新潟大学医学部 法医学教室・死因究明教育センター 医学部准教授
舟山 一寿
前半は検案についての総論的なお話、後半は代表的な病態について検案の実例のお話をさせていただきます。検案をされていらっしゃらない先生に検案というものがどういうものかということを説明する内容ですので、普段、検案をされている先生方にはわかりきった内容かもしれません。
まずそもそも検案とは何なのかについてですが、用語自体は医師法21条、いわゆる異状死体の届出義務を定めた条文に明記されております。しかし検案が具体的にどういった行為であるのかは医師法には書いておりません。医師法21条違反が問われた裁判で有名なものに都立広尾病院事件があります。ご承知の先生もおられると思いますが、これはヘパロックにヘパリンではなく誤ってヒビテンを注入して死亡した事例について、警察に24時間以内に届け出なかったことが医師法21条違反として問われた裁判です。その最高裁判決によって、検案とは死因判定のための外表検査であるということが法律上は確定しています1)。医師法21条により警察署に届け出があると、警察は死体に関する捜査を行うことになりますが、この捜査のことを検視と警察の実務上は呼んでいます。なお蛇足になりますが、犯罪に起因して死亡した犯罪死体及び犯罪に起因して死亡した疑いのある変死体(刑事訴訟法・検視規則)とそれ以外の死体(警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律)では検視の根拠となる法律が違います。どちらの場合であってもそれぞれ法律に死因についての調査が明記されておりますので、検視には外表検査によって医学的な死因の判断を行う医師の立会、つまり検案が求められることになります。
次に検案と検視の流れについて説明をします。例えば心停止の患者が救急搬送されてそのまま病院で死亡した場合には、担当した医師によって外表検査が行われ、診断の確定した病気で通院中であってそれが原因で死亡したというような通常の病死の場合には、異状なしとしてそのまま死亡診断書が発行されることもあるかもしれませんが、病気以外の死亡や死因が不詳の場合には異状ありとして医師法21条により届け出が行われ、検視が行われることになります。一方、現状では病院や介護施設で亡くなる人が多数ではありますが、昨年は30万人近くが自宅やそれ以外の場所で死亡しており、施設外での死亡は新型コロナウイルスの流行を境に割合が増加して、2022年は30万人を超え過去最高を記録しています2)。在宅医療による看取りも広がっておりますので、自宅で亡くなった方の全てが異状死体として検視の対象になるわけではありませんが、発見者により119番通報がなされ、臨場した救急隊が不搬送を決定すると警察へ引き継がれ検視が行われます。この場合にも医師の立会が必要となりますが、死者にかかりつけの先生がいて検案の往診に来て頂ける場合にはその先生に検案をお願いするということもありますが、殆どの場合は各警察署の警察嘱託医が呼び出しを受け、現場や警察署に赴き検案を行うことになります。これが、現状での死因究明制度としての検視・検案から死亡診断書・死体検案書発行までの流れになり、検視と検案は一体のものとして運用されています。
検案を行った場合には通常、遺族より死体検案書の発行が求められますが、医師法第19条によって発行することは義務ということになります。ご存知の通り死体検案書には具体的な傷病名を記載する欄と、死因の種類を記載する欄があります。死因の種類はまず病死なのか外因死なのか、外因死だった場合には事故・自殺・他殺を区別して記載することが求められますが、これは捜査権のない医師のみでは判断できない、というよりも医師のみで判断してはいけない事項であり、警察の捜査によって最終的な判断が下されるべき事項になります。外因死の場合に死因の種類の判断を警察に行ってもらうということが、医師法21条によって警察への届け出が課せられている理由の一つということになります。一方で具体的な傷病名については医学的な判断ですので、医師が主体的に行うことになります。日本で一番検案数の多い施設である東京都監察医務院の統計によれば、7割近くが病死とされており、その病死の半数が心疾患とされています3)。この統計が正しいという前提に立てば、病死の検案においては死因を心臓疾患とすれば、とりあえずの正診率は50%にはなるということになります。もし心疾患の方が生前に救急搬送された場合に、問診で本人から胸痛の訴えがあって、心原性ショックの理学的所見があったり、心電図でST上昇がありトロポニンTが陽性で、循環器内科の先生の心臓カテーテル検査や、場合によっては冠動脈CTで急性心筋梗塞と確定診断されることになります。一方でこれが検案の場合には、本人は当然喋れないので第3者の証言を得るしかありませんが、有用な情報が得られることは殆どありません。また理学的所見は基本的に外表所見のみですが急性心筋梗塞に特異的な外表所見はなく、心電図は当然心静止であり、またトロポニンTのような逸脱酵素は、心疾患以外でも死亡の過程で心筋は虚血状態になり上昇するため、少なくとも臨床のカットオフ値をそのまま利用することはできません4)。また画像検査として死後CTは広く普及してきましたが基本的に造影はできませんので冠動脈の閉塞についてはわかりません5)。このように検案で得られる所見というものは特異性に乏しく、診断は実は非常に不確実でありまして、虚血性心疾患に限らず検案において根拠を持って特定できる事例というのはあまり多くありません。
ここからは心疾患による急死の検案における所見を提示いたします。心疾患による急死は狭心症・心筋梗塞といった虚血性心疾患が多いとは思いますが、虚血によらない不整脈や肺塞栓、さらには大動脈解離や大動脈瘤破裂などの大動脈疾患も死亡状況や外表所見は虚血性心疾患による急死と同様となりますので、検案によってこれらを鑑別することは現実的には難しいと言えます。東京都監察医務院によればこれらの心血管疾患による急死を広く“急性心臓死”と呼んでいます6)。まず死亡の状況としては通常の生活を送っていた様子のまま死亡しているということがしばしばあります。症状なく就寝した方が就寝中に死亡する事例や、トイレ内やトイレ前で死亡している事例には比較的多く遭遇します。また椅子に座ったままであったり、歯磨きをしながら亡くなっていた方もおられました。直前まで症状がないか、あったとしてもあまり重篤な症状を呈していなかったということが想像され、急激な発症であったことが窺えます。また心疾患の場合には昏睡状態が長く継続することは少なく、分単位での死亡となることが多いと予想されます。尿失禁はあったとしても排尿1回分程度であり、大量の尿失禁がある場合は昏睡状態となった後に死亡したことが推測され急性心臓死の経過とは異なります。この写真(割愛)の事例の死因は脳内出血であり、少なくとも数時間はこの状態のまま生存していたために、大量の尿失禁と膀胱に多量の残尿が生じたと考えられます。同居人がいる場合は直前の症状について証言がある場合もあります。胸痛や背部痛、冷や汗など、比較的典型的な症状がある場合もありますが、多くは無症状であったり、なんとなく体調が悪いなど抽象的な症状であったり、そもそも周囲と付き合いのない独居者も多く、直前の情報が得られない場合も多くあります。病歴は高血圧や糖尿病などの中年から高齢者にありふれた生活習慣病の罹患者が多い一方で、そもそも通院歴がないため病歴がないという方もおられます。検案所見としては顕著な外傷はなく急死の一般的所見が認められます。外表でわかる急死の所見としましては①暗紫赤色調の死斑が強く出現し、②頭頸部がうっ血し外頚静脈が怒張して、③結膜に溢血点が認められないか、少数認められる、というものがあります。これらが急死で出現する理由については、窒息死や急死には解剖で認められる三大兆候というものがあり、それが外表に反映されたものと考えられます。一つは心大血管内の血液が暗赤色で流動性を呈するというものです。循環停止後も個々の細胞は酸素を消費し続けますので、死体では還元ヘモグロビンの割合が高くなり血液は暗赤色を呈し7)、また通常は死後に血液は血管内で凝固しますが、急死の場合には血管内皮より組織プラスミノーゲンアクチベーターが大量に放出され、血液が流動性を呈するとされています8)。これにより血液の血管内移動が容易となり、血液就下が促進され死斑が強くなり、また死後CTでは心腔内に血球の沈降による水平面形成が認められます9)。また急死では諸臓器のうっ血が起こります。これは死体の血圧が関係してきますが、『ガイトン生理学』10)から引用した静脈還流曲線によれば循環停止時の血圧は平均循環充満圧と呼ばれ、実験的には肘の静脈圧と同等の7mmHg程度あるとされています。このため死後の血管穿刺でも針穴から出血することがあります。急性心臓死のように交感神経が賦活している場合は、有効循環血液量が増加して平均循環充満圧は17mmHgまで上昇しうるとされています。死体でも血管内圧が高ければ血管が拡張しうっ血が認められるということになります。溢血点は臓器の漿膜や眼瞼結膜に認められる小出血斑です。注意が必要なのは急性心臓死において溢血点は認められないか、認められても少数であるということです。眼瞼結膜に溢血点が多数ある場合は、頸部圧迫による窒息を疑います。これは頸部圧迫により頸静脈が閉塞する一方で、椎骨動脈は椎骨に保護され閉塞せずに頭部に血流を送り続けることによって、頭部・顔面に高度のうっ血を生じ小静脈が破裂するためとされています11)。その他に検案で通常行われる検査に髄液穿刺があります。髄液穿刺についての詳細は時間の都合で割愛いたしますが、非血性の髄液が吸引されれば、少なくともくも膜下腔に出血はないと判断します。穿刺部位としては後頭下穿刺が一般的ですが、側頭下からの穿刺も可能です。また通常臨床で行われている腰椎穿刺や、硬膜外麻酔の要領で胸椎間から硬膜下まで針先を挿入して髄液を採取することも可能です。薬毒物スクリーニング検査は警察が行っています。乱用薬物スクリーニングは全例ではなく必要に応じて行われるようです。2014年に青酸による毒殺事例が明らかになって以降はシアン化合物の定性検査がほとんど全例で行われています。急性心臓死の検案においてはこれらの所見をもとに消去法的に“急性心臓死”と判断せざるを得ないというのが実情です。そのため検案において死因を積極的に診断できる事例は多くありません。私は携帯型超音波画像診断装置を用いて検案を行っております。膀胱内の尿量の推定ができたり、急性心臓死の一部においては心嚢血腫や血胸が容易に検出できます12)。その他にもいろいろと有用な事があるのですが時間の都合上、割愛させていただきます。
以上、まとまりのない内容となってしまいましたが、本日のまとめとしては、検案において死因が確定できるケースは特に内因性急死において多くはなく、わからないもの、判断できないものについては自信を持って死因を「不詳」と記載することも必要ではないかということになります。
令和6年12月17日(火)
第7回警察医研修会にて講演
文献
1)最高裁判所.“裁判例結果詳細”〈https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50058〉.(2025/03/10閲覧)
2)厚生労働省.“人口動態調査”〈https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=7&year=20230&month=0&tclass1=000001053058&tclass2=000001053061&tclass3=000001053065&stat_infid=000040206110&result_back=1&tclass4val=0〉.(2025/03/10閲覧)
3)東京都保健医療局.“東京都監察医務院 統計データベース”〈https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shisetsu/jigyosyo/kansatsu/database/05toukei〉.(2025/03/10閲覧)
4)的場光太郎ら:心筋トロポニンT濃度の死後変化の影響に関する検討.法医学の実際と研究,61:151-154,2018.
5)今井裕,髙野英行,山本正二 編:Autopsy imaging ガイドライン.第2版,ベクトル・コア,東京,51,2012.
6)東京都保健医療局.“東京都監察医務院 突然死の中で最も多い急性心臓死”〈https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shisetsu/jigyosyo/kansatsu/kiso/kyushi〉.(2025/03/10閲覧)
7)池田典昭,鈴木廣一 編:標準法医学.第7版,医学書院,東京,101,2013.
8)呂彩子:解剖例にみる血液凝固:血栓と死後凝血.Thrombosis Medicine,9:12-16,2019.
9)Shiotani, Seiji et al: Postmortem intravascular high-density fluid level (hypostasis): CT findings. Journal of Computer Assisted Tomography, 26(6): 892-893, 2002.
10) Arthur C. Guyton, John E. Hall: Textbook of Medical Physiology. 12th ed, Elsevier Saunders, Philadelphia, 235-236, 2011.
11) Pekka Saukko, Bernard Knight: Knight’s Forensic Pathology. 4th ed, CRC Press, Boca Raton, 335-336, 2016.
12)舟山一寿:死因究明のためにできること・すべきこと 死後画像診断の活用 超音波検査.救急医学,49(5):586-591,2025.
(令和7年8月号)