埼玉医科大学国際医療センター 脳神経内科・脳卒中内科 教授
加藤 裕司
コロナ禍が収束した昨今を振り返ると、認知症外来を受診する患者が増加した印象がある。この原因として、①受診控えしていた高齢者が受診し始めた、②ウォーキングやデイサービスなど外出を控えていたら認知症が進行した、③久々に再会した子・孫が以前と様子が違うことに気づき受診させた等が考えられる。
コロナロックダウン下の認知症患者のMMSEの推移をみたクウェートからの報告では、ロックダウン以前は-0.2点/月であったものがロックダウン以降は-0.5点/月と悪化していた(図1)1)。社会的つながり(独居or家族と同居、結婚or未婚、子供と親密か否か、友人との交流の有無)と認知症発症リスクを検討したスウェーデンからの報告では、社会的つながりが密な群の認知症発症リスクを1とした場合、社会的つながりが疎の群では認知症発症リスクが約5倍であった(図2)2)。「一歩でも外に出るとコロナに感染する」といった過剰に感染を恐れる高齢者も少なくなく、「過剰なステイホーム」、「過剰な自発的ロックダウン」が認知症患者の増加を引き起こしているといえる3)。
アルツハイマー病とCOVID-19には興味深い関連がある。米国からの報告では、アルツハイマー病患者は対照群に比べ、COVID-19に罹患しやすく死亡率が高いことが示されている(図3)4)。また、韓国からの報告では、アルツハイマー病であることでCOVID-19に罹患しやすいことは無かったが、COVID-19の重症化、特に致死率の増加に関与していた5)。COVID-19の重症化は、高齢、認知症だけでなく、慢性閉塞性肺疾患、高血圧、糖尿病、肥満などの基礎疾患のある人において生じやすいことが経験されてきた。他方で、アルツハイマー病はこれらの疾患とよく合併することが示されており、このことから多くの老年期慢性疾患によるCOVID-19の重症化のメカニズムは重複している部分が多いと推測される。
一方で、COVID-19はアルツイマー病の新たな危険因子として注目されている。65歳以上の624万人の高齢者を対象にした米国からの報告では、COVID-19罹患は360日以内のアルツイマー病発症リスクが非罹患群に比べ有意に高いことが示された(ハザード比1.69)(図4)6)。この傾向は85歳以上の高齢者(ハザード比1.89)や女性(ハザード比1.82)でより顕著であった。マウスを用いた検討では、軽度のCOVID-19呼吸器症状であっても中枢神経系内では、炎症性サイトカインの産生亢進、マイクログリアの活性化が惹起され、海馬の神経新生が持続的に障害され、アルツハイマー病類似の病理変化が促進されることが示されている7)。
以上のことから、コロナ禍が認知症診療に与えた影響は甚大と言える。講演では、これを「認知症パンデミック1.0」と表現した。コロナ明けの認知症対策は、コロナ禍で失われた多様な「つながり」の修復からと言える。
2023年8月、本邦においてアミロイドβ抗体薬であるレカネマブが承認され、日本の認知症医療を取り巻く環境は新時代を迎えようとしている。日本の超高齢社会は今後さらに進行する中、新薬の登場に伴い、認知症への関心はこれまで以上に高まりをみせている。厚労省患者調査のデータをみると、アリセプト®発売後15年間、血管性認知症の有病者数が横ばいであるのに対して、アルツハイマー病患者は約18倍に増加している(図5)8)。2025年に65歳以上の割合が約30%に達することが見込まれる我が国の超高齢社会と相まって、今後、アルツハイマー病患者が増加することが予想される。講演では、これを認知症患者の増加の次なるフェーズの意味で「認知症パンデミック2.0」と表現した。
わが国は「認知症患者700万人、高齢者の5人に1人が認知症」という2025年問題を迎えようとしている。認知症診断は、本人・家族からの病歴聴取、神経心理学的検査(長谷川式認知症スケール、MMSE)、採血検査、画像診断(CT、MRI、脳血流SPECTなど)を通じて行われる。注意すべき点として、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、ビタミンB1欠乏症、甲状腺機能低下症、うつ病、薬剤の影響など治療可能な認知症を見逃さないようにすることが重要となる。認知症の原因疾患では、アルツハイマー病が約70%を占める。図69)にアルツハイマー病の脳病態と時間経過を示す。原因物質であるアミロイドβの蓄積は認知機能障害に約20年先行する。その後、タウ蛋白が蓄積して神経原線維変化をもたらし、続いて神経細胞の脱落により脳萎縮が起こると考えられている。
レカネマブ(ヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体)は、アミロイドβ(Aβ)が疾患の初期に起こる病態であるというアミロイドカスケード仮説に基づき、発症・進展の上流にある神経毒性の高いAβプロトフィブリルに選択的に結合し、脳内のAβプロトフィブリルおよびアミロイド斑(Aβプラーク)を減少させると考えられる。レカネマブは、早期アルツハイマー病を対象とした国際共同第Ⅲ相プラセボ対照比較試験(301試験)によって有効性、安全性が確認された10)。米国では2023年1月の迅速承認を経て、同年7月に正式に承認された。本邦においては、2023年9月に「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」の効能又は効果で製造販売承認され、同年12月に薬価収載された。今後の普及が待たれるところである。
アリドネ®パッチは、レカネマブと時期をほぼ同じくして登場したドネペジル経皮吸収製剤である。軽度及び中等度アルツハイマー型認知症を対象とした第Ⅲ相試験では、経口ドネペジル製剤との非劣性が確認されるとともに、MMSE 20~26点のサブグループ解析において、ADAS-Jcogのベースラインからの変化量がアリドネ®パッチ群(-1.70)と経口ドネペジル群(0.06)に比して有意に改善がみられた。このことからアリドネ®パッチはより早期のアルツハイマー病患者に有用であるといえる。本剤は、既存の経口剤と異なり、嚥下機能が低下している患者、拒薬がみられる患者にも容易に投与が可能である。また、急激な薬物血中濃度の上昇がなく(低ピーク、高トラフ)で消化器症状や薬剤の影響による易怒性の軽減が期待される。また、貼付を通じて、患者介護者間でのスキンシップがはかられ、薬効以上の効果が期待できる。これはグルーミング(動物の毛づくろいという意味)効果と呼ばれ、会話に入れず、疎外されている感の強い認知症患者に手の暖かさ、感触を通じて、安心感を与え、BPSDの軽減につながることが期待される。
認知症関連の6学会合同声明「認知症疾患治療の新時代を迎えて」では、新たな治療薬の登場に備えて、万全の医療体制を整える一方で、新薬の対象にならない人も安心して暮らせる社会をつくる必要があることが示されている11)。アリドネ®パッチは、既存の経口ドネペジル製剤とは似て非なるものであり、その一翼を担うことができる薬剤といえる。認知症医療のさらなる充実、発展を願ってやまない。
令和6年3月21日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて講演
文献
1)Ismail II, Kamel WA, Al-Hashel JY. Association of COVID-19 Pandemic and Rate of Cognitive Decline in Patients with Dementia and Mild Cognitive Impairment: A Cross-sectional Study. Gerontol Geriatr Med. 2021; 7: 23337214211005223.
2)Fratiglioni L, Wang HX, Ericsson K, et al. Influence of social network on occurrence of dementia: a community-based longitudinal study. Lancet. 2000; 355(9212): 1315-9.
3)飯塚友道.認知症パンデミック,ちくま新書.
4)Wang Y, Li M, Kazis LE, et al. Clinical outcomes of COVID-19 infection among patients with Alzheimer’s disease or mild cognitive impairment. Alzheimers Dement. 2022; 18(5): 911-923.
5)Chung SJ, Chang Y, Jeon J, et al. Association of Alzheimer’s Disease with COVID-19 Susceptibility and Severe Complications: A Nationwide Cohort Study. J Alzheimers Dis. 2022; 87(2): 701-710.
6)Wang L, Davis PB, Volkow ND, et al. Association of COVID-19 with New-Onset Alzheimer’s Disease. J Alzheimers Dis. 2022; 89(2): 411-414.
7)Fernández-Castañeda A, Lu P, Geraghty AC, et al. Mild respiratory COVID can cause multi-lineage neural cell and myelin dysregulation. Cell. 2022; 185(14): 2452-2468.e16.
8)厚生労働白書(2016年)https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/16/backdata/images/1/01-01-15.gif(閲覧日2024年9月30日)
9)Jack CR Jr, Knopman DS, Jagust WJ, et al. Hypothetical model of dynamic biomarkers of the Alzheimer’s pathological cascade. Lancet Neurol. 2010; 9(1): 119-28.
10)van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023; 388(1): 9-21.
11)認知症医療に関する6学会の合同提言.「認知症疾患治療の新時代を迎えて」https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2023/12/teigen20221126.pdf(閲覧日2024年9月30日)
図1 コロナ禍 ロックダウン下の認知症患者のMMSEの推移(文献1より) ロックダウン以前は-0.2点/月であったものがロックダウン以降は-0.5点/月と悪化している。
図2 社会的つながりと認知症発症リスク(文献2より) 社会的つながりが密な群の認知症発症リスクを1とした場合、社会的つながりが疎の群では認知症発症リスクが約5倍に増加している。
図3 アルツハイマー病とCOVID-19罹患・転帰のオッズ比(文献4より) アルツハイマー病患者は対照群に比べ、COVID-19に罹患しやすく死亡率が高いことが示されている。
図4 COVID-19罹患有無によるアルツハイマー病罹患リスク(文献6より) COVID-19罹患は360日以内のアルツイマー病発症リスクが非罹患群に比べ有意に高いことが示されている。
図5 アルツハイマー病、血管性及び詳細不明の認知症患者数の推移(文献8より) アリセプト発売後15年間、血管性認知症の有病者数が横ばいであるのに対して、アルツハイマー病患者は約18倍に増加している。
図6 アルツハイマー病の脳病態の時間経過(文献9より) アミロイドβの蓄積は認知機能障害に約20年先行し、その後、タウ蛋白が蓄積して神経原線維変化をもたらし、続いて神経細胞の脱落により脳萎縮が起こると考えられている。