須田 生英子
「4月」という言葉から私がまず思い浮かべるのは、新潟大学医歯学総合病院敷地内の桜です。暗くなってから防犯灯の元、闇の中を舞うように浮かび上がる桜の花の、言葉にならないような美しさにどれだけ癒されたことでしょう。この情景は、また私の中の「春」という言葉とも強く繋がっています。「5月」というと、今はもう見かけなくなってしまいましたが、やすらぎ堤で風を受け気持ちよさそうに泳ぐ鯉のぼり達が脳裏に浮かんできます。
人の心に強く留まる風景。私は今年初頭まで、2020年という1年が明るいイメージや風景と強く繋がって心に残るものと疑っていませんでした。しかし今、連日報道されているのは新しいウィルスとの世界規模の戦いです。この医師会報が皆様のお手元に届く頃には、また想像もできない展開となっているかもしれませんが、私が今文章を書いているときには、感染者数は世界各地でうなぎのぼり、先進国と言われている欧州で医療崩壊を生じるほどに患者が急増しています。各国は国外への渡航禁止と自国への入国禁止を打ち出し、国全体に外出禁止を命じ、何とか感染者数をコントロールしようと必死です。人間とウィルスとの戦いは有史以前からありましたが、グローバル化した現代においては、その戦いの規模は比べ物にならないほど大きくなり、かつそれに伴う社会的、経済的な損失があまりに巨大である事実を目の当たりにして、私は正直言葉を失っています。私たちは今、未知の局面への対応を迫られています。
まず行わなければならないことは、刻々と変化していく現状を正確に理解していくことでしょう。それぞれのフェーズにおいて最適な行動は変化していきますから、医師会全体として方向性を見失わず一丸となって対処していくことも大切だと考えます。素早い情報の提供、共有を行い、クリニックと病院も今まで以上に密に連携し、役割分担を明確にしていかなければなりません。常に忘れてはならないのは、「今まで通り」が通用しない時代に私たちがいる、ということです。
私がこの原稿を書いている時点では、幸い日本では患者数の急上昇は抑えられています。日本国民一人一人の努力と医療関係者の適正な対応の賜物だと思いますが、未だに先の状況は不透明です。この4月号が会員の皆様に届いた時にも感染症治療の最前線で戦っておられる先生方は大勢いらっしゃることと思いますが、どうか前向きな気持ちを失わずに日々を乗り越えていただきたいと切に願っております。願わくは、もうしばらく先としても私たちが季節の移り変わりを心に刻むことができる世界に戻っていってほしいと思います。例年であれば、今が一番よい季節です。
(令和2年4月号)