新潟大学 死因究明教育センター
高橋 直也、高塚 尚和、舟山 一寿
近年、死因究明のために死後CTが行われる機会が増加しています。わが国ではCTが広く普及しているため、一般の病院でも死後CTが日常的に行われています。先生方も死後CTの診断をしなくてはならないことがあるかもしれません。死後CTは死後変化や心肺蘇生術の影響で、臨床で行われる生体CTと異なった所見が現れます。このため、臨床のCTに十分慣れている医師でも死後CTの判断に悩む場合があることと思います。
この稿では、一般臨床と異なる死後CTの注意すべき所見を、症例をあげて紹介します。
1)注意すべき死後変化・心肺蘇生術後変化
・スライド1:血液就下
血液就下は循環停止後、血液が重力に従って沈降する現象で、特に急死の場合、血管内皮細胞から放出されるプラスミノーゲン・アクチベーターの血中活性化により、大血管内の死後凝血塊が速やかに溶解され液状を保ちます。死後CTでは重力側に高吸収を示す水平面を形成します。
この現象は、肺でも認められ、背側部の毛細血管が血球で埋まり拡張するために、背側に水平面を形成するすりガラス陰影を呈します。
・スライド2:頭蓋内の血液就下
血液就下は頭蓋内でも認められ、重力側の静脈洞などの血管が高吸収を呈します。特に、乳幼児では成人と比較して脳実質の含水率が高いため、静脈洞内の血液就下がより目立ち、頭蓋内出血と紛らわしい場合があります。頭蓋内の高吸収はその存在部位や臨床情報を勘案して判断する必要があります。
・スライド3:心肺蘇生術に伴う肋骨骨折
心拍出を得るための胸骨圧迫では、肋骨に強い外力が加わるため、肋骨骨折が高い頻度で生じます。特に高齢者では、ほぼ必発です。胸骨圧迫による肋骨骨折はbuckle rib fractureと呼ばれ、典型的には前胸部あるいは側胸部に生じます。buckle rib fractureは内側の骨皮質のみが骨折し、他方の連続性が保たれる不完全型骨折が特徴的です。
・スライド4:外傷による肋骨骨折
肋骨骨折が、後方の肋骨に生じた場合や内側への屈曲が認められた場合には、蘇生術後変化以外の機転を考える必要があります。ただし、自動胸部圧迫装置を用いた場合、LUCUSでは前方の肋骨骨折が認められるのに対し、AutoPulseを用いた胸骨圧迫では後方の肋骨骨折が生じる場合があるとされ、注意が必要です。
2)注意すべき心嚢血腫
・スライド5:心肺蘇生術による心破裂
心嚢血腫が存在しても、心肺停止後に生じた場合があるため、必ずしも死因とはなりません。胸骨圧迫による合併症として心破裂が10%以内で生じるとされています。死後の血液は血液就下と同様に流動性を保ちます。死後CTで、心膜腔内の高吸収域が水平面形成を伴って重力側優位に認められる場合、高い頻度で心肺蘇生術などにより死後に生じた血液漏出とされます。
・スライド6:急性心筋梗塞による心破裂
死因となりうる急性死亡例の心嚢血腫は、少なくとも200mL以上の血腫が必要と考えられています。生前に生じた心嚢血腫は、CTで心外膜表面に血球成分である高吸収と血漿成分の低吸収の層構造を示します。これは心膜腔に出血している際にも心拍が継続され、内側層がフィブリンを形成することで生じるとされます。
3)注意すべき肺陰影
・スライド7:溺水
溺水はほかの死因と比較して、水の流入により副鼻腔内の液体貯留が多いとされます。死後CTでは副鼻腔内の液体貯留の判断は容易です。肺実質は、間質肥厚を伴うモザイク状のすりガラス影、気道周囲の小葉中心性陰影が多いとされています。気道や消化管内腔の液体貯留も認められます。ただし、これらの所見は特異度が低く、溺水と非溺水間で差がないとする報告もあり、死後CTで溺水と確実に診断することは困難です。また、後述しますが、気道内の液体貯留は、心不全や心肺蘇生術で大量輸液を行った際にも認められます。
・スライド8:溺水
泥や砂粒を混じた液体を吸引した場合、気道内に高吸収沈殿を認め、溺水の可能性が高いと考えられます。この所見は特異性は高いものの、吸引した液体の性状に依存しますので、発見時の状況などを考慮する必要があります。
・スライド9:心不全/肺水腫
死後CTでは、急性冠症候群における冠動脈血栓や虚血心筋などの直接所見を検出できません。間接所見として急性冠症候群では肺水腫を生じ、CTですりガラス影や浸潤影、胸水貯留の所見を呈します。しかし、肺水腫は薬物や窒息などの外因でも生じる非特異的所見であり、また、肺炎などの所見や死後変化のCT所見と類似するため鑑別が困難です。心不全の診断には、発症・発見時の状況や既往歴などを合わせて十分に注意する必要があります。
・スライド10:肺炎
肺炎の死後CTでは、コンソリデーション、水平面形成のない陰影、小葉中心性の陰影、びまん性気管支血管束肥厚の欠如を呈するとされています。しかし、これらの所見は非特異的であり、現状では死後CTから死因を推定することは困難とされています。特に、小児では死因に関わらず死亡直後から広範囲に肺の吸収値が上昇することが多く、肺の評価がいっそう困難になります。
4)注意すべき頭蓋内病変
・スライド11:くも膜下出血・神経原性肺水腫
死後CTではくも膜下出血の指摘は比較的容易です。しかし、その原因を確定することは容易ではありません。原因が内因性なのか外傷によるものかの判定は、死後CTのみでは困難な場合があります。報告は少数ですが、動脈や動脈瘤が外傷に関連して破裂する場合もあり、外傷後のくも膜下出血では解剖を考慮する必要もあります。
神経原性肺水腫は、頭部外傷、頭蓋内出血、てんかん発作、脳炎・脳症など中枢神経障害に合併する非心原性肺水腫で、急速に呼吸状態が増悪し、短期間で改善するとされます。この病態は、救急救命の領域では広く知られています。死後CTでも、頭蓋内の障害で肺に広範な陰影を認める場合があり、注意が必要です。
・スライド12:Pseudo-subarachnoid hemorrhage
CTで脳溝や脳槽が高吸収を示し、くも膜下出血様の所見があるにも関わらず、解剖や髄液採取でくも膜下出血が否定される例が、pseudo-subarachnoid hemorrhage(P-SAH)として知られています。これは、低酸素脳症、髄膜炎、脳梗塞などによる脳浮腫の際に生じる頻度が高いとされます。この所見は、脳実質が虚血により低吸収を呈したうえに、脳浮腫による脳脊髄液腔の狭小化と、静脈還流が阻害され拡張した脳表の静脈が高吸収を呈するために生じる所見と考えられています。くも膜下出血とP-SAHを比較した研究では、真のくも膜下出血では非対称的、脳室内の新鮮出血の合併、厚い高吸収域を呈するとされます。CT上、強い脳浮腫と脳溝の高吸収を呈する例で、脳底槽やシルビウス裂に出血が見られない場合、P-SAHを考慮すべきです。
5)終わりに
死後CTで注意すべき所見を症例を挙げて紹介しました。
死後CTで、心嚢血腫やくも膜下出血などが認められても、内因性の死因ではない場合があります。また、死後CTの所見は非特異的なものも多く、死亡時の状況や、死亡前の処置などの情報を考慮して判断する必要があります。
本稿は、新潟市医師会主催の警察医研修会(令和7年6月24日開催)にて発表した内容を基に執筆しました。
文献
この稿は主に以下の2冊の成書を参考にしました。
1)日本医学放射学会・死後画像読影ガイドライン作成委員会編:死後画像読影ガイドライン.2025年版,金原出版,東京,2025年
2)塩谷清司・髙橋直也編:実践死亡時画像診断(Ai).メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,2024年
(令和7年11月号)

スライド1:血液就下

スライド2:頭蓋内の血液就下

スライド3:心肺蘇生術に伴う肋骨骨折

スライド4:外傷による肋骨骨折

スライド5:心肺蘇生術による心破裂

スライド6:急性心筋梗塞による心破裂

スライド7:溺水

スライド8:溺水

スライド9:心不全/肺水腫

スライド10:肺炎

スライド11:くも膜下出血・神経原性肺水腫

スライド12:Pseudo-subarachnoid hemorrhage