教授 高塚 尚和
平素より新潟市医師会会員の皆様方には、法医解剖や検死業務等を通して大変お世話になっており、深くお礼申し上げます。法医学分野の紹介を依頼されましたので、教室の歴史や近況等をご紹介致します。
明治43年に新潟医学専門学校が設置され、法医学が開講されましたが、当初は病理学の川村麟也先生が兼任されておられました。大正11年に新潟医科大学に昇格して法医学教室が誕生し、藤原教悦郎先生が初代教授に着任されました。その後、高野與巳先生、山内峻呉先生、茂野録良先生、山内春夫先生が歴任され、平成27年から第6代教授として高塚尚和が教室を担当させていただいております。令和4年には開講100年を迎え、一区切りを迎えることになります。なお、日本法医学会が設立されたのは大正3年であり、同年第1回総会が東京で開催されています。
法医学教室では高野與巳(素十)先生の代から俳句が盛んであり、現在は山内春夫(百雷)先生を師に仰ぎ、修行中の身ですが、高塚(千風)が俳句部部長を務めさせていただいております。
教室の概要
現在、教室員が教員5名、技術職員2名、事務職員3名、大学院生6名と臨床教室と比較すると非常にコンパクトですが、全国的には法医学教室の在籍者は5名程度のところが多く、大学によっては技術職員が配置されていないところもありますので比較的大きな教室と言えます。本邦では力士暴行事件、婚活詐欺事件、湯沸器死亡事故等の見逃し等を契機に、死因究明体制を強化する気運が高まり、東日本大震災では身元確認が困難を極めたことから身元確認体制を整備する必要性が指摘され、平成24年に「死因究明等の推進に関する法律」、平成26年に「死因究明等推進計画」、令和2年に「死因究明等推進基本法」といった法律及び施策が施行され、文部科学省は平成22年から「法医学等死因究明に係る教育及び研究の拠点の整備」を実施しています。平成29年、本学もその拠点に指定され、大学院医歯学総合研究科内に法医解剖部門、薬毒物生化学部門、画像診断部門、社会法医学部門、歯科法医学部門の5部門を有する「死因究明教育センター」(スタッフのほとんどは兼任)が設置され、「災害・脳・法律に精通した死因究明に携わる高度専門職業人養成プログラム」を行っています。本プログラムでは人材養成の他、高精度の法医鑑定(解剖)ができる施設であることも求められており、遺体専用CT装置、薬毒物分析機器(GC-MS/MS、GC)、生化学分析装置、超音波診断装置、病理組織バーチャルスライドシステム等を導入して対応していますが、昨年春からはコロナ禍に対応するため解剖前にすべての事例において、法医学教室独自でPCR検査を実施する体制を立ち上げました。
令和2年における法医解剖・検査の実績は、法医解剖176体、死後CT撮影288体、検案237体、薬毒物検査121件、歯科検査73件、新型コロナPCR検査134件、虐待が疑われる子どもへの対応12件等と業務に追われる日々となっています。
研究の概要
当教室では、主に2つの研究を行っておりますのでその概要をご紹介します。
1つ目は、安定同位体に着目した、ヒトの地理的居住領域を予測するモデル開発の研究です。近年DNA型解析などに代表される“個人を識別する”技術は非常に進歩していますが、“候補者の絞り込み”には課題があり、新たな手法の導入が待たれています。本研究ではこの絞り込みの方法として、毛髪と水道水中の酸素と水素安定同位体に着目し、水道水同位体マップの作成と毛髪との相関性を検証して、地理的居住領域の特定が真に可能であるかどうかを検討しています。さらに歯や骨の中にある安定同位体を測定することで、近年問題となっている漂着遺体が日本人か否かを判別することが可能であるかどうか等についても検討を行なっており、興味深い結果が得られています。
2つ目は、組織透明化技術とCTやMRI画像解析技術を用いた脳出血に関する病態解明の研究です。皮質動脈破綻による硬膜下血腫(ASSDH)は、高齢者に多い疾患であり、法医学教室では頭部に作用した外力が軽微であるにも関わらず、その数時間後に死亡した症例を経験しています。ASSDHに関しては手術症例では多数の報告がありますが、解剖によって皮質動脈の破綻を明らかにした症例はほとんど報告されていません。当教室では破綻血管を特定し得たASSDH症例を複数例経験しており、いずれの症例も血管の破綻所見は微小のため特定が極めて難しく、微小血管の破綻を網羅的かつ詳細に検出できる方法を確立する必要があります。ASSDHの解剖例に対して、組織透明化3次元イメージング技術であるCUBIC(Clear, Unobstructed Brain/Body Imaging Cocktails and Computational analysis)法により組織を丸ごと解析する方法を導入し、破綻部位の特定を目指しています。さらに死後CT及び死後MRI検査とCUBIC法とを組み合わせての検索も検討しています。高齢者に多く見られるASSDHの病態を解明することは、本疾患の予防に直接つながることから、超高齢化を迎える本邦において重要であると考えています。
その他、兵庫医科大学とは若年性突然死症例における全ゲノム解析に関する共同研究を実施しており、法医学領域で取り扱うことが少なくない急性死の病態解明にも取り組んでいます。
死因究明等の実務にとどまらず、法医学研究を通しても広く社会に貢献できるように日々努力を重ねています。
最後に
臨床医学では生きているヒトを対象としていますが、法医学では死者を対象としており、死者からの声なき声をいま生きているヒトに伝えることが法医学に課された使命と考えています。新潟市医師会会員の先生方におかれましては今後ともご指導、ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願い申し上げます。
追伸
令和2年度は新型コロナ感染拡大のため「警察医研修会」を中止しておりましたが、令和3年度は再開いたしますので、多数の先生方のご参加をお待ち申し上げております。
(令和3年4月号)