新潟大学大学院医歯学総合研究科 腎研究センター 腎・膠原病内科学分野 教授
山本 卓
はじめに
このたび、新潟市内科医会にお招きいただき、「高齢者慢性腎臓病(CKD)の地域連携と治療」という演題で講演させていただく機会を賜り、大変光栄に存じます。わが国では、超高齢社会の進行に伴い、CKDの有病率は増加の一途をたどっており、今や国民病といっても過言ではありません。本講演では、CKDの診療の基本から、地域に根差した医療連携の重要性、さらには高齢CKD患者における腎代替療法の選択肢としての保存的腎臓療法(CKM)について、最新の知見と臨床経験を交えてお話しします。
1.CKDの現状とその臨床的意義
慢性腎臓病(CKD)は、糸球体濾過量(GFR)の低下や持続する蛋白尿を基準に定義されます。GFR<60mL/min/1.73m2または明らかな腎障害が3ヶ月以上持続する状態を指し、日本人成人のおよそ5~8人に1人が該当すると報告されています。この頻度は加齢とともに上昇し、特に75歳以上では40%以上がCKDの診断基準を満たすとされています。
CKDが問題となる最大の理由は、その進行によって末期腎不全(ESKD)に至るだけでなく、心血管疾患(CVD)リスクの独立した増悪因子である点です。たとえば、蛋白尿陽性のCKD患者は、ESKDに至る前に心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントで命を落とすことも少なくありません。したがって、CKD診療は単に腎臓を守るだけでなく、全身疾患としての認識と対応が不可欠です。上記をはじめとする種々のCKDとその関連疾患を克服するため、CKDの診療目標は、「末期腎不全への進行を防ぐ」「心血管イベントを抑制する」「QOL(生活の質)を維持する」の三点が挙げられます。
2.CKD治療の実際と新たな潮流
CKDの治療は、食事療法、血圧管理、薬物療法が三本柱です。特に食事療法では、たんぱく質の摂取制限が腎機能の保持に有効であることが古くから知られており、最近では「低たんぱく質ごはん」のような管理食品も市販されるようになり、日常臨床での活用が進んでいます。また、リンやナトリウムの制限、エネルギー摂取量の確保など、病態栄養学の視点がますます重要となっています。
薬物療法では、RAS阻害薬に加えて、近年はSGLT2阻害薬の登場が治療に革新をもたらしました。SGLT2阻害薬は、糖尿病を有する患者のみならず、非糖尿病性CKDにおいても腎保護作用を示すことが明らかとなっており、腎臓内科以外でも広く用いられるようになっています。一方で、NSAIDsなどの腎毒性薬剤は慎重な投与判断が求められ、高齢者においては特にそのリスク管理が重要です。
3.新潟県におけるCKD対策と地域連携の推進
新潟県では、「健康立県にいがた」の実現を目指し、CKDの早期発見・重症化予防に向けた取り組みが進められています。そのための戦略として、普及啓発活動、保険者による対象者抽出と指導、地域医療機関間の連携体制の構築、人材育成などが重点的に進められています。たとえば、糖尿病患者に対する尿中アルブミン測定の実施率向上、CKDに関する研修プログラムの開催、新潟県地域糖尿病・CKD協力医制度の整備など、医療現場と行政が一体となった取り組みが特徴です。
私たちの施設では、eGFRが20mL/min/1.73m2未満になった患者について、腎疾患指導外来におけるチーム医療の導入を進めています。看護師による腹膜透析・血液透析の説明、腎移植の可能性、保存的腎臓療法(CKM)の概要などを患者に提示し、患者・家族との対話を重ねながら最適な治療方針を選択するように努めています。
4.高齢末期腎不全患者の特徴と認知機能への影響
高齢者における末期腎不全は、身体的・精神的予備力の低下が背景にあることから、透析療法導入の可否がしばしば議論になります。実際、透析導入年の死亡率は高齢者ほど高く、死因としては心不全、感染症、老衰などが挙げられます。また、ADL(活動能力)や認知機能の低下は導入後のQOLに大きく影響し、医療者側にもその対応が求められます。
私たちは、佐渡地域を対象に行った「PROST」研究において、血中ウレミックトキシンと認知機能との関連を検討しました。インドキシル硫酸(IS)、p-クレシル硫酸(PCS)など5種類の蛋白結合性尿毒素(PBUT)を測定し、それらの濃度とMini-Mental State Examination(MMSE)スコアとの関係を多変量解析で評価しました。その結果、PBUTスコアが高いほど認知機能障害の頻度が高く、eGFRやβ2-ミクログロブリン以上にPBUTが認知機能低下に関連していることが示されました。
このような研究成果は、CKDの病態理解において、eGFRによる腎機能評価のみならず、CKDに伴う全身的影響の評価の重要性を示しており、その適切な評価法および治療法の開発が求められていることを示唆しています。
5.保存的腎臓療法(CKM)と共同意思決定(SDM)の実践
高齢CKD患者において、透析療法が必ずしも最善の選択肢とは限りません。CKMは、末期腎不全の患者に対して、透析を行わずに症状緩和やQOL維持を中心に行う医療アプローチであり、近年、KDIGOや英国NICEガイドラインにおいても正式にその重要性が認識されています。
CKMでは、患者本人の意思を尊重した治療計画を立案し、身体的・精神的苦痛の軽減を図るとともに、在宅医療や緩和ケアとも連携する必要があります。基本的にはCKMの選択は透析療法を積極的に行わないことを前提とするため、そのプロセスではShared Decision Making(SDM)が極めて重要です。すなわち医師が一方的に治療方針を決定するのではなく、患者・家族との対話を重ね、価値観や生活背景を踏まえて方針を決定していく姿勢が求められます。CKMを選択することは「治療をあきらめる」ことではなく、「患者の生き方を支える」医療であるという認識を社会全体で共有していく必要があります。
おわりに:AI時代の内科医療と専門性の調和
これからの医療は、AIによる診断補助、ビッグデータを活用したリスク予測、パーソナライズド医療の進展など、変革期を迎えています。その中で、内科医には「病気を診る力」と「人を診る力」の両方が求められます。特に高齢者CKD患者においては、臓器単位の医療を超えた全人的視点が欠かせません。腎臓内科の専門性を生かしつつ、地域との連携、多職種との協働、患者との信頼関係を大切にしながら、これからの時代にふさわしいCKD診療を新潟で実現していくため、教室が一丸となって取り組みたいと思います。
質疑
Q1:クリニックではCKD患者を多数診ていますが、どのタイミングで腎臓専門医に紹介すべきか迷う症例が多く、対応に悩むことがあります。どのようにすればよいでしょうか?
A1:GFRが60mL/min/1.73m2未満でCKDと診断された場合でも、すぐに精査・治療が必要な症例と、経過観察で対応可能な症例があり、判断に迷うケースが多いのは確かです。そのため、判断に難渋する症例については、積極的に腎臓専門医へご紹介いただけますと大変助かります。
具体的には、新潟県が提示している「腎臓病に関する受診の目安」や、CKDシールを用いた連携体制をご参考にしていただければと思いますが、それでも迷う場合には、どうぞ遠慮なくご相談ください。治療介入が必要な場合も、経過観察が適切と判断される場合も、患者さんの治療方針を明確にしたうえで、病診連携が継続できるよう努めてまいります。
Q2:CKDの患者さんを腎臓専門医に紹介しても、施設によって検査や治療方針に違いがあるように感じます。方針を統一していただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか?
A2:ご指摘の点は確かにあり、今後の連携の中で改善すべき重要な課題と認識しております。CKDの診療では、腎機能や尿所見の程度によって腎生検の適応を検討することがあり、特に近年は、高齢者であっても蛋白尿や血尿が高度な場合には、積極的に腎生検を行う傾向にあります。
腎生検を行うことで、病因診断や予後の見通しを明確にし、より適切な治療選択につなげることが可能となるため、年齢にかかわらず、将来的な生活機能の維持や長期予後が期待できる場合には、腎生検の選択肢を提示できる体制を市内・県内で整備していきたいと考えております。
今後も医療機関間で方針をすり合わせ、できる限り統一した診療方針を共有できるよう努力してまいりますので、引き続きご協力をお願い申し上げます。
令和7年5月17日(土)
新潟市内科医会総会にて特別講演
(令和8年1月号)