声でわめくといった印象」を持っている。しかし「実際、自分がコミュニケーションを取った方たちは全く私たちと変わらない方もいて、いい人たちばかりでした。とんでもない勘違いをしていた」5)と認識を新たにする。
3年次に実施する訪問看護ステーションでの実習での学びについては表2に示す6)。彼らは病院とは違う、生活者としての多様な患者さんに出会う。同じALSという疾患をもっていても、病期により、また経済状態、家族の状態によって患者の生活が全く違うことに驚く。家族の不安に気づき、訪問看護師のコミュニケーション能力の高さに驚き、対面でなくても、様々なチーム医療が展開されていることを目にする。そして、患者や医療スタッフに「医師への不信感」があることを学び、自らが「期待されている存在であること」に気づく。その中で実習を通して、自らが「人格的な完成に努めることが必要」であり、「日々勉強」して「医学知識だけでなく幅広い知識を得て、高いコミュニケーション能力を持つ」こと、「様々な人の価値観、考え方を感じとれるよう」になる、つまり自己研鑽の重要性にも気づくのである6)。
訪問看護ステーションでの実習ではこのように、新しい医学教育モデル・コア・カリキュラムに示された「総合的に患者・生活者をみる姿勢」のみならず、多職種連携、生涯にわたって共に学ぶ姿勢、もちろんプロフェッショナリズムも、図2に記載された医師に求められる基本的な資質・能力のほぼすべてが学べるのではないかと私は感じている。在宅医療を、医師に同行して体験することももちろん重要だとは思うが、患者さんはしばしば医師にはよいところを見せようとする。自宅に残薬がたくさんあることに気づくのは訪問看護師であることが多い。医師からみた在宅診療ではなく、訪問看護師という他職種の立場からみた在宅の現状を医学生が体験することでこそ、学ぶことができるものがたくさんあると私は感じている。在宅医療現場には医学生の教育に非常に重要な要素がほぼすべて詰まっているのである。
4.今後の取り組みについて
前任地での学生の学びの様子から、私はこのような地域における実習の重要性、必要性をひしひしと感じており、新潟大学においても是非とも実現させたいと考えている。具体的には、令和7年度の2年次に3日間、地域医療体験実習を実施する。実習先は特別支援学校、障害者就労支援施設および生活施設、老健、特養などである。そして、令和8年度の3年次には4日間、訪問看護ステーション実習を実施する予定である。なんとしても本学の医学生に在宅医療を、それも訪問看護師の視座から見た在宅医療を体験させたい。それが医師としての重要な資質・能力をはぐくむと確信している。
地域の先生方、多職種のスタッフの皆様、訪問看護師の皆様にはこれから実習のお願いに伺わせていただくことになる。いろいろお手数をおかけするかと思うが、若い医師の卵には、地域に様々な医療ニーズがあることを知る必要があり、特に生活者としての患者をみるという視点は在宅医療の実習でこそ磨かれる。新潟の医療をさらによいものにするために皆様とよりよい医学教育をつくりあげていきたい。今後とも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
文献
1)Fukui T,Rhaman M,Takahash O,et.al:The Ecology of Medical Care in Japan.JMAJ,48:163-167,2005.
2)西城卓也,菊川誠:医学教育における効果的な教授法と意味のある学習方法①.医学教育,44:133-141,2013.
3)厚生労働省.”臨床研修指導ガイドライン” https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001173603.pdf,(閲覧2024年8月20日)
4)モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会.”医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度版)”https://www.mext.go.jp/content/20240220_mxt_igaku-000028108_01.pdf,(閲覧2024年8月20日)
5)東京慈恵会医科大学.2019年度前臨床実習Ⅰ─福祉体験実習─
6)岡崎史子,中村真理子,福島統:医学生は訪問看護同行実習で何を学んでいるのか.医学教育,43:361-368,2012.
図1 日本人の月間有症状・医療機関利用推定値
図2 令和4年度改訂版医学/歯学教育モデル・コア・カリキュラム
表1 慈恵医大における地域医療実習
表2 訪問看護師同行実習の学びの内容6)