聖マリアンナ医科大学 感染症学講座 主任教授
國島 広之
はじめに
一般社団法人日本環境感染学会「医療関係者のためのワクチンガイドライン第4版,2024年11月25日発行」では、「医療関係者は、個人予防に加え、他者に伝播させないために、新型コロナワクチンを接種することが推奨される。」と記載されている1)。新型コロナワクチンは接種に伴う副反応がある。一方で何れの疾病も予防が第一である。VPD(Vaccine Preventable Diseases)に対するワクチン接種は最も重要な感染症対策である。本稿では主に新型コロナウイルス感染症ならびにワクチンについて述べる。
COVID-19はインフルエンザよりも多彩かつ重症である
2019年末に発生したCOVID-19は、社会からは「普通の病気」として認識されつつある。COVID-19は免疫が持続せず、変異が多く、国内ではJN.1系統のNB.1.8.1(通称ニンバス)、海外ではXFG(通称ストラタス)に置き換わっている。COVID-19による死亡者数は減少傾向であるものの、わが国では2024年1~12月のCOVID-19死亡数は約3.5万人、関連死を含めると5万人弱となっている。インフルエンザは年間数千人の超過死亡であり、薬剤耐性菌菌血症や胃癌、膵癌よりも多く、COVID-19はわが国における最大の死因となる感染性病原体である(図1)。わが国におけるMedical Data Vision(MDV)病院レセプトデータベース(2023年5月~2024年1月)では、 COVID-19の入院期間:中央値25日(インフルエンザの約5倍)、ICU入室率:約3~4倍(COVID-19:3−4%、Influenza:1%)、人工呼吸器使用率:約2倍(COVID-19:6%、Influenza:3%)、院内死亡率:約4倍(COVID-19:12%、Influenza:3%)である2)。
わが国でCOVID-19のオミクロン株による重症化リスクは、30代を1とすると50代は10倍、60代は25倍みられ(図2)3)、所謂ワクチンの公費助成の対象外である60歳未満でも多くの方が入院となっている(表1)4)。入院のリスクとしては高齢のほか、高血圧や高脂血症、免疫不全、肥満や喫煙、ワクチン未接種等である。
高齢者は発熱などの症状に乏しいことがある
COVID-19の倦怠感、咳嗽、味覚臭覚異常、下痢など多彩な症状は必ずしも第1病日にみられず、数日から数週の経過で発現や増悪することが多い5)。COVID-19は、若年者を中心に約10~40%に後遺症がみられ、家族内感染や院内感染が多く、基礎疾患を有する方に重症、死亡者が見られる疾患である。特に高齢者では肺炎患者でも必ずしも発熱などの症状がみられず6)、食思不振などの症状の方が多いと報告されている7)。
COVID-19は必ずしも肺炎で重症とはならず、急性期の死亡、臓器障害、長期的な予後不良のリスクとなり、肺炎以外の臓器障害によって不幸な転帰となる。COVID-19で入院した成人患者では、肺以外の臓器障害(肝機能:HR 12.5、心血管系:HR 10.1、腎機能障害:HR 8.5)が死亡と関連し、上気道ウイルス量が高いほど(log10 copies/mLごとに12%増加)、肺外の臓器に合併症が発生しやすく、死亡リスクが高まる8)。COVID-19は罹患時の重症度に関わらず、ウイルス量が多い(Ct値が低い)ほど、急性期以降の死亡(HR 5.86)、入院(HR 1.22)、心血管疾患による入院(HR 12.78)の可能性が高く、多臓器障害の合併症の長期リスクを高める可能性がある9)。したがって、罹患時に軽い症状といえども、その後の転帰は慎重に考慮する必要がある。
COVID-19ワクチンは発症防止効果ならびに重症化防止効果がある
他の疾患と同様、ワクチン接種は感染予防の柱のひとつであり、クルマにおけるシートベルト着用である。接種は発症防止、重症化防止、家庭内感染防止、院内感染防止、後遺症低減に有効である。2024−2025シーズンにJN.1ワクチンのオミクロン株流行下におけるわが国での発症予防の有効性は54%、入院予防は60%10)、海外での死亡抑制効果は64%と報告されている11)。
また、後遺症は接種回数が多いほど、また最近の接種(5ヶ月以内)の場合はリスクが減る12)。ワクチン接種者(既感染者も)では、呼気中のウイルス量が減少し、接種者は家族内感染や二次感染が減り(RRR 79%)、感染源のウイルスが多いほど、家族内感染が増加(OR 1.40/Log)する13,14)。
諸外国では広くワクチン接種が行われている
世界保健機関(WHO)では、「75歳 or 80歳以上、50歳 or 60歳以上の基礎疾患を有する方、すべての免疫不全者は6ヶ月から12ヶ月毎の接種」、「50歳 or 60歳以上の方、基礎疾患を有する方は12ヶ月毎の接種」、「妊婦は妊娠ごと」と記載されている15)。英国の18~45歳女性を対象としたコホート研究では、産・早産リスク(aHR0.74)、mRNAワクチン接種者では死産リスク(aHR0.72)の低下が有意にみられている16)。諸外国では免疫の持続が短いこと、夏と冬に流行が拡大することから、今なお無料接種が実施されている(表2)。
わが国では予防接種法B類疾病の地域ごとのワクチン接種率は原則公表されておらず、新型コロナワクチンは概ね20%以下である。また、接種券の配布が行われない自治体では、相当数の対象者が公費助成の存在を知らず、接種の機会が得られなかった。英国では毎週接種率が公開され、2024−2025秋冬接種は約60%程度である17)。情報公開の観点からも、わが国でも同様の対応が望まれる。
新型コロナワクチンは医療機関、医療従事者に高いメリットがある
わが国では、今なお多くの医療機関・社会福祉施設で集団感染が発生している(図3)。医療従事者を対象としたワクチン接種に関するメタアナリシスでは、罹患を84.7%減らし、重症化を96.1%抑制する(少なくとも6ヶ月)ことが示唆された18)。医療従事者のワクチン接種者による二次感染率は、未接種者に比べて約60%低下し、ワクチン接種率が高い病院では、院内感染は約40%の減少がみられた19)。2023年1月から8月の間、アイルランドの2つの病院では、対象者1218名で冬にピークの266件の感染、1191日の欠勤、約6500万円の人件費が発生した。未接種者は接種者よりも欠勤日数が多く、医療費も高く、ブースター接種は欠勤防止に寄与したと報告されている20)。新型コロナウイルス感染症はインフルエンザよりも医療従事者の欠勤に占める割合(66.8% vs 11.6%)が高く、平均欠勤日数(5.1日 vs 3.8日)が長いともされる21)。
現在、医療従事者のインフルエンザワクチン接種率は高いものの、新型コロナワクチンの接種体制は十分とは言い難いのが現状である。日本環境感染学会が行ったアンケート調査では、ワクチン接種率は新型コロナ25.7%で、インフルエンザ92.2%より有意に低かった。発症予防効果を含めた情報や管理者からの啓発活動ならびに接種補助が接種率に有意に影響していた22)。一方で一部の医療機関や企業ではワクチン接種に関わる補助や無償化を行っている。家族を含め社員を無償としている企業担当者に著者がお聞きしたところ、「とくに現場は突然休まれたら困る仕事なんでね」との返答であった。医療機関においても、院内感染対策、職業感染対策、BCP(事業継続計画)の観点からも啓発が必要である。
接種向上のために医療従事者による推奨は大きい
従来、米国の5つの地域におけるメディケア受給者では、高齢者のワクチン接種率に最も強い影響を与える要因は、医師や看護師等の医療従事者からの推奨(肺炎球菌ワクチン:RR 2.32、インフルエンザワクチン:RR 1.31)であった23)。性感染症クリニックの利用者におけるHBVワクチン接種者に関する調査では、接種を選択する要因は、ワクチン接種済みの知人がいること、感染リスクの認識、ワクチンの健康への有益性の認識、医師からの推奨であった。HBVのリスクや結果に関する知識は接種選択と直接の関係はみられなかった。ワクチンの安全性や提供者の動機に対する不信感が、接種を拒否する要因として挙げられた24)。
わが国におけるオンライン調査(n=19,174)では、ワクチン承認機関や公的情報源への信頼が高い場合(OR 1.42)、政府情報への信頼(OR 1.27)は、接種行動をとる傾向が強い。伝統的メディア(テレビ、新聞、ラジオ)への信頼は接種率の向上に寄与(OR 1.21)する一方、インターネットやSNS(TikTok、YouTubeなど)への信頼は接種率を下げる傾向(OR 0.77)がみられた25)。わが国における保護者の子供へのワクチン接種意向(n= 2,419)では、男性は女性よりもワクチン接種に賛成する傾向が高く(OR 1.55)、高学歴の保護者は、接種に慎重な姿勢を示す傾向がある(学士以上の学歴:OR 0.60)。自身がCOVID-19ワクチンを接種済み、または接種予定である場合、子どもの接種に賛成する可能性が高い(OR 3.48)。医療専門家や公的機関からの情報を信頼している保護者は接種に賛成しやすい一方、SNSやウェブサイトを主な情報源とする保護者は、接種に反対する傾向がある26)。厚生労働省からもワクチン接種に関する啓発資材が示されている(図4)。
おわりに
感染症対策は、マスク着用や手指衛生、ワクチン、治療薬が三本柱である。ネクストパンデミックのためにも、ワクチン接種意向には行政や医師からの正確な啓発、地域における最新の情報共有が不可欠である。著者は、通院患者ならびに発熱患者には必ず、ワクチン接種歴を確認し、診療録に記載している。新型コロナワクチン以外にも、インフルエンザ、HPV、帯状疱疹、RS、肺炎球菌など多くのVPDに対するワクチン接種は最も重要な感染症対策である。最後に著者が日ごろ患者に説明している内容について記載する(表3)。
令和7年9月18日(木)
新潟市内科医会学術講演会にて特別講演
引用文献
1)一般社団法人日本環境感染学会「医療関係者のためのワクチンガイドライン第4版」,http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/vaccine-guideline_04-2.pdf, 2025年3月4日アクセス
2)Andersen KM, et al. J Infect Chemother. 2025. Apr 28:102721. doi: 10.1016/j.jiac.2025.102721.
3)https://www.mhlw.go.jp/content/000927280.pdf, 2025年11月12日アクセス
4)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00461.html, 2025年3月4日アクセス
5)Ilse Westerhof, et al, Int J Infect Dis. 2023 Mar;128:140-147.
6)Valencia-Blancas T et al., Rev Med Inst Mex Seguro Soc 2025, 63:e6350
7)Rajlic G et al., PLOS One 2025, 20:e0321295
8)TO Jensen, et al, Clin Infect Dis. 2024 Dec 17;79(6):1394-1403.
9)Tromp J, et al, Sci Rep. 2024 Dec 28;14(1):30644. doi: 10.1038/s41598-024-65764-0.
10)長崎大学熱研 VERSUS第12報,https://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/versus/results/20250610.html, 2025年11月12日アクセス
11)Cai M et al. N Engl J Med. 2025 Oct 23;393(16):1612-1623.
12)Sung-A Kim, et al, Vaccine. 2024 Nov 5;43(Pt 2):126497.
13)BT Tadesse, et al. Clin Infect Dis. 2023 Apr 3;76(7):1180-1187.
14)Brown ER, et al. Open Forum Infect Dis. 2023 May 23;10(7):ofad271. doi: 10.1093/ofid/ofad271.
15)WHO, COVID-19 advice for the public, 2024/10/8, https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/covid-19-vaccines/advice, 2025年11月12日アクセス
16)Stock SJ, et al. Lancet Reg Health Eur. 2024;40:100780. doi:10.1016/j.lanepe.2024.100780.
17)https://www.gov.uk/government/statistics/national-flu-and-covid-19-surveillance-reports-2024-to-2025-season, 2025年11月12日アクセス
18)Galgut O, et al, Vaccine X. 2024 Aug 5;20:100546. doi: 10.1016/j.jvacx.2024.100546.
19)BS Cooper, et al, Nature. 2023 Nov;623(7985):132-138.
20)Townsend L, et al, J Infect Dis. 2024 Oct 16;230(4):e872-e880
21)Maltezou HC, et al. Am J Infect Control. 2025;53:685–689.
22)Kunishima H et al. J Infect Chemother. 2025 Oct 15;31(11):102831. doi: 10.1016/j.jiac.2025.102831.
23)CA Winston, et al, J Am Geriatr Soc. 2006 Feb;54(2):303-10.
24)Samoff E, et al, Sex Transm Dis. 2004 Jul;31(7):415-20.
25)Cao A, et al, Vaccine. 2024 Jun 20;42(17):3684-3692.
26)Ueta M, et al, Vaccine X. 2024 Jul 18;19:100528. doi: 10.1016/j.jvacx.2024.100528.

図1 令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況

表1 2025年1月以降の年齢別入院患者数(基幹定点 2025年11月2日現在)

図2 30歳代と比較した場合の各年代の重症化率

表2 各国におけるワクチン施策

図3 新型コロナウイルス感染症の集団発生事例数:2025年(東京都)

図4 厚生労働省 知っておきたい5つのポイント

表3 通院患者への説明例
(令和7年12月号)