関西医科大学 内科学第一講座 呼吸器感染症・アレルギー科 教授
宮下 修行
はじめに
2019年12月から中国の湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が原因であることが判明した。その後感染は急速に拡大し、2020年1月30日にWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。わが国では、2023年10月までに9つの波を経験し、この間の医療体制、とくにワクチンと治療薬の開発は極めて迅速であった。感染症診療の基本はワクチンによる予防と、早期診断・早期治療であることから、医療体制の進歩が各波に大きな影響を及ぼした。
起源株(第1~3波)流行期の特徴
第1波の初期、ダイヤモンド・プリンセス号で無症候感染者の存在が明らかとなった。そして、無症候性感染者から感染が拡大している可能性が指摘され、症状出現前の無症状期に感染を拡大していることが判明した。その後、SARS-CoV-2厚生労働省対策本部クラスター対策班の調査で、感染を拡げているのは感染者のうち20%と報告された。これらの20%は「換気の悪い閉鎖空間」で拡げており、こうしたクラスターの発生を防ぐことが感染拡大を防ぐ上で重要であることが指摘された。
疾患重症度は、80%が軽症(肺炎がない、もしくは軽度)、15%が重症(呼吸困難、低酸素血症、24~48時間以内に肺炎像が肺面積の50%以上を占める)、5%が重篤(呼吸不全、ショック、多臓器不全)であった。すなわち、80%以上の患者は無治療で治癒することから、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)と比較して感染頻度や疾患重症度、致死率などが大きく異なる。40代までは重症化は少なく、50代から年齢が高くなるに従って致死率も高くなっていく。また、基礎疾患のある患者でも基礎疾患のない患者と比べて明らかに致死率が高かった。
第1波のコロナ対応の基本は適切な感染対策で、最も重要なポイントは医療従事者の感染を起こさないことであった。SARSやMERSは病院内感染症を起こしやすいことが知られており、病院という閉鎖空間で、特に患者と近距離で接する機会の多い医療従事者はリスクとなる。COVID-19の主な感染様式は、飛沫感染と接触感染であり、感染拡大の防止には、標準予防策に加えて2つの感染経路別の予防策の徹底が求められた。
第2波ではレムデシビル1,2)が抗ウイルス薬として初めて特例承認(米国では5月1日に食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可を受けた)され、その後デキサメサゾンの臨床的有効性が確認され3)、重症例に対しては抗ウイルス薬とステロイド治療が標準療法となった。
アルファ株(第4波)流行期の特徴
アルファ株流行期にはワクチンが応用可能となり大きな転換期となった。ワクチンの急速な開発に伴い、2021年2月以降、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンとウイルスベクターワクチンが接種可能となった4-6)。とくにmRNAワクチンは、これまでの呼吸器系病原体に対するワクチンと比較して、感染予防効果、発症予防効果、重症化予防効果が極めて優れていた4,5)。しかし、高齢者へのワクチン接種が開始される前にアルファ株による第4波が襲来した。大阪では医療体制が整っていなかったため、重症者が集中治療室に入室できず、重症患者を軽症・中等症病床で管理を行わざるを得なかった。さらに、低酸素状態の中等症患者が入院困難で、急性肺炎に対して在宅酸素療法を実施しなければならなくなった。さらに、重症患者増加に伴う医療逼迫のため、80代の高齢者では、致死率がICU入室率を上回る逆転現象が発生した(図1.April 21)。
デルタ株(第5波)流行期の特徴
1)ワクチンの効果
アルファ株流行期に高齢者に対するmRNAワクチン接種が進んだため、肺炎を併発する高齢者が減少し、年齢中央値は起源株流行期(第1~第3波)で65歳、アルファ株流行期(第4波)で64歳であったのに対し、デルタ株流行期(第5波)では有意に年齢層が低下した8-17)。高齢者介護施設(医療・介護関連肺炎)ではクラスターが多発していたが、デルタ株流行期(第5波)にはワクチン効果もあり、重症化率(人工呼吸器装着率)、致死率は減少した。
2)抗体製剤の活用
デルタ株流行初期(第5波)に新たな治療薬である抗体製剤、カシリビマブ/イムデビマブが特例承認された。関西医科大学附属病院ならびに関連病院では、ホテル療養患者や高齢者入所施設に出張診察を実施し、治療希望者にカシリビマブ/イムデビマブを投与し、傾向スコア・マッチングで有効性を解析した18)。第4波による甚大的な被害のためか、臨床現場においては有効な治療法と初めて実感できた。主要評価項目である酸素の必要性(≒入院の必要性)はカシリビマブ/イムデビマブ投与群で有意に低かった18)。また、両群間で死亡者はみられなかった。
オミクロン株(第6~11波)流行期の特徴
1)病原性の低下とワクチン効果の減衰
オミクロン株はデルタ株までと異なり、感染性は強くなったものの、病原性は低下した20)。このため軽症者が多くなり致死率は低下したものの21)、感染者の急増に伴い死亡者は増加した。また、デルタ株流行期に効果のあったmRNAワクチンの効果が減衰したため、肺炎を併発する感染者の年齢層は再び上昇し、第6波では70歳代となった。このため重症者や死亡者は高齢者に偏り、オミクロン株感染後に誤嚥性肺炎の併発や基礎疾患の悪化する症例が増加した。すなわち、デルタ株までと異なり、オミクロン株そのものによる重症化例は減少した。
2)新たな抗体製剤の活用
スパイク蛋白の変化に伴い、第5波の有効な薬剤であったカシリビマブ/イムデビマブの効果が低下したため、代替薬としてソトロビマブを使用し、傾向スコア・マッチングで有効性を解析した。BA.1株に対しては主要評価項目である酸素の必要性(≒入院の必要性)はソトロビマブ投与群で有意に低かった19)。その後、BA.2株の出現に伴い、有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合にソトロビマブの投与を検討することが推奨された22,23)。一方で、ソトロビマブには中和活性以外に、抗体依存性細胞傷害(ADCC)及び抗体依存性細胞貪食(ADCP)を誘導するエフェクター機能を有することがin vitroで示された24,25)。また、臨床的に有用との報告もあったため26,27)、BA.2株に対するソトロビマブの有効性を検討した。結果、酸素の必要性(≒入院の必要性)はソトロビマブ投与群で有意に低かった19)。
3)経口抗SARS-CoV-2薬の登場
第6波では、注射薬のソトロビマブに加え、経口薬のモルヌピラビルとニルマトレルビル/リトナビルが使用可能となり、外来における軽症・中等症Ⅰのコントロールがより簡便となった。さらに第8波では日本国産初のエンシトレルビルが登場し、わずか4年弱でインフルエンザと同様の対応が可能となった。すなわち、ワクチンによる予防を基本に、早期診断・早期治療の重要性が強調された。
肺炎治癒後の健康寿命
厚生労働省は『国民の健康寿命が延伸する社会』に向けた予防・健康管理に係る取組のひとつとして、高齢者肺炎の予防推進を挙げている。どの程度の高齢者肺炎患者が健康寿命を損なうのか。我々の検討では、寝たきり患者を除く医療・介護関連肺炎患者の35%で身体機能が低下し、14%が寝たきり状態となることが明らかとなった28)。COVID-19肺炎1年後の身体機能低下に関する検討では、60代は1年後に身体機能低下を残す患者はいなかったものの、80代では退院時に身体機能低下があった患者の83%に身体機能低下が認められた(表1)15,16)。
おわりに
呼吸器内科医として最も興味深かった特徴の1つとして、無症状にも関わらず肺炎の陰影が存在したことである。一方で、高齢者が感染症に罹患すると、身体機能低下を来しやすく、健康寿命を損なう患者が多く存在する。COVID-19がインフルエンザや肺炎球菌に代表される呼吸器病原体と共通した見解は、高齢者や基礎疾患保有者が重症化因子の独立した危険因子である点にある。感染症対策の基本はワクチンによる予防であり、早期診断・早期治療が重要である事は論を待たない。
令和6年9月30日(月)
新潟市内科医会学術講演会にて講演
文 献
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図1 大阪での第4波(アルファ株)での死亡メカニズム
表1 COVID-19肺炎患者の1年後の身体機能変化