阿部 尚平
干支も6巡目を迎えると、身体のあちこちに不具合が発生する様だ。年末年始の大連休と1月初めの3連休の狭間に、1泊2日の検査入院をした。そんな時期の為か、県内有数のその病院でも、この時ばかりは7割位は空床で静かなものであった。
消灯前の8時頃、廊下を歩いていると、「○○先生ですよね?」とナースに声を掛けられた。周囲に人の気配はない。「ハイ、そうですが…」「どちらの○○先生ですか?」「今は××で仕事をしていますが、以前は△△で○○医院をやっておりました」「やっぱりそうでしたか」そして彼女は遥か遠くを見る眼差しになって、一呼吸間があり、「あの~、あたしね、小学生の時に、お腹が痛いって、学校、ズル休みした事があったんです。そしたら、先生の所に連れて行かれたんです。診察を待っている間、きっとズル休みがバレて、母にも先生にも叱られると思ってビクビクしていました。診察が終って、先生に『心配しなくても良いよ。今日は一日学校をお休みしてお家で様子をみていれば、明日はきっと元気に学校に行ける様になってるよ。だって、お腹、痛いんだもんね』って言われました。先生にとってはこんな事、砂漠の砂の一粒位の事で、きっともうお忘れかもしれませんが、私の心の中にはとっても大きな事としてありました」「そうですか…そんな事がありましたかね~。もう20年以上も経ったので既に時効でしょうけど…これは、シー。ずっとナイショにしておきましょうね」「ハイ、その節はありがとうございました」「夜勤、大変ですね。今夜はお世話になります。じゃあお休みなさ~い」ターン、タタンタターン、タカタカタカタカと、時折聞える電車の音を子守歌にして、やがて私は、穏やかな夢の世界に入って行った。
(平成30年4月号)