大橋 美奈子
蝉は、地上に出てから1週間しか生きられない、と子供の頃から信じてきたが、実は1か月くらいは生きているという。蝉の短命説に疑問を持った岡山県の高校生が、独自の調査で証明したのだ。
調査方法はいたってシンプル。住宅地や雑木林で蝉を捕獲し、羽に油性ペンでマーキングしてから放す。そして、後日、再捕獲を試みる。計863匹にマーキング。15匹を再捕獲し、4匹を再再捕獲した。最長生存記録は、アブラゼミが32日間、ツクツクボウシが26日間、クマゼミが15日間だった。私は、この事実を知った時に「調べないでほしかったなあ」とつぶやいてしまった。不意にわいた寂しさの理由を、その時はわからなかった。
私が子供の頃は、耳をつんざくばかりの蝉の鳴き声で夏の到来を感じた。夏休みになると、毎日のように妹を連れて近所の松林へ行き蝉捕りをした。「お姉ちゃん、ほら、あそこにいるよ。その上にも」と妹にせがまれて、思いっきりジャンプしたり木に登ったりして捕まえた。空っぽだった虫かごは、助けを呼ぶジージーという蝉の大絶叫でいっきに騒がしくなる。虫かごを大事そうに抱えた妹に「蝉ってね、1週間しか生きられないから、もう放してあげようね」と、かつて自分が母から言われたことを妹にも伝えた。はじめはしぶっていた妹も「そうだね、かわいそうだもんね」と、虫かごの扉を開けて蝉を空に放していた。母の優しい気持ちが妹にも受け入れられた気がして、嬉しかった。
蝉捕りを終えて汗だくで家に帰ると、いつも母からアイスのおつかいを頼まれた。幼い弟はお昼寝中で、扇風機から送られるそよ風に前髪がふわふわと舞って可愛かった。弟を起こさないように、母はひそひそ声であずきバーをリクエストする。私はもっと美味しそうなもの、たとえば、メロンや苺のアイスを母に買ってきてあげたいのだけれど、「大人になったら、きっと小豆が好きになるわよ」と母は笑って私たちを送り出した。
手土産にあずきバーを買って、久しぶりに帰省しよう。それを一緒に食べながら、母に蝉の話を教えよう。母は、「そうそう、おかあさんはいつもこのアイスだったわよね」と微笑んで、あの夏を懐かしんでくれるだろうか。
(令和元年8月号)